まだ見ぬ世界に彩りを~今度こそ君を守れるように~(改変版)

FuMIZucAt

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第1章 後悔と絶望と覚悟と

第7話「ミリアの絶望」

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 ラウのサプライズプレゼントをどうにか迷いながらも選んだ二人は明るい陽射しが暖かく照らす大通りをゆっくり歩いて行く。

「ごめんね、私、途中からテンションがおかしくなってたわ…」
「最初からだったと思うよ?」
「そんなに最初からおかしかった!?」
「ん、さっきの雑貨屋に入ってから拍車がかかってたもん。あんなに変わるってことは、クアンはヌイグルミ大好きなの?」
「あぁ…秘密にしてたのに…」

 天を仰ぐ様に手を顔に伏せる。

 二人でわちゃわちゃと会話しながら大通りを歩いていたところ、クアンは前々から思っていたことをミリアに聞いてみる事にした。

「そういえば、ミリアはラウとどうやって出会ったの?私の時は冒険者に言い争ってた時だけど」

 単純に気になったからと話題を変えるため、というのもあったが普通ラウの様な領主の娘とうのは平民にとって天上の人である。

 そんな人物とどうやって出会ったのかが気になったのだ。

「私?聞いても面白くないよ?」
「良いじゃない、私も今度まだ秘密にしてること話すからね」
「ん~ そうだね、じゃあちょっと長くなるけど私の過去の話をしようか」

 そう言ってミリアは過去の話を語り始めた。

☆sideミリア

 私はグラツィアと言う都市の外れで産まれた。

 物心ついた頃はお母さん――――ミーアと二人で貧困街に住んでいたが、私にとってそれは普通の事で特に不満も何も無い日々。

 お母さんは瞬く程にさらさらと淀みない綺麗な川の様に滑らかで綺麗な金髪と金瞳で、細身の凄い美人であり、私の密かな自慢でもあった。

 でも、私とお母さんとの生活はとても裕福なんて言えるものじゃなくて、一日食べるものにも困る様な生活が続いていたのもまた事実。

 お母さんは夜になると散歩と言って何処か行ってたけど、私はお母さんが男の相手をする仕事をしている事を知っていて。

 かといって、それも私と生活するためのお金を稼いでいたのに私は子供だったから何も出来なかった事に申し訳なくも思ってたりした。

 今思ってみれば、子供が外に出てやれることなんてたかが知れてるって思う。

 その頃の私は、周りの子が両親と一緒に歩いているのを見て私になんでお父さんがいないのか不思議に思っていた。

 さっきも言ったけど、私が物心ついた頃にはお母さんしか居なかったから、お母さんに苦しい思いをさせてお父さんは何をしてるんだとも思っていた。

 でも、そんなことをお母さんに言うと何も言わず抱きしめてくれて。

 お母さんは「ごめんね。ごめんね」と言いながら、凄く辛そうな顔をしてたのを知っていたし、私はお母さんが大好きだったからそんな顔をさせてしまった私は深く後悔したと同時に、そんな顔をさせる知らないお父さんを深く憎んだ。

 顔も知らない父親よりは目の前にいる最愛の母にって事かな。

 それでも、私のことを優しく育ててくれた。

 私には、それだけで充分だった。

 お母さんと一緒にこのまま住めればそれだけで良かったんだ。

 それから、お母さんに苦労を掛けないように。

 お母さんがいつも笑ってられる様に。

 私は思い付いた事を片っ端からやった。

 買い物に洗濯、掃除に料理まで全てやった。

 そしたらお母さんが今まで以上に褒めてくれて。

 休日はお母さんと色々な話をしたり、買い物に一緒に行ったりも出来るようになった。

 私の誕生日だという日には都市から出て南に2時間ぐらい歩いた所にある、お母さんがお気に入りだという草原に連れてってくれた事もあった。

 そこには新緑の様に鮮やかな草木が一面に穏やかに風に吹かれて揺れてて、細く透き通る様に綺麗な水が流れる川。

 そして一際人目を引くそれは静かな草原に一本の大きな桜の木が鎮座しており、桜色の花びらが草原にヒラヒラと舞い降り、これ以上言葉に言い表せないほどに……綺麗だった。

 その草原で私はお母さんと作ってきたお弁当を食べたり、会話したりしながら一日を過ごした。

 私はこの時が止まればいいなんて考えて。

 そんな時、お母さんはこんなことを言っていた。

「ここはね、このグラツィアに来る前に見つけて。この光景に思わず圧倒されちゃってね…。その頃、貴方がまだ私のお腹の中にいる時にリムスと一緒に来た事があるのよ? あの男が居なければ今も……」

 リムスという名前が聞こえたが、それがお母さんに近しい誰かという事しか分からない。

 それに、最後の方は声が小さくて聞こえ無かった。

 でも、その声は震えていたのは今でも鮮明に思い出せる。

「?」
「ふふっ、ミリアがもう少し大きくなったら私の親友に合わせてあげるから。そしたら、二人でいろんな所に行こうね? ミリア」
「んっ!」



 そんな穏やかな生活が3年続いた。

 それは雨が強く降る日だった事をよく覚えている。

 その日から私の穏やかな日常は儚く砕け散ったのだ。

 お母さんとまったり過ごしていた時、アムサという男の従者を名乗る男とその護衛が家に乗り込んできたのだ。

 それを知ったお母さんは私を急いで物入れに押し込んで隠した。

 お母さんは「大丈夫だから。貴方は私が守るから」と言ってその男の元へ行ってしまって。

 その後は、お母さんの怒鳴り声と男の嘲る様な声が家中に響いた。

 その中でも一番私の記憶にあるのはその男が言う「アムサ様」という言葉。 

 このアムサというやつがお母さんを苦しめる悪いやつだと言うのは当時の私には分かった、いや分かってしまった。

 その時の私はそのお母さんを苦しめるやつをなんとかやっつけてやりたかった。

 お母さんがたまに仕事が休みの日に私に隠れて泣いているのも知っていたから。

 全て解決したら、また穏やかな日々が来る。

 お母さんと笑い合って、いつでも一緒にいれる日々が。

 だから、その従者の男が私が一人で歩いている時に話し掛けてきたときはチャンスだと思った。 

 この男の元に行ってアムサという奴をやっつければお母さんは笑顔になってくれる。

 お母さんがもう泣かなくなるかもしれない。

 だから私はその男の誘いに乗ったんだ。

 お母さんがどんな思いで私を今まで守っていたのかも知らないまま。



 男に案内された屋敷の中に入り付いて行った所にいたのは、周りに複数の裸の美女を侍らせ、でっぷり太った豚みたいな欲望に塗れたかの様な顔の男だった。

 きらきらと輝く宝石を指に嵌め、頭にくすんだ金髪をちょこんと乗せてる。

 如何にも金持ちの顔。

 だが、同時に嫌悪感が振り切れる程の醜悪な肉だった。

 そして、その男との最初の会話は最悪の言葉で交わされた。

「ふひひひ、あんな雌豚からこんなにも綺麗なのが生まれるとは。これは将来化けるかもなぁ~。おい、お前! 今すぐあんな女捨てて私の元に来い! 散々使ってから何処かの幼女好きにくれてやるよ!」

 豚に豚と言ってほしくないっ! それに私のお母さんは女神だもん!

 内心罵詈雑言の嵐を巻き起こしながらも、頭は何故か冷静だった。

 しかし、私のお母さんはなんでこんなのに従っていたのか分からない。

 お前の方が豚の様だっ!と思っていた時、私がアムサを睨みながら黙っていたのが癪に障ったのか怒ったように怒鳴り始め、衝撃の事をベラベラと勝手に喋り始めたのだ。

「おい、聞いているのか!! 全く、あの女そっくりだ! まぁいい、あの女も最初は反抗的だったが、あの女の前で恋人のリムスいう男を目の前で散々痛めつけてやったらあの女なんて言ったと思う? あの女は泣きながら「私の物になるからリムスを助けてくれ」って言ってきたんだよ! ふひひひひっ。その後なぁ、優しく了解したように見せかけて安心した所を目の前であの男の首を切り飛ばした時は傑作だった! 今思い出しても笑えてくる! 何せ目の前で頭が切り飛ばされ首から血が噴水の様に出る様を安心しきった顔で、固まったかの様にその男の血を浴びながら見てたんだからなぁ!! ふひひひっ!! だが、その後は最悪だ! あの女、もうお前を産んでてなぁ。お前がまさかあの女の知人の家に居るなんて事を知ってたら、もっと利用してやったのだがな! まぁ、今からでも遅くない。逆にあの女の目の前でお前を犯してやるのも一興だ! ああ、あの女は今度はどんな顔を見せてくれるんだろうなぁ! ふひひひひひ」

 この男はなんと言った?

 私のお父さんを目の前で殺した?お母さんを苦しませた?

 ふざけるなっ!! この男が居なければ私も両親と幸せに過ごせていたんだ!

 この男が居なければ!!!

 ドス黒い何かがせり上がってくる。

 護衛が離れている今ならこの男に一撃を食らわせる事ができる。

 そんな考えが頭の中に浮かび上がっていた時、玄関から聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「ミリア! ミリア! いるの!?」
「お母さん!」
「ミリア! ああ、良かった無事だった…」

 私はお母さんが探してくれた事とまた会えた事に、涙で顔をグシャグシャにしながら安心するお母さんの胸に飛び込んだ。

 それに安堵したかの様に泣く母の再会にもあの男が割り込んでくる。

「ふひひひ、ミーア久しぶりだなぁ。またここに戻ってくるとはなぁ!」
「アムサっ……貴方になんて会いたくはなかったわよ!」
「まあ、これからここで飼われるんだ仲良くしようじゃないか?」
「誰が! 誰もあなたの物になんかならないわよ!!」
「ああ、またあの時の威勢が戻ってきたようだ。そうだ、私の息子と親子一緒に犯してみるのも楽しいかもなぁ! ふひひひひ」

 そういう男の股間は膨らんでおり、私達家族を性の対象として見ていることは明らかだった。

 思わず怖気が走り、無意識にお母さんにギュッと抱きしめる力を込める。

「このゲス! 貴方は全然変わらないのね!」
「なんとでも言うがいい! 俺には力があるからな! その力を使って何が悪い!」
「いつか貴方は必ず滅亡するわ!」
「ふひひ、なんだ? それもお前の力か? お前は昔からどこか可笑しかったからな? だとすると、その娘もお前の力を継承して――」
「この子に手を出したら私はあんたを絶対に殺すわ!」
「ふひひ、だったらやってみるんだな! おい、その二人を捕まえ「アムサ様!」なんだ!騒々しい!」

 その時、アムサの執事であろう男が慌てた様に近づいてアムサに何やら耳打ちし出す。

 それを聞いたアムサは舌打ちし、護衛に「この二人を地下に閉じ込めておけ!」と言うと屋敷の奥にそれでも急いでいるのかドスドスと歩いていってしまった。

 それを急いで追う執事と護衛達が行った後、私達に油断してるのか身長が小さい男とひょろ長の二人の男がニヤニヤ笑みを浮かべ喋りながら近づいてくる。

 私はこれが逃げ出す最後のチャンスだと嫌でも感じていた。

 小さい男が私に手を伸ばしてきた瞬間、お母さんがその小さい男にいきなりしがみつき「早く逃げなさい!!」と叫ぶ。

 男達は突然の行動に驚いたのか慌てて引き剥がそうとするが全然はがれないことに段々苛立ちはじめている。

 その事に気づいた私は、(早くお母さんを助けないと!!)という想いで頭の中がいっぱいになり、急いで周囲を見回した。

 何かないかと必死に視線を走らせる、そんな私の目に飛び込んできたのは高価そうな私でも持てる真っ白な壺だった。

 細やかな装飾がされ、一目でその壺が高級品だと分かるそれは必然的に作りもしっかりしており、重量もあった。

 だが、日頃手伝いとはいえ、重たい物を持って掃除などをしていた私でもなんとか持てる重さで。

 その壺を小さな両手で持って身長が低い男の頭に力の限り思いっきり―――――振り下ろした。

 ガシャーン!!という音と共に壺が砕け、額から血が飛び散って男が白目をむき倒れ込む。

 その事に激怒したひょろ長の男は腰に差してあったナイフを抜き、左上段から振り下ろしてきた。

 向けられた事の無い猛烈な殺意の前に私の身体が硬直し、目をつぶってしまった。

 肉が斬れる感触も、血の生暖かいどろりとした液体が溢れる感触が脳裏に一瞬のうちに思い出され、今までのお母さんと一緒に過ごした辛くも楽しかった日々が走馬灯のように駆け巡った。

 だが、いつまで経っても痛みは来ず。

 目を開けて見たのは――――、私に覆い被さり、口と、肩から背中にかけて大量の血を流しながらも私へ優しい微笑みを見せるお母さんだった。

 ひょろ長の男はそのお母さんを見た途端に今後の自分の処遇に恐怖したのか奇声をあげ何処かに走って行っていく。

 だが、そんな事も目に入らない程に私は呆然と母の顔を見ていた。

 止めどなく溢れた血が私の頬を伝い、一筋の涙になる。

 お母さんの軽すぎる体重が私に寄りかかってきた。

 最近は食が一層細くなり、心配になっていたが、だがそれでもあまりに軽すぎた。

 それでもふわりと微笑むお母さんの顔を見て、私は涙を流すことを止められない。

 心の中では激しい後悔が私の中を駆け巡っていた。

 なんで!

 なんで!!

 こんなにも涙を拭ってるのにお母さんの顔が見えない!!

 私があの男に付いていかなければこんな事にはならなかったんだ……。

 私が……私の所為でお母さんは……!
 
 どこにもぶつけようの無い苛立ちと深い後悔、そしてどんどん熱を失っていくお母さんとそれでも何も出来ない自分。

 そんな声も出ないぐらいに涙を流す私に辛そうにそれでも嬉しそうに微笑むかのように、お母さんは私に向かってゆっくりと話し出した。

「ミリア……良かった。貴方が無事で……。だって貴女はあの人と私の子供だもの」

 お母さんの細い、それでも温かみのある母の手が私の涙を人差し指で拭う。

 まるで、これぐらいしか私にはもう出来ないという様にされるそれは、嫌でも命が失われ続けていることを実感させる。

「ねえ、ミリア。これまではあんまり構ってあげられ無かったけど、今まで苦しい思いをさせて、ごめんね……。私ね、一生懸命頑張ってお金を貯めたのよ」

 これからは楽しい日々になるのだと、褒めて欲しそうに子供っぽく笑うその笑顔は涙で濡れていて。

 私はもう聞けなくなる言葉だと、二度と見れないお母さんの笑顔だと分かっていながらも、それでも涙で視界が揺れて嗚咽を止める事が出来ない。

「これから、ミリアと一緒にいろんな所に行って。いろんな物を見て。いろんな物を食べて。ミリアと一緒に、いつまでも笑って楽しく暮らしていくためのお金を稼いできたんだけどね……。 
ねえ……ミリア…私の可愛いミリア……。ごめんね。ちょっとお母さんもうミリアの顔がぼやけて見れないの……。だから、手を…手を握っててもらえない?」

 そう言うとお母さんは私に暖かく震える手を差し出してきた。

 もうお母さんには私の表情も手を持ち上げる力も、私の体温さえ分かっていないのだろう。

 私が必死に握る掌も、握り返してくれる事も無く、ただ冷たい死が迫っていることを知らせるのみだ

 その手を力強く私はここにいるとだから行かないでくれと願うようにグシャグシャに涙を流しながら握る。

 それに安心したかの様に微笑んで、ポツリポツリと最後の言葉を話し始めた。

「ミリア……。これまで貴方のおかげでこんなにも楽しい日々は無かったわ……。
 貴方が花の様に笑う顔もちょっと困った顔も全てが愛おしかった。
 貴方がこのまま成長する所を見てたかったんだけどね……。
 ミリア……笑って頂戴……貴方には、笑ってるところが似合うもの。 
 ……ミリア。ごめんね。
 こんな不甲斐ないお母さんでごめんね。
 ミリア……幸せにね……。
 貴女と……貴方と過ごせて幸せだったわ……。
 ミリア―――― 愛してるわ 」

 そう言って、お母さんの手から力が零れ落ちた。

「お、お母さん……? う、嘘……そんな……っ!」

 今まで優しく温かみのあった手からもう冷たさしか感じない。

 夜風の冷たさも、血の生暖かい暖かさも、全てが。

 お母さんの体重が私にかかる。

 その細く、そして最愛の身体を強く、強く抱きしめた。

「あっ……あ、あぁ……」

 私はその手を取りこぼさないようにしないと、本当にお母さんが居なくなってしまうかの様に思えたから。

 でも、私はその時にはもう心の中では分かっていたのだ。

 あの優しいお母さんはもうこの世には居ないことをもう…。

 嫌でも心が認めてしまっていたのだ。

「ああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」



 そこから止めどなく溢れる涙に濡れ、どこまでも溢れてくる湖が枯れ果てた頃。

 何分経ったか分からないが、それならせめてアムサにお母さんをこれ以上汚される前に何処か静かなところで休ませてあげようと不意に思った。

 そこで、一番最初に浮かんだのは4歳の時にお母さんと行ったあの草原だ。

 あの草原ならお母さんも静かに休めるのでは無いかと思うのだ。

 だが、あそこまでは距離がある上に、お母さんが残してくれたお金もある。

 そこで、ミリアはお母さんに教えて貰った強化魔法でお母さんを背中に背負い、アムサの屋敷を抜け出したのだ。

 それから一旦家に帰り準備を整え、もう帰らない貧しくも楽しく、暖かかったお母さんとの思い出が残る家に背を向け歩き出した。





 もう何時間歩いたか分からない。

 お母さんと行った時は朝だったから夜に行くと暗いし、いつ魔物に会うか分からない恐怖でどうしても進みが遅くなってしまう。

 魔物にお母さんの血でバレるといけないのでお母さんの傷は回復魔法で塞いだ。

 もうお母さんの最後まで残っていた暖かさが段々無くなっていくのが背中から嫌でも分かるのだ。

 もう、涙は流しすぎたのか泣きたくても出てこない、その代わりに心の中を悲しみが、愛情が、不安が、そして、――――黒く燃える様に煮えたぎるヘドロの様な憎悪が渦巻いていた。





 それから途中で魔物にあったりしたがなんとか隠れてやり過ごし、体感時間はグラツィアから出発して六時間ぐらい歩いたの様に思えてきた頃。

 目に飛び込んだのは一面、月光に照らされ舞う桜の花びらがだった。

 あのときのお母さんと一緒に来た時に見た景色と同じ光景がそこにあった。

 そこに着いた瞬間――もう出ないと、枯れたんだと思っていた涙が次々と流れてくる。

 でも、まだ泣く訳にはいかない。お母さんを早く休ませてあげないといけない。

 埋めるのは桜の木の下にした。

 そこならこの桜と草原が一望出来るから暇にならないだろうと思って。

 お母さんが一番気に入っていた桜の下は冷たかった。こんなにも桜は綺麗なのに、どうしても冷たさが私の周りに付きまとう。

 そこからはお母さんを桜の下に仰向けに寝かせ、私は一心不乱に手で掘った。

 どれだけ私の手が傷つき血が止めどなく流れても夢中で掘った。

 そうしないと、泣いてしまいそうだったから……。

 そうして、お母さんに最後の別れを済ませ、お母さんを桜の下に埋めた。

 高く聳《そび》え立つ桜を見上げ、一片の花びらが私の目の前を通り過ぎた瞬間――――走馬燈の様にお母さんとの思い出が頭の中を流れた。

 お母さんの笑い顔、お母さんの声、お母さんの匂い、お母さんの困ったような顔、お母さんの手のぬくもり、お母さんが抱きしめてくれた暖かさ、お母さんの……。

 もう―――――、限界だった。

 今まで涙が溢れてもほんとの意味で泣かないように我慢した。

 泣くとお母さんは私以上に辛そうな顔をするから……。

 でも、もう……もう無理だよ……お母さん……。

 私は桜の下で大声で泣いた。

 まるで私の何かが壊れて行くように……。

 もうこの世界にはお母さんはいないのだと認める様に……。

 もう私は一人なのだと意識させられる様に……。







 あの日から半月経った。

 私はグラツィアを離れ、魔物は強いが住人に優しい領主が治める土地だというキミウに行くという集団に付いていき移動していた。

 そして、お母さんが残してくれたお金や道具とお母さんがいつも身につけていた細い毛糸で出来たバンドを手首に巻きキミウの門を通ったのだ。

 そこでは、私は心底驚いた。

 なぜなら住民の顔に活力が満ちあふれていたのだ。

 グラツィアでは考えられない光景だった。

 あそこはどこもかしこもこの世の絶望を溜め込んだかのような都市だった。

 半月移動しただけで、こんなにも幸せな都市があるなら今までのお母さんの努力が報われないような気がして。

 なぜ、こんなにも世界は残酷なのかと。

 涙でまた溢れそうになった。

 私は取りあえず邪魔にならない様に大通りの端を歩いていた時、ふと私は子供達と楽しく喋る女性を見た。

 その時、自然に「お母さん……」と言葉が出ていた。

 しかし、髪の毛の色も違う。

 目の色も違う。

 声も違う。

 でも……お母さんにその雰囲気はそっくりだったのだ。

 そんな風に眺めているとその女性が私に気づき、凄く驚いた様に私を見た。

 そしてその女性が私に近づいてこようとするので私は一歩後ずさり、全力で逃げた。

 後ろで、「待って!!」と言葉が聞こえるが、止まらず、走って走って走って……。

 ようやく止まったのは一軒の誰も住んでない様に見える古びた一軒家の前だった。

 その家におそるおそる入ると中は何もなく、住人はいないようだったのでひとまず今後の寝床にしようとその家を利用し始めた。

 その日以降私はすっかりその家に住み着いていた。

 新しく一匹の真っ白い猫のクゥを迎え入れて。

 どうもクゥは気まぐれにあげたリンゴのシャリシャリ感が甚く気に入ったようで、よくリンゴをよく催促してくる。

 その日もリンゴを催促され、あげようと思ったのだがそう言えば昨日で切らしていたことを思い出す。それをクゥに言うとスネたように白い身体を丸めてしまったが……。

 だからキミルにクゥの好物であるリンゴと雑貨の買い出しに出かけた。

 そこで私がうっかり落としたリンゴを拾ったのがラウだった。



「って、感じでラウと会ったんだよ」
「結局、その女性って誰だったの?」
「ラウとその女性が余りに似てたから薄々気づいてたけど、ラウのお母さんだった」
「大変だったのね…。ごめんね、こんな陳腐な言葉しか思いつかないや」
「いいよ、それだけ言って貰えれば」
「それにしても、アムサ…あの男…」
「クアン?」
「あ、ああ。ちょっと考え事してたわ。それでどうしたの?」
「サプライズプレゼント。ラウ喜んでくれるといいなって思って」
「ええ、ラウなら喜んでくれるわよ。だってあんなに考えて決めたんだもの」

 そう言ってミリアとクアンは楽しそうに笑いあったのだった。

 クアンは更なる覚悟を胸の内に秘め、ミリアは今も燃えくすぶっている復讐の炎を内に秘めながら。
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