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小話4 風邪をひくノアさん(新パーティー ノア×ユーリ)
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新パーティーの旅の一幕。
ユーリこと勇者のオレと、ノアさん、エリー、シエル。
初対面同士で構成された四人の新生パーティーは、急造にしては各人の能力や性格の噛み合わせが良く、他の冒険者パーティーと比べても潜在的な力量はかなり高いと感じていた。
もっとも、それとは別の話として、生まれも性格も特技も異なる者同士が集団生活を送れば、多かれ少なかれ衝突は避けられない。
気心の知れた幼馴染で組んでいた前のパーティーですらそうだったのだ。どんな集団でも同じだろう。
互いにぶつかり、折り合いをつけていく中で、オレたちは少しずつ、本当の意味で仲間になっていくのだと思っていた。
そしてそのぶつかり合いは、この新生勇者パーティーでも頻繁に起きている。
「何ですかそれ」
ノアさんの冷えた声が響いた。
場に緊張感を持たせるようなそれに、しかし目の前の二人は一切の物怖じを見せず口を開く。
「安眠効果のあるネックレス」
「地域限定のイカした楽器だ!」
胡散臭いビーズのネックレスを掲げたシエルと、弦の張られた小ぶりの楽器をじゃんっ、とかきならしたエリー。
楽器の余韻が完全に消えるまでの短い沈黙のあと、ノアさんは先ほどと同じ、淡々とした冷たい声で言った。
「必要ありませんよね、それ」
「磁石が付いてて効果抜群だって」
「いつも誰よりも長く寝ているでしょう、あなた」
「これは地域限定の楽器なんだ」
「同じような理由で買っていた物が他にもあった気がしますが、それは今どうなっていますか」
やや狼狽えてから口を閉ざした二人を見て、ノアさんは肺の奥から絞り出すような深いため息を吐いた。
その様子を隣で見ながら、オレは思わず苦笑いを漏らす。
旅において、金銭の管理は死活問題だ。
野宿をしたり、道すがら食料を調達してしのぐこともあるが、街で宿に泊まり、人の手で扱いやすく加工された食材を買うのとでは生活の質がまるで違う。装備の補充や武器の正しい手入れにだって、やはり金は入り用だった。
オレたちのパーティーでは、結成して間もない頃、ノアさんが自分から名乗り出てその管理を引き受けてくれている。
依頼の報酬を得た際に、食費や宿泊費などの共通費用を一律で積み立てておいて、残りは各自に分配し、それぞれ私的に必要なものはその取り分からまかなうという、至極堅実な管理体制だ。
しかしノアさんは、エリーとシエルの金の使い方に少なからず不満を抱いているようだった。
二人は何にでも興味を示し、よく衝動的に買い物をする。その結果、すぐに手持ちが尽き、本当に必要な物を購入しなければならない時に、オレやノアさんから金を借りる羽目になることがあったからだ。
それが一回や二回なら特に何も思わなかったかもしれないが、流石に毎回ともなると、今後を考えた時、色々と不安を覚えるのも当然である。
「流石に目に余るので、今後は僕が貴方たちのお金を管理します。はいどうぞ。これが今月のお小遣いです」
「なっ、少なすぎる!これじゃパンも買えないじゃないか!」
「食費は共用の財布から出すので死にはしませんよ。あっ、勿論勇者さんはそのままで大丈夫ですからね!むしろ欲しいものがあれば僕が出します♡」
「そんなのズルだ。勇者様だけ贔屓してる」
「そうだそうだ!皆で稼いだ金なのに!」
「購買欲求を碌に制御できない猿と勇者さんが同等なわけないじゃないですか。身の程を弁えてものを言ってください」
い、言えない……。前のパーティーでオレもエリーたちと同じような失敗をして、死ぬほど怒られた末に今があるなんて……。
わずかなコインを握りしめ、しゅんと肩を落とすエリーとシエルには、どこか哀愁が漂っていた。
気持ち、わかるよ……。可哀想だからたまにお金出してあげよう。
それにしても、パーティーにこうしてきちんと手綱を引いてくれる人がいるのは心強い。
ノアさんのこういう堅実な一面には、金銭面に限らず生活のあらゆる場面で助けられてきた。
ただ、その分だけ負担をかけていないかと、いつも気になってしまう。
説教を終え、「はあ……頭痛い……」と額に手を当てるノアさんに、オレは歩み寄った。
「ノアさん」
「はい勇者さんっ♡」
呼びかけた瞬間、ぱっと花が咲いたように表情を明るくして振り返った彼の愛らしさに、オレの心臓は反射的にぎゅん!と甘く締め付けられる。
調教されきったその自分の反応をやや恥ずかしく思いながら、オレは感謝を伝えるべく口を開いた。
「さっき、エリー達にはっきり言ってくれてありがとうございます。本当は勇者のオレが指摘するべきなのに、嫌な役回りをさせてしまってごめんなさい」
「いえ、ただ僕が気になっただけですから。勇者さんのお手を煩わせるまでもありません。お気になさらないでください」
ノアさんは穏やかな声でそう言ってから、最後ににこっと微笑む。
ス、スマートすぎる。流石ノアさん。人間力があまりにも高い……。
オレが尊敬の念を噛みしめていると、いつの間にか、ノアさんはこちらへと距離を詰めてきていた。
長いまつげの一本一本まで見えてしまいそうな近さに、思わず息が止まる。
彼はその細長い指をオレの手にゆっくり絡ませると、少し顔を傾け、その肩まで伸びた美しい銀色の髪を揺らして告げた。
「僕のこと、心配してくれたんですか?」
触れ合う熱と妖艶な眼差しに、一瞬で鼓動が早さを増す。
「う、うん。色々、負担になってないかなって……」
「とんでもない。もしそうだったとしても、僕はこうやって勇者さんと話して触れ合うだけで、全部気にならなくなります」
「そ、そっか!それは、よ、よかっ、た、です?」
「近いぞノア!」
エリーに引き剥がされたことによって、オレは更に迫ってきていたノアさんの美麗な顔面圧から解放された。
キ、キスされるかと思った……。
邪な思考は、少しずつ落ち着いてくる拍動と一緒に払いのけておいた。
*
今日は野宿が決定していたため、日が落ちる前に野営に適した場所を探し、計画的に準備を進めておいたオレたち。
もう慣れたもので、食事をとり、夜が深まると同時にそれぞれ寝床を整え、「じゃあおやすみー」と軽く声を掛け合うまでスムーズだ。
ただそこで今回、オレだけは、横になってもなかなか眠りに落ちることができなかった。
落ち着かないまま、ぎこちなく自身の足を擦り合わせる。
原因はなんとなくわかっていた。
おそらく、発情が近いせいで少し身体が昂っているのだ。
発情の呪いは、かけられた当初に比べれば発動する周期が長くはなっていたものの、未だに定期的に精液を受け入れなければならない状況は変わっていなかった。
普段なら、本格的な発情が訪れる前にノアさんが行為をして治めてくれるのだが、最近は野宿続きで二人きりの時間が取れないのもあって、それが出来ていない。
すると、身体が発情の周期……もといノアさんとの行為の周期を覚えてしまっているのか、間隔が空くとこうして無意識に触れ合いを求めてしまうことがあった。
明日には町に着くだろうから、するならその時かな……。
ふとそんなことを考えてしまったせいで、連鎖的に、ベッドの上でのノアさんの優しい手つきや、丁寧な愛撫、抱き寄せられる安心感、そして中を満たされる感覚まで思い出してしまい、体内を巡る熱がさらに強くなる。
ちょっと、触るか……?
完全に目が冴えてしまい、そんな考えが頭をよぎった。
しかし、この呪われた身体になってしまってからの自慰はしたことがない。
元々そんなに頻繁に発散したい方でもなかったから、特に不便を感じたことはなかったのだが……。
大丈夫かな。これがきっかけで発情が始まるとか、ないよな?
不安はあった。しかし、悶々とした意識はもう自身で快感を得る方向へと向いてしまっていて、気づけば手は自然と下半身へ伸ばされていた。
そろり……、ベルトを取ろうと手をかける。
その瞬間、
「──勇者さん」
「ぉわっ!」
背後からの急な声掛けに、びくっと肩が跳ねた。
激しく脈打つ心臓を抱えたまま振り向くと、膝立ちの状態でこちらを覗き込むように見ていたノアさんと目が合う。
オレは慌てて上体を起こし、動揺を押し殺すように声を潜めて……、
「どど、どうしたんですか?」
「いえ、勇者さんが眠れていなさそうだったので……大丈夫ですか?もしかして発情、きちゃいました?」
心配してくれてる…!しかもなんとなく状況もバレてるーー!
オレは羞恥と気まずさに身を縮こまらせながら、「い、いやっ、まだ……」などと視線を泳がせ口ごもった。
そんなオレをじっと見ていたノアさんは、一拍のあと、神聖な月明かりの下でゆっくり目を細める。
「物欲しそうな顔してる」
「……っ!」
確かな欲を孕む熱い視線に、息が止まった。
続けて彼は、「たまには外もいいかもしれませんね」としっとり笑うと、服の上からつつ……と指先でオレの下腹あたりをなぞる。
え、えっ……?外でって、い、今から!?
突然の展開に、オレは一気に混乱した。
「えっ、いやっ、待…っ!ノ、ノアさんは綺麗だからいいですけど、オレ、身体洗ってなくて汚いですしっ」
「勇者さんの身体に汚いところなんてありませんよ。むしろ今日は、匂いが濃くて興奮する……」
一気に距離を詰められ、ノアさんの鼻先が首元を掠る感覚に身体が強い熱を帯びる。
にっ、匂い嗅がれた!?
動揺している間に服の下へ滑り込んできた手が、ゆっくりと素肌の輪郭をなぞっていた。
本当にするつもりなのか?しかも、ここで…!?と驚かされながら、しかし確かに求めていたものが与えられ、気持ちよく満たされる感覚に、自然と息が詰まり、熱い吐息が漏れる。
いつもならこのまま力が抜けて流されてしまうところだが、オレはふいに感じたある違和感から、途中でノアさんの手を掴んで引き剥がした。
「ノアさん……!」
「はい……♡」
オレがじっと見つめると、彼は何を思ったか、顔をこちらに向けたまま目を閉じる。
しかしそれは、今のオレにとっては好都合だった。
目を瞑ったノアさんへと顔を寄せる。それが互いの吐息が触れ合うほどの距離まで近づくと、オレは彼の額にかかる前髪を指で優しく払った。
ノアさんがその些細な接触にぴくりと瞼を震わせ、同時に少しだけ頬の血色を良くする。
そうやって晒された彼の額へ、
──オレは自身の額をそっと重ねた。
「熱、ありますよね」
「……へ?」
確認を済ませてからすぐに離れ、今度は手のひらで額に触れる。
触れ慣れているからこそ分かる。肌を介してじわりと伝わってくる体温は、明らかに彼の平熱より高かった。
「やっぱり。結構熱いですよ。動くの辛くないですか?」
「い、いえ、そんなことは……、元気です!きっと勇者さんの事を考えていたから、ドキドキして体温が上がっちゃっただけですよ」
「いや、だとしてもこの体温は普通じゃないです。寝てください。明日、街に着いたら医者に診てもらいましょう」
「えっ、あ、あれ」
戸惑うノアさんを、オレは半ば強引に寝床まで押し戻す。
少しでも暖を取らせるため、彼に自身の薄っぺらい毛布もかけてやっていると、そこから顔を出したノアさんが心配そうに問いかけてきた。
「勇者さん、発情は……」
「大丈夫ですから!」
病人に下半身の心配をされているという猛烈な罪悪感に、「寝てください!」ともう一度強く言ってから、オレも自身の寝床へ横たわる。
ノアさんは最初こそ落ち着かない様子だったが、オレが目を閉じて静かにしていると、ほどなく寝息を立て始めた。
身体は限界だったのだろう。呼吸も少しだけ荒めだ。
逆によく今まで起きていられたな。それほどオレの発情のことを心配してくれていたのかもしれないけど……。い、いたたまれない。
治癒魔法は、基本的に『傷』に作用するもので、病気の根本治療には向いていない。
それでも、炎症を抑えたり壊死を修復したりなど、魔法の技術が高度であればあるほど、その対処療法が素晴らしいものであることは間違いないのだが、ノアさんの今の状態は魔法でどうにか出来る範疇を超えているように思えた。
そこら辺、難なく風邪や病気も治せていたヤヒロの回復はやっぱり規格外だったけど……。
何はともあれ、オレも早く寝て明日に備えよう。
仲間の危機に意識が向いたからか、さっきまで身体を苛んでいた悩ましい疼きは収まっていて、すぐに睡魔が訪れてくれたのは助かった。
【ノア視点】
勇者さんと出会った後、未来予知の異能が発現した俺は、彼と再び出会う未来を実現するために、生まれ育ったあの大聖堂から逃げ出した。
勿論頼れる人や場所などあるはずもなかったが、目的のためにやることは決まっていた。
俺は逃げ出したその足で、今まで兄弟共々貸し出されていた相手の中で最も地位が高く、そして最も取り入りやすそうな貴族の屋敷に単身乗り込み、何でもしますと頼み込んで雇い入れてもらう。
人間ではない俺が何かを成すには、まず前提として地位が必要で、それを得るために最も効率的な場所がそこだった。
主人である男爵家の旦那様は、元々俺達兄弟で遊んでいたぐらいの性癖がねじ曲がった好色家だ。似たような性格の息子共々籠絡して、養子の座を得るのはそこまで難しくなかった。
最低限の土台が整った後は、自身の研鑽と、有益な人脈の形成に全ての時間を注ぐだけだ。
教養と礼儀は必須。
外見も、誰もがすれ違っただけで記憶に残るよう徹底的に磨き上げた。
年齢を高く偽り、身長を盛って頻繁に社交の場へ出向き、周囲の会話の端々から、参加者やそれに連なる人物の性格、趣味嗜好、人間関係、行動範囲に至るまで拾い上げ、いずれ会うべき要人に繋がる人間を選定するのが日課だった。
寝ようと思ってまともにベッドで寝たのなんて数えるほどだ。ほとんどは気絶するように意識を失い、気づけば朝が来て、また動き出す。その繰り返しを幾度となく続けた。
正直、貴族の社交場で俺という存在はあまりに異質で、格好の玩具だった。
男爵である当主は好色家。そこに突然現れた、血の繋がりを感じさせない見目麗しい養子。
邪推なんてし放題で、下劣な噂は同じく下劣な人間を引き寄せる。
だがその状況は、貴族に最初から人柄などというつまらないものを求めていなかった俺にとって、色々と手っ取り早く好ましかった。
たくさん汚いことをした。
恨みだって数えきれないほど買った。
弱みを見せず、誰かにつけ入られる隙は徹底的に隠して潰すのが当たり前だった。
辛いなんて思わない。
目を閉じれば見える、いつかの未来の先で待ってくれている勇者さんの笑顔だけで、本当にどんなことでもできた。
多少の苦しみはむしろ、勇者さんのために自分はここまでできるんだ、という彼への愛の証明のようで、それに誇りすら感じていたほどだ。
俺のすべては、勇者さんと共にいる未来のためにあった。
ずっと、彼だけを追い求めていた。
「……、……さん。ノアさん」
「……、っ」
長い夢から覚めたように、意識が浮上する。
視界が明るい。もうとっくに朝のようだ。
起こしてくれたのは勇者さんだった。
不覚である。
勇者さんが起きる前に身なりを整え、一番最初に「おはようございます」と挨拶をするのが日課なのに。
即座に起き上がろうとするも、身体は重く、頭痛とめまいに視界が歪んだ。
いつの間にか汗がぐっしょり背中を濡らしていて、服が張り付くのが気持ち悪い。
明らかな体調不良だ。
そう自覚した瞬間、勇者さんの手がそっと額に触れる。
「熱、上がってますね」
「……このくらい大丈夫です。出発を遅らせてしまってすみません。すぐに準備を、」
「二人とも。やっぱりノアさん具合悪いみたい。オレが背負うから、荷物持ってもらっていい?」
いつの間にか、後ろに他の二人もいたらしい。
彼らは勇者さんの指示に端的な了承を返すと、荷物をまとめ出した。
呆然としている間に、背中を向けてしゃがんだ勇者さんが顔だけ振り返る。
「動くのは辛いかもしれないんですけど、早めに薬を貰ってゆっくり休む方が良いと思うので、次の町までオレが運びます。乗ってください」
「い、いえ、その、僕は……」
勇者さんに気にかけてもらえるのは嬉しいはずなのに、何故か今は素直にその厚意を受け入れられなかった。
それはきっと、この不調がいつものように取り繕ったものではない、本当の弱みだからだ。
──早く、何か理由を言わないと。
拒絶の意味を誤解される前に、もっともらしい言い訳をしようとするが、いつもと違って全く思考が回らない。
何も言葉にできないまま、視線は自然と下を向き、額にじわ、と焦燥の汗が滲んでいた。
そんな俺に、勇者さんは怒るでも急かすでもない、穏やかな声を重ねる。
「ノアさん、どうぞ」
──その光景を、俺は知っていた。
警戒なく向けられる背中。こちらへと笑いかける柔らかい表情。
それは以前、何度も狂おしいほどに縋った、あの予知の記憶の一つだった。
気づけば、俺は引き寄せられるように彼の背へと手を伸ばしていた。
肩に触れた手のひらから服越しに滲む体温は、熱すぎずひどく心地がいい。
「し、失礼します……」
「はい」
今更手を引くこともできず、俺はそのまま勇者さんに背負われてしまう。
無意識に、緊張で身体が強張っていた。
思い返してみれば、記憶にある限りの人生で、誰かに背負われたことなどただの一度もない。
小さな子供でもない俺を背負うのは重いだろうに、勇者さんは案外軽々と持ち上げて歩き出した。
背中は安定していて、揺れも少ない。
大丈夫かな。歩いてて疲れないかな、勇者さん……。
宙に浮いた心もとなさの中でそんなことを思っていると、近寄ってきたシエルが横で何やらごそごそと自身の懐を探った。
「これ、装備したらいいかも」
首にかけられたのは、昨日彼が購入していた安眠ネックレスだ。
冷たい感触が肌に触れて、反射的に身を震わせる。するとほぼ同時に、後ろからばさりと布がかけられた。
勇者さんのマントだった。
それを俺の肩にかけて固定したエリアスさんは、さらに自分の外套も脱ぎ始める。
「身体は冷やさない方が良いからな。俺のマントもかけよう」
「僕のも」
シエルも同じように脱ぎだして、最終的に俺の身体には三重の布が重ねられることとなった。
統一感のない衣服に覆われ、もこもこと膨らんだ身体はすぐに温かさを帯びる。
それをきっかけとして、どこかで緊張の糸が切れたのか、回り始めた熱で全身が一気に重さを増し、姿勢を保っていられなくなった。
「もっと寄りかかっていいですよ」
すべてを見透かしたようなタイミングで声がかかる。
俺は言われるがまま彼の首に腕を回し、その身体を預けた。
触れた肌の表面はひやりと冷たい。けれどそれはすぐに俺の体温に馴染み、段々と同じ温度になっていくのがどうしようもなく心地よかった。
勇者さんは他にも何か声をかけてくれているようだったが、耳が水の中にあるみたいにぼやけて聞き取れない。
けれど、背中と胸で重なる命の鼓動だけは鮮明に感じ取れていた。
歩くたびに柔らかい髪が肌に触れて、その近さに安心する。
ずっと、勇者さんの匂いがする……。
もっと近づきたくて、抱き着く腕にぎゅう…、と精一杯の力を込め、肌を寄せた。
このまま溶けて一つになってしまえたらいいのにと、初めて会った時にも思ったことを、俺は勇者さんの背で改めて切望していた。
やがて意識はゆっくりと遠のき、次に気づいた時、俺は宿のベッドへと寝かされていた。
掛け布団の上には、三人分のマントがそのまま乗せられている。
それぞれ色が違うその布をぼんやり眺めていると、部屋の向こうから勇者さんが歩み寄ってくるのが分かった。
彼は上から俺の顔を覗き込み、「良かった、起きてくれた」と安堵したように微笑む。
「果物とか食べられますか?」
「……はい」
薬を飲む前に何か腹にいれた方が良いからと、わざわざ食べやすい大きさに切り分けてくれたらしい。
やさしい……。
勇者さんに手を貸されて上体を起こした俺は、そのまま彼が持っていた皿を受け取ろうとした。
しかしその前に、勇者さんは切り分けた果物にフォークを刺し、俺の口元へ差し出す。
「ゆっくりでいいですよ」
「──、」
た、食べさせてくれる、やつ。
押し寄せる歓喜と好意の波に、きゅうっ、と胸が甘く絞られ、息が詰まる感覚があった。
しかし、今の俺の身体にはそれを表に出すだけの余力が残っておらず、礼も、返事すらもろくにできないまま、ただぎこちなく口を開くだけになる。
すき。
すきすきすきすき。
勇者さん、大好き……!
募る愛を全身に巡らせながら瑞々しいそれを咀嚼するが、正直味は分からなかった。これが熱のせいなのか、興奮のせいなのかすら定かではない。
あまりの幸福に喉がつかえ、なかなか口の中のものを飲み込めなくても急かさず待ってくれる勇者さんに、俺は更にドキドキと好意を膨らませていた。
口の中のものを気合で飲み込むと、また次を食べさせてくれる。
勇者さんが俺を気にかけて、俺のためだけに色々と手を尽くしてくれるのが本当にたまらなく幸福で、この時間がずっと続けばいいと半ば本気で願ってしまった。
もちろんそんな期待が実現するわけもなく。勇者さんに魅了されながら果物を食べ終えた俺は、薬を飲まされるとまたすぐベッドへ戻される。
「あとは沢山寝てください。起きたらきっと治ってますよ」
勇者さんはそう言って、皿を持ったまま立ち去ろうとした。
「ゆうしゃさん」
「はい?」
思わず呼び止めてしまっていた。
勇者さんは当たり前にこちらを振り返る。
しかし、俺も用があって声をかけたわけではなかったので、その後の言葉が続かなかった。
不思議そうな表情を浮かべる彼を前に、咄嗟にどうすればいいのか分からなくなる。
ど、どうしよう、何か言わないと。
内心焦っていた。その時。
不意に勇者さんはベッドに浅く腰を下ろし、荷物の整理を始めた。
──その気遣いが分からない程、鈍感じゃない。
俺が勇者さんに離れて欲しくなかったのを察して、ここに居てくれているんだ。
じわあ、と脳を占める幸福が全身に広がり、熱を帯びた視界が滲む。
俺は身体に収まりきれない気持ちを持て余すように、力の入らない手で、布団の裏側をぎゅっと握りしめた。
それからはしばらく沈黙で、静かな部屋には勇者さんが道具を手入れする小さな音だけが響く。
目を瞑っていても、すぐ近くに勇者さんがいてくれることが分かるそれに安心して、段々と俺の意識は微睡んでいった。
「ゆうしゃさん」
「はい?」
「おれ、ねつ出ても、こんな……寝てたこと、なくて」
布団に吸われるような小さな声。それでも勇者さんは手を止め、静かに耳を傾けてくれる。
「やることいっぱいなのに、休んで……ゆうしゃさんに会えなくなるのが、いちばん怖かったから」
何の事を言っているのか、勇者さんには分からないと思う。
俺だって自分で何を言っているのか分かっていなかった。
ただ思考の輪郭が溶けて、思ったことが全部、緩んだ口から零れ出ているだけ。
「でも、もう、こうやって休んでも……ゆうしゃさん、おれの近くにいてくれるんですか?」
訳の分からない話の、訳の分からない問い。
回答に困ってしまうだろうそれにも、勇者さんは一瞬目を見開いただけで、すぐにいつもと同じ、柔らかい笑みを浮かべて言った。
「はい。いさせてください」
迷いのない、短い返事。
俺の過去など知らない。発言も、おそらく全て言葉通りの意味にしか捉えられていない。
だけど、だからこそ、憐憫でも同情でもなく、純粋に、当たり前に、『ただのノア』の隣にいてくれようとする彼の本心からの答えが、どうしようもなく嬉しくて、胸が熱さを増した。
『いさせてください』、だって。
『いますよ』とか、『当然です』みたいな、俺が頼んだから傍にいてくれているんだと捉えられるような返事ではなく、勇者さんが自分から、俺と一緒に居たいと思ってくれているような、そんな言葉選びでさえもドキドキさせられる。
勇者さんといるといつもそうだ。
望んだ以上の言葉をくれて、行動を示してくれて、もうこれ以上好きの気持ちに先はないと思うのに、容易くその限界を超えさせてきて、自分にも分からなかった世界を見せてくれる。
俺を変えるのは、いつも勇者さんだったし、そんなふうに彼に影響される自分が、嫌いではなかった。
こんなに深く溺れさせて、どうするつもりなんですか。
もう絶対、どんなことがあっても、離してあげられないじゃないですか。
「ゆうしゃさん」
「はい」
「いま発情しても、おれがなんとかしますからね」
「え゙っ!?」
「ほかのとこ、行ったらだめですからね。離れたら、だめですからね……」
「……、はい。ずっと居ますよ。だから安心して眠ってください」
俺の我儘に、仕方なさげに笑う勇者さんも、愛おしくてたまらなかった。
熱がなんだ。勇者さんの身体は他の誰にも暴かせないからな。何が何でも全部俺がやるからな。
そんな独占欲めいた決意を胸に、再び俺は重い瞼を閉じる。
少し沈黙の時間が空いてから、確認するように問いかけた。
「……ゆうしゃさん。いますか?」
「居ますよ」
すぐ返ってきた声に安堵する。次いで存在を確かめるように手を動かすと、布団の縁でそっと勇者さんに捕まえられた。
重なった手の温度が、再びゆっくりと馴染んでいく。
境目が曖昧になっても、少し指を動かせば感じる勇者さんの存在に、俺は何度も安心させられた。
「ゆうしゃさん」
「はい」
名前を呼ぶたび、優しく返事をしてくれる勇者さん。
その穏やかなやり取りの中で、俺は改めて自分のやってきたことが間違いではなかったのだと実感していた。
この日々を、この関係を、絶対に失いたくない。
再会という大きな目標は果たした。けれど、それを守るための努力はこれからも続くし、ともすればそれは勇者さんと出会う前よりも過酷で、困難な道かもしれなかった。
……でも、今だけは。
風邪を引いた、こんな時くらいは、これまでのご褒美のような幸福にただ浸っていたかった。
勇者さんの手を両手で包むと、布団越しに見える顔が笑いかけてくれる。
つられて小さく息を漏らした俺は、遠のいていく意識のまま、幸福に潤む瞼を静かに閉じた。
*
やや騒がしい声に、意識がゆっくり浮上する。
先程まで繋がっていた勇者さんの手はもうなかった。
その事実に、少しだけひやっと胸を隙間風が通りぬけたものの、すぐ近くで声が聞こえていたためそこまで気にならず、俺はもぞ…、と声の方向へ身体を動かす。
すると布擦れの音で気配を察知したのか、こちらに背中を向けていた勇者さんが俺を振り返った。
「あ、ノアさん!二人がノアさんのために飲み物を買ってきてくれたみたいですよ」
「飲み物しか買えなかっただけだけどな。飲めるか?」
「温かくも出来るけど、どうする?」
勇者さんの向こうに、いつの間にかエリアスさんとシエルの姿があった。
少ないお小遣いを俺の看病のために使ったらしい。
ふーん…、と不意に胸の奥にじんわりと灯った温かさを意識の外へ追いやりながら、「……あたたかいほうがいいです」と掠れた声で要望を告げると、シエルが魔法でほどよく温めた茶をカップに注いで手渡してくれた。
汗をかいたせいか、知らないうちに喉が渇いていたらしい。
液体が身体の奥へ染み込んでいく感覚に、飲み干したあと、自然と息が漏れた。
「ありがとうございます」
ぽつりと小さく礼を言うと、何故かそこにいる全員から微笑まし気な顔で見られて、なんだかそれが気恥ずかしかった俺は、すぐさま布団の中へと潜り込んだ。
エリアスさんとシエルは、正直勇者さんと俺のラブラブ二人旅には邪魔な存在だったが、勇者さんを楽しませて笑顔を引き出す『賑やかし』としてはそれなりに有用性を感じ始めたところだ。
あとはまあ、彼らのおかげで色々楽になっている部分もないことはないし……。その分苦労やリスクも多いけど……って、ああもう!勇者さん以外に余計な思考を割きたくないのに!
欠片ばかりの居心地の良さを蹴散らして、俺は羊を数える代わりに頭の中で勇者さんを数え出した。
それからもう一度深く眠り、目を覚ました頃には体調はすっかり良くなっていた。
俺はまず何よりも先に、病み上がりを気遣ってくれる勇者さんをやや強引に押し切り、看病の感謝を朝からこれでもかというほど身体で伝えた。
俺を気遣った勇者さんが色々積極的に動いてくれたのも相当エロくて盛り上がったし……総じて大満足である。
エリアスさんとシエルのお小遣いについても、……まあ、多少は使いどころが分かっているなというのが見えたので、制限を緩めた額を渡すように考え直した。
そうして、また俺たちの旅は続けられたのだが……。
「何ですかそれ」
「一滴で水の味を七変化させられるエキス」
「地域限定のイカした日除け眼鏡だ!」
水筒の水に小瓶の中身を垂らすシエルと、暗い色の眼鏡をかけて決めポーズをとったエリアスさん。
数秒、脳内で状況を整理するための沈黙があってから、俺は淡々と言った。
「必要ありませんよね、それ」
「7種類の味がランダムで出るみたい……ペッ。石鹸味だ。はずれ」
「飲料として成り立つものを買ってください」
「これは地域限定の眼鏡なんだ」
「この前の楽器……はあ~~……」
ため息を吐ききってから、俺は再度固い意志を持って告げる。
「やっぱりお小遣いは前の額に戻します。まだ貴方たちには早かったみたいなので」
「そんなあっ!」
「つ、次は相談するっ、相談してから買うから……っ」
許しを請おうとわちゃわちゃ縋り付いてくる二人を押しのけながら、俺は近くに立つ勇者さんを見た。
彼はこちらを見ておかしそうに笑っていて、その可愛らしい笑顔にきゅんとする。
勇者さんの笑顔をより長く見続けるためにも、やはり賑やかし要員の金銭管理は徹底すべきだ。
俺は改めてパーティーの財布の紐を締め直す決意を強くする。
その顔に、自然と楽しそうな笑みがこぼれていたことは、ここに居る三人の仲間たち以外、それこそノア本人にも知り得るすべがなかった。
ユーリこと勇者のオレと、ノアさん、エリー、シエル。
初対面同士で構成された四人の新生パーティーは、急造にしては各人の能力や性格の噛み合わせが良く、他の冒険者パーティーと比べても潜在的な力量はかなり高いと感じていた。
もっとも、それとは別の話として、生まれも性格も特技も異なる者同士が集団生活を送れば、多かれ少なかれ衝突は避けられない。
気心の知れた幼馴染で組んでいた前のパーティーですらそうだったのだ。どんな集団でも同じだろう。
互いにぶつかり、折り合いをつけていく中で、オレたちは少しずつ、本当の意味で仲間になっていくのだと思っていた。
そしてそのぶつかり合いは、この新生勇者パーティーでも頻繁に起きている。
「何ですかそれ」
ノアさんの冷えた声が響いた。
場に緊張感を持たせるようなそれに、しかし目の前の二人は一切の物怖じを見せず口を開く。
「安眠効果のあるネックレス」
「地域限定のイカした楽器だ!」
胡散臭いビーズのネックレスを掲げたシエルと、弦の張られた小ぶりの楽器をじゃんっ、とかきならしたエリー。
楽器の余韻が完全に消えるまでの短い沈黙のあと、ノアさんは先ほどと同じ、淡々とした冷たい声で言った。
「必要ありませんよね、それ」
「磁石が付いてて効果抜群だって」
「いつも誰よりも長く寝ているでしょう、あなた」
「これは地域限定の楽器なんだ」
「同じような理由で買っていた物が他にもあった気がしますが、それは今どうなっていますか」
やや狼狽えてから口を閉ざした二人を見て、ノアさんは肺の奥から絞り出すような深いため息を吐いた。
その様子を隣で見ながら、オレは思わず苦笑いを漏らす。
旅において、金銭の管理は死活問題だ。
野宿をしたり、道すがら食料を調達してしのぐこともあるが、街で宿に泊まり、人の手で扱いやすく加工された食材を買うのとでは生活の質がまるで違う。装備の補充や武器の正しい手入れにだって、やはり金は入り用だった。
オレたちのパーティーでは、結成して間もない頃、ノアさんが自分から名乗り出てその管理を引き受けてくれている。
依頼の報酬を得た際に、食費や宿泊費などの共通費用を一律で積み立てておいて、残りは各自に分配し、それぞれ私的に必要なものはその取り分からまかなうという、至極堅実な管理体制だ。
しかしノアさんは、エリーとシエルの金の使い方に少なからず不満を抱いているようだった。
二人は何にでも興味を示し、よく衝動的に買い物をする。その結果、すぐに手持ちが尽き、本当に必要な物を購入しなければならない時に、オレやノアさんから金を借りる羽目になることがあったからだ。
それが一回や二回なら特に何も思わなかったかもしれないが、流石に毎回ともなると、今後を考えた時、色々と不安を覚えるのも当然である。
「流石に目に余るので、今後は僕が貴方たちのお金を管理します。はいどうぞ。これが今月のお小遣いです」
「なっ、少なすぎる!これじゃパンも買えないじゃないか!」
「食費は共用の財布から出すので死にはしませんよ。あっ、勿論勇者さんはそのままで大丈夫ですからね!むしろ欲しいものがあれば僕が出します♡」
「そんなのズルだ。勇者様だけ贔屓してる」
「そうだそうだ!皆で稼いだ金なのに!」
「購買欲求を碌に制御できない猿と勇者さんが同等なわけないじゃないですか。身の程を弁えてものを言ってください」
い、言えない……。前のパーティーでオレもエリーたちと同じような失敗をして、死ぬほど怒られた末に今があるなんて……。
わずかなコインを握りしめ、しゅんと肩を落とすエリーとシエルには、どこか哀愁が漂っていた。
気持ち、わかるよ……。可哀想だからたまにお金出してあげよう。
それにしても、パーティーにこうしてきちんと手綱を引いてくれる人がいるのは心強い。
ノアさんのこういう堅実な一面には、金銭面に限らず生活のあらゆる場面で助けられてきた。
ただ、その分だけ負担をかけていないかと、いつも気になってしまう。
説教を終え、「はあ……頭痛い……」と額に手を当てるノアさんに、オレは歩み寄った。
「ノアさん」
「はい勇者さんっ♡」
呼びかけた瞬間、ぱっと花が咲いたように表情を明るくして振り返った彼の愛らしさに、オレの心臓は反射的にぎゅん!と甘く締め付けられる。
調教されきったその自分の反応をやや恥ずかしく思いながら、オレは感謝を伝えるべく口を開いた。
「さっき、エリー達にはっきり言ってくれてありがとうございます。本当は勇者のオレが指摘するべきなのに、嫌な役回りをさせてしまってごめんなさい」
「いえ、ただ僕が気になっただけですから。勇者さんのお手を煩わせるまでもありません。お気になさらないでください」
ノアさんは穏やかな声でそう言ってから、最後ににこっと微笑む。
ス、スマートすぎる。流石ノアさん。人間力があまりにも高い……。
オレが尊敬の念を噛みしめていると、いつの間にか、ノアさんはこちらへと距離を詰めてきていた。
長いまつげの一本一本まで見えてしまいそうな近さに、思わず息が止まる。
彼はその細長い指をオレの手にゆっくり絡ませると、少し顔を傾け、その肩まで伸びた美しい銀色の髪を揺らして告げた。
「僕のこと、心配してくれたんですか?」
触れ合う熱と妖艶な眼差しに、一瞬で鼓動が早さを増す。
「う、うん。色々、負担になってないかなって……」
「とんでもない。もしそうだったとしても、僕はこうやって勇者さんと話して触れ合うだけで、全部気にならなくなります」
「そ、そっか!それは、よ、よかっ、た、です?」
「近いぞノア!」
エリーに引き剥がされたことによって、オレは更に迫ってきていたノアさんの美麗な顔面圧から解放された。
キ、キスされるかと思った……。
邪な思考は、少しずつ落ち着いてくる拍動と一緒に払いのけておいた。
*
今日は野宿が決定していたため、日が落ちる前に野営に適した場所を探し、計画的に準備を進めておいたオレたち。
もう慣れたもので、食事をとり、夜が深まると同時にそれぞれ寝床を整え、「じゃあおやすみー」と軽く声を掛け合うまでスムーズだ。
ただそこで今回、オレだけは、横になってもなかなか眠りに落ちることができなかった。
落ち着かないまま、ぎこちなく自身の足を擦り合わせる。
原因はなんとなくわかっていた。
おそらく、発情が近いせいで少し身体が昂っているのだ。
発情の呪いは、かけられた当初に比べれば発動する周期が長くはなっていたものの、未だに定期的に精液を受け入れなければならない状況は変わっていなかった。
普段なら、本格的な発情が訪れる前にノアさんが行為をして治めてくれるのだが、最近は野宿続きで二人きりの時間が取れないのもあって、それが出来ていない。
すると、身体が発情の周期……もといノアさんとの行為の周期を覚えてしまっているのか、間隔が空くとこうして無意識に触れ合いを求めてしまうことがあった。
明日には町に着くだろうから、するならその時かな……。
ふとそんなことを考えてしまったせいで、連鎖的に、ベッドの上でのノアさんの優しい手つきや、丁寧な愛撫、抱き寄せられる安心感、そして中を満たされる感覚まで思い出してしまい、体内を巡る熱がさらに強くなる。
ちょっと、触るか……?
完全に目が冴えてしまい、そんな考えが頭をよぎった。
しかし、この呪われた身体になってしまってからの自慰はしたことがない。
元々そんなに頻繁に発散したい方でもなかったから、特に不便を感じたことはなかったのだが……。
大丈夫かな。これがきっかけで発情が始まるとか、ないよな?
不安はあった。しかし、悶々とした意識はもう自身で快感を得る方向へと向いてしまっていて、気づけば手は自然と下半身へ伸ばされていた。
そろり……、ベルトを取ろうと手をかける。
その瞬間、
「──勇者さん」
「ぉわっ!」
背後からの急な声掛けに、びくっと肩が跳ねた。
激しく脈打つ心臓を抱えたまま振り向くと、膝立ちの状態でこちらを覗き込むように見ていたノアさんと目が合う。
オレは慌てて上体を起こし、動揺を押し殺すように声を潜めて……、
「どど、どうしたんですか?」
「いえ、勇者さんが眠れていなさそうだったので……大丈夫ですか?もしかして発情、きちゃいました?」
心配してくれてる…!しかもなんとなく状況もバレてるーー!
オレは羞恥と気まずさに身を縮こまらせながら、「い、いやっ、まだ……」などと視線を泳がせ口ごもった。
そんなオレをじっと見ていたノアさんは、一拍のあと、神聖な月明かりの下でゆっくり目を細める。
「物欲しそうな顔してる」
「……っ!」
確かな欲を孕む熱い視線に、息が止まった。
続けて彼は、「たまには外もいいかもしれませんね」としっとり笑うと、服の上からつつ……と指先でオレの下腹あたりをなぞる。
え、えっ……?外でって、い、今から!?
突然の展開に、オレは一気に混乱した。
「えっ、いやっ、待…っ!ノ、ノアさんは綺麗だからいいですけど、オレ、身体洗ってなくて汚いですしっ」
「勇者さんの身体に汚いところなんてありませんよ。むしろ今日は、匂いが濃くて興奮する……」
一気に距離を詰められ、ノアさんの鼻先が首元を掠る感覚に身体が強い熱を帯びる。
にっ、匂い嗅がれた!?
動揺している間に服の下へ滑り込んできた手が、ゆっくりと素肌の輪郭をなぞっていた。
本当にするつもりなのか?しかも、ここで…!?と驚かされながら、しかし確かに求めていたものが与えられ、気持ちよく満たされる感覚に、自然と息が詰まり、熱い吐息が漏れる。
いつもならこのまま力が抜けて流されてしまうところだが、オレはふいに感じたある違和感から、途中でノアさんの手を掴んで引き剥がした。
「ノアさん……!」
「はい……♡」
オレがじっと見つめると、彼は何を思ったか、顔をこちらに向けたまま目を閉じる。
しかしそれは、今のオレにとっては好都合だった。
目を瞑ったノアさんへと顔を寄せる。それが互いの吐息が触れ合うほどの距離まで近づくと、オレは彼の額にかかる前髪を指で優しく払った。
ノアさんがその些細な接触にぴくりと瞼を震わせ、同時に少しだけ頬の血色を良くする。
そうやって晒された彼の額へ、
──オレは自身の額をそっと重ねた。
「熱、ありますよね」
「……へ?」
確認を済ませてからすぐに離れ、今度は手のひらで額に触れる。
触れ慣れているからこそ分かる。肌を介してじわりと伝わってくる体温は、明らかに彼の平熱より高かった。
「やっぱり。結構熱いですよ。動くの辛くないですか?」
「い、いえ、そんなことは……、元気です!きっと勇者さんの事を考えていたから、ドキドキして体温が上がっちゃっただけですよ」
「いや、だとしてもこの体温は普通じゃないです。寝てください。明日、街に着いたら医者に診てもらいましょう」
「えっ、あ、あれ」
戸惑うノアさんを、オレは半ば強引に寝床まで押し戻す。
少しでも暖を取らせるため、彼に自身の薄っぺらい毛布もかけてやっていると、そこから顔を出したノアさんが心配そうに問いかけてきた。
「勇者さん、発情は……」
「大丈夫ですから!」
病人に下半身の心配をされているという猛烈な罪悪感に、「寝てください!」ともう一度強く言ってから、オレも自身の寝床へ横たわる。
ノアさんは最初こそ落ち着かない様子だったが、オレが目を閉じて静かにしていると、ほどなく寝息を立て始めた。
身体は限界だったのだろう。呼吸も少しだけ荒めだ。
逆によく今まで起きていられたな。それほどオレの発情のことを心配してくれていたのかもしれないけど……。い、いたたまれない。
治癒魔法は、基本的に『傷』に作用するもので、病気の根本治療には向いていない。
それでも、炎症を抑えたり壊死を修復したりなど、魔法の技術が高度であればあるほど、その対処療法が素晴らしいものであることは間違いないのだが、ノアさんの今の状態は魔法でどうにか出来る範疇を超えているように思えた。
そこら辺、難なく風邪や病気も治せていたヤヒロの回復はやっぱり規格外だったけど……。
何はともあれ、オレも早く寝て明日に備えよう。
仲間の危機に意識が向いたからか、さっきまで身体を苛んでいた悩ましい疼きは収まっていて、すぐに睡魔が訪れてくれたのは助かった。
【ノア視点】
勇者さんと出会った後、未来予知の異能が発現した俺は、彼と再び出会う未来を実現するために、生まれ育ったあの大聖堂から逃げ出した。
勿論頼れる人や場所などあるはずもなかったが、目的のためにやることは決まっていた。
俺は逃げ出したその足で、今まで兄弟共々貸し出されていた相手の中で最も地位が高く、そして最も取り入りやすそうな貴族の屋敷に単身乗り込み、何でもしますと頼み込んで雇い入れてもらう。
人間ではない俺が何かを成すには、まず前提として地位が必要で、それを得るために最も効率的な場所がそこだった。
主人である男爵家の旦那様は、元々俺達兄弟で遊んでいたぐらいの性癖がねじ曲がった好色家だ。似たような性格の息子共々籠絡して、養子の座を得るのはそこまで難しくなかった。
最低限の土台が整った後は、自身の研鑽と、有益な人脈の形成に全ての時間を注ぐだけだ。
教養と礼儀は必須。
外見も、誰もがすれ違っただけで記憶に残るよう徹底的に磨き上げた。
年齢を高く偽り、身長を盛って頻繁に社交の場へ出向き、周囲の会話の端々から、参加者やそれに連なる人物の性格、趣味嗜好、人間関係、行動範囲に至るまで拾い上げ、いずれ会うべき要人に繋がる人間を選定するのが日課だった。
寝ようと思ってまともにベッドで寝たのなんて数えるほどだ。ほとんどは気絶するように意識を失い、気づけば朝が来て、また動き出す。その繰り返しを幾度となく続けた。
正直、貴族の社交場で俺という存在はあまりに異質で、格好の玩具だった。
男爵である当主は好色家。そこに突然現れた、血の繋がりを感じさせない見目麗しい養子。
邪推なんてし放題で、下劣な噂は同じく下劣な人間を引き寄せる。
だがその状況は、貴族に最初から人柄などというつまらないものを求めていなかった俺にとって、色々と手っ取り早く好ましかった。
たくさん汚いことをした。
恨みだって数えきれないほど買った。
弱みを見せず、誰かにつけ入られる隙は徹底的に隠して潰すのが当たり前だった。
辛いなんて思わない。
目を閉じれば見える、いつかの未来の先で待ってくれている勇者さんの笑顔だけで、本当にどんなことでもできた。
多少の苦しみはむしろ、勇者さんのために自分はここまでできるんだ、という彼への愛の証明のようで、それに誇りすら感じていたほどだ。
俺のすべては、勇者さんと共にいる未来のためにあった。
ずっと、彼だけを追い求めていた。
「……、……さん。ノアさん」
「……、っ」
長い夢から覚めたように、意識が浮上する。
視界が明るい。もうとっくに朝のようだ。
起こしてくれたのは勇者さんだった。
不覚である。
勇者さんが起きる前に身なりを整え、一番最初に「おはようございます」と挨拶をするのが日課なのに。
即座に起き上がろうとするも、身体は重く、頭痛とめまいに視界が歪んだ。
いつの間にか汗がぐっしょり背中を濡らしていて、服が張り付くのが気持ち悪い。
明らかな体調不良だ。
そう自覚した瞬間、勇者さんの手がそっと額に触れる。
「熱、上がってますね」
「……このくらい大丈夫です。出発を遅らせてしまってすみません。すぐに準備を、」
「二人とも。やっぱりノアさん具合悪いみたい。オレが背負うから、荷物持ってもらっていい?」
いつの間にか、後ろに他の二人もいたらしい。
彼らは勇者さんの指示に端的な了承を返すと、荷物をまとめ出した。
呆然としている間に、背中を向けてしゃがんだ勇者さんが顔だけ振り返る。
「動くのは辛いかもしれないんですけど、早めに薬を貰ってゆっくり休む方が良いと思うので、次の町までオレが運びます。乗ってください」
「い、いえ、その、僕は……」
勇者さんに気にかけてもらえるのは嬉しいはずなのに、何故か今は素直にその厚意を受け入れられなかった。
それはきっと、この不調がいつものように取り繕ったものではない、本当の弱みだからだ。
──早く、何か理由を言わないと。
拒絶の意味を誤解される前に、もっともらしい言い訳をしようとするが、いつもと違って全く思考が回らない。
何も言葉にできないまま、視線は自然と下を向き、額にじわ、と焦燥の汗が滲んでいた。
そんな俺に、勇者さんは怒るでも急かすでもない、穏やかな声を重ねる。
「ノアさん、どうぞ」
──その光景を、俺は知っていた。
警戒なく向けられる背中。こちらへと笑いかける柔らかい表情。
それは以前、何度も狂おしいほどに縋った、あの予知の記憶の一つだった。
気づけば、俺は引き寄せられるように彼の背へと手を伸ばしていた。
肩に触れた手のひらから服越しに滲む体温は、熱すぎずひどく心地がいい。
「し、失礼します……」
「はい」
今更手を引くこともできず、俺はそのまま勇者さんに背負われてしまう。
無意識に、緊張で身体が強張っていた。
思い返してみれば、記憶にある限りの人生で、誰かに背負われたことなどただの一度もない。
小さな子供でもない俺を背負うのは重いだろうに、勇者さんは案外軽々と持ち上げて歩き出した。
背中は安定していて、揺れも少ない。
大丈夫かな。歩いてて疲れないかな、勇者さん……。
宙に浮いた心もとなさの中でそんなことを思っていると、近寄ってきたシエルが横で何やらごそごそと自身の懐を探った。
「これ、装備したらいいかも」
首にかけられたのは、昨日彼が購入していた安眠ネックレスだ。
冷たい感触が肌に触れて、反射的に身を震わせる。するとほぼ同時に、後ろからばさりと布がかけられた。
勇者さんのマントだった。
それを俺の肩にかけて固定したエリアスさんは、さらに自分の外套も脱ぎ始める。
「身体は冷やさない方が良いからな。俺のマントもかけよう」
「僕のも」
シエルも同じように脱ぎだして、最終的に俺の身体には三重の布が重ねられることとなった。
統一感のない衣服に覆われ、もこもこと膨らんだ身体はすぐに温かさを帯びる。
それをきっかけとして、どこかで緊張の糸が切れたのか、回り始めた熱で全身が一気に重さを増し、姿勢を保っていられなくなった。
「もっと寄りかかっていいですよ」
すべてを見透かしたようなタイミングで声がかかる。
俺は言われるがまま彼の首に腕を回し、その身体を預けた。
触れた肌の表面はひやりと冷たい。けれどそれはすぐに俺の体温に馴染み、段々と同じ温度になっていくのがどうしようもなく心地よかった。
勇者さんは他にも何か声をかけてくれているようだったが、耳が水の中にあるみたいにぼやけて聞き取れない。
けれど、背中と胸で重なる命の鼓動だけは鮮明に感じ取れていた。
歩くたびに柔らかい髪が肌に触れて、その近さに安心する。
ずっと、勇者さんの匂いがする……。
もっと近づきたくて、抱き着く腕にぎゅう…、と精一杯の力を込め、肌を寄せた。
このまま溶けて一つになってしまえたらいいのにと、初めて会った時にも思ったことを、俺は勇者さんの背で改めて切望していた。
やがて意識はゆっくりと遠のき、次に気づいた時、俺は宿のベッドへと寝かされていた。
掛け布団の上には、三人分のマントがそのまま乗せられている。
それぞれ色が違うその布をぼんやり眺めていると、部屋の向こうから勇者さんが歩み寄ってくるのが分かった。
彼は上から俺の顔を覗き込み、「良かった、起きてくれた」と安堵したように微笑む。
「果物とか食べられますか?」
「……はい」
薬を飲む前に何か腹にいれた方が良いからと、わざわざ食べやすい大きさに切り分けてくれたらしい。
やさしい……。
勇者さんに手を貸されて上体を起こした俺は、そのまま彼が持っていた皿を受け取ろうとした。
しかしその前に、勇者さんは切り分けた果物にフォークを刺し、俺の口元へ差し出す。
「ゆっくりでいいですよ」
「──、」
た、食べさせてくれる、やつ。
押し寄せる歓喜と好意の波に、きゅうっ、と胸が甘く絞られ、息が詰まる感覚があった。
しかし、今の俺の身体にはそれを表に出すだけの余力が残っておらず、礼も、返事すらもろくにできないまま、ただぎこちなく口を開くだけになる。
すき。
すきすきすきすき。
勇者さん、大好き……!
募る愛を全身に巡らせながら瑞々しいそれを咀嚼するが、正直味は分からなかった。これが熱のせいなのか、興奮のせいなのかすら定かではない。
あまりの幸福に喉がつかえ、なかなか口の中のものを飲み込めなくても急かさず待ってくれる勇者さんに、俺は更にドキドキと好意を膨らませていた。
口の中のものを気合で飲み込むと、また次を食べさせてくれる。
勇者さんが俺を気にかけて、俺のためだけに色々と手を尽くしてくれるのが本当にたまらなく幸福で、この時間がずっと続けばいいと半ば本気で願ってしまった。
もちろんそんな期待が実現するわけもなく。勇者さんに魅了されながら果物を食べ終えた俺は、薬を飲まされるとまたすぐベッドへ戻される。
「あとは沢山寝てください。起きたらきっと治ってますよ」
勇者さんはそう言って、皿を持ったまま立ち去ろうとした。
「ゆうしゃさん」
「はい?」
思わず呼び止めてしまっていた。
勇者さんは当たり前にこちらを振り返る。
しかし、俺も用があって声をかけたわけではなかったので、その後の言葉が続かなかった。
不思議そうな表情を浮かべる彼を前に、咄嗟にどうすればいいのか分からなくなる。
ど、どうしよう、何か言わないと。
内心焦っていた。その時。
不意に勇者さんはベッドに浅く腰を下ろし、荷物の整理を始めた。
──その気遣いが分からない程、鈍感じゃない。
俺が勇者さんに離れて欲しくなかったのを察して、ここに居てくれているんだ。
じわあ、と脳を占める幸福が全身に広がり、熱を帯びた視界が滲む。
俺は身体に収まりきれない気持ちを持て余すように、力の入らない手で、布団の裏側をぎゅっと握りしめた。
それからはしばらく沈黙で、静かな部屋には勇者さんが道具を手入れする小さな音だけが響く。
目を瞑っていても、すぐ近くに勇者さんがいてくれることが分かるそれに安心して、段々と俺の意識は微睡んでいった。
「ゆうしゃさん」
「はい?」
「おれ、ねつ出ても、こんな……寝てたこと、なくて」
布団に吸われるような小さな声。それでも勇者さんは手を止め、静かに耳を傾けてくれる。
「やることいっぱいなのに、休んで……ゆうしゃさんに会えなくなるのが、いちばん怖かったから」
何の事を言っているのか、勇者さんには分からないと思う。
俺だって自分で何を言っているのか分かっていなかった。
ただ思考の輪郭が溶けて、思ったことが全部、緩んだ口から零れ出ているだけ。
「でも、もう、こうやって休んでも……ゆうしゃさん、おれの近くにいてくれるんですか?」
訳の分からない話の、訳の分からない問い。
回答に困ってしまうだろうそれにも、勇者さんは一瞬目を見開いただけで、すぐにいつもと同じ、柔らかい笑みを浮かべて言った。
「はい。いさせてください」
迷いのない、短い返事。
俺の過去など知らない。発言も、おそらく全て言葉通りの意味にしか捉えられていない。
だけど、だからこそ、憐憫でも同情でもなく、純粋に、当たり前に、『ただのノア』の隣にいてくれようとする彼の本心からの答えが、どうしようもなく嬉しくて、胸が熱さを増した。
『いさせてください』、だって。
『いますよ』とか、『当然です』みたいな、俺が頼んだから傍にいてくれているんだと捉えられるような返事ではなく、勇者さんが自分から、俺と一緒に居たいと思ってくれているような、そんな言葉選びでさえもドキドキさせられる。
勇者さんといるといつもそうだ。
望んだ以上の言葉をくれて、行動を示してくれて、もうこれ以上好きの気持ちに先はないと思うのに、容易くその限界を超えさせてきて、自分にも分からなかった世界を見せてくれる。
俺を変えるのは、いつも勇者さんだったし、そんなふうに彼に影響される自分が、嫌いではなかった。
こんなに深く溺れさせて、どうするつもりなんですか。
もう絶対、どんなことがあっても、離してあげられないじゃないですか。
「ゆうしゃさん」
「はい」
「いま発情しても、おれがなんとかしますからね」
「え゙っ!?」
「ほかのとこ、行ったらだめですからね。離れたら、だめですからね……」
「……、はい。ずっと居ますよ。だから安心して眠ってください」
俺の我儘に、仕方なさげに笑う勇者さんも、愛おしくてたまらなかった。
熱がなんだ。勇者さんの身体は他の誰にも暴かせないからな。何が何でも全部俺がやるからな。
そんな独占欲めいた決意を胸に、再び俺は重い瞼を閉じる。
少し沈黙の時間が空いてから、確認するように問いかけた。
「……ゆうしゃさん。いますか?」
「居ますよ」
すぐ返ってきた声に安堵する。次いで存在を確かめるように手を動かすと、布団の縁でそっと勇者さんに捕まえられた。
重なった手の温度が、再びゆっくりと馴染んでいく。
境目が曖昧になっても、少し指を動かせば感じる勇者さんの存在に、俺は何度も安心させられた。
「ゆうしゃさん」
「はい」
名前を呼ぶたび、優しく返事をしてくれる勇者さん。
その穏やかなやり取りの中で、俺は改めて自分のやってきたことが間違いではなかったのだと実感していた。
この日々を、この関係を、絶対に失いたくない。
再会という大きな目標は果たした。けれど、それを守るための努力はこれからも続くし、ともすればそれは勇者さんと出会う前よりも過酷で、困難な道かもしれなかった。
……でも、今だけは。
風邪を引いた、こんな時くらいは、これまでのご褒美のような幸福にただ浸っていたかった。
勇者さんの手を両手で包むと、布団越しに見える顔が笑いかけてくれる。
つられて小さく息を漏らした俺は、遠のいていく意識のまま、幸福に潤む瞼を静かに閉じた。
*
やや騒がしい声に、意識がゆっくり浮上する。
先程まで繋がっていた勇者さんの手はもうなかった。
その事実に、少しだけひやっと胸を隙間風が通りぬけたものの、すぐ近くで声が聞こえていたためそこまで気にならず、俺はもぞ…、と声の方向へ身体を動かす。
すると布擦れの音で気配を察知したのか、こちらに背中を向けていた勇者さんが俺を振り返った。
「あ、ノアさん!二人がノアさんのために飲み物を買ってきてくれたみたいですよ」
「飲み物しか買えなかっただけだけどな。飲めるか?」
「温かくも出来るけど、どうする?」
勇者さんの向こうに、いつの間にかエリアスさんとシエルの姿があった。
少ないお小遣いを俺の看病のために使ったらしい。
ふーん…、と不意に胸の奥にじんわりと灯った温かさを意識の外へ追いやりながら、「……あたたかいほうがいいです」と掠れた声で要望を告げると、シエルが魔法でほどよく温めた茶をカップに注いで手渡してくれた。
汗をかいたせいか、知らないうちに喉が渇いていたらしい。
液体が身体の奥へ染み込んでいく感覚に、飲み干したあと、自然と息が漏れた。
「ありがとうございます」
ぽつりと小さく礼を言うと、何故かそこにいる全員から微笑まし気な顔で見られて、なんだかそれが気恥ずかしかった俺は、すぐさま布団の中へと潜り込んだ。
エリアスさんとシエルは、正直勇者さんと俺のラブラブ二人旅には邪魔な存在だったが、勇者さんを楽しませて笑顔を引き出す『賑やかし』としてはそれなりに有用性を感じ始めたところだ。
あとはまあ、彼らのおかげで色々楽になっている部分もないことはないし……。その分苦労やリスクも多いけど……って、ああもう!勇者さん以外に余計な思考を割きたくないのに!
欠片ばかりの居心地の良さを蹴散らして、俺は羊を数える代わりに頭の中で勇者さんを数え出した。
それからもう一度深く眠り、目を覚ました頃には体調はすっかり良くなっていた。
俺はまず何よりも先に、病み上がりを気遣ってくれる勇者さんをやや強引に押し切り、看病の感謝を朝からこれでもかというほど身体で伝えた。
俺を気遣った勇者さんが色々積極的に動いてくれたのも相当エロくて盛り上がったし……総じて大満足である。
エリアスさんとシエルのお小遣いについても、……まあ、多少は使いどころが分かっているなというのが見えたので、制限を緩めた額を渡すように考え直した。
そうして、また俺たちの旅は続けられたのだが……。
「何ですかそれ」
「一滴で水の味を七変化させられるエキス」
「地域限定のイカした日除け眼鏡だ!」
水筒の水に小瓶の中身を垂らすシエルと、暗い色の眼鏡をかけて決めポーズをとったエリアスさん。
数秒、脳内で状況を整理するための沈黙があってから、俺は淡々と言った。
「必要ありませんよね、それ」
「7種類の味がランダムで出るみたい……ペッ。石鹸味だ。はずれ」
「飲料として成り立つものを買ってください」
「これは地域限定の眼鏡なんだ」
「この前の楽器……はあ~~……」
ため息を吐ききってから、俺は再度固い意志を持って告げる。
「やっぱりお小遣いは前の額に戻します。まだ貴方たちには早かったみたいなので」
「そんなあっ!」
「つ、次は相談するっ、相談してから買うから……っ」
許しを請おうとわちゃわちゃ縋り付いてくる二人を押しのけながら、俺は近くに立つ勇者さんを見た。
彼はこちらを見ておかしそうに笑っていて、その可愛らしい笑顔にきゅんとする。
勇者さんの笑顔をより長く見続けるためにも、やはり賑やかし要員の金銭管理は徹底すべきだ。
俺は改めてパーティーの財布の紐を締め直す決意を強くする。
その顔に、自然と楽しそうな笑みがこぼれていたことは、ここに居る三人の仲間たち以外、それこそノア本人にも知り得るすべがなかった。
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これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。
無自覚両片想いの勇者×親友。
読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。
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沢山話書いてくれて嬉しいです😭
主様の作品購入したいのですが購入の仕方がワカリマセーン(っi ᗜ i c)
主様のこの作品が私大好きなので
これを原動力に頑張っていきますよ!
また更新されたら見にきます!
マルルさん!いつも読みに来てくださって本当にありがとうございます!お言葉、毎回励みになりますーー!♡
また、作品購入についてもご検討いただきありがとうございます…!とても光栄です(*^^*)
リンクを張っておきますね↓
書籍(BOOTH):https://tsubakimansyo.booth.pm/items/5485646
電子書籍(Amazon kindle):https://amzn.asia/d/05l21FnJ
今のところ書籍は品切れなのですが、現在、今回投稿した番外編も含めた続編の同人誌を作成中でして、その販売(2026/3/22)に合わせて本編の書籍も再販する予定です。
ですので、もし書籍をお求めの場合は、『再販通知を受け取る』ボタンを押しておいてもらえれば入荷した際に通知が行くかと思いますので、ご一考ください(*^^*)
kindleの電子書籍はいつでもすぐに読むことができます!
また、大変心苦しいのですが、現在公開中の小話4話分も同人誌化&kindle移行の際に(2026/5月ごろ?)非公開処理をしなければならなくなります( ;∀;)
ですが、同人誌の後、追加でまた番外編を書いた際はこちらに更新しに来ますので、是非その時は温かく迎えてください…!(*^^*)
本当にありがとうございます!
ワァ!!!
ザジとセック酢シテル!!
ヤッタ!!こじ開けるとはやりますネ
ノエルとどっちの方がでかいか
きになりますね……
ち〇こじょーぶ!!予想すると
ノエル 29 ザジ 27 とか??
小さいかな…すごい卑猥な
感想ですみません……今回の
話もとても好きでした!主さんの作品
また楽しみに待ってます!
いつもご感想ありがとうございます!🥰
楽しんでいただけたようで安心しました…!
ちんの大きさ予想してるの爆笑しました🤣🤣
全員集まってる~!
小話ありがとうございます♥
ある意味サジ×ノアは相性が
いいですね!他の人たちがペアになってたら………想像するのが楽しいです!
更新楽しみに待ってます!
うわうわうわ!!小話まで読みに来てくださって…しかもご感想まで…!ありがとうございます!!😭😭🫶
ザジノアのバチバチ喧嘩書きたかったので、達成できて良かったです!別のペア想像してくださってる!?!?その脳内覗き見たいんですけど!?、?😍😍