亡くなった夫の不義の子だと言われた子どもを引き取ったら亡くなった婚約者の子どもでした~この子は私が育てます。私は貴方を愛してるわ~

しましまにゃんこ

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1.公爵家の隠し子

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◇◇◇

「呆れたわ。よくこんな身なりの娘を公爵家に連れて来ようなんて思ったわね」

 ローズは少女をひと目見るなり顔をしかめた。着古した質素なワンピースにサイズの合わない靴。むき出しの腕は痛々しいほどに細く、あちらこちらにアザが目立つ。伸ばしっぱなしの前髪はうっとおしく顔を覆い、六歳になるとは思えないほど小さく幼い少女に陰気な印象を与えていた。

「申し訳、ございません……」

 全てを諦めたような無機質な声に、ローズはピクリと眉を上げた。

「メアリー、この娘を任せるわ。連れて行ってちょうだい」

「かしこまりました。お嬢様、少々失礼致します」

「え、あの……きゃっ!」

 側に控えていたメイドのメアリーが、ひょいっと娘を抱きかかえると扉の奥に消えていく。相変わらず隙のない動きだ。ローズは揉み手をしながらいやらしい薄ら笑いを浮かべる下品な夫婦、ダトリー男爵夫妻にちらりと視線を向けた。

「それで、あなた達はあの娘が亡くなった私の夫の隠し子だと言うのね?」

「ええ!これが、あの子の母親が隠し持っていたものですわ」

 妻に促された男が恭しく首飾りを差し出す。ずっしりと重たい金の台座に大粒のサファイヤが中央にあしらわれた豪奢な首飾りは、一目見ただけで特別な品であることがわかった。

「セバス、受け取って頂戴」

「はい、奥様」

 聞かれてもいないのに、図々しい夫婦はべらべらと得意げにしゃべり続ける。

「実はあの子の母親は私の妹ですの。とはいっても、父が養女に迎えた卑しい平民の娘ですけど。突然領地に戻ってきたかと思えば、恥知らずにも身ごもってまして。妹は死ぬまであの子の父親の名を明かしませんでしたが、まさかアルカナ公爵閣下がお相手だとは思いませんでしたわ。あのように汚らわしい私生児の存在が明らかになれば、跡取りのおいでにならない奥様にとって困ったことになりますよねえ」

「ご安心ください、私たちは誰にもこのことは口外しませんよ。……ただちょっと、今度起こす事業のご融資の相談に乗っていただけたらと思いまして」

 質素な娘とは違い、夫妻が身に着けている派手でセンスの欠片もないドレスにスーツはそれなりに値が張るものだろう。これ見よがしにジャラジャラと身に着けた宝石も、よく見ると質のいいものだ。大した収入源を持たない男爵家が買えるような品物ではない。下品な夫婦のことを無視して、ローズはセバスに確認する。

「そのサファイヤの首飾りは、アルカナ公爵家のもので間違いないかしら?」

 宝石を慎重に鑑定していたセバスは、ふう、と一つため息をもらした。

「確かにアルカナ公爵家のもので間違いございません。公爵家に代々伝わる家宝のサファイヤです。亡き旦那様の前妻であるミレーネ様がお亡くなりになった後、行方が分からなくなっていたのですが……」

「亡くなった旦那様はそのことについてなんと仰ってたの?」

「非常にご立腹でなんとしても探し出せと。盗んだ者は死罪にするとおっしゃっていました」

 セバスの言葉にローズは大きく頷いて見せる。

「そう。となるとこれを持っている者は泥棒と言う事になるわね」

 ローズの冷たい視線にギョッとする夫妻。

「そ、そんな!私たちは妹の形見として手に入れただけです!ほら、こうしてきちんと持って来たのが何よりの証拠ではないですか!」

「王都の宝石商に売り払おうと思ったけど売れなかったから、こちらに持ってきたんでしょう?私が何も知らないとでも思ったの?」

「そ、それはっ……」

 真っ青になる夫婦をローズは冷たく見据える。

 夫婦は気付いていなかったようだが、宝石を外した台座には公爵家の家紋が小さく刻まれており、それを見つけた宝石商が密かにアルカナ公爵家へ報告を寄こしていたのだ。

「セバス、この泥棒共を憲兵に突き出して」

「仰せのままに」

「お、お待ち下さい!妹が亡くなった後、公爵家のお嬢様を育てたのは私達ですよ!」

「……育てた?」

「そ、そうです!母親が亡くなったあと、あの子の生活の面倒を見てきたんです!」

「ふうん。そのわりに酷い格好をしているのはなぜかしら。あなたたちはそんなに着飾っているのに。体中にぶたれた跡があるのはどういうことかしら」

「そ、それは……」

「男爵家風情が、王家の流れをくむ公爵家の血筋かもしれない娘に手を上げる。手討ちにしてもいいわよね?セバス」

「左様でございますな」

「ひっ……」

「連れて行って頂戴」

「そ、そんな……」

 ガックリとうなだれる二人をローズはゴミを見る目で見送った。

「本当に、吐き気がするわ」

◇◇◇

「ねえ、セバスはあの子をどう思う?」

 薔薇の花弁を浮かべた紅茶の香りを楽しみながら、ローズはほうと息をついた。見苦しいものを見たあとには極上の癒やしが必要だ。

「……さあ、私にはなんとも」

 恭しく首を垂れるセバスにローズは笑って見せる。

「相変わらず狸ね」

「奥様、口が過ぎますよ」

「あら、誉め言葉よ?さっきは上手く合わせてくれてありがとう」

「はて。なんのことやら……」

「ダトリー男爵の娘、ね……」

 そこにメイドのメアリーから声がかかった。

「奥様、お嬢様のお支度が整いました」

 おどおどと入ってくる娘に座る様に促すと、なぜか床にぺたりとひれ伏す。

「何をしているの?」

「……」

 押し黙る娘にしばらく目を向けた後ついっとセバスに視線をやると、セバスがそっと娘に耳打ちした。

「お嬢様、奥様がお嬢様のために用意させたお召し物が汚れてしまいますよ」

 セバスの声に慌てて立ち上がる娘。湯あみを済ませ、貴族の子どもが着る綺麗なドレスに身を包んだ娘は、痩せっぽちで肌は荒れ、黒い髪は艶もなくパサついたまま。けれども、結い上げたことで露わになった顔は驚くほど整っており、特にその美しく澄んだ青い瞳が目を惹いた。

「あなた、お名前は何と言うの?」

 ローズの言葉にびくりと肩を震わせた娘は、恐る恐る名前を口にする。

「ラ、ライザです……」

「そう、ライザ。お母様から付けてもらった名前かしら」

「……物心ついたときには、今の旦那様と奥様の元で働いていたので、母のことは何も覚えていません」

「そう……」

 ローズは静かにカップを置いた。

「実はね、あなたの言う『旦那様と奥様』は、公爵家の宝を奪った悪い人たちだったの。それ相応の罰を受けてもらうことになるわ」

 ライザは自分の運命を悟ったように目を伏せた。

「そこであなたのことなんだけど……」

 言葉もなく蒼白になった娘にローズは艶やかに微笑みかける。

「わたくしの娘になって貰おうと思うの。これからよろしくね」
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