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田中ライコフ

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激昂

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 叶真が意識を取り戻したとき、目の前にはホテルの薄汚れた天井が広がっていた。
「あ、れ……?」
 自分はなぜこんなところで寝ているのだろう。ぼんやりとする頭でそう思っていた叶真の耳に、この世で一番大嫌いな声が入ってくる。
「気が付いたのか」
 寝かされていたベッドの脇にその男はいた。そして叶真はなにがあったのか思い出す。
「まさか気を失うとはな。そんなによかったのか?」
「てめぇ……」
 すぐに起き上がり殴りかかろうとしたが、全身に鈍い痛みが走り叶真は再びベッドに沈む。
「起き抜けにてめぇとは酷い言い草だな。お前が寝ている間に身体を清めてやったってのに。礼くらいあってもいいんじゃないか?」
「礼って……てめぇ、ほんとに頭おかしいんじゃねぇ?」
 止めろと言っても聞かず、一方的に叶真を嬲ったというのにそのことはなんとも思っていないらしい。
 叶真は痛む身体を慎重に起こすと、縛られて跡の残る手首をさする。
「俺、何回も止めろって言ったよな」
 キョウスケはそうだなと軽く返事をし、煙草に火をつけた。本気で腹を立てている叶真はそんなキョウスケの態度に更に血が昇る。
「セックス中の止めろはもっとしてくれみたいなもんだろう」
「俺は本気だったっつの!」
 怒りにまかせて手近にあった枕をキョウスケに目掛けて投げる。縛られていたせいか上手く力の入らない腕であったが、枕はそれなりの勢いでキョウスケに当たった。
 枕の襲撃にあったキョウスケは一瞬眉間に皺を寄せたものの、怒りに震える叶真を見ると呆然とする。
「お前……怒っているのか?」
「は……はぁ?」
 思いがけないキョウスケの言葉に叶真は気の抜けた声を上げた。
「当たり前だろ! 怒ってるに決まってる!」
 叶真がそう言ってもキョウスケは呆然としていた。なぜ叶真が怒っているのかと、不可思議な現象にでもあったような顔をしている。
「何を怒る必要があるんだ。意識が飛ぶくらいよくしてやっただろう」
「俺はそんなの望んでなかった! 何回も止めろって言っただろが!」
「だけどちゃんと感じてただろう。空イキだってしていたし、最後は後ろだけでイっていたはずだ」
「あんなもん生理現象だっての!」
 まるで怒っている叶真がおかしいといった態度に、叶真は横に置かれていたもう一つの枕も投げる。不意ではなかったため今度はキョウスケに当たらず、枕は片手で受け止められた。
「おい、なにをそんなに怒る理由があるんだ。気を失うくらいよかったんだろう。二度と味わえないくらいの快感だぞ」
 いつまでも駄々をこねるなと、キョウスケは面倒くさそうに叶真の怒りをあしらう。そんなキョウスケの態度に叶真の怒りは次第に萎み、それはむなしさや悲しさに変わっていく。
 この男にはなにを言っても伝わらない。一方的に嬲られる恐怖を語ったとしても、感じたのだからいいだろうと言い切られてしまう。結果さえ自分の望みどおりになれば、相手の気持ちはどうでもいいのだ。
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