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「え、アミシアですけど」

「そうか。聖女の姉がパンを配るとはね」

「はぁ」

 全然、褒められてる感じしないんですけどー。

「どちらが聖女になるのか、もめたりしなかったのか?」

 私の気にしているところをいきなり突かれて、私は口を開閉させて見るからに慌ててしまった。いきなりそんなことを口に出す? 聖女さまには女の子みんな憧れているのよ。 特に、聖女の姉である私が一番気に病んでることは周知の事実だと思っていたのに。まあ、もめたところでなれるようなものでもないんだけど。

 私が王子に押されていることに気づいたのか、王子側の従者がリュカ王子に耳打ちする。

「失礼ですが、王子。聖女は誰でもなれるものではございません」

 そうよそうよ。なるためには条件を二つ満たさないといけない。そんなことも知らないのかしら。

「なる方法とはなんだ?」

 少しわざとらしく問いかけてくる王子。本気で知らないわけじゃないでしょう?

「私に聞かないで下さい。あなたの国が定めた規則です」

 ずばり言ってやった。王子は傲慢に笑った。

「俺の問いを無視するとは。悪くない」

 いたずら好きな少年を思わせる笑み。
 どうして、ニヤニヤしているのよ! 私は怒ってるの。なに、こいつ。王子って想像以上に面倒くさい男なのかも?

「聖女になれるように、この俺がキスしてやろうか」

「へ? いいえ。リュカ王子さま。落ち着いて下さい! どうしてそうなるんですか」

 無理無理無理。初対面でいきなりキスとかふざけている。この男、もしかして、キスするか処刑するかの二択しか頭にないの?

「どうして拒む? 聖女になる条件の一つは騎士と口づけをかわすことらしいじゃないか。俺は王子である前に騎士として名を上げた。つまり、俺がキスをした女性は聖女になるかもしれない」

 やだ、この人放っておいたらあちこちでキスするつもり??? そんな。余計に嫌よ。誰とキスしてるかも分からない唇と口づけだなんて。

「まあ、考えておいてくれ」

「あ、はい」

 王子は私の手からパンをかっさらって口に放り込んだ。美味しそうに喉を通っていくのが垣間見えた。

「王子! それはあまりに無作法! こ、こちらでお食べ下さい」

 従者が王子を隠そうと必死になっている。案外、王子も礼儀作法がなってないのね。まだ勉強中ってところかしら。でも、よかった。あっさり引き下がってくれた。冗談なのか本気なのか分からないのが恐ろしいわ。でも、私はもう一つの条件をまだ満たせてないのよね。王子が強引にキスしてきて私が聖女として目覚めなかったら完全に私のせい。想像しただけで怖いわ。「どうして聖女にならない。この俺のキスで!」とかそんな理由で処刑されたくないもの。

 って、私がほっと一息ついていると王子はクリスティーヌにも声をかけている。

「聖女は騎士と結ばれる運命にあるというのなら、私がもらい受けてもいいだろう?」

 はぁ。早速、クリスティーヌになびいちゃった。変わり身が早い。でも、これが本来どおりなのよね。

 クリスティーヌがこっちをちらっと見て薄ら笑っている。王子さまに声をかけてもらっただけでいちいち喜んでるんじゃないわよ。

「君こそ清らかな心を持つ乙女だ」

 あー、やだ。そうそう。その台詞も以前聞いたことがあるわ。で、こう言い返すんでしょ。

「いいえ。私はただ女神さまを思っているだけです」

 ほら、きた。

 フンッ。別にいいわ。騎士はあんただけじゃないし。自力で聖女になってやるわよ。
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