笑って下さい、シンデレラ

椿

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番外編 魔法使い秀真君

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大路真白という俺の友人は、数日前に我が学校の『100人斬りのシンデレラ』こと灰被新となんの冗談か12日の期限を超えて正式に付き合えてしまったらしい。
最初それを聞かされた時は「こいつショックで頭が…」と思ってまともに取り合わなかったのだが、12日を過ぎても毎放課後真白がいるこの教室まで律儀に迎えに来る灰被を見てしまえば流石にそれが真実であると信じざるを得なくなる。
真白曰く、灰被とはお互い小学生の頃から想い合っていたらしい。…これも妄言じゃないんだと。はあ~、世の中には特異なことがあるもんだ。


真白と俺──宇海秀真は、中学からの付き合いだ。そこそこ長く行動を共にしているが、まだ互いに知らないことも多いらしい。
それを実感した1つが、今回の『灰被新』との関係だったりする。
俺は真白が灰被を恋愛的に好きだったという事自体、真白からの「新君に告白した」という事後報告で初めて知ったし、そもそも幼馴染で幼少期から交流があったことすらあいつらが正式に付き合い始めたと聞かされる時まで全く知り得ていなかった。
…いや、確かにすれ違う時に度々目で追ったりとか、『新君格好良い!』とか言ったりはしてたが、有名人を見てはしゃぐ一般人みたいな感覚だと…。
まあ、俺がそう思うのも仕方がない。というのも、真白は案外秘密主義だ。…いや、この言い方は少し語弊があるか?態度は分かりやすいし、あんまり裏表もない性格だけど、何というか自己完結することが多いのだ。考えを進んで他人に相談するってことをしない。
まあこっちもそう頻繁に恋愛相談されても困るけど、一切知らされないってのもそれはそれで何か違うだろ。……うわ、今の自分最強に面倒臭いな…。

──そんなわけだから、こういうことになったりするのだ。

「あーっと……、はじめましてぇ…」
「…初めまして」
「新君が秀真の事に興味あるみたいだったから、お昼一緒にどうかなと思って連れてきたよ!」

いや、それきっと今じゃない。

ほら、目をかっぴらいて対面の灰被を見ろ。折角の2人きりの時間を割かれてめっちゃ嫌そうな顔してんだろ。え?見えてない?もしかして俺の幻覚か??「早速仲良くなったみたいで良かった~」じゃないんだよ。挨拶交わしたぐらいで全人類仲良しこよし出来てたらこの世に戦争などねえのである。珍しく昼時に「一緒に食べよう」と言われて、あ、今日は灰被との予定はないのかーなんて何も聞かずのこのこと付いてきた俺も軽率だったけどさあ…。



人気のない3階の階段。そこが真白と灰被のいつもの昼食場所らしい。
連れてこられたもんは仕方がない。馬に蹴られる前に早めに自分の分の昼食を食べてさっさと退散しようと決めて黙々と食事を進めていた俺だが、元々静かな場所だ。別に率先して話を聞こうとはしていないにも関わらず、そこで交わされる二人の会話が勝手に耳へ入って来る。

「今日も卵焼きいる?僕が作ったからあんまり綺麗じゃないけ──、」
「貰う。じゃあメロンパンと交換な」
「相変わらず質量の釣り合いが取れてないパン!ありがとう新君。
…えっと、そうそう!秀真とは中学で仲良くなってー…、あ、3年の時は確か新君と一緒のクラスだったと思うけど覚えてる?」
「…まあ」
「あの頃から秀真頭良かったから、僕めちゃくちゃ頼み込んで勉強見てもらってたんだよ。高校受験の前とかもうほぼ毎日秀真の家に入り浸って、半分住んでた感じだったなあ。懐かしい」
「へえ。毎日。へえ~~~…」

ふーん。結構仲良さげじゃん、なんて悠々と思っていられたのは最初だけ。灰被からの凍えるような視線が容赦なく俺へ突き刺さる。
おいおい馬鹿野郎気付け真白!俺の話は禁句だ!!っていうか今考えたらその高校受験で真白が必死だったのは、どうしても灰被と同じ学校に行きたかったからだろうが!!それで嫉妬するなんて逆に高度なのろけか灰被!?余計巻き込まれたくねえわ!

「そう言えば新君は、もうどこに進学するか決めてる?」
「一応○○大学。家から近いし」
「え!僕も!僕もそこに行こうかなって思ってたんだ!一緒だ!」
「へーそう、シラナカッタ。グウゼンダナ」

その顔、棒読み感、絶対事前に何かしらの方法で情報入手してただろ白々しい!親か?親同士のコネクションがあるのか?

というか、余りにも自然に受け入れてしまって今更感があるけど、灰被って意外にちゃんと真白の事好きなんだな。いつも冷静沈着で超クールって感じの印象だから、こんな風に誰かに執着して嫉妬したりするイメージは無かった。新鮮な気分だ。

「……勉強だったら、俺が教えてもいいけど。…別に泊まりたいなら泊まれば良いし、」
「いやそれは大丈夫!」
「!?」

「秀真が居るし!」
「ブッ!!!…っ俺!?」

完全に油断していたところの流れ弾で、思わず飲んでいた水を吹き出してしまう。
睨むな睨むな灰被。俺は無実です。

「…わ、わざわざそいつの家に行くわけ?……移動時間…、そう、その移動時間が無駄だと思うけど!?」
「秀真の家、学校から凄く近いから大丈夫だよ!学校帰りとか、…あ、でも流石にずっとお邪魔するのもアレか。秀真僕の家に来る?泊まって良いよ?」
「……泊まり…」

泊まらないから!大丈夫だから睨むなって!!!何だこいつら面倒臭え!
二人の思考が手に取るようにわかるから俺は余計にそう思った。

灰被は真白と勉強したい…っていうか一緒の時間を過ごしたいって感じなんだろうけど、それをストレートに言う事が出来ないんだろうな。典型的な、素直になれない野生のツンデレである。
そしてそんな灰被が勇気を絞り出して告げたのであろう渾身のデレを無残にも連続でクラッシュしていっているのが、この自己完結野郎こと真白。…多分真白の心情的に、「恋人の新君に格好悪い所見せたくないし、勉強を教えてもらうなんてそんな新君の貴重な時間を僕なんかに割いてもらうような事出来ないよ!同じく泊りも!隣なんだからもし新君の家に行ったとしてもすぐ帰るのがマナーだよね!でも親友の秀真には迷惑かけてOK!」とか思ってそうだ。長年片思い(?)をしていた灰被を意識し過ぎて、嫌われたくないからと遠慮してるんだろうけど、その遠慮の方向が完全に灰被に致命傷を負わせにいってんだよなぁ…。

究極的に噛み合ってなくて逆に面白いことになってるけど、本人たちはいたって真剣という…。ああもう、こういうやり取りが今後も延々と続く様子が目に見える。
……そんで、面倒くさいそれを放っておけない俺も居るんだよな…。

「…あー、灰被は勉強どうこうじゃなくて、真白の事が好きだから単純に真白と一緒に居たいし、真白に一番に頼って欲しいんだよ。そこで俺を頼るような事言われると、誰でも多少は嫉妬するって」
「え、」
「真白の方は、灰被に情けないとこ見せたくないとか、迷惑かけたくないとか、灰被の事を意識し過ぎるせいで嫌われたくなくてほぼ無意識に遠慮してるんだと思う…ッス。絶対に灰被との勉強が嫌とかそんなことは無いんで、寧ろ一生一緒に居たいと思ってるはずなんで、自信もってゴリ押していいと思います」
「お、おお…」

つらつらと言い切った俺をしばし呆然と見た二人は、その後互いに顔を見合わせる。

はい。これを機にお互い言葉を尽くして関わるようにして下さい。
何様なんだと捉えられそうなことを思いながら息を吐いていると、やや神妙な顔をした灰被が俺へ問いかけた。

「…前に、これこれこういうことがあって、急に「経験豊富になってくる!」とか言い出したんだけどそれは…、」
「…えっと多分ッスけど、その前に言った『俺も(どんな真白でも好き)』ってのが伝わってなくて、寧ろ『俺も(自分の事が好き)』って意味にとられてるッスね。だから、そんな灰被と自分は釣り合ってないんじゃないかと思って、経験豊富云々って言ったんだと思います。決して浮気しようとかそんな気持ちは無い筈なんで」
「なるほど…」


「待って待って秀真!じゃあ、これこれこうで一回デートを断られたけど結局行くことになってたのは!?」
「それは誰にも邪魔されずお前と二人だけで行きたかったから、友達が居る前で誘うなって意味だろ。冷やかされるのも嫌だったんだろうし。んで、聞かれた時間は映画館の開演時間じゃなくて待ち合わせの時間な」
「そうだったの新君!?」


「「翻訳機…??」」
「俺を便利グッズ扱いすんな!!」


昼休み終わり、灰被に「定期的に話に加わって欲しい」みたいなことを遠回しに言われたが、正直この二人のやり取りに巻き込まれるのは面倒臭すぎるので丁重に却下させていただいた。

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