25 / 33
その25 揺れる心
しおりを挟む
◇◇◇
「番様、お体の具合はどうですか?」
マリーは香りの良い香油を手に、丁寧にアイリスの体を解していく。
「こちらの香油には心と体をリフレッシュする効果があります。伸びを良くするために少し温めていますが熱くありませんか?」
アイリスはあまりの心地よさに夢見心地で頷いた。甘すぎない柑橘系の香りは、祖国で採れる果物の香りに良く似ていて、一層気持ちが落ち着く。
「ずっとベッドの上にいたせいでお体が固くなっていますわ。少しずつマッサージとストレッチで解していきましょうね」
肩から背中、腕から指先へ。指先が触れるたびぽかぽかと体が温まっていく。
「番様、こちらの薬湯もお飲み下さい。喉の調子を整えるものです」
サリーから渡された薬湯も、たっぷりと蜂蜜の入った柑橘系の甘いもので、すうっとする後味がアイリスの荒れた喉を潤してくれた。
「医師の見立てでは喉を傷めたのは海水を飲んだ影響もあるようですわ。炎症が収まれば声も出せるようになるとのことです」
「良かったですわ!御髪もしっかりトリートメントしておきましょうね」
リリーは先程から髪の毛のトリートメントに余念が無い。ブラシで解きほぐし丁寧に洗髪したあと香油を使ってパックをしていた。
『ありがとう』
せっせと世話を焼いてくれる可愛らしい三人にふわりと微笑むアイリス。けれども、何も返せない自分に心が痛む。奴隷のように他国に嫁ぐ自分にはなんの力もない。せめてお礼が出来たなら。
そこまで考えてふと、思い出した。あの日自分が身に着けていたドレスや宝石はどうなったのだろう。特にあのブルーダイヤの首飾りは、かなり価値の高そうなものだった。自分に贈られたとはいえ、いつどうなるかわからない身の上だ。万が一無くしてしまったとしたら、とても弁償できるような代物ではない。
アイリスは『ほうせき』と口を動かした。アイリスの口元を読んだマリーはすぐにピンときてにっこりと微笑む。
「ご安心下さい。番様が身に着けていた宝石は今、腕利きの職人に頼んでメンテナンスに出してますわ。海に浸かってしまったので一度きちんと洗浄したほうがいいと思いまして。番様にとって大切なものなんですね」
マリーの言葉に自嘲気味に頷くアイリス。
(大切なもの……そうね。首輪みたいなものかしら)
目に見えて落ち込むアイリスに慌てるマリーたち。
「あ、あの、大丈夫ですわ番様。もし不安なことがあれば、なんでも陛下に相談なさって下さい。大抵のことは解決できますから!」
「そうですわ!番様のためとあれば、陛下にできないことなどございませんわ」
確かに陛下は、出会ったばかりの自分にとても良くしてくれている。けれどアイリスは、フィリクスから向けられる好意にも戸惑っていた。もっと悪いのは、それがアイリスにとって嫌ではないこと。出会ったばかりのフィリクスに、どうしようもなく感情が揺さぶられてしまうことを恐れていた。
アスタリアの王女として相応しくない感情。アイリスが身も心も捧げて尽くすべきなのは、ドラード国王ただ一人。他の男性に心を移すなど、決して許されない。そう思っていても、蕩けるような優しい目でアイリスを見つめるあの人を、見るたびに心が揺れる。
手放しで向けられる好意に、近づけば近づくほど、好きになってしまう。愚かにも、何もかも捨てて縋りつきたくなってしまうから。
(これ以上、あの方に近づいてはだめ)
アイリスはキュッと唇を噛み締めた。
「番様、お体の具合はどうですか?」
マリーは香りの良い香油を手に、丁寧にアイリスの体を解していく。
「こちらの香油には心と体をリフレッシュする効果があります。伸びを良くするために少し温めていますが熱くありませんか?」
アイリスはあまりの心地よさに夢見心地で頷いた。甘すぎない柑橘系の香りは、祖国で採れる果物の香りに良く似ていて、一層気持ちが落ち着く。
「ずっとベッドの上にいたせいでお体が固くなっていますわ。少しずつマッサージとストレッチで解していきましょうね」
肩から背中、腕から指先へ。指先が触れるたびぽかぽかと体が温まっていく。
「番様、こちらの薬湯もお飲み下さい。喉の調子を整えるものです」
サリーから渡された薬湯も、たっぷりと蜂蜜の入った柑橘系の甘いもので、すうっとする後味がアイリスの荒れた喉を潤してくれた。
「医師の見立てでは喉を傷めたのは海水を飲んだ影響もあるようですわ。炎症が収まれば声も出せるようになるとのことです」
「良かったですわ!御髪もしっかりトリートメントしておきましょうね」
リリーは先程から髪の毛のトリートメントに余念が無い。ブラシで解きほぐし丁寧に洗髪したあと香油を使ってパックをしていた。
『ありがとう』
せっせと世話を焼いてくれる可愛らしい三人にふわりと微笑むアイリス。けれども、何も返せない自分に心が痛む。奴隷のように他国に嫁ぐ自分にはなんの力もない。せめてお礼が出来たなら。
そこまで考えてふと、思い出した。あの日自分が身に着けていたドレスや宝石はどうなったのだろう。特にあのブルーダイヤの首飾りは、かなり価値の高そうなものだった。自分に贈られたとはいえ、いつどうなるかわからない身の上だ。万が一無くしてしまったとしたら、とても弁償できるような代物ではない。
アイリスは『ほうせき』と口を動かした。アイリスの口元を読んだマリーはすぐにピンときてにっこりと微笑む。
「ご安心下さい。番様が身に着けていた宝石は今、腕利きの職人に頼んでメンテナンスに出してますわ。海に浸かってしまったので一度きちんと洗浄したほうがいいと思いまして。番様にとって大切なものなんですね」
マリーの言葉に自嘲気味に頷くアイリス。
(大切なもの……そうね。首輪みたいなものかしら)
目に見えて落ち込むアイリスに慌てるマリーたち。
「あ、あの、大丈夫ですわ番様。もし不安なことがあれば、なんでも陛下に相談なさって下さい。大抵のことは解決できますから!」
「そうですわ!番様のためとあれば、陛下にできないことなどございませんわ」
確かに陛下は、出会ったばかりの自分にとても良くしてくれている。けれどアイリスは、フィリクスから向けられる好意にも戸惑っていた。もっと悪いのは、それがアイリスにとって嫌ではないこと。出会ったばかりのフィリクスに、どうしようもなく感情が揺さぶられてしまうことを恐れていた。
アスタリアの王女として相応しくない感情。アイリスが身も心も捧げて尽くすべきなのは、ドラード国王ただ一人。他の男性に心を移すなど、決して許されない。そう思っていても、蕩けるような優しい目でアイリスを見つめるあの人を、見るたびに心が揺れる。
手放しで向けられる好意に、近づけば近づくほど、好きになってしまう。愚かにも、何もかも捨てて縋りつきたくなってしまうから。
(これ以上、あの方に近づいてはだめ)
アイリスはキュッと唇を噛み締めた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
122
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる