公爵家の養女は静かに爪を研ぐ 〜元々私のものですので、全て返していただきます〜

しましまにゃんこ

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第十話 静かなる覚醒

 ◇◇◇

 朝の学園は、穏やかに見えて、すでに嵐の前触れを含んでいた。リュシアンは回廊を歩きながら、手元の報告書に目を通していた。
 王家からの正式な指令——
 リヴィエール家の調査、婚約者マリアの行動確認、養女アリサの出生の調査——これからは全て王家直轄で行われることになる。

「……これで、ようやく手を出せるな」
 肩の力が自然に入る。今後は王家の名のもとに、法と権力を背負うことになる。
 
「そう言えば彼女、アリサ嬢ですが、何だか雰囲気が変わったと思いませんか?失礼ですが、以前とは違って威厳を感じると言うか」
 侍従の問いにリュシアンはわずかに目を細め、微かに笑った。
「……ああ。そうだな」
 そっけなく答えつつ、視線の奥にはアリサに対する関心がちらりと光ったのを、侍従は見逃さなかった。 

「美しくなられましたよね」
 探るようなその言葉にはあえて答えなかった。彼女のほんの僅かな変化——けれど、その変化に気付く者がこの学園にどれだけいるだろうか。

◇◇◇

 一方その頃、アリサは自室で朝の光を浴びながら、鏡に向かって髪を整えていた。黒髪の中で、わずかに光を帯びる深青の色。鏡越しの瞳に、いつもとは違う光が宿った気がして、ふと手を止めた。
(……今、目の色が変わった……?髪の色もなんだかいつもと違う気がする……気のせいかしら)

 ちらりと母から託された黒い猫に目をやる。この小さな黒猫は、元々母の聖獣だった。母が亡くなってからは、ずっとアリサに寄り添い、見守ってくれている。

 黒猫はアリサにとって、母の形見であり、守護者でもあり、同時に“選別者”の役割も果たす存在だった。
 アリサは猫を抱き、静かに話しかける。
「……あなたはいつも見てるだけなんだから。まぁいいわ。側にいてくれるだけで」
 猫は小さく目を細め、彼女の胸元にすり寄った。

◇◇◇

 午後、いつもの噴水のそばで、アリサは黒猫を抱きながら、軽く息を吐いた。胸の奥のざわつき。肩の奥の微かな熱。何か別の力が、体の奥に満ちているのが分かる。

 それは、静かなる覚醒の瞬間だった。
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