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ケーキ騒動
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『冒険者のレンヌが伯爵になって領地を賜り、一夜にして領都を作った』
という報告をフロス宰相が、特殊諜報部隊のクライン隊長から受けたのは前日の事だった。そして、まだ独身との報告もあったので、姻戚関係を作ってはとスレイン王とフロス宰相は話し合った。
「一介の冒険者からいきなり伯爵位を叙爵するとは尋常ではない」
「それだけ、ロワール王国では、彼を必要としている訳ですな」
スタンピードの終息にも関わっているという報告も受けていたので、なおさらレンヌと関係を築きたいと二人は考えていた。
「ましてや、一夜にしてこの王都に匹敵する街を築いたという能力」
「是非とも欲しい人材なのは間違いありません」
「残念なのはつい先日、長女のソフィアをタルマニア王国の第二王子と婚約させた事だ」
「しかし、いかに有能とは言え、第一王女を伯爵に降嫁させる訳にはいきませんぞ」
「それは承知しているが、第一王女ならこちらの誠意も伝わるというものだ」
『王家の姫は政略結婚の道具でしかない』
という考えが、戦争に明け暮れるこの大陸の常識になっていた。
レンヌとスレイン王が会談している時に、応接室のドアの外から従者が声を掛けた。
「第二王女シャルロッテ様、ご入室です」
「入れ」
と言うスレイン王の言葉を聞き、部屋の中にいた別の従者がドアを開ける。
長い金髪を縦ロールにした女の子が入ってきた。まだ、子供のあどけなさが抜けていない顔立ちをしている。
「こちらに来て挨拶をするのだ」
スレイン王の言葉に従い王女はレンヌの前に立ち、ドレスの裾を摘まみ上げて軽く腰を落とした。
「リール王国第二王女シャルロッテでございます。宜しくお願い致します」
レンヌは立ち上がる。
「ロワール王国ガーランド領主、レンヌ・ガーランド伯爵です。貴国の隣に領地を賜りましたので、ご挨拶に伺いました。宜しくお願いします」
スレイン王が言う。
「二人とも座ってくれ」
レンヌはそのまま腰を下ろしたが、シャルロッテはフロス宰相の勧めでレンヌの横の椅子に座った。
レンヌの鼻を女性特有の甘い匂いが擽った。
『どう見ても十代前半にしか見えない』とレンヌは思った。
「ところでレンヌ伯爵は幾つになられるのか?」
宰相のフロスが尋ねた。
「二十五になりました」
「シャルロッテは今年で十五だったな」
スレイン王が確認するように聞いた。
「はい、もうすぐ十五になります」
年齢的には十八歳のソフィア王女の方が近いのだが既に婚約している。 そこで、第二王女のシャルロッテを、レンヌ伯爵に嫁がせようとスレイン王は考えていた。
「何やら甘い香りがします」
さっきから甘い匂いがシャルロッテを誘惑しているのだ。シャルロッテは我慢できずに、つい思っている事を口にしてしまった。
「スレイン陛下、宜しければお早めに召し上がってください」
レンヌは箱を開けて中を見せた。
箱の中には、十種類のショートケーキが入っていた。モンブランとチーズケーキ、そして各種のフルーツのショートケーキと色とりどりだ。
「皆様が食べやすいようにと、小さなケーキを取り合わせてきました」
「いっぱい有るわ。迷ってしまう」
シャルロッテの目はケーキに釘付けで、レンヌの事は頭から抜けているようだった。
「さっそく頂きたいわ、お父様」
「シャルロッテ、お客様の前だぞ」
シャルロッテは小さな舌をペロッと出して言う。
「ごめんなさい! だって、あまりにも美味しそうなんだもん」
「シャルロッテ、お母様にも教えてあげなさい」
「第二王女様、どうぞ、王妃様の所へお持ちください」
「えっ! 宜しいのですか、レンヌ伯爵」
「もちろん、構いませんよ。最初から女性の方へのお渡しするつもりでしたから」
「それでは、レンヌ伯爵。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、第二王女様」
シャルロッテはケーキの箱を持ってそそくさと部屋を後にした。
暫くして、大きな歓声が聞こえた。
「きゃあああ!」
それは、王妃と第一王女、そして第二王女とそれぞれの専属召し使いの声だった。
スレイン王は両手で頭を押さえて嘆いた。
「やれやれ、まだまだ色気より食い気か」
『王妃の声も混じっておりましたぞ』
と言いかけたフロス宰相だったが、王の面子を考えて心の内に留めた。
お茶を淹れ直した召し使いはドアの近くで控えている。だが、外を気にしながらソワソワしていた。
それに気づいたレンヌは思った。
『まさか、王城にいる全員分のケーキは用意できないぞ。いっそ、ケーキ屋でも開いて販売するか』
それから一週間後、領都グリーンウッドにケーキ屋が新装開店した。
中央タワーの中にオープンしたケーキ屋には毎日長蛇の列ができたので、エルフ族を含む女性陣から苦情が殺到した。レンヌはすぐに中央公園の東西南北の四ヵ所にケーキ屋を配置したが、それでも足りないと苦情が止まなかった。
そのため、領都中に新たな出店計画を余儀なくされた。アルテミス1がケーキ専用の自動調理機を増産してくれていたので、必要なのは店舗と接客する店員だった。レンヌは店舗の確保と店員の接客指導に追われる事になった。
噂を聞き付けたロワール王国の王妃と王女たちから、アイシス伯爵の妻アイリーンに苦情が寄せられたのは十日後の事だった。ロワール王国軍魔術師団長の執務室にいたアイリーンの所に王妃から使いがくる。
「お呼びですか、王妃様」
「アイリーンは、知っていたのでしょう?」
「何の事でしょう?」
「ガーランド伯爵領のグリーンウッドに出来たケーキ屋のことよ」
「いえ、初耳です」
「あら? 貴方も知らなかったの?」
「知っていれば転移魔方陣で飛んで行ってます」
「じゃあ、さっそくお願いするわ。でも、ちょっと待ってて、娘たちに声を掛けてくるから」
アイリーンは法務院まで短距離転移して夫に詰め寄った。
「貴方! グリーンウッドにケーキ屋が新装開店したって、何故黙ってたの? 場合によっては離婚よ」
「おいおい、何の事だよ?」
「あら? 貴方も知らなかったの? ケーキ屋さんの事」
アイシスは慌てて通信機を取り出した。それをアイリーンが奪い取る。
「アイシスか? どうした?」
「レンヌ卿、アイリーンでございます」
何故か殺気を感じて、レンヌは聞いた。
「アイリーンさん、何で怒ってるの?」
「ケーキ屋のことです」
その時になって、レンヌはやっと思い出した。アイリーンがケーキを大好きだった事を。
「申し訳ない。思ったよりも大盛況で、苦情が殺到したので王都の事を忘れていたよ」
「レンヌうぅぅ」アイリーンの低い声が通信機から漏れる。
「レンヌ逃げろ、アイリーンが飛ぶぞ」
通信機に向かってアイシスが叫んだ。しかし、その言葉の意味が分からないレンヌはその場に立っていた。
突然、レンヌの部屋の床に魔方陣が現れた。
「何だ、コレは?」
「艦長、時空間干渉です。何者かがワープしてきます」
「人がワープするって、どの位のエネルギーを必要とするって思ってるんだ?」
「約10万ジュールです、艦長」
『いや、そう真面目に返されても』
レンヌは、冗談を真顔で返された気分になった。
バリバリと空間が裂ける音がして魔方陣の上に人が現れた。
レンヌは驚いて動けなかった。
「レンヌ、よくも私に知らせなかったわね!」
「アイリーン!」
「分かった、すぐにケーキ屋に連れて行く」
アイリーンは怒りを解いた。
「あらそう! では、すぐに行きましょう」
高速エレベーターで一階に下りる。ケーキ屋一号店は中央タワーの中に出店している。これは、アニエスとイネスの強い要望だった。
「今日もたくさん並んでいるな」
外まで続く列を見てレンヌは呟いた。
レンヌはオーナー権限で適当にショートケーキを箱に詰め,裏口から店を出てアイリーンに箱を渡した。
という報告をフロス宰相が、特殊諜報部隊のクライン隊長から受けたのは前日の事だった。そして、まだ独身との報告もあったので、姻戚関係を作ってはとスレイン王とフロス宰相は話し合った。
「一介の冒険者からいきなり伯爵位を叙爵するとは尋常ではない」
「それだけ、ロワール王国では、彼を必要としている訳ですな」
スタンピードの終息にも関わっているという報告も受けていたので、なおさらレンヌと関係を築きたいと二人は考えていた。
「ましてや、一夜にしてこの王都に匹敵する街を築いたという能力」
「是非とも欲しい人材なのは間違いありません」
「残念なのはつい先日、長女のソフィアをタルマニア王国の第二王子と婚約させた事だ」
「しかし、いかに有能とは言え、第一王女を伯爵に降嫁させる訳にはいきませんぞ」
「それは承知しているが、第一王女ならこちらの誠意も伝わるというものだ」
『王家の姫は政略結婚の道具でしかない』
という考えが、戦争に明け暮れるこの大陸の常識になっていた。
レンヌとスレイン王が会談している時に、応接室のドアの外から従者が声を掛けた。
「第二王女シャルロッテ様、ご入室です」
「入れ」
と言うスレイン王の言葉を聞き、部屋の中にいた別の従者がドアを開ける。
長い金髪を縦ロールにした女の子が入ってきた。まだ、子供のあどけなさが抜けていない顔立ちをしている。
「こちらに来て挨拶をするのだ」
スレイン王の言葉に従い王女はレンヌの前に立ち、ドレスの裾を摘まみ上げて軽く腰を落とした。
「リール王国第二王女シャルロッテでございます。宜しくお願い致します」
レンヌは立ち上がる。
「ロワール王国ガーランド領主、レンヌ・ガーランド伯爵です。貴国の隣に領地を賜りましたので、ご挨拶に伺いました。宜しくお願いします」
スレイン王が言う。
「二人とも座ってくれ」
レンヌはそのまま腰を下ろしたが、シャルロッテはフロス宰相の勧めでレンヌの横の椅子に座った。
レンヌの鼻を女性特有の甘い匂いが擽った。
『どう見ても十代前半にしか見えない』とレンヌは思った。
「ところでレンヌ伯爵は幾つになられるのか?」
宰相のフロスが尋ねた。
「二十五になりました」
「シャルロッテは今年で十五だったな」
スレイン王が確認するように聞いた。
「はい、もうすぐ十五になります」
年齢的には十八歳のソフィア王女の方が近いのだが既に婚約している。 そこで、第二王女のシャルロッテを、レンヌ伯爵に嫁がせようとスレイン王は考えていた。
「何やら甘い香りがします」
さっきから甘い匂いがシャルロッテを誘惑しているのだ。シャルロッテは我慢できずに、つい思っている事を口にしてしまった。
「スレイン陛下、宜しければお早めに召し上がってください」
レンヌは箱を開けて中を見せた。
箱の中には、十種類のショートケーキが入っていた。モンブランとチーズケーキ、そして各種のフルーツのショートケーキと色とりどりだ。
「皆様が食べやすいようにと、小さなケーキを取り合わせてきました」
「いっぱい有るわ。迷ってしまう」
シャルロッテの目はケーキに釘付けで、レンヌの事は頭から抜けているようだった。
「さっそく頂きたいわ、お父様」
「シャルロッテ、お客様の前だぞ」
シャルロッテは小さな舌をペロッと出して言う。
「ごめんなさい! だって、あまりにも美味しそうなんだもん」
「シャルロッテ、お母様にも教えてあげなさい」
「第二王女様、どうぞ、王妃様の所へお持ちください」
「えっ! 宜しいのですか、レンヌ伯爵」
「もちろん、構いませんよ。最初から女性の方へのお渡しするつもりでしたから」
「それでは、レンヌ伯爵。ご機嫌よう」
「ご機嫌よう、第二王女様」
シャルロッテはケーキの箱を持ってそそくさと部屋を後にした。
暫くして、大きな歓声が聞こえた。
「きゃあああ!」
それは、王妃と第一王女、そして第二王女とそれぞれの専属召し使いの声だった。
スレイン王は両手で頭を押さえて嘆いた。
「やれやれ、まだまだ色気より食い気か」
『王妃の声も混じっておりましたぞ』
と言いかけたフロス宰相だったが、王の面子を考えて心の内に留めた。
お茶を淹れ直した召し使いはドアの近くで控えている。だが、外を気にしながらソワソワしていた。
それに気づいたレンヌは思った。
『まさか、王城にいる全員分のケーキは用意できないぞ。いっそ、ケーキ屋でも開いて販売するか』
それから一週間後、領都グリーンウッドにケーキ屋が新装開店した。
中央タワーの中にオープンしたケーキ屋には毎日長蛇の列ができたので、エルフ族を含む女性陣から苦情が殺到した。レンヌはすぐに中央公園の東西南北の四ヵ所にケーキ屋を配置したが、それでも足りないと苦情が止まなかった。
そのため、領都中に新たな出店計画を余儀なくされた。アルテミス1がケーキ専用の自動調理機を増産してくれていたので、必要なのは店舗と接客する店員だった。レンヌは店舗の確保と店員の接客指導に追われる事になった。
噂を聞き付けたロワール王国の王妃と王女たちから、アイシス伯爵の妻アイリーンに苦情が寄せられたのは十日後の事だった。ロワール王国軍魔術師団長の執務室にいたアイリーンの所に王妃から使いがくる。
「お呼びですか、王妃様」
「アイリーンは、知っていたのでしょう?」
「何の事でしょう?」
「ガーランド伯爵領のグリーンウッドに出来たケーキ屋のことよ」
「いえ、初耳です」
「あら? 貴方も知らなかったの?」
「知っていれば転移魔方陣で飛んで行ってます」
「じゃあ、さっそくお願いするわ。でも、ちょっと待ってて、娘たちに声を掛けてくるから」
アイリーンは法務院まで短距離転移して夫に詰め寄った。
「貴方! グリーンウッドにケーキ屋が新装開店したって、何故黙ってたの? 場合によっては離婚よ」
「おいおい、何の事だよ?」
「あら? 貴方も知らなかったの? ケーキ屋さんの事」
アイシスは慌てて通信機を取り出した。それをアイリーンが奪い取る。
「アイシスか? どうした?」
「レンヌ卿、アイリーンでございます」
何故か殺気を感じて、レンヌは聞いた。
「アイリーンさん、何で怒ってるの?」
「ケーキ屋のことです」
その時になって、レンヌはやっと思い出した。アイリーンがケーキを大好きだった事を。
「申し訳ない。思ったよりも大盛況で、苦情が殺到したので王都の事を忘れていたよ」
「レンヌうぅぅ」アイリーンの低い声が通信機から漏れる。
「レンヌ逃げろ、アイリーンが飛ぶぞ」
通信機に向かってアイシスが叫んだ。しかし、その言葉の意味が分からないレンヌはその場に立っていた。
突然、レンヌの部屋の床に魔方陣が現れた。
「何だ、コレは?」
「艦長、時空間干渉です。何者かがワープしてきます」
「人がワープするって、どの位のエネルギーを必要とするって思ってるんだ?」
「約10万ジュールです、艦長」
『いや、そう真面目に返されても』
レンヌは、冗談を真顔で返された気分になった。
バリバリと空間が裂ける音がして魔方陣の上に人が現れた。
レンヌは驚いて動けなかった。
「レンヌ、よくも私に知らせなかったわね!」
「アイリーン!」
「分かった、すぐにケーキ屋に連れて行く」
アイリーンは怒りを解いた。
「あらそう! では、すぐに行きましょう」
高速エレベーターで一階に下りる。ケーキ屋一号店は中央タワーの中に出店している。これは、アニエスとイネスの強い要望だった。
「今日もたくさん並んでいるな」
外まで続く列を見てレンヌは呟いた。
レンヌはオーナー権限で適当にショートケーキを箱に詰め,裏口から店を出てアイリーンに箱を渡した。
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