勇者追放

椿

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小話

小話3 バニー衣装でのアルバイト(旧パーティー ザジ×ユーリ風味)

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 旧パーティーの旅の一幕



「っっざけんなあぁあーーッッ!」

 昼下がりの街路に、ヤヒロの怒声が炸裂した。
 行き交う人々の視線が一斉に突き刺さる中、彼の正面で正座させられていたのは、オレ──勇者のユーリと、戦士のザジの二人である。

「まっっじでありえねぇ…ッ!この前のクソほど面倒くさかった依頼の報酬だぞ!?換金できそうだった貴重なアイテムも全っっ部お前らの荷物に入ってたんだぞ!?それをお前……っ、飲み屋で酔い潰れてる間に丸ごとスられましただぁ……!?こんの馬鹿がッッ!酒覚えたての大学生かッ!今すぐ取り返してこいや!」
「ご、ごめんなさい……ほ、本当に、もう、なにも覚えてなくてぇ……」
「デカい声で騒ぐな……頭に響く」
「テメェは反省しろ二日酔い馬鹿ッッ!」

 昨日は久々に立ち寄れた街だったこともあって、オレたちは浮かれていた。
 最初こそ四人で飲み食いしていたのだが、ヤヒロとフィンクが先に宿へ戻ったあとも、オレとザジは飲み足りず、二人でそのまま酒場に残ったのだ。
 ……そこから先の記憶はほとんどない。
 翌朝、酒場の床で目を覚ました時には、身に着けていた服と剣を除いた全ての荷物がきれいさっぱり消え失せていた。
 完全に自業自得だ。調子に乗って酒に溺れたこちらに非があるのは明白である。
 空気も読めず「早く頭痛治せよ」とぼやくザジの頭を無理やり下げて一緒に謝るが、当然ながらヤヒロの怒りは収まる様子を見せなかった。
 これからの旅費になるはずだった金が全て泡となって消えたのだ。気持ちは痛い程分かるし、申し訳なさがすごかった。
 説教が一段落したところで、オレたちは今後の対応を話し合う。
 とりあえずヤヒロとフィンクが持っていた所持金で宿代は賄えたものの、それで残金はほぼ底をついた。
 ──稼ぐしかない。
 そういう結論になり、それぞれが日雇いの仕事をして、可能な限り報酬を持ち寄ることが決まった。
 それまで、怒られているオレたちをぼんやり眺めていただけだったフィンクも、自分が動かざるを得ない状況だと悟ったらしい。
 露骨に面倒くさそうな顔をし、その原因であるオレたちへの態度も目に見えて冷たくなった。
 水が欲しいと言っても、「お金持ってない人にはあげなーい」なんて露骨にそっぽ向かれて断られたし……。
 そんなこんなで各自散らばって働くことになったのだが、ヤヒロの判断により、元凶であるオレとザジは「時給が高い仕事以外は禁止」という条件を課されてしまい、狭まった選択肢の中で最終的にオレは飲食店の接客、ザジは土木系の職を選び、それぞれの仕事場へと赴いた。
 ──そして、辿り着いた先。
 やけに露出の多い黒い衣装に、ウサギの耳を付けて店内を闊歩する店員の姿を目にして初めて、オレはこの職場が、自身が認識していた『普通の接客業』とはかけ離れた現場であることを悟ったのである。

「あ、あのぉ……飲食店の接客の募集、だと、思ってたんですけど……」
「そうだよ!バニー衣装を着てお客さんの注文取って、料理とかドリンク運ぶだけだから!じゃあ後はこれ着て、周りに色々聞きながらやって!よろしくねっ!ハーッ忙しい忙しいっ!」

 店長らしきスーツ姿の男性は、オレにバニーの衣装を押し付けると、そのままバタついた風に店内へと駆けていった。
 ……クソッ、仕事選び失敗した!飲食店の中でも飛びぬけて時給が高かった理由はこれか……!やめとけばよかった。
 だが、時すでに遅し。一度引き受けてしまった仕事を今さら断るわけにもいかない。
 それに、バニーの格好は露出が多く恥ずかしいが、普通の飲食店よりも効率よく稼げるのは事実だった。
 だったらこの時間だけ、と割り切って精一杯頑張った方が絶対にいい。今こんなことになっている原因はオレとザジなんだし……。
 覚悟を決めると、オレは先程渡された衣装に袖を通した。

 *

 光沢を帯びて身体に張り付く、防御性皆無の露出高めな黒い布地。胸元だけが胸筋不足を知らしめるようにパカパカと浮き、だらしなさを強調していたが、それは首と手首にそれぞれ飾りのようにつけられた白い襟とカフスのかっちりさが何とか補ってくれていると信じたかった。
 すぐにでも破けそうな薄手のストッキングと歩きにくいヒールを履き、頭に黒いウサギのつけ耳を装着すれば、誰でも簡単、バニーの出来上がりだ。
 ……いや、恥ずかしいよ。普通にめちゃくちゃ恥ずかしい。
 しかしそんな感情をものの数秒で忘れさせるほどに、店内は多忙を極めていた。
 この店はいわゆる接待系の飲食店で、各卓にはバニー姿の女性スタッフが付き、客の相手をする。
 一方、男でバニー姿をしたオレたちは客に付くことはなく、注文されたドリンクや料理を運ぶのが主な仕事だった。
 格好こそ特殊だが、やること自体は普通の飲食店と変わらない。
 オレもすぐに要領を掴むことができたのだが……店がやたらと広いわりに、動けるスタッフが全く足りていない。オレと同じような日雇いのスタッフも多く、連携が取り辛い中で全員がバタバタと休みなく店内を走り回っていた。勿論オレもその一員、いや、一ウサギである。
 そんな風に汗水垂らしながら働いて、いったいどれくらいの時間が経っただろう。
 履き慣れないヒールのせいで足が少し重くなってきた頃、オレは店の入り口に見慣れた姿を発見する。

「げ…っ!」

 仲間たちやつらだった。
 顔を顰めると同時、こちらに気づいたらしい三人が、遠目からオレの間抜けな姿を見て、指をさし笑う仕草を見せる。
 あいつら……!絶対冷やかしだ!
 別のスタッフに案内されて席に着いた彼らは、腰を下ろすなり「注文いいですかー」と明らかにオレを狙って声を張り上げてきた。
 しぶしぶ卓へ向かうと、面白がるような、はたまた呆れたような三者三様の視線が突き刺さる。
 そして、まずはオレを呼んだヤヒロから口を開いた。

「なんつー恰好させられてんだお前」
「し・ご・と!オレだって不本意なの!っていうか何でみんなはここに来れてんの?自分の仕事どうしたんだよ」
「俺はノルマ分は稼いだ。っつーかそもそも俺とフィンクが働く義理ねーから」
「おれは飽きちゃったからもういいやーって」
「まあそれは大体想像通りだけど……ザジは?」
「頭痛くてそれどころじゃない。水持ってこい変態馬鹿ウサギ」
「みんな!ここにクズがいます!」

 二日酔いを引きずっているザジからソファーにもたれながら命令されてイラっとする。
 無職ってこと!?オレがこんな格好してまで一生懸命稼いでる時に……!

「ユーリの胸なんでそんなパカパカしてるの?中見えてるよ」
「うるさい言わせるな。それは男の沽券に関わる」
「胸筋が足りないだけだろ。ダッセ」
「無職にだけは言われたくない!無職だけは笑うな!今のオレのこの姿を!」
「社割とかあんのここ?俺普通に腹減ってんだよな」
「居座ろうとするな!お前らなんか一番安い飲み物で十分だ!周りからの『あんなものしか頼めないんだ……』って視線で場違いさを痛感していたたまれなくなって早く店を出ろ!」

 オレは手元の注文票に乱雑な字でドリンク名を書きつけると、その卓を離れた。
 直後、フリーのバニーガールたちが彼らの席につくのが視界に入り、余計に悔しさがこみ上げる。
 くっそーー!あいつらだけいい思いしやがってーー!
 駄目だ、落ち着け……心を乱すな……。この怒りをエネルギーに変えるんだ……!
 そう自分に言い聞かせ、闘志を燃やしたオレは、より積極的に接客に励んだ。

「ドリンクお持ちしました!」
「あっ、待って待って君!これ、さくらんぼ入ってないじゃないか」
「え、あっ……!申し訳ございません、すぐにお持ちします!」
「あ~いいからいいから。──これかな?」

 きゅむ
 突然、目の前の中年男性客から乳首を摘ままれ、「えっ」と驚きに一瞬動きが止まる。

「瑞々しくて美味しそうだなあ~。食べてもいい?」
「い、いやあ、食べ物じゃないんですよこれー……」

 完全なる酔っ払いだった。
 オレは相手を刺激しないよう、できるだけ丁寧にその手を外そうとする。しかし彼は酔うと絡むタイプなのか、オレを逃がさないとでも言うように腰へ手を回し、くにくに乳首を弄るのをやめなかった。
 彼はソファーに座ったまま、至近距離からこちらを見上げてくる。

「え~食べ物じゃないの?こんなにぷりぷりして美味しそうなのに?君もおじさんの舌でレロレロちゅぱちゅぱ舐められたり、指でくりくりこねこね弄られたかったからこうやって見せびらかしていたんだろう?エッチなウサギさんだなあ~」
「あの、オレ、まだ仕事がいっぱい残ってるので……っ」

 縮まった距離と拘束から逃れようと身を引くが、男はなかなか解放してくれなかった。
 オレも客相手にどこまで抵抗していいのか分からず動けずにいると、彼はそれを許容だとでも受け取ったのか、立ち上がって更に顔を近づけると、耳元で囁く。

「仕事なんて忘れてさ、二人で休憩できるとこ行こうよ」

 ねっとりしたその声に、再度断りの言葉を返そうとした、次の瞬間。
 オレの胸を弄っていた男の手首が瞬く間に捻り上げられた。
 それをやったのは勿論オレじゃない。
 相手の手を肉の形が分かるほど強く掴み、流れるような動きで背側に折り曲げていたのは、ついさっきまで席に座っていたはずのザジだった。

「ザジ!?」
「……」
「い、痛い痛い痛いっ!なんだ君は!手を離せ!」

 痛みに悶えるその客を、汚物でも見るかのような冷え切った表情で眺めていたザジは、彼をソファーに向かって突き放すように開放した。
 あまりに急かつ乱暴なその対応に、客は酒で感情の制御が甘くなっていたのもあって当然ながら激高する。

「いきなり他人に暴力をふるうだなんて、これは立派な犯罪だぞ!衛兵に突き出してやる!」
「あ?やってみろよ」
「馬鹿やめろザジ!お客様申し訳ございません!お、落ち着いてください、ここは穏便に……っ」

 より怒らせるような態度で食ってかかるザジを必死に制しながら、オレはとにかくことを荒立てまいと謝罪を繰り返した。
 険悪な空気に気づいた周囲の客たちが、ざわつきながらこちらへ視線を向け始めている気配を感じて焦る。
 まずい。ここで問題を起こして「店の評判下げたから給料なしね!」なんてことになれば、これまでのオレの努力が水の泡に……!
 しっかりめに打算が混じった感情で謝罪を繰り返していると、背後から「あっれ~~」とまたもや聞きなじみのある声が近づいてきた。
 振り返らなくても分かる。責め立てる対象を見つけた時特有の、心の奥底から滲む愉悦が隠しきれていないその声はヤヒロのものだ。

「ここって従業員へのお触り禁止だよなあ?メニュー表にわっかりやすく書いてあるルール堂々と破っときながら、自分が被害受けた時だけみっともなく喚きたてるとかさあ、いい大人が恥ずかしくねーの?」

 もうやめてくれヤヒローー!これ以上騒ぎを大きくさせないでくれーーっ!
 祈るような気持ちで目をやると、それに気づいたヤヒロは、更に歪に口角を上げて言った。

「理性蒸発した変態から金むしり取る瞬間がいっちばん気持ちいいよなあ」

 駄目だ!コイツ、オレの仕事先でオレの給料代以外からも利益を得ようとしてる!根こそぎ持って帰ろうとしてる!
 ヤヒロは唐突に男の横に腰かけ、肩を組むようにすると、妙に優しい声で語りかける。

「なあ、別にアンタを吊るし上げていじめようってわけじゃねーんだ。謝罪もなくていい。ただ……わかるだろ?ヤっちまった奴に何の罰もなかったらここは無法地帯だ。落とし前はつけなきゃだよな?」
「……っ!偶然手が触れただけだ!僕は触っていない!そ、そもそもっ、最初からあっちが僕に乳首を見せつけてきていたんだ!……そうだっ、むしろ僕は触らされたんだ!僕は被害者だ!」
「変態が自己紹介してら」

 その頃には、周囲で様子をうかがっていた客たちも大まかな事情を察したらしく、声を荒げる男に向けられる視線が一斉に冷ややかなものへと変わっていた。
 突き刺さるような視線に耐えられなくなったのか、男は「もういい……っ!話にならない!」と慌てたように駆け出す。

「おい待て金ヅル!」

 あまりに正直すぎるヤヒロの呼びかけを背に、彼は周囲の客を突き飛ばしながら、会計も済ませず店の外へと逃げていった。
 店内に「食い逃げだ!」というざわめきが広がり、オレも男を追うためヒールを脱ごうとする。その時だった。
 逃げた男と同じ経路を通り、悠々とこちらへ向かって歩いてきていたフィンクが、「はい、ユーリ」とずっしりとした重みのある見覚えのない財布をオレに差し出した。

「……なにこれ」
「さっきのおじさんのお金。おれたちの好きにしてよかったんだよね?」

 一拍置いた後、オレの反応が鈍いのを見て「あれ、違った?」と首を傾げるフィンク。
 ヤヒロがすかさず「よくやったフィンク!」と歓喜の声を上げる中、オレはその場で盛大に頭を抱えていた。
 やばい。暴行、恫喝、スリ、の三拍子で完全犯罪集団の出来上がりだよ。
 しかも、今までのやり取りでオレとこの三人が知り合いだってことは周囲からも丸わかりだ。
 ……ど、どうする?捕まる前に逃げる?でもせめてこの時間まで働いた分のお給料はもらえたりしない!?
 バクバクと心臓が早まる焦燥感に息を荒くしていると、最初に話したスーツ姿の店長が、店の奥からこちらへ駆け寄ってきているのが見えた。
 その瞬間、オレは逃走の決意を固める。
 だってこんな状況で駆け寄ってくるとか、それもう完全に犯罪者取り押さえるときの動きじゃん!
 慌てて仲間に声をかけ、怪訝な顔をされつつも無理矢理外へ引っ張り出そうと奮闘していた時、遠くから店長が大声で叫んだ。

「君たち!ここで働かない!?さっきの連携流石だったよー!」

 勧誘だった。

 それから。
 仲間たちはオレと同じ店内スタッフとして雇われた。
 当然みんなバニー衣装を着るものだと思い、オレは内心ほくそ笑みながら待っていたのだが、着替えを終えて戻ってきた彼らが身に纏っていたのは黒を基調としたシックなスーツだった。
 嫌味なほど似合っていて、なんだかすごく胸やけがした。
「なんでバニー衣装じゃないんですか!?」と店長に詰め寄ったが、「もう衣装なくなっちゃったから!」とあっさり返される。
 嘘だろ!?
 そして、オレたちパーティーは本当にその飲食店のスタッフとして全員雇われ、最終的に四人分の給料と、更には例の男性客を追い払った報酬ももらえることになった。
 軽く聞いただけでも合算すればかなりの金額になりそうで、下手すれば昨日オレたちがスられた報酬よりも多いんじゃないかと思えるほどだ。
 終業後、ヤヒロはすっかり浮かれた様子で「報酬受け取りに行ってくる!」と店長の元へ向かう。
 残されたオレたちは、更衣室兼控え室へ引き上げ、着替えもそこそこに備え付けの横長のソファーへ三人並んで身体をもたれていた。
 フィンクは慣れない仕事で相当体力を削られたのだろう。腰を下ろした途端、ぐでーっと全身の力を抜いたかと思えば、そのままオレの膝を枕にしてすぐに寝入ってしまった。
 隣のザジも、接客業という業種の性質上、精神面での疲労が大きかったらしい。普段はあまり疲れを表に出さない彼が、少しくたびれた表情をしているのが妙に新鮮だった。結局二日酔いの体調不良もヤヒロから治してもらえてないままみたいだったし……。
 そして疲れたのはオレも同じだ。ヒールで必要以上に緊張を強いられていた足をようやく解放すると、血流が戻ってくる感覚が足先をじーんと痺れさせた。

「あー…つっかれたー」

 思わず漏れた独り言が、静まり返った部屋にやけに大きく響く。
 疲労感はあったが、なんだかんだ、金銭的な報酬からくるものだけではない充足が心を満たしていた。
 元々の性分的に、一人で黙々と作業をこなすよりも、誰かのために動くほうが好きなのだ。感謝されるのも嬉しいし。
 勇者とか冒険者になっていなかったら、オレは多分飲食店とか、そういう場所で接客業をやっていたんじゃないかな、なんて考えて、ふとザジはどうなのか気になった。

「ザジは冒険に出てなかったら、今頃何してたと思う?」
「……、……農業」
「農業!?……あーでも確かに似合うかも」

 予想外の答えに一瞬驚いたものの、幼少期に村で自給自足の生活をしていたことを思い出せばそこまで突飛な話でもない。
 体力はあるし、何より人との関わりをそこまで求めていないザジには案外ぴったりなのかもしれなかった。
 ザジが黙々と畑で野菜収穫してるとこ想像したら、何か平和でじわじわ笑えるな。

「オレにも獲れた野菜分けてよ」
「金」
「金とんの!?」
「当たり前だろ。一緒に住むならいらないけど」

 何だその条件。
 まあでもザジなりのこだわりがあるんだろう。そう思って「ふーん」と軽く聞き流していると、オレの返事がなかったのが不服だったのか、何故かザジから「住むのか。住まないのか」と二択を選ぶよう迫られた。
 オレが始めた架空の話なのに、なんでオレより詳細を詰めようとしてるんだよ。

「じゃあ住まない」
「は?何が不満なんだよ」
「いや別に不満とかじゃないけど。一緒に住む理由もないし……」
「野菜をやる」
「いいよ、買うから」
「やる。だから住め。畑も手伝え」
「あ、それが狙いか!」

 確かに、いくら体力があるといっても、売り物にできるほどの規模の畑を一人で管理するのには限界がある。
 ちゃんと現実的な計算をしているのがおかしくて、オレは思わず笑ってしまった。
 それをザジは自分が馬鹿にされているとでも思ったのか、わずかに眉をひそめると、間髪入れず反撃に出る。

「畑作業で鍛えたら胸筋も育つんじゃないか」
「うわっ!?」

 急に胸に手を当てられて、思わず声が出た。
 ザジはオレのそこを値踏みするように触ると「鍛え方が足りない」だとか適当なことを言って鼻で笑う。
 こ、こいつ、自分が筋肉あるからって見下しやがって……!
 オレだってザジと同じぐらい動いているはずなのに、何故こんなにも差が出るんだろう。体質の問題か?それとも動き方に違いが?食生活?
 長年の疑問であるそれに今一度思考を巡らせていると、不意にザジの男らしい指先がオレの小さな突起を掠めた。
 ビクンッ
 初めて感じる不思議な感覚に、反射で身体が跳ねる。
 咄嗟にその反応を恥ずかしく思ったオレは、すぐさまザジの手を押しやり胸元から離した。

「も、もうやめろって!オレだってこれからいっぱい魔物倒して強くなって、ムッキムキのバッキバキになるんですーー!」

 負け惜しみを言っていると、今度はザジがそんなオレの手首を掴む。
 すぐに振り解こうとするが、それは存外しっかりとオレの手首を固定していて、簡単には外れなかった。
 当てつけか!?

「ザジの筋肉がすごいのはもう分かったから!」
「……お前、あんまり他人に気安く身体触らせんな」
「は?」
「客に胸触られても抵抗してなかっただろ」
「? あれはだって、酔っ払いだったし……」
「じゃあお前は、酔っ払った俺になら身体のどこ触られても許すのかよ」
「……はい?」
「答えろ」

 ザジはやけに真剣な表情でじっとこちらを見つめていた。
 その視線に少しだけ戸惑いながら、オレはおずおずと口を開く。

「許すも何も……別に酔った酔わない関係なく、ザジに触られて嫌なとことかないけど」
「──、」

 わずかに目を見開いて固まったザジに、そこまで驚くことか?とこちらの方が面食らってしまった。
 ザジとは子供の頃からずっと一緒で、どちらかというと友人より家族に近い感覚というか、今さら変な遠慮をするような間柄じゃない。信頼もしているし、急に触れられたからといって身構えたり警戒したりする理由もなかった。
 叩かれたり締められたりはあるけど、それはオレもやり返すし、コミュニケーションの内だ。そしてその認識はザジも同じだと思っていた。
 だからこそ、今さら接触についてそんな風に確認されるとは思っていなくて……え、オレなんか知らないうちにザジのこと避けたりしてたっけ?
 一旦脳内の記憶を探ってみていると、不意に顔に影が落ちる。
 見上げると、ザジの顔が思ったより近くにあった。

「……ザジ?」
「なんだよ」
「いや、何か近くない?」
「嫌なのか」
「嫌っていうか……」
「俺にだったら何されても泣いて喜ぶってさっき言ってただろ」
「いやそれは言ってない!」

 なんだかいつものザジとは異なる雰囲気に戸惑っている間に、彼の手が再びオレの胸へ触れる。

「えっ、ちょ…っ」
「俺に触られて嫌なとこはないんだろ」
「そ、それは、そうだけど……」

 先程胸筋を確かめていた時とは違い、それはひどく優しい手つきで肌を撫でた。
 そして、まるで必然かのように指が乳首へと引っ掛けられる。
 二人とも、無言だった。
 コスコスコス…すりすり…かりかりかり
 ザジは指先で乳首ばかりを狙うように細かく擦って、刺激で硬くなった後は摘んで、こねて、柔く引っ掻いて……とやりたい放題だ。
 そうやって触られ続けていると、段々と感覚も鋭くなってしまって、なんだか背筋がゾクゾクざわめき出す。
 あ、これ、さっきの変な感覚と同じだ……。

「ザ、ザジ……っ、もういいだろ、やめろって」
「まだよくない」

 なんでお前が決めるの!?
 そう言い返したかったが、無闇に口を開くとなんだか変な声が出てしまいそうで、やむなくオレは言葉を飲み込んだ。
 カリカリカリ…ッ、くにっくにっ、ぐにゅ…っ、くにくにくにくに
 ザジの手つきは段々と遠慮をなくしたものになっていく。
 勃起した乳首を親指と中指の腹でぎゅう、と柔く潰すように固定されて、側面から指を擦り合わせるようにぐにぐに形を変えられたり、逃げられないそこを人差し指の爪で何度も何度も引っかかれると、無意識に下腹に力が入って、そこがへこんだり戻ったりするのが止められなかった。
 ザジの肌色の指の中で充血して色づいた粒が好き勝手に捏ね回されているさまは、なんだかすごく目に毒で、まともに直視できない。
 ザジが今何のためにオレの乳首を弄っているのか分からなかった。
 最初はオレの胸筋がないって話だったけど、……もしかして、乳首を触ることによって効果が得られる、なんか、そういう筋トレ法があったりする?オレが知らないだけで、今それ実践してくれてる?
 何とか理由をつけようと思考を巡らすものの、正解にたどり着けるわけもなく。それよりも、乳首を刺激されることによる背筋の痺れが段々と強くなっているような気がして、オレは耐えきれず、ザジの手を掴んだ。

「っ、やっぱり、なんか、変な感じだから、もう触るのやめろ……っ」

 運動もしていないのに、はぁっ、はぁっ、と自然に息が上がっていた。
 呼吸の度に上下する胸で、いじられ過ぎて赤く腫れてしまっている乳首がその存在を主張して揺れる。
 こちらを見下ろすザジの目線がじっとその勃起を追っているのが分かって、なんだかすごく恥ずかしかった。
 どちらかというと精神力の方が鍛えられているというか、すり減らされてる気分なんだけど!
 思わず、浮いていた胸元の服を手で戻し、そこの露出を隠すようにすると、ようやく視線を胸からオレの顔へと上げたザジが言う。

「さっきの客には触らせてただろ」
「こ、ここまではされなかった」
「ここまでって何だよ。言えよ」
「~~っお前の方がしつこく触ってきたってこと!もう、いっぱい触るからなんかまだジンジンしてるし……」
「ほーーーお」

 ザジにしては珍しく口角が上がっていた。心なしかニヤついているようにも見え、全体的に機嫌が良さそうだ。
 何なんだこいつ……と怪訝に思っていると、その近い位置からふっと酒の匂いが香った。
 あれ?

「もしかして……酔ってる?」
「酔ってない」
「仕事中に酒飲んだのか?」
「飲まされた。客に」
「飲まされたって……ザジなら断れただろ?」
「……頭痛消すのに丁度良かったんだよ」
「酒を鎮痛剤代わりに使うな!?」

 二日酔いを酒で麻痺させるって完全に酒カスの発想だよ!嘘だろコイツ!
 でも、裏を返せばそれほど頭痛が辛かったということだろう。
 あのザジをここまで弱らせるなんて、恐るべし二日酔い……。
 よく見ると、心なしか目が虚ろな気もした。先程の妙な言動も、酔っていたからだと思えば納得がいく。
 ……明日は余計に辛いだろうな。
 そんなことを想像して少し気の毒になり、オレは労わるつもりでザジの頭を撫でた。
 昨日の今日でまた酒を飲んだなんて、ヤヒロに知られれば説教どころじゃすまないだろう。まあザジは酔いが顔に出にくいし、発言も一見まともだから誤魔化せそうだけど……。
 というか誤魔化して貰わないと困る。ヤヒロの機嫌の悪さはパーティーの居心地の悪さに直結するからな……。
 ふと、酔いがバレないかどうかの確認のために、オレはザジの顔を覗き込む。
 すると、オレが撫でて乱れた髪の隙間で、──ザジは確かに笑っていた。
 満面の笑みというわけではない。口元をわずかに緩めただけの、ぱっと見ただけでは分かりにくい控えめな微笑みだ。
 だが、いつもの意地悪な笑みとは違う、緊張のない柔らかなその表情は見慣れなくて、オレもつい呆気に取られてしまう。
 思わず頭を撫でていた手を離すと、それと入れ替わるようにして、ザジの手がオレの頬へと添えられた。
 いつにも増して優しい触れ方は、まるで壊れ物を扱うように静かで慎重だ。
 指先から直接、ありもしない慈しみが滲んできている気すらして、肌がざわりと粟立った。
 じっと見つめられるむず痒さに耐えきれず、オレが咄嗟に目を逸らすと、ザジは逃がさないとでも言うように顔を固定してくる。
 そして、そのままゆっくり距離を詰めてきた。

「わ、え、ちょ……っ」

 赤と茶の前髪が混ざって、呼吸も頬にかかるほど近づく。
 それでもまだ迫るザジに、オレはわけもわからず目を閉じた、
 ──次の瞬間。
 オレとザジの唇の間に、下から手が割り込んだ。
 それは、先程までのザジとのやり取りの中、ずっとオレの膝で寝ていたフィンクの起床を知らせる伸びだった。
 彼が「ゔ~~ん」と気持ちよさそうに腕を広げた拍子に、オレたちは揃って引き離される。
 そうやって、不自然に上体を仰け反らせたオレ達を下から見たフィンクは、「なにしてんの?」ときょとんとした顔で言った。

 そのすぐ後、懐の温かさから機嫌をよくしたヤヒロが戻ってきて、着替えたオレたちは世話になったその職場を後にする。
 しかし、店を出た瞬間、店でひと悶着あった例の男性客がオレたちを待ち構えていた。
 どうやらよほど腹に据えかねていたらしい。彼は報復のために、数名のガラが悪そうな冒険者たちを引き連れてきており、そのままオレたちを襲うよう指示する。
 そこから、なし崩し的に戦闘が始まってしまった。
 何故かザジの機嫌が悪く、普段なら軽くあしらって相手を気絶させ、さっさと退散するところなのだが、今日は鬱憤を晴らすかのように剣を打ち合い、相手を派手に吹き飛ばして店の一部を破壊した。
 相手には魔法使いもいたため、その攻撃でも店の一部が壊れ……。防御要員として優秀なフィンクは、着替え終わってからまたオレの背中で寝ていたため何も防げず、店が壊れ……。
 あれ……なんか見覚えあるな。
 そうだ。オレとザジは昨日、あの酒場で酔っ払いに絡まれて……。
 もしかして、昨日の酒場もこんな感じで、オレ達は荷物を誰かにスられたのではなく、手持ちの資金で建物の正当な修繕費を支払っただけなんじゃ……?
 そんな考えがよぎったが、今それを誰かに伝えたところで何一つ良いことはない。
 オレは目の前のザジの大立ち回りを虚ろな目に映しながら、思い出しかけた昨日の記憶を再び頭の奥底にしまいこんでいた。

 *

「もーー、どーすんの。またお金なくなっちゃったよ」

 翌朝。
 一人だけしっかり睡眠を取って顔色のいいフィンクが、事情を聞き終えるなり、ぷくっと頬を膨らませてオレたちを睨んだ。
 対面で正座している三人のうち、ヤヒロが真っ先に頭を掻きむしって唸る。

「っざけんな…っ!何回稼いでも店の修繕費で消えたら意味ねーだろうが…!お前らと旅してると頭おかしくなるわ!」
「今回はヤヒロも同罪だろ?客をあんな追い詰めるような真似したから……」
「はあ!?じゃあお前はあのセクハラ親父にドリンク持ってくたび胸揉みしだかれても良かったってのかよ!幼馴染がおっさんと乳繰り合ってるとこ見せられんのとか親の生々しい話聞かされるレベルで気まずいんだよ!こっちの精神衛生も考えろ!」
「も、もっと穏便なやり方で注意してたら、向こうも報復なんて考えなかったかもしれないだろ!」
「……るっせぇな。ぎゃーぎゃー騒ぐな……頭に響く」
「テメェコラ諸悪の根源ッッ!酒で何も覚えてねぇからって罪は消えねぇからな!もうお前酒飲むな!二度と飲むな!」
「また働かないとなのー?やだなあ」

 言い争いの中落ちたフィンクのため息に、皆が顔を見合わせる。

「仕事、探すか……」

 オレ達の貧乏旅生活は、どうやらまだまだ続きそうだった。
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目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

『偽物の番』だと捨てられた不憫な第三王子、隣国の冷徹皇帝に拾われて真実の愛を教え込まれる

レイ
BL
「出来損ない」と捨てられた場所は、私の居場所ではありませんでした。 ラングリス王国の第三王子・フィオーレは、王族の証である『聖種の紋様』が現れなかったことで「偽物の番」と罵られ、雪降る国境へと追放される。 死を覚悟した彼の前に現れたのは、隣国アイゼン帝国の「冷徹皇帝」ヴォルフラムだった。

没落令息はクラスメイトの執着に救われる

夕月ねむ
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突然父親の爵位がはく奪され、帰る屋敷も家名も失ったローレンス。貴族が集まる学院の寮からも放り出されるところだった彼を、クラスメイトのユリシーズが引き留める。 「侯爵家の私であれば、従者をひとり授業に同席させることができる」と言って。 ユリシーズの従者となったローレンス。けれどその二年後、彼らの関係は再び大きく変わることとなった。 ※FANBOXからの転載です。 ※他サイトにも投稿しています。

魔王を倒した勇者の凱旋に、親友の俺だけが行かなかった理由

スノウマン(ユッキー)
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スラム育ちの少年二人は、15歳になり神の祝福でスキルを得た事で道をたがえる。彼らはやがて青年となり、片方は魔王討伐に旅立つ勇者として華々しい活躍をし、もう片方はただ彼の帰還を待つ相変わらずスラム暮らしの存在となる。 これは何も持たない青年がただ勇者の帰りを待つ日常を描いた作品です。 無自覚両片想いの勇者×親友。 読了後、もう一度だけ読み直して頂けると何か見える世界が変わるかもしれません。

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