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第二章 ポンコツ令嬢と王国動乱編(上)

第2話「なぜ、こうなったのでしょう……」

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 一大漁業都市、タリー。

 その面積は王国内でも有数の広大な面積を誇っており、和国への入国のために通る都市でもあるため、非常に娯楽施設や宿屋、船着場と他の都市に比べ桁外れに多い。

 同時に和国から伝えられた温泉というものが大層人気で、それ目当てでこの都市に移り住む住人もいるのだとか。

 そんな、都市をダンズと別れ、メイとアミルを連れ歩いていたのだが本当に人が多いんだよ。

 何処かしこも見渡す限り人、人、人。

 逆に露店など開いているところもあるが、しっかりと周囲を見ながら歩かないと露店やカフェに行く人の波に流され、果ては迷子になる。

 私は特に周囲の人に比べ身長が低いから……ん。

 ここまで言えば分かるかな?

 そう!

 エルフ姉妹が迷子になった!
 ハァー、何処ここ……。

「やってしまった……。取り敢えず、メイ達を探さないといけないんだけど何処にいるのやら。でも、あの二人目立つし……、人が集まってたら見てみるかな」

 そう言って、ひとまず周囲を見渡しながら歩いてみる。

 どうもさっき人が押し寄せた先には、和国で人気の和菓子という見た目も花びらや果物をかたどった華やかで味も美味しいお菓子の店があるらしい。

 まぁ、話してる人の会話が聞こえてきただけだけど。

 でも、花びらを象ったお菓子ってどんな見た目なんだろ? 甘いのかな?

 苦いのは苦手だからな~。

 ひとまずお腹空いたし食べながらメイ達を探すかなぁ~。

 ん? 一個千クォーツ!?

 キミウの宿より高い……だ……とッ……!?

 あ……。

 私も人波の間をすり抜けながら和菓子屋を目指していたが、大事な事をすっかり忘れていた……。

 私、お金持ってない。
 というより、私達全員持ってない。

 メイ達は元々獣神国出身だって言っていたから王国のお金なんて硬貨が違うから持ってないだろうし、私だってあの日お金なんて持たないで家出たからなぁ……。

 そういえば冒険者風の人がチラホラいるけど、この辺りに冒険者ギルドがあったりする?

 私は周囲を見渡したら、十五歳くらいの武器を腰に吊るした冒険者風の男女七人組を目敏《めざと》く見つけ、バレない様に素早く気配を消し七人を追いかけた。

 あれ?

 もしかして、私って暗殺者向いてるんじゃない?

 そんな事を考えながら。



 そんな七人組だが、リーダーと思われる珍しい黒髪の男性が仲間と思わしき男女に「そういやさ、ここにも米あるのかな? 流石に俺達にそれ無しで生活しろと言われると絶望しか感じないんだが」と話していた。

 コメ?

 確か、和国にそんな物があったような、無かったような? 美味しいのかな?

 なんだか私、島生活が長かったせいか美味しい物に飢えてる気が……。

 いつのまにか二年も経ってたし、ミリアちゃん達にも謝りに行かないと。

 そうこうしていると七人組の足が止まり、視線を前に向け一斉に全員固まった。
 まるで信じられないものを見たみたいな感じ……。

 いや、それよりも驚きのあまり固まってると言ったほうが近い?

 私は十メートル先にいる七人組の後ろからやや足先を伸ばしてたりピョンピョン跳ねたりして覗き見た――———んだけど、凄い既視感。

 チラッと見えた程度だが、私は全てを察した。

 そして、またか……と呟く。

 いや実際、人が集まるだろうなとは思っていたが、まさかこうなるとは……。

 そこでは冒険者ギルドと思われる三十メートルはあろうかという大きな建物の前に円状に囲う冒険者や通行人などの大勢の野次馬。

 中心には鍛えた巨体を見せびらかし下卑げびた笑みを浮かべる大男と、それをけしかけたであろう如何にも貴族ですという煌びやかな格好に傲慢そうな風貌ふうぼうの男。

 しかし、いくら煌びやかな格好をしたところでそのでっぷりと前に突き出たお腹とその男に寄り掛かる奴隷であろう痛々しい姿の二人の女達であまり格好が付いていない。

 そして、案の定その視線の先に二人の超絶美女。
 はい。
 メイとアミルですね、あれどう見ても。

 いや、まぁ……。

 ほっといても私の次に強い二人があの男に負けるわけもないし、逆に二人共超絶男嫌いだから殺されかけるかもしれないのだけれど。
 かと言って、このまま見てるのもバレたら怖いので人壁の間を素早くすり抜け、二人の元へ向かう。

 そんな時、後ろから「お、おい、危ないぞ!?」という焦った声が私の耳に届いた。

 いや、私に言った言葉ではないかもしれないが、それでもと背後を振り返ると視線があったのはさっき私がついて行っていた黒髪の若い男性。

 初めて顔を見たが、平凡な顔立ちに特に筋肉が付いているようにも見えない体格だが、この男性の強さはAランク冒険者と比類する違和感を感じる。

 こんな人は初めて見た。
 だからこそ、思わず私の悪い癖が————

 へぇ……。私を見つけるんだ……。

 と、思わず口元が吊り上がってしまった。

 だってそうだろう。
 私は手を抜いていたとはいえ気配を消して、感知されないように行動していたのだ。それを偶然かもしれないが見つけた。

 ふふっ、後でこっそり会いに行こうかな?
 でも、今はお別れです。

 私は小さく左手を振り、声を出さずに口だけを小さく動かしてまた人の波の中へ走り出した。

 あの男性からしたら私を見たと思ったら、いきなり消えたと思うだろう。
 でも――――

 あぁ、面白い人を見つけた♪
 メイ達に自慢しないと♪
 ふふっ。

 どうやらこの世界はまだまだ楽しめそうである。



 私達の愛する主人であるラウ様を見失った。

 あの可愛らしく柔らかい子猫のようなお方を、私達はこの人間共の所為で見失ったのだ。

 アミルもラウ様が居なくなった事で苛ついているのか、表情が無表情になってきている。

 いや、私も無表情に近いのだろう。
 実際、私の顔を見た人間の子供に怯えられたのはつい先ほどのことだ。

 そもそも私達はラウ様に出逢ってから人間という種族を考えるようになった。

 正直、ラウ様が島に流れ着いた時は殺してしまおうかとも思った。

 だが、あまりに酷い傷で今にも死んでしまいそうな少女を見殺しにするのも後味が悪いので気まぐれで拾い回復させたのだ。

 回復したらしたで、さっさと追い出すつもりだったし、この島のどこでくたばろうがそれは少女が弱者だっただけの事。

 そう、それだけだったのだ……最初は。

 だが、ラウ様の成長速度と戦闘能力、そして武術の才は人の限界をも軽く凌駕し、桁外れていた。

 それからだ、人間という種族じゃなくラウという戦闘の神に愛されたが如き、小さな少女個人に興味を持ったのは。

 ともかく、それから色々あってラウ様に従者として付いて行きたい事を告げ、晴れてラウ様の従者になった。

 どうやらラウ様は私達を誰にも渡すつもりは無く、お風呂に入る時に頬を赤くさせチラチラと私達の裸を見る事があるが、それがとてもとても愛らしい。

 何度理性を取っ払ってラウ様と私達で一生快楽に溺れようと思ったことか……。

 まぁ、ラウ様の初めては私達が貰いましたし、それは誰にも奪われないのですが。

 私達だけのものにしてしまいたい。

 こんなにも誰かを自分達だけのものにして、誰にも触れられず私達だけの世界を築きたいと思った事は無かったものですから、そう思うと、あの島は私達にとって理想郷だったのかもしれないですね。

 けれど、ラウ様が言う幼馴染と初恋の人、両親であろう名前を寝言で聞いた時、私達はこの島を出ようと思った。

 私達はラウ様を自分達だけのものにしたい。

 けれど、それはラウ様が笑っていてほしいのであって、悲しんだ表情をしてほしいわけではないのです。

 私達はラウ様のつるぎであり盾である。

 主人に仇なす全て粉々に破壊し、主人に危害を加えようとするのならば私達が全力で守る。

 何人にも主人を渡すつもりはない。

 それが私達の主人への感謝と歪んだ愛情なのだから。

 決意を新たにすると同時に聞くのも悍《おぞ》ましい汚らしい声がどこからか聞こえてくる。

「おい、おい! 待てお前ら!」
「……」

 にしても、ラウ様は何処に行ったのでしょう?
 どこか人が集まる場所とかあれば良いのですが。

「き、聞いてるのか!! そこのエルフの女共!」

 あの建物は冒険者ギルドですかね?

「おい! 褐色の白髪エルフに隣の金髪エルフ!!」

 ………。
 ハァ~、まったく面倒ですね。

「……何です、このゴミ虫風情が」
「?」

 私が振り向いたことに釣られ、アミルが私が向いた方向を向く。
 向いたところで何一つ良い事なんて無いのですがね。

「ぐひひっ…!? おぉっ!! こりゃかなりの上玉。お前達、こんなとこで何してる? いや……そうかそういう事か。よしっ、お、お前らを俺の物にする。俺に付いてこい!」
「「は?」」

 ゴミが喋った言葉で、思わず私達の喉からそんな声が絞り出されるくらいには馬鹿げた話だった。

 ゴミはゴミらしく土に還ればいいものを。何でゴミが動いてるのでしょう?

 あと、臭い視線と息を私に向けないで欲しいのですが。
 ラウ様の可愛らしいお顔が貴方の息の所為で歪んだら欠片も残さず殺しますよ?

「姉々、何でゴミが喋ってるの? というより、殺していい?」
「待ちなさい、アミル。ここで殺せばラウ様の迷惑になるわ。それに腐っても多分貴族よ、ラウ様に迷惑が掛かる可能性があるわ」
「う~。もう、ラウ様、どこに行っちゃったんだろ……」

 アミルが言うが、ラウ様に迷惑のかかる行為をして側に居られなくなったら死んでしまうし、どうしましょうか。

 いっそ、殺してしまえれば楽なのですが……。
 人族の世界は面倒な事が多いですね。

 頭の中で考えてるうちにも、「メッチャ美人のエルフがいるんだとよ!」「うわ、超美人!!」「止めとけ、あの貴族だぞ?」「うわ……もう帰ってきたのかよ」と何やらワラワラと私達を見せ物としてしか考えられない屑共が集まってきましたし……。

 困りましたね。

 ゴミが私達が呟いた言葉に何か思い当たりがあるのか眉を細めた。

「ラウだと?」
「……ラウ様を知っていると?」

 私はその言葉に思わず聞き返してしまった。
 後から思えば、こんなゴミ虫の言葉など無視してしまえば良かったのです。

 アミルも主人であるラウ様の昔の事を知れるかもしれないと視線を貴族風の洒落《しゃれ》た服装をしているゴミに向けている。

 もしかしたら何か聞けるかも知れない。

 そんな事を考えていたが、突如ゴミが肩を振るわせ、隣に立つ大男へ同意を得るかのように視線を向けた。

「ひ、いひひっ……あぁ、久しぶりにこんなに笑った。おい、こいつらまだあの少女の亡霊を探してんだとよ! ほ、ほんと笑えるなぁ」
「ふははっ! あぁ、何かと思えばあの人殺し令嬢ですか? そりゃあ、人を殺したんだ。当然の報いですよ」
「……」
「ああ、もしかしてお前らあの死んだ娘の従者か? だ、だったらさっさと諦めるんだな。あの娘は死んだんだよ! いくら探したとしても今頃海の藻屑もくずとなってるさ。だから、お、お前らは俺が貰うぞ!」
「いや、良かったなぁ~。なんとも、感動する話じゃねぇか。死んだ人殺しの主人から、ブスメーズ・サグリース様がその深き温情おんじょうでお前達を拾ってやるって言ってくれてんだからな?」

 私達が足に力を入れ殺気を放ち魔力を身に宿らせる。

 しかし、そんな様子も気付いていないゴミ達は呑気に会話を進めており、その会話の中にもラウ様を侮辱する声が聞こえてくる。

 思わず、殺そうかと思った時—————

「はいはい、ちょっと失礼するね~。メイ、アミル何してるの?」

 そんな場違いな呑気な声が辺りに響いた。

 私達の愛する主人の声が聞こえ、直ぐさま私達はその声の方向へ視線を向ける。

 私達を囲う様に人の壁が出来ているのだが、その前列にいつのまにかラウ様がこっちを見ており、良い事があったのか軽い足取りで、こちらに歩いてきている所だった。

 私達は素早く魔力と殺気を霧散させ、姿勢を正す。

 周囲の野次馬は突然の可愛い乱入者に、一部は奇声を上げ盛り上がり、これから面白そうな所で非力な少女が乱入してきた事に一部は罵声を出す。
 
 一部の女性は陽の光で白雪の様にキラキラと輝き、その夏空の透き通った蒼色の瞳を周囲に向ける、最高級ドールの様な可憐な少女を見て甲高い声を上げる。

 しかし、それらにも特に意に介さずラウ様はなんだかご機嫌な様子で私達の所まで歩いて来る。

「ラウ様、それはこちらの質問です。どこに行ってたんですか」
「ラウ様? ラウ様だ~! えへへっ、もう、何処かに行っちゃ駄目じゃないですか」
「いや、メイ達が、ウギュッ!」
「ラウ様、珍しいお菓子あるんだって、三人で食べに行こ? ね?」
「ほら、アミル。それは後です、早くラウ様を離しなさい」



 メイとアミルに合流したはいいが、何やらお取り込みの真っ最中なのは変わっていない。

 私が乱入したとはいえ、周囲から見たら私は単なる幼き少女なのだろうし。

「おひょ~! これはこれは、エ、エルフにも負けず劣らずの美貌。更に幼いながらも魅惑的な雰囲気を漂わすとは。お、おい! そこのお前、そうお前だ! お前は特別に俺の専属奴隷にしてやる! いいな!? お前はもう俺のもんだ!」

 え……。
 な、なにあれ……遠くから見た時と迫力が全然違うんだけど……。

 それを機敏に感じたのか、メイが私を後ろから包み込むように抱きしめ、これ以上あの貴族を見なくて言いようにと視界を柔らかな手で塞ごうとする。

 けれど、まだ未熟ながらもツンと張った胸に私の頭を乗せたので私は結構余裕が無かったり。

 それにふて腐れるのはもう一人のメイド。
 「姉々だけズルイ!!」と前から抱きついてくるので最早、何がなんだか分からない状態。

 私の頭上からはメイの「っ!」と艶っぽい漏れ出た声が聞こえ、私の顔にアミルの爽やかな果物の香りとたわわに育った二つのおっぱいがムニュムニュと柔らかく当たる。

 さぞかし、周囲の男性諸君からしたら羨ましい光景なのだろう。
 私も当事者じゃなかったら、恨み言の一つや二つ吐いていたかもしれない。

 実際、彼方此方から男性が前屈みになり嫉妬に狂った様な血涙を飲み込む音が聞こえる。

 「どうだ、これが私の従者だ! 羨ましいか!」と叫びたいが、かといってこの状態で襲いかかられても困るので言わないけど。

 ただ、これだけは言える。
 ここは天国である、と。
 そして、私の従者達は天使—————エルフだと。

「これから、この娘達が俺の物になるとは今からでも興奮が抑えられそうにないな」

 それでも空気を読まないのか、はたまた我慢が出来なくなったのか。
 男が此方に向かって歩いてくる。

 いや、これどう見ても絶対後者だわ。
 だってもう、声がさ……ねぇ?
 残念だけど、それは駄目なのです。

 私のメイドに触る事は許さなない。

 私は前から惚けた表情で抱きつくアミルを重心を軽く崩す事で腕に抱え、頬が赤くなっているメイを私の背中に抱きつかせる。まぁ、そんなことをしたら、二人の顔が近くなるわけで。

 あぁっ!
 私王子様してるうぅぅっ!!
 そして、私のメイド達が可愛い!!
 きゃあああ!!

 拝啓、お母様。
 私、どんなに強くなろうと可愛い女の子の前では役に立たないようです。
 不甲斐ない娘でごめんなさい。

 でも、でも!
 こんな可愛い顔で見てくるメイドを見たら誰だって理性が崩壊すると思うのです、お母様!

 あ、あと私は元気です。
 後々実家に帰りますので私のメイドを紹介しようと思う次第でございます。お母様。

 追伸
 私、ハーレムというやつを作ろうかと思っております。
 実家に戻ったら詳しい話をしようと思ってます。はい。

 そんなことを考えている内にも貴族男が近づき、私との距離が五メートルも無くなった時、さっきの黒髪男性……少年? が私達を庇う様に前に出た。
 そんな少年に続く様に仲間であろう男女六人も私達の間に割り込む。

「おい、貴族だかなんだか知らないがいい加減にしろ!」
「……格好いいけど仁摩、腰抜けてるよ?」
「まぁまぁ。実際、人との戦闘なんて初めてだし、しょうが無いと思うよ?」
「それより大丈夫かしら?」
「え? あ、ありがとうございます。だ、大丈夫です」

 私を覗き込むように見るその女性は長い黒髪にキリッとした顔。
 どこかクアンに似てるところがあり、何故だか目が溢れる涙で潤む。

「ちょ、ちょっと泣かないで。ごめんなさいね、怖かったわよね。もう大丈夫だから、ね?」
「あっ、夏葉が女の子泣かせた!」
「ちょっと、人聞きの悪い事言わないで頂戴!!」

 どうやら私の目の前にいる女性は夏葉という名前らしい。
 なんか、凄いこっちを見てきてる人もいるけど……。

「双方、そこまでじゃ」

 直後、静かでありながら厳かな声が辺りに響く。
 声は騒動に騒いでいた周りの声さえも飲み込み、段々と静寂が戻ってくる。

 その中でポツリと聞こえた「マスター」という言葉。

 それは、その人物が来た方向から考えても彼が都市タリーの冒険者ギルドのマスターである。

 それを分からせるのは簡単な事であった。

「なにやら、騒がしいと思ったらまた貴方ですか」
「な、なんだ! この娘達は俺のもんだ。お前でもこれは譲らないぞ!」
「なんの話ですか。っ!? その娘達ですけど……悪いことは言いません。止めといた方が―――」

 マスターと呼ばれた男が私達というよりも私を見た瞬間、驚いた様に限界まで目を開き、焦って貴族風の男に助言する。

 しかし、

「う、うるさいっ!! 誰のおかげでここがこんなに発展したと思ってるんだ! 全ては我がサグリース伯爵家の力が合ってこそだろう!」

と話しをまるで聞かず、話が徐々にズレ始めた。

「確かに当時のサグリース伯爵家には多大な恩があります。ですが、恩は感じていてもこの街で好き勝手しても良いと言うわけではありませんな」
「なんだ? い、いくらお前でも我が伯爵家にたて突いて無事で済むとは思ってないだろうな?」

 周囲の会話が私達の事からマスターと呼ばれた男性と貴族男へと会話がシフト。

「なぁ、アレ何やってるんだ?」
「ん? あぁ、お前も来たのか。あのマスターの前にいる少女とあの家族が、エルフ達の所有権利で揉めてるんだとよ」
「なるほど。確かにあの制度があるとは言え、そこに年端もいかない少女を巻き込むとはね~」
「伯爵家と言えど落ちたものか。それに王家不信だって広まってんのに。その中でこんな事態を起こせば、更に広がるってのがわかんねぇかなぁ?」

 何やら男の実家であるサグリース伯爵家は昔は評判が良かったみたいだけど最近になって落ち始めているらしい。

「……ですが、それとこれは別。その事とその娘達の人権を勝手に搾取するのは仁義にまかり通らないものです!」
「ッ……!」
「旦那、これ以上はマズイですぜ。人が集まって来ちまってる」
「だ、黙れッ!」

 如何にもプライドが高そうな貴族だ。

 そんな伯爵家の貴族だという男が何を考えたのか、周囲を見渡し面白い事を思いついたと言わんばかりにニヒル顔を作った。

 凄く嫌な予感が……。

「だったら、その娘達の前に出てきたこいつらも関係者だろう! しかも、こいつらはその格好を見るに冒険者に違いあるまい? だったら、この女達を賭けての決闘をしようじゃないか」
「決闘……?」

 説明すると『決闘』とは、簡単に言ってしまえば冒険者同士の対戦。

 元々、冒険者という職業についてる者は荒くれ者や犯罪者などが多く在籍していたりする。

 勿論、犯罪者と言っても誰でもなれる訳ではなく、前科が軽く、釈放された者に限られるが。

  でないと、冒険者は犯罪者だらけになってしまうからね。

 兎も角、そんな冒険者内で何か揉め事が起きた時に行われるのが決闘。
 大半はルールを決め決闘を行うが、なんでもありのものも存在する。

 実際、それで何人もの冒険者が死んだそうだし。

 だからこそ、この制度が生まれた。
 冒険者の諍いなんて日常茶飯事だし、制度としては合ってるんだけど。

 まぁ、Cランクより下はそんな制度一々覚えてないから、そんな事も忘れて道端で殴り合いが始まるそうだけどね。

「な、なんで俺たちが!?」
「仁摩っ! ファイトっ!!」
「頑張れ~」
「まぁ、仁摩なら大丈夫でしょ」
「え!? だ、大丈夫なのか!? 八雲坂、お、俺は手伝うぞ?」
「………っ!?」
「や、八雲坂君、頑張って!」
「川根っ! お前だけだ! 俺の仲間は!」

 な、なにこの茶番……。

 決闘か……強い人出るんだったら出るんだけど……。

 というより、私がこの少年と戦いたいんだけど――——ま、まさかこれが俗に言う横取りってやつ!?

「何か、ラウ様が見当違いな事を考えてる気がする」
「ですね」

 でも、この人達、私達のせいで巻き込まれたわけだし……。
 ん~。
 しかし、そんな心配は次の言葉で粉々に壊された。

「だったら、決まりだな。次の週の、この時間。その日に、この冒険者闘技場で決闘を行う! 逃げるなよ? 『Aランク冒険者最強』と名高いお方を連れてきてやるから、精々怯えて待ってるんだな。行くぞ!」

 貴族の男達は、去り際にそんな典型的な悪役の言葉を残し、去っていた。

 最強だって?
 てことは、この少年よりも強い人が来るって事だよね!?

 これは、何としても出なくちゃいけないよ!

「あ~……取り敢えず、君達大丈夫か?」
「はい、大丈—————」
「誰だ貴様、私達のラウ様に触るな」
「君の助けなど余計なお世話に過ぎないの。ちょっとはその空っぽの頭で考えな?  若き冒険者君?」
「なっ!?」

 ………。
 あ~。

「ホント……。なんで、こうなったんだろ……」

 私は未だ少年達を威嚇するメイド達の腕の中でそうつぶやいた。

 そこに後悔と歓喜を募らせながら。
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