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翌日の朝。早々と学校へ行く準備を終えた僕は、リビングにある窓の薄いカーテン越しに隣の玄関を見張っていた。
昨日の下校と同じように、新君の後ろをこっそり付いて行こう。こうやって早いうちから玄関を見ていれば、新君が出てきた時間に合わせて自分も出ればいいし!僕天才!
自分の両親からの「うちの息子は大丈夫なのか…?」と言わんばかりの引いた目線に耐えながらも窓にかじりついていると、隣の玄関扉が開いて新君のお父さんが出て行った。昨日と同じなら、新君もそろそろ出て来る筈である。そう考えた僕は、しばらくの間ジッと注視していたのだが…。
新君は、昨日の外出時間、そしてそれより15分程遅い普段の外出時間を過ぎても中々玄関から出てこなかった。もう家を出ないと遅刻ギリギリになってしまう時間になっても現れない新君に、ある一つの可能性が僕の頭を過る。
…これ、もしかして新君物凄い早い時間に出たんじゃない?
僕と一緒に登校するのが嫌過ぎて…いやこれ以上考えるのは辞めておこう僕の心が傷つくから。
そうこうしていると、遅刻寸前になっても一か所から動かない息子に流石に焦れた母から言葉でも、そして物理的にも尻を叩かれ、僕は泣く泣く家を追い出されることとなった。
遅刻しそうなのはその通りだったので、気分は落ちていながらも若干駆け足で新君の家の前を通り過ぎて、
しかしその直後、ガチャリ、と奇跡のような金属音に僕は反射で振り返る。
玄関から出てきたのは、遅刻ギリギリだというのにも関わらず、昨日よりも明らかに余裕のある表情をした新君だ。
うっそ!新君まだ家に居たんだ!!今日は準備に手間取ったりしちゃったのかな?何はともあれ、二日連続特殊な時間だったのに家を出る時間が被るなんて幸運過ぎない!?
僕は振り返ったまま咄嗟に「おはよう」と言いかけて、しかし先日の事を思い出して寸でのところで留まる。
そうだった!一緒に行くのはNGだった!!
どうしよう。既に新君より前に居るのに今更新君が通り過ぎるのを待って後ろを歩くのもおかしいし、かといって隣で歩くのは新君が嫌がりそうだし…。
……その前に本当に遅刻しそうだし。
新君がゆっくりこちらに近付いてくるのを視界に入れながら、僕は数秒間頭をフル回転させて、
──今日は仕方がないな!家を出る時間が一緒だった幸運を糧にして生き抜こう!!
と、悔しさに歯を食いしばりながらも、遅刻を防止する方を優先して駆けだした。
急に目の前で走り出した僕に驚いたのか、それとも自分の遅刻の危機に気付いたのか、背後から「は!?」と新君の大声が聞こえて、同時に僕と同じスピードで地面を蹴る音も耳に入る。
チラリと後ろを確認すると、なんと新君が僕の後ろを一緒に走っているではありませんか!
遅刻しかけているのだから当然といえば当然の行動だけど、何となくそれが新君に追いかけられているようで、勝手に幸せな気分に浸れる僕なのであった。
数分走って学校に着いた頃には、互いにゼーハーと呼吸が乱れて満身創痍だ。
新君は下駄箱でたまたま一緒になった女子2人組に「急いでたのー?」などと揶揄われ、それを適当にあしらっているが、体力の無い僕は立っているのでさえやっとなくらいである。
新君に追いかけられる(妄想)のが楽し過ぎて、ついつい自分の身体の限界を忘れて前を走り続けてしまった。そのおかげか、遅刻するどころか逆にいつもとほぼ同じ時間に学校に到着出来ているという奇妙な事態になっているが。
他の生徒が行き交う下駄箱で、1人ハアハアと自分の靴箱に腕をついて息を整えていた僕。
すると急に頭部を覆うようにして布のようなものが投げつけられた感覚がして、バッと勢いよく顔を上げる。瞬間鼻を掠めたのは、洗い立ての清潔な洗剤の香り。
頭に乗っていたのはよくあるスポーツタオルだった。
そしてそれの持ち主はおそらく、…いやほぼ確実に、目の前で既に涼しげな顔をしている新君だ。
彼はこちらを一瞥してフン、と鼻を鳴らしたかと思うと、無言で背を向けそのまま立ち去ろうとする。
「あ、ちょ、新君!タオル落としたよ!?」
「落としたんじゃねーよ!!」
慌てて頭の上から取ったタオルを差し出すと、物凄い剣幕でツッコまれてしまった。
えっと…??じゃあこれは何なんだ?
弱った相手にタオルを投げつける嫌がらせか??
運動後の酸素の足りない頭では思考力も落ちる。
僕は新君のタオルを彼に向かって差し出したまま、どうしたら良いか分からず戸惑っていた。
そんな僕を得体が知れないものを見るような目で睨んだ新君は、ほぼ奪い取るような形でやや乱暴にタオルを受け取って、
「ぶっ!?!?」
次の瞬間、まるでパーティーのパイ投げの如くその布を僕の顔面へと強く押しつける。
といっても痛みを伴うほどの衝撃というわけでは無く、むしろポンポンと連続して肌に押し付けられるそれは、僕の額を濡らしていた汗を余す事なく拭き取ってくれるような動きで。
「え?え?」と混乱している間にもう一度タオルで頭を覆われて、今度はその上からぐしゃぐしゃと髪の毛をかき混ぜられた。
どうやらそれが仕上げだったようである。
鳥の巣のようになった髪の毛をそのままにポカンとアホ面を浮かべる僕を数秒じっと眺めた新君は、それが見るに耐えなかったのか、すぐに背を向けて早足で廊下を進んでいってしまった。
その後ろを追わなかったのは、新君が自身のスポーツタオルをそのまま持ち去って行ったために引き止める理由が無くなったことと、
後は、急な新君との接触に僕の精神が保たなかったからだ。
先程までの運動後の疲れとは全く違う理由で、再度僕はへなへなと靴箱にもたれかかる。
もしかして、もしかしてだけどさ。
新君、僕の汗を拭いてくれたんじゃない?
疲れてたから労ってくれてたんじゃない??
「うそぉ…優しい…。好きぃ…」
ボサボサ頭で赤面しながら靴箱に居座って気持ち悪い独り言を呟く。そんなはた迷惑な行動は、一限目開始のチャイムが鳴り響くまで続けられた。
因みに新君のクラスは今日体育の授業があったみたいだ。僕が別教室へと移動する途中、授業開始前にサッカーボールを楽しそうに蹴り合っている新君とその他ご友人を偶然見れたため気付けたことである。
帰宅部にも関わらず、新君がタオルを持っていたのはもしかせずともこのためだろう。
はああ~!指定ジャージ姿の新君も格好良い…!友達とふざけ合ってるのも可愛い!!
廊下の窓に限界まで張りつきながら舐めるように新君の姿を目に焼き付けていると、その邪な視線に気付いたらしい彼と窓越しに視線が合う。
まさか認知されると思っていなくて驚くが、それは新君の方も同じだったようで、距離があってもその目が大きく見開かれたのがわかった。
「見ていたなんて知られたら気持ち悪がられるかも!」なんて不安をさっぱり忘れ、調子に乗って手を振ったりしてみたが当然振り返したりなんて奇跡がある筈も無く、新君は素っ気なくこちらに背を向け、再度ボールを蹴り合う友人達の輪の中へ戻っていく。
直後始業のチャイムがなったことですぐにその場を立ち去ることとなった僕は、
まさかその後、急に動きが鈍くなった新君が盛大に空ぶって転倒し、周りの友人達に怪我と…あとはその真っ赤に染まった顔を心配されていたことなど知る由も無かった。
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