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第1章 後悔と絶望と覚悟と
第一章 エピローグ
しおりを挟む王国西暦1554年4月25日
王国北部に存在する都市キミウ通称冒険者都市で大量の魔物の進行又は攻撃が確認。
その数は二百三十七匹にも及び、都市の被害は軽微とは言い難く早急な復旧が見込まれている。
首謀者はワイグナーと男四人、その男達はこの騒動で全員死亡となった。
今回の被害でおった負った重傷者は六人、軽傷者が二十七人となり、奇跡的にも死者は首謀者三人だけとなった。
しかし、領主グラン・ベルクリーノ侯爵の娘ラウ・ベルクリーノ令嬢が今回の騒動に巻き込まれ、行方不明。
大規模な捜索隊が組まれ、現場となった海岸などを捜索するも発見出来ず。
その日は荒れた天候だったという証言から、巷では死亡説が有力視されており———
*
事件があってから約二カ月が経過した頃。
都市キミウ北部に存在するベルクリーノ侯爵家屋敷邸。
その一室で領主グラン・ベルクリーノは一人の男と対面していた。
グランは報道紙を木製の机に音を立て置き、目の前の男へ鋭い視線を送る。
「無事に周囲の目を欺く事は出来た。死体も酷い熱傷状態だからバレることは無いだろう。お前の事情は聞いた。だからこそ、これからお前には我が家の汚れ仕事をやってもらう」
「助かりました。それに、仕事も任せてください。アイツらの事は俺がよく知ってますので。それに、同時進行で行なって良いのですよね?」
「あぁ、大丈夫だ。巻き込まれたとはいえ、自分達が何に手を出したのかを思い知らさなくてはならん」
「俺は本来ならあの時死んでいた。だからこそ、アンタ……いや、旦那の手足となろう」
その厳かな声は男に反意を無理やり捻じ伏せる程の圧だった。
*
一方、闘技場ではラキ、イリーナ、ミリアが揃っており、ミリアの声が響く。
「ラキさん、イリーナさん! 私を強くしてください! もう、失うのは嫌なんです!」
「ちょ、ちょっと、いきなり言われても。私もギルドの仕事もあるし、都市の計画も進めなくちゃいけないから仕事が山積みなのよ?」
「それは分かってます。でも、私が弱いとまた大切な人が奪われるんです。どうか、どうか私を強くしてください」
突然呼ばれたと思ったらミリアの突然の弟子宣言に困惑するイリーナだが、ラキは腕を組み無言を貫いている。
このままではミリアの弟子宣言攻撃が続くと悟ったからか、すぐさま後ろにいるラキへと助けを求めた。
「ちょっとラキ、貴女からも何か言ってよ」
「……そうね。ミリアちゃん、ラウは貴女達を守る為に自分から身を犠牲にしたのよね」
どこか、陰鬱な表情でラキはミリアへ問いかける。
「はい。前の事は気絶していたので正確には分かりませんが、目が覚めたら目の前の化け物に向かっていくラウの姿と、鉱石を当て、閃光が瞬いた後にはラウの姿はありませんでした」
「そう。それで貴女を強くするという事だけれど、強くなって何がしたいの?」
「え……私は、強くなってまずラウの事を探しに旅に出ようと考えています。そして、今度こそラウが何処かに行かない様に私が守ろうと思います」
ミリアが言った言葉を少し考え、「………それで、貴女の敵討ちにラウをまた巻き込むと?」と、鋭い視線を向けながらミリアの反応を見る。
イリーナはその言葉に疑問符を浮かべたが、すでにラキはミリアの過去は知っていた。
人生でたった一人の家族を失った事も、その家族を蝕んだ貴族に復讐心を抱いている事も。
「それは違います! 確かにあの男への復讐心はあります。ですが、その事にラウを巻き込もうとは思ってません!」
「でもあの子の事だから、友達が危ない目にあってたら私も手伝うとか言い出すわよ?」
「大丈夫です。私が何時でもラウを守ってみせます」
ラキの目を静かに見て呟かれたその言葉には明確な覚悟が宿っており、同時にその眼には輝かんばかりの色と淀んだドス黒い色が混ざりあっていた。
その言葉をしっかりと吟味するかの様にミリアの目を見つめ、数秒が経った時、
「……分かったわ。まずはラウを見つけるのが先だけれど情報集めは私達が行う。そういえば……ミリアちゃん、貴女いつも生活はどうしてるの?」
ラキの突然の話題転換に戸惑うミリア。
「生活ですか? 家のそばに畑作って野菜を育てたり、街で食べ物買ったりしてますが……?」
「そう。だとしたら貴女が来てから何年か経つし、もうそろそろお金が尽きる頃なんじゃないの?」
「は、はい。底が見え始めたので、酒屋などで給仕の仕事をしようと考えていました。でもなんでそれを……」
それはミリアが薄々感じていた事だ。
実際、ミリアの母、ミーアが貯めたお金を切り崩し質素な生活をしていた。
だが、それも数年も経てば無くなるもの。無から有は生まれないのだ。
家の貯金箱には沢山あった銀貨や銅貨が底をつきかけており、このままではクゥとの生活も厳しくなることが予想できていた。
困った様な表情を少し浮かべたミリアに、ラキが意外とも取れる発言をする。
「だったら、ミリアちゃん。貴女、ラウを無事見つけてきたらラウの専属従者にならない? そしたら、あの子の隣にいつも居られるわよ? まぁ、あの子は全然従者とか興味なかったからまだ誰もなってないのよ。実際、あの子の従者は本当に大変だと思うし」
「え……じゅ、従者?」
グランの専属執事リングレーもそうだが、大体の貴族には複数の専属従者が付いている。
逆に従者を付ける事を嫌う貴族も稀だがいる事はいる。
しかし、大半が安全面等の理由から従者を付ける事が普通であった。
「嫌なら」
「いえ! やらしてください! ラウの専属従者になります!」
「ふふっ、その言葉を待ってたわ」
ラキが満足したとでも言いたげに闘技場の出口へと踵を返す。
それを追う様にイリーナが追いつき、慌ててミリアがその後を追った。
「ラキ? 結局鍛えるの?」
「ええ、でも鍛えるのは明日からよ。何せ、私の娘を守ると言ったのだから徹底的に鍛えるわ。最低限でもAランク冒険者を片手間で倒せる様になってもらう。でも、その前に今日は休養も兼ねて従者としての仕事を覚えてもらわないとね」
「でも持つかしら? あの子……」
「大丈夫よ、あの眼は良く知ってるわ」
「それもそうね。本当、あのお転婆娘にそっくり」
ミリアが二人に追いつき、三人横に並んだ。
「ラキさん、イリーナさん、何の話をしてるんですか?」
「ふふっ、秘密よ」
その八重歯が覗く笑顔はラウが笑った時に良く似ていた。
*
荒れ果てた大地。
そこは草木は腐り、魔の気配が漂う見放された大地である。
そこでは、キミウの周辺や世界に多く存在する魔物とは根本的に異なる進化を遂げた世界の敵。
肌は浅黒く、額からは角が生え、眼には狂気の赤色を写し出す害悪。
言わば魔鬼が潜む。
その強さはA ランク冒険者が束になって漸く一体倒せるかどうかという程の強さなのだから笑えない。
ふとか細い声が発せられた。
「強く。……もっと強く」
その声は小さく呟いた声であった。
しかし、その声が発せられた鬱蒼と茂った場所は魔鬼の青紫色の血が辺り一面に付着し、魔鬼の大量の死骸が彼方此方に放置されていた。
正しくその景色は魔物の大量虐殺が行われたと見て間違いなかった。
それを引き起こした人物はふと視線を天高く聳える塔に理性の残る眼を向け、八重歯を覗かせた笑みで聞き取れないほど小さく呟く。
「私より強い強者を」
頬に付着した青い血を手の甲で拭って見上げる瞳は何処までも強者に飢えていた。
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