躾の出来た良い子です?

椿

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番外編

犬居 刃 7

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 数十分、真剣にドラマを見ていた満が急にグリン!と振り向いた。
 何となく暇でそいつの丸い頭を眺めていた刃は、思わず肩を震わせる。ビビったと思われるのが嫌で、不自然な咳払いをして誤魔化した。

「これ大井!じんに似てる人!」
「はあ……?」

 それは満が気に入っている任侠ドラマの登場人物だった。わざわざ巻き戻し、一時停止までして見せられる。
 正直似ているとは思えない。
 というか、ガキのくせに任侠ドラマなんか見るなよ。どの部分を楽しんでるんだよ。
 白けた目を向けていると、それが全く響いてなさげな満が早口で解説を始めた。 

「大井も道でボロボロになって倒れてたんだけどっ、この奈美なみちゃんが『大丈夫?』って聞いたら、『うるせえあっち行け』って言ったんだ。大井と一緒だとケガするから、わざとひどいこと言ったんだよ。じんも同じだったから、優しくてかっこいいなあって思った!」

  こちらに向けられる尊敬の眼差しに、ざわりと悪寒が走る。
  
「……フィクションと現実混ぜてんじゃねぇよ」

 自分で思っていたよりずっと低く重い声が出た。口を開いたまま、呪詛のように言葉が続く。
  
「俺はお前が近寄って来た時、捕まえて親に身代金要求したらいくら手に入るか考えた。人身売買組織に横流しして小遣い稼ぎに利用するのもアリだったかもな。……実際はこんなもんだ。お前が思ってるほど世の中甘くねぇんだよ。それ聞いても、『刃は優しい~』だとか脳みそに綿菓子詰まってるみてぇなこと言えんのか」

 ほぼ睨みつけるように視線を向けると、ぽかんと口を開けたまま、いくつも疑問符を浮かべる満の姿があった。 

「み、みのろし……?じんじん、ばいばい?」
「こんな物騒なドラマ見てるくせに、身代金と人身売買は知らねえのかよ……」
  
 はあ、もう面倒くせぇ。
 一気に脱力感が襲う。
 怖がらせてこっちに関わってこないようにさせるつもりだったのに、こいつがアホすぎるせいで失敗に終わった。
 正直、こいつと出会ったときのことなんて、まともに覚えてはいない。
 ただ俺は全身が痛くて、冷たくて、聞こえた子供の声がひどく煩わしかった。他の何も考える余裕はなかった。
 逆に、もしそんな危機的な状況で他人を気遣えるやつがいたら、そいつは余程のお人好しかただのアホだ。
 話す気も失せ、視線を別の場所に移すと、そのタイミングで満がぽつりと口を開いた。

「じんは大井じゃないけど、おれと話してくれるから、やっぱり優しい」
「?」

 にこにこと嬉しそうに笑う満に、理解が及ばず顔が歪む。
 やっぱりこいつ、脳みそ綿菓子だ。

「こんなご都合主義のつまんねぇクソドラマ、よく見てられんな。ま、ストーリーと同じで、中身スカスカな綿菓子頭の馬鹿が気に入るんだろうけど」

 十歳近く年の離れた子供相手に毒を吐き捨て、それを最後に刃は布団へ潜る。
 しかし、数秒待っても続く沈黙に、かすかな違和感を覚えた。
 あれ。気に入ってるドラマみたいだから、絶対「つまんなくないよ!ここがいいんだよ!」とか反論してくるかと思ったのに。
 アホすぎて言葉理解できなかったか?
 少し気になってそろりと目を向ける。
 ──そこには、顔を真っ赤にして涙をこらえる、号泣寸前の子供の姿があった。

「な、んで……、だん゛でぞん゛なごどい゛ゔぅゔ~~~~~!」
「!?」
「じん゛のばがあ!!ぜんぜんやざじぐな゛い゛っっ!!うわぁああん!!」

 泣いて走り去っていった満に、呆気に取られる。
 それは、刃が初めて見る満の涙だった。
 こんな簡単なことで泣くのか。しかも泣き声がうるさい。
 扉を出て行ってしばらく経つのに、そこが開いたままだからか、まだ満の「うわーーん」という声が響いていた。

 翌日、全てを忘れたみたいにけろっと話しかけてきた満に、あの号泣でも引き離すことはできないのか……と、地味に刃の方がダメージをくらわされていた。


 *


「これやる!」
「要らね」
「ちゃんと見ろ!?」

 自分で上体を起こせるようになった頃、満によって眼前に突きつけられるそれを、刃は嫌々ながら見やる。
 彼の手にあったのは使い古されたカップだった。
 中には沼色の青臭い液体と、つぶれた植物らしき何かが入っている。

「んだこのゴミ」
「ゴミじゃないし!」

 くわっと不服そうに怒られた。

「これは、じんのケガが早く治りますように~のおまじないの汁です」
「おまじないの汁」
「おれがさっきそこで集めて擦りつぶしてちょうごうしたすごーくありがたいやつなので、枕のとこにおくね」
「絶対にやめろ」

 しばし満との置かせろ・置かせないの攻防が続く。その最中、先程食べ終えたばかりの食器が刃の肘にぶつかった。
 それは運悪くテーブルから落下し、ぱりん!と甲高い音を立てて砕け散る。
 二人の間に一瞬、息を飲む沈黙が生まれた。

「わった!じん悪いんだ~!」

 他人事故か、満は揶揄い交じりに言った後、「すきあり!」と刃の手の届きそうにない場所にさっきのゴミを置く。
 満足げに胸を張る満。
 しかし刃は、その割れた破片から目が離せなかった。

 かつて、刃が一発殴られて終わる程度の些細な失敗は、きっと薙の方に皺寄せがいっていた。
 薙は皿を割っただけで暗いキャリーバッグの中に一晩閉じ込められて、きっとその時にクスリを打たれたり、他にも沢山酷いことをされていたのだろう。
 俺はその変化に気づけなくて。だから薙は誰にも頼れなくて、一人でずっと耐えて、最後には──、

「じん……?」

 不思議そうな満の声がして、次の瞬間、部屋にノックの音が響いた。

「大丈夫ですか?今何か割れた音が、」

 すぐに入ってきたのは使用人の鶴間だ。
 元々刃の食器を下げる予定だったのか、丁度近くに居たのだろう。

 知らぬ間に、刃の顔からは血の気が引いていた。全身の力が抜け、段々息がし辛くなる。心臓は破れそうな程強く鳴り、全身にじっとりと薄気味の悪い脂汗を沁み込ませた。
 酷い耳鳴りが周囲の音をぼやけさせ、今この瞬間を夢か現か曖昧にする。

 近づいてくる鶴間の姿に、貴虎の影が重なり、ひゅっ、と恐怖で喉が鳴った。
 その時──

「あの、つるま……」

 刃の視界を遮るように、満が鶴間との間に立った。
 彼は刃に小さな背中を向けた状態で、微かに声を震わせながら告げる。

「ごめんなさい、おれが、じんのお皿割っちゃって……。……ごめんなさい」
「!」
「そうでしたか。お怪我はありませんでしたか?」
「うん……ごめんなさい……」
「形ある物はいずれ全て壊れます。大丈夫ですよ。それよりも坊ちゃまのお身体が無事で安心しました。そして、ちゃんと謝れたのは偉かったですね」

 満に合わせてしゃがみ込んだ鶴間は、いつもと変わらない穏やかな調子で、その小さな頭を優しく撫でた。

「すぐに片付けの道具を持ってきます。二人とも、破片には触らないように」

 そう言い含めた鶴間は、颯爽と部屋を出て行く。
 扉が閉まると同時、無意識に詰めていた息がほっと外へ漏れた。
 次いで刃は、俯く満へと視線を向ける。

「……それで俺に恩を売ったつもりかよ」

 子供相手に、よくもまあそんなひねくれた言葉が出たものだ。
 ……違う。ただ期待したくなかっただけだ。
 感謝なんてものをして、認めたくなかった。
 この子供が、俺の顔を見て、俺を助けようと前に立ってくれたなんて。そんなこと、自覚させてほしくなかった。

「うそ、ついちゃった……」
「は?」
「つるまに、うそついちゃった……。バレたらどうしよう……ぅ、うぅ…っ、うわああ~~ん!!」

 満は振り向くと、いつかのように涙をいっぱい溜めた顔を天井に向け、大声で泣きわめき始めた。
 刃が耳を塞ぐのと同時に、「おやおや」と慣れた様子の鶴間が戻ってくる。
 彼が満を慰めてくれるものと思い、安堵したのも束の間。

「では坊ちゃまのことはお願いしました。刃君」

 鶴間はそう言って泣きじゃくる満の背を押し、刃の方へと寄越してきた。彼はそのまま破片処理の作業に専念する。
 は!?
 無遠慮にしがみついてくる満の涙と鼻水で服はぐちゃぐちゃに汚れ、近距離で泣き叫ばれて鼓膜が破れそうになった。
 本当に最悪な気分だ。


 その日の悪夢で刃の手を引いたそれは、ちょっとだけ青臭い香りがした。
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