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小話 分断if ※本編(同人誌)読了後推奨
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魔王城に向かう道中。オレ達は資金調達も兼ねて、森に住み着く魔族の討伐依頼を受けていた。
討伐対象の魔族は、自身が使役する魔物を通じ、人の居場所を転移させることが出来る異能持ち。転移先は魔族の巣の付近、つまり敵陣の本拠地であることが多い。…というところまではギルドでも突き止められていたものの、未だ解決には至っておらず、今回オレ達勇者パーティーにお鉢が回ってきたというわけである。
解決に時間がかかっている理由は二つ。
一つは単純に魔族が使役する魔物の数が多い事。そして二つ目は、転移によるパーティーの分断。その結果引き起こされる、深刻な戦力低下である。
オレ達にも言えることだが、通常の冒険者にはそれぞれ得意分野にそった役割分担があり、皆が皆戦闘力が高いわけではない。そのため一度分散させられてしまうと、戦闘能力の低い者から順に倒されていってしまうのだ。
勿論今回の討伐では対策は万全である。要は戦闘力の低いメンバーを一人にしなければいいというだけの事。戦える人と身体の一部を紐で括り付けるなどすることで、もしも転移させられそうになっても二人一緒に移動できるという方法を、とろうと、してたんだけど……。
「あのインチキ神子と組むだけはやめろ」
「ノアさんな!?やめろその呼び方!」
「俺も今回ばかりはザジに同意だ。他のペアは妥当だと思うけど、お前と神子さんが二人だけっつーのは流石に見過ごせねぇ」
「ヤヒロまで…」
戦闘力が低いのは、主にヤヒロとノアさんの二人。そこを補うのを大前提として、オレは相性なんかも踏まえたうえで、1.オレとノアさん、2.フィンクとヤヒロ、3.シエルとエリー、そして最後に4.ザジ単独、というこの4つのペアを考えた。
トラブルメーカーでもあるフィンクの奔放さについては、ヤヒロが抑えてくれる事を期待。エリーは魔物に触れて偽エリーになってしまう事が難点だが、偽エリーは何故かシエルを前にすると大人しいので、この二人が組めば危ない事にはならないだろう。ノアさんはオレが守ればいいし、ザジは戦闘面でも人付き合い的にも一人行動の方が気楽だろう。
我ながら完璧な采配に思えた。
ところがザジとヤヒロには不評だったらしい。
森の入り口で行われた作戦会議中、オレがペアの案を伝えたところ、即座に腕を引かれて皆の輪から引き離された。そして二人がかりで圧でもかけるかのように反対されてしまっている。この二人は特にノアさんの事を警戒しているようなのだ。
何だよ。自分で考えたわけでもないくせに。
「っていうか、もう付いてくるのやめない?この依頼も今のパーティーメンバーでやるし…」
「付いていってるわけじゃない。進む道が同じだけだ。自惚れんな」
「屁理屈!」
ザジの当初から変わらない主張に、オレは頭を抱えた。
ザジ達と再開した後、オレは新しいメンバーでこの先の冒険を続けることを決意し、それを皆にも伝えた。しかしそのまま村に帰るかと思っていた幼馴染達は、オレの選択に納得がいかなかったのか、こうして後を付いてきて、何だかまるで大所帯の冒険者パーティーみたくなってしまっているのが現状である。
食事や宿など、自分たちのことは自分たちでやってくれているから迷惑を被ることはないし、寧ろこっちのメンバーが相部屋を取ろうとしてたら一人部屋を取るよう援助してくれることも頻繁にある。そして道中でも、ザジとフィンクの戦闘力やヤヒロの回復力で安全なのは間違いない。
ただ、依頼をこなすとなると純粋な取り分は減るし、やはり彼らと新メンバーのオレ達では力の差があるため、倒せる魔物の絶対量も変わってくるのだ。
せめて別の道を行って欲しいと度々伝えているが、幼馴染達は総じて聞く耳を持ってはくれなかった。流石強個性の集まり…。
とにかく神子とペアになるのだけはやめろ、なんてまた堂々巡りの会話が始まろうとしていた時、離れた場所から大きな声が上がる。早々に話に飽きてそこらをぶらついていたフィンクのものだ。
おーい!と弾むような掛け声に揃って視線を向けると、その先で彼が自慢げに掲げていたのは、猿を太らせて不自然に丸くしたような異様な生物。
「見て、つかまえた」
嬉しそうに報告するフィンクに、一瞬、全員が呆然と固まった。
討伐対象の魔族は、使役する魔物を使って人を転移させる異能持ち。
こういう事前情報がフィンクの頭に入った試しはない。
片手で持ち上げられていた魔物が、甲高い声で鳴き叫んだ。耳障りなそれが森に響くと同時、フィンクの足元がうっすら発光しだす。
「兄さん!」
弾かれたようにエリーが駆け寄った。
そして、その手が服に触れるか触れないかというところで、一瞬にして二人の姿が掻き消える。
転移…!
オレは咄嗟に近くに居たヤヒロを引き寄せた。しかしその直後、
「わっ」
離れた位置から聞こえた驚きの声。
それは先程のフィンクと同じく、足元がうっすら発光しているノアさんのものだった。
「勇者さんっ!」
彼は救けを求めるように手を伸ばす。しかし、オレは直感的に悟っていた。
だめだ、間に合わない。
それを認識した瞬間、いや、認識すらしていない無意識下での行動だったかもしれない。ノアさんに向けて伸ばそうとしたその手は、前方の、ザジの背中を押しやるために使われた。
ドン、と魔力で強化されたそれは、通常以上の速度でザジの身体を前に突き飛ばす。
こちらに駆け寄って来ていたノアさんにぶつかるのが見えて、オレは一言叫んだ。
「任せた!!」
「は!?」
ザジの驚愕の表情を最後に、二人が姿を消す。
シン
途端に静まり返った現場に、は、と詰めた息を吐いた。転移されずこの場に残ったのは、オレと、ヤヒロと、
「まんまと分断されちゃったね」
「どわっ!?」
「シエル!」
いつの間にかオレ達の近くに避難していたらしい、シエルだった。
「良かった。これなら皆安心だな」
「本気で言ってんのかお前」
シエルの登場に盛大に驚かされていたヤヒロが、呆れた顔をしてオレを見る。
そんなこと言われても…。
オレがヤヒロとシエルを守るのは絶対として。
エリーは常識人だからフィンクをどうにか連れ帰ってくれるだろうし、偽エリーと入れ替わったところでフィンクの戦闘力なら問題ないだろう。その場合エリーの身体がボロボロにされないか不安はあるが。
そしてノアさんにはザジがついている。
悔しいが、オレたちの中で一番強いのはザジだ。
ノアさんのことをよく思っていないとしても、ザジの事だ。「任せた」と言っておいたから、なんだかんだ守り抜いてくれるだろう。ノアさんの安全は絶対だ。
当初の予定とは異なるが、咄嗟にしては良い選択ができたんじゃなかろうか。
そんなことをヤヒロにも話すと、彼は「相性が最悪なんだよな……」と渋い顔でため息を吐いた。
しかし数秒後には気を取り直して、
「ま、俺が安全ならどうでもいいか。待とうぜ。転移先は巣の付近だろ?あとは飛ばされた奴らが何とかするだろ」
そう言って早々にくつろぎ体勢に入るヤヒロ。
効率的というか、怠惰というか……。
しかし彼の言うことも妥当だ。それに、はぐれた場所からオレたちが移動すれば、合流に手間取るかもしれない。
そう思ってオレもヤヒロの休憩におうとするが、ふと目の前で立ち尽くしている様子のシエルが気になり、そして、今更ながら自身の失態に気づく。
まずい、ヤヒロとだけで話を進めてしまった……!
長年の慣れとは恐ろしいもので、こういう緊急時の対応に関してはヤヒロの判断に頼る癖がついてしまっている。言い訳にもならないが。
オレは不安になってこっそりシエルの顔色を伺う。しかし、予想に反して彼の口角は上向きだった。
あ、嬉しそう。
必死にニヤつきを抑えようとしているような、少しだけ口が引き結ばれた珍しい表情。そこから負の感情は一切感じ取れず、オレも自然と頬が緩む。
そんなオレ達を見て、「サ〇リオピューロランドにでも迷い込んだか俺は?」などとヤヒロがよくわからないことを呟いた。
シエルはオレの服を引き、控えめな声で告げる。
「勇者様、……紹介して欲しい」
「えっ」
あ、そうか。シエルはヤヒロと仲良くなりたかったんだっけ。
以前の出来事を思い出しながら、そういえばお互い自己紹介の時間とか取ってなかったもんな、シエルも自分から話す方じゃないし、などと納得する。
いいよ、と簡単な了承の返事をして、早速オレはヤヒロにシエルを紹介しようと口を開いた。
が、その瞬間、
「ちょっと待って。場所を整えるから」
ズバン!と音がして、ヤヒロがもたれかかっていた木の幹が切断された。ヤヒロの頭頂部より少し上あたりで。綺麗な横真っ二つに。
シエルは傾く幹を魔法で容易く浮き上がらせると、バラッと瞬時に細かく切り分け、空中で組み立てる。
数秒もしない内に完成したのは、シンプルな丸い机と三つの椅子。
机はそのままトッ、と優しい音で地面に着地し、椅子はそれぞれの尻を掬い上げるように飛んでから、あっという間に三人を席へとつかせた。
突然の出来事にぽかんとしていると、シエルがもじもじ目線で訴えかけてくる。
あ、ああ…、そうだ、紹介するんだった……。
「え、えっと…、ヤヒロ、この子はオレのパーティーメンバーで、魔法使いのシエル。シエル、こっちはオレが元居たパーティーでヒーラーやってるヤヒロだよ」
「よろしくおねがいします」
ぺこり、と礼儀正しく頭を下げるシエルを、ヤヒロは声もなく呆然と見つめていた。
「……、……ご、ご趣味は」
「いや怖ぇよ!!何だこの状況っっ!?!?」
*
勇者さんと離れてしまった。
日光が遮られているように感じる深い森の中で、ノアは響かない程度に舌を打つ。
勿論この状況を予知できなかったわけではない。しかし直近で視た時点では、ユーリと転移出来る未来も半分の確立で存在していたのだ。そしてその正解の未来を掴み取れる自信もあった。だからこそ、少しばかり距離が離れても余裕で構えていられたのに。
……よりによってもう半分の方で確定するなんて。
ちらり、こちらに背を向ける赤髪の男を見て、ノアは深いため息が出そうになるのを必死に抑える。
ユーリの前パーティーメンバーの中で、ノアが最も気に食わないと思っている男こそ、何の間違いか一緒に転移させられてしまったこのザジであった。
ユーリを狙う害虫の中でもトップレベルに危険視しないければいけない相手。正直目撃者の居ないここで殺してしまえたら一番いいとすら思うが、彼が強いのは事実で、それはノアも認めるところ。そして、ユーリも。
そもそもこの男が今ノアと一緒に居ることこそ、ユーリからの信頼を示す確たる証拠である。
正直、羨ましい限りだ。勿論、誰よりもか弱く儚いノアさん、という自分の地位を捨ててまで欲しい称号ではないが。
まあ、勝手に魔物とか倒してくれそうだし、そしたら俺も疲れなくて済む。それに、この人と居た方が勇者さんと再会できるのも早そうだ。
軽く目を閉じて見えた未来に、ここは穏便に行こう、とノアは内心で決断を下した。
よく考えたら、昔勇者さんが俺を救けてくれた時にこの人も居たんだよな。だからまあこの人も、間接的に俺を救ってくれた恩人ではあるわけだ。
何とか脳内でザジに対する嫌悪感を薄めてから、一度深呼吸。
そして次の瞬間、にこっ、と誰もを虜にする美しい笑みをその顔に張り付けて、
「あの、ザジさん、ありがとうございます。僕に付いてきてく──」
「お前、まだ予知出来てないのか」
人間関係を円滑に導くための無難な挨拶は、振り返ったザジの一言によってバッサリ切り捨てられる。
歪み一つなかったノアの表情が、ひくり、と小さく綻んだ。
「元の場所まで案内しろって言ってんだよ。ぼーっとすんな。使えねえなノロマ。戦わないなら他で役に立てなくてどうする」
「……、……」
豪雨のように降り注ぐ、上から目線の暴言。
それを余すことなくぶつけられたノアは、その場でゆっくりと顔を俯けると、深く息を吐いた。
再度上げられたその表情は、太陽にも負けない満面の笑みだ。
「じゃあ、犬みたいに這いつくばりながら右に曲がれ」
「……あ゙?」
「あれ~?どうしたんですかぁ?欲しがってた未来予知ですよ?戦う事しか能がないんだから、しっかり命令通りに動けよ脳筋」
ピキ、と空間に亀裂が入るような音がした。
やっぱ無理だコイツ。一緒なら楽できるとか思ってたけど、代償に精神が病む。これならさっさと一人で勇者さんのとこに戻った方が断然良い。
早々に見切って目的の方向へ迷いなく歩き出したノア。それとほぼ同時に、横からヌッ、と自分のものではない足が伸びた。
予想していなかったそれを咄嗟に避けることが出来ずぶつかる。
体勢を崩した先は地面だった。転倒である。
ズシャッ!
「っ……!」
打ち付けた身体の痛みに耐える中、不意に視線を上向かせると、そこにはノアの足を引っ掻けた張本人であるザジが立っていた。
彼は倒れ伏すノアに手を貸すどころか、見下し、鼻で笑う。
「ご自慢のツラと服が台無しだなミコサマ。みっともない姿が恥ずかしいなら一生そこで泥啜ってろ。ユーリにお前は必要ない」
言いたいことを言って振り返り、じゃあな、と機嫌よく手を振るザジ。
彼が足を踏み出す寸前、ノアは手近な足首をガッ!と掴むと、全力でうしろに引いた。
ザジが勢いよく地面へダイブする。転倒である。顔面からの。
「……ッッ!!」
「…ああごめんなさい。何だかペラペラ喋ってましたけど全ッッ然聞こえなくて~~!多分泥に塗れるのが羨ましかったんですよね??自分もして欲しいってはしゃいじゃってみっともなーい!!お願い聞いてあげたんですからお礼言ってください。ほら早く」
シンッッ
森の中を痛い程の静寂が支配して、
──次の瞬間、素早く起き上がった両者が互いの胸ぐらを掴み合う。
「ガキか!!」
「どの口が!!」
身体を引き寄せ、しかし顔が近づくのは勘弁だという風にそれぞれが空いた方の手で頭を押しのけるせいで、どちらも首だけが曲がったおかしな姿で膠着していた。
ふぎぎぎ、と拮抗しながら、両者の言い合いは続く。
「一瞬でも協力しようとか思った僕が馬鹿でした!脳直で動く獣と高知能な人間様が協力できる筈がなかった!」
「こっちのセリフだ…!姑息な悪知恵ばっかに頭回らせるような詐欺野郎と同じ空気吸ってんのすら不快なんだよ!今すぐ首切って息の根止めてやってもいいんだぞ!」
「出た出たいつもの脅し!そんなに何か切りたいなら自分のくっさいち〇ぽみじん切りにしたらどうですか!?勇者さんに拒否られてもう使い道ないじゃないですかあ!」
「斬る!!」
「やってみろよ!!」
その時、人間同士の諍いなど考慮すらしない魔物達が二人へ飛びかかった。
仲間割れ真っ最中、むしろ佳境。だからこそ攻撃の準備は出来ている。その相手がちょっと変わった…、いや、順番が前後しただけだ。
互いに胸ぐらは掴んだまま、ザジは剣を一閃、ノアは拳を振り下ろし、ほぼ同時に魔物を討つ。
「俺は二匹だ」
「は?」
ザジが言ったそれはたった今屠った魔物の数だ。三匹飛びかかってきたため、ノアが倒したのは残りの一匹。
……別に勝負なんてしていないが、こんなしょうもないことで目の前の男に勝ち誇ったような顔されるのは酷く頭にきた。
ノアは瞬きのような速度で目を閉じ、数秒先の未来を視る。そして、次に魔物が出てくる場所を先回りし、隠れているそいつらを軒並み蹴り飛ばして一掃した。
その後、ノアは動かなくなった魔物をザジの足元に投げると、ここぞとばかり、挑発的に笑む。
「あなたは武器を使ってやっと二匹。僕は生身で三匹。圧勝ですね」
こいつには負けたくない。
両者とも、思考は一致していた。
*
はぁ、はぁ。
乱れた呼吸を落ち着けながら、エリアスは戦闘の終了を察して剣を仕舞う。
俺達が飛ばされたそこは、魔物の群集地だった。
視界が入れ替わったと同時、目の前には数えられない程多くの魔物の姿。一瞬にして包囲され、俺はうごうごと密集する奴らのおぞましさから思わず声が出た。勿論咄嗟に剣を抜き戦闘態勢をとったが、結果的にこれらの魔物の殆どを一掃したのは兄…フィンクの魔法の力によるものが大きい。
俺は振り返った先に立つ自身の兄を見やる。
パチ…、と彼が先程まで使用していた電撃の残滓が、その華奢な身体の周囲に散っていた。木の間を潜り抜ける湿った風で、長めの髪がふわりと靡く。隙間から、感情の揺らぎが少ない涼しい顔が微かに覗いた。
……すごい、息一つ乱していない。俺は入れ替わりを恐れるが故に無駄に神経を使い、兄より全然魔物を倒せていないくせに疲弊しているというのに。
無意識に人を和ませられるような、穏やかな性格をしている兄。強くて、でもその心は子供のように純粋で。
エリアスは実際にフィンクと対面しても尚、彼が王となるに相応しい人であると思っていた。
兄を良く知る、勇者をはじめとした幼馴染方からは全力で否定されたが、俺のその想いは変わらない。確かにちょっとぽやっとしていて行動が読めないところや、自由人過ぎて我儘とも取れる言動が多いことは気になりもするが、それもまた個性で、魅力だ。
うんうん、とその場で頷いた俺は、もう恒例となってしまった言葉を兄に投げかける。
「流石です兄さん!王になってください!」
「や」
一言で跳ね除けられてしまった。しかし初手で断られるのはいつもの事なので、諦めるという選択肢はない。出会いからまだ期間は浅いが、そのくらいの強引さは持てるようになっていた。
「王になれば皆に敬われて、欲しいものは何でも何個でも手に入れられますし、思ったことは何でも叶えてもらえます!部屋や食事も、いつも宿泊したり食べたりしているものより何倍も豪華ですよ!その分責任は伴いますが、兄さんならきっと大丈夫です!」
「いらない。みんなと居るほうがたのしい」
まっすぐなその言葉を聞いて、返答に詰まる。
一般に多くの人が魅力的に思うだろう事を並べ立てたつもりでいたが、その実、俺自身もどちらかというと兄の考えに同意だった。
生活に関しては何不自由ない王城で、罪の意識に苛まれながらただひたすら呼吸だけを続けていた時よりも、質素だが、仲間と一緒に喜びも辛さも分かち合えるその空間が何よりも尊いのだということを、身に染みて分かっていたからだ。
まるで自身の感情を見透かされたようで、少し緊張してしまう。勿論偶然だろうが…。
説得までの道のりはまだ長そうだ、なんて、会話は終わったものだと思って心中でそう締める俺だったが、
「そんなにいいなら、あなたがなれば?王サマ」
珍しく重ねられたその言葉に、どき、と心臓を揺らされる。
普段なら「話しかけてもらえた」と喜べるのに、内容が内容だ。無邪気にいられるものでもない。兄はきっと、特に深い意味もなくこの質問をしているのだろうが。
間を開けすぎるのも変かと思い、俺はじわ、と背中に汗が滲むのを感じながら、声が震えないよう注意して答えた。
「俺は、駄目です」
「なんで?」
「怖がられる」
「怖くないよ?」
「えっ」
自然と地面を眺めていた目線が、反射でパッと持ち上がる。
透き通る金色の瞳が、不思議そうに丸く見開かれていた。
「おれより全然弱いし」
「あ、はは……」
ふしゅ、と、身体から緊張で張り詰めていた空気が抜ける感覚がした。
もう俺には興味がなくなったのか、兄は「戦ったらおなかへったー」なんて気の抜けた声で言って背を向ける。
……酷く感覚的な話だが、勇者と、兄、そして他二人の幼馴染方は、なんだか少し、こういうところ(・)がある。
本当にふとした時に、人の欲しい言葉を当ててくれる、ような。
上がりそうになる自身の口角を、俺は咄嗟に手で覆って隠した。
これは、違う。恥ずかしいとかではなくて、ニヤついている理由を聞かれたら返答に困ってしまうというだけの事で。いやそもそも兄は俺に興味がないから、そんなことを聞いてきたりはしないんだろうが。
脳内で勝手に言い訳をしながら、緩んだ頬を引き締めるようにパンパンと両手で叩く。そうやって気合を入れなおしてから、再度兄が居る方へと向き直った。
兄は少し離れた場所でしゃがんでいる。何をしているんだろう、と思って興味本位で近づくと、
彼は、先程自身で倒した筈の魔物に口をつけて──、
認識した瞬間、俺は深く考える間もなく魔物を剣で弾き飛ばした。
はあっ、はあっ…。驚愕から自然と息が荒くなる。口元を血で染めた兄は、不満そうな表情で俺を睨んでいた。
ぞわっ、と背筋に悪寒が走る。
「だっ、駄目だそんなことしたら!そんな、魔族みたいなこと…っ!!」
俺の悲鳴じみた大声に、近くの木で休んでいたのだろう鳥がバサバサと一斉に飛び立つ音が聞こえた。しかしそのような些末なことは気にならない。
俺にとっては、ただ目の前のおぞましい行為を止める事の方が大事で、優先すべき事項だったからだ。
何を考えているのか分からない金眼が、青ざめる俺を映した。
「怖がられるから?」
問われて、呼吸が止まる。
ついさっきは純粋で美しく見えていたその瞳が、今はどうしても得体のしれない別の生き物みたく見えて仕方がなかった。
怖い。明確にそう思った。しかし、それを言葉にする覚悟も持ち合わせていない。
何も答えられないでいると、立ち上がった兄がどこかへと歩き出す。俺は数秒立ちすくんで、しかし我に返った後、その背中を慌てて追いかけた。
「かっ、帰り道が分かるんですか!?」
「ゔーー」
ついに言葉も通じなくなってしまった!
不思議な唸り声で威嚇され、焦りから冷や汗が吹き出る。
これはもしかしなくても、失敗した。元々好かれてはいなかったと思うが、さっきは露骨に嫌悪感を示し過ぎた。これでは気分を害させるに決まっている。
不意に兄と昔の自分の姿が重なった。
血は嫌いだ。嫌な思い出しかないから。
しかしこれで本当に会話が出来なくなって、王になってもらえるよう説得できないのも困る。ただでさえ一緒に旅をしている今も碌に話してもらえていないのに。逆に勇者や他のパーティーメンバーとは楽しそうにしているが…。
その様子を思い浮かべ、そして、良案を閃いた。
そうだ、勇者みたいになれば…!
兄が度々勇者の血を飲みたいなどと言っているのは知っていた。俺はまだその現場を見たことがなく、半分冗談だろうと聞き流している部分もあったのだが。
先程の出来事を見る限り、それは紛れもない事実なのだろう。
心開いてもらうためには、勇者みたいに、俺が兄に血を…?
想像して、しかし同時に魔物の血を啜る兄の姿も脳裏に過ってしまい、ゾワッと鳥肌が立つ。
怖い。
……だが俺は、今まで多くの人にその恐怖を植え付けてきた側の人間だ。だからもしも、同じような状況で誰かが被害に合うとするなら、傷つくのは俺が良い。
罪のない沢山の人を傷つけて来た俺が、罰を受けるべきだ。
覚悟を決めて、俺は思い切り地面を蹴った。
そして追い越した兄の前に立ち塞がり、おもむろに腕をまくって素肌を見せつける。
「お、俺の血を飲んでください!直接噛むのは遠慮して欲しいですが、垂れたものなら…、」
腕に添えた剣がスッ、と真横に引かれ、一瞬の熱い痛みと共に赤い線を作った。それはすぐさま盛り上がり、次々と肌を伝っていく。
思っていたより早い血の出方に、俺は急いで飲んでもらおうと腕を前に差し出して、
……しかし、目の前の兄の顔は、今まで見たことがないくらい盛大に歪められていた。
「くさい」
「……え?」
「くさーーい!」
鼻をつまみ、汚物でも見るかのような視線をこちらに投げた兄が走り去っていく。
……魔物の血は飲んでたのに。
それ以下だと判断された事実が何故か酷くショックで、俺は遠ざかっていく兄の背中を眺めたまま、呆然とその場を動けなかった。
*
暇なユーリ「まだかな…みんな」
おわり
討伐対象の魔族は、自身が使役する魔物を通じ、人の居場所を転移させることが出来る異能持ち。転移先は魔族の巣の付近、つまり敵陣の本拠地であることが多い。…というところまではギルドでも突き止められていたものの、未だ解決には至っておらず、今回オレ達勇者パーティーにお鉢が回ってきたというわけである。
解決に時間がかかっている理由は二つ。
一つは単純に魔族が使役する魔物の数が多い事。そして二つ目は、転移によるパーティーの分断。その結果引き起こされる、深刻な戦力低下である。
オレ達にも言えることだが、通常の冒険者にはそれぞれ得意分野にそった役割分担があり、皆が皆戦闘力が高いわけではない。そのため一度分散させられてしまうと、戦闘能力の低い者から順に倒されていってしまうのだ。
勿論今回の討伐では対策は万全である。要は戦闘力の低いメンバーを一人にしなければいいというだけの事。戦える人と身体の一部を紐で括り付けるなどすることで、もしも転移させられそうになっても二人一緒に移動できるという方法を、とろうと、してたんだけど……。
「あのインチキ神子と組むだけはやめろ」
「ノアさんな!?やめろその呼び方!」
「俺も今回ばかりはザジに同意だ。他のペアは妥当だと思うけど、お前と神子さんが二人だけっつーのは流石に見過ごせねぇ」
「ヤヒロまで…」
戦闘力が低いのは、主にヤヒロとノアさんの二人。そこを補うのを大前提として、オレは相性なんかも踏まえたうえで、1.オレとノアさん、2.フィンクとヤヒロ、3.シエルとエリー、そして最後に4.ザジ単独、というこの4つのペアを考えた。
トラブルメーカーでもあるフィンクの奔放さについては、ヤヒロが抑えてくれる事を期待。エリーは魔物に触れて偽エリーになってしまう事が難点だが、偽エリーは何故かシエルを前にすると大人しいので、この二人が組めば危ない事にはならないだろう。ノアさんはオレが守ればいいし、ザジは戦闘面でも人付き合い的にも一人行動の方が気楽だろう。
我ながら完璧な采配に思えた。
ところがザジとヤヒロには不評だったらしい。
森の入り口で行われた作戦会議中、オレがペアの案を伝えたところ、即座に腕を引かれて皆の輪から引き離された。そして二人がかりで圧でもかけるかのように反対されてしまっている。この二人は特にノアさんの事を警戒しているようなのだ。
何だよ。自分で考えたわけでもないくせに。
「っていうか、もう付いてくるのやめない?この依頼も今のパーティーメンバーでやるし…」
「付いていってるわけじゃない。進む道が同じだけだ。自惚れんな」
「屁理屈!」
ザジの当初から変わらない主張に、オレは頭を抱えた。
ザジ達と再開した後、オレは新しいメンバーでこの先の冒険を続けることを決意し、それを皆にも伝えた。しかしそのまま村に帰るかと思っていた幼馴染達は、オレの選択に納得がいかなかったのか、こうして後を付いてきて、何だかまるで大所帯の冒険者パーティーみたくなってしまっているのが現状である。
食事や宿など、自分たちのことは自分たちでやってくれているから迷惑を被ることはないし、寧ろこっちのメンバーが相部屋を取ろうとしてたら一人部屋を取るよう援助してくれることも頻繁にある。そして道中でも、ザジとフィンクの戦闘力やヤヒロの回復力で安全なのは間違いない。
ただ、依頼をこなすとなると純粋な取り分は減るし、やはり彼らと新メンバーのオレ達では力の差があるため、倒せる魔物の絶対量も変わってくるのだ。
せめて別の道を行って欲しいと度々伝えているが、幼馴染達は総じて聞く耳を持ってはくれなかった。流石強個性の集まり…。
とにかく神子とペアになるのだけはやめろ、なんてまた堂々巡りの会話が始まろうとしていた時、離れた場所から大きな声が上がる。早々に話に飽きてそこらをぶらついていたフィンクのものだ。
おーい!と弾むような掛け声に揃って視線を向けると、その先で彼が自慢げに掲げていたのは、猿を太らせて不自然に丸くしたような異様な生物。
「見て、つかまえた」
嬉しそうに報告するフィンクに、一瞬、全員が呆然と固まった。
討伐対象の魔族は、使役する魔物を使って人を転移させる異能持ち。
こういう事前情報がフィンクの頭に入った試しはない。
片手で持ち上げられていた魔物が、甲高い声で鳴き叫んだ。耳障りなそれが森に響くと同時、フィンクの足元がうっすら発光しだす。
「兄さん!」
弾かれたようにエリーが駆け寄った。
そして、その手が服に触れるか触れないかというところで、一瞬にして二人の姿が掻き消える。
転移…!
オレは咄嗟に近くに居たヤヒロを引き寄せた。しかしその直後、
「わっ」
離れた位置から聞こえた驚きの声。
それは先程のフィンクと同じく、足元がうっすら発光しているノアさんのものだった。
「勇者さんっ!」
彼は救けを求めるように手を伸ばす。しかし、オレは直感的に悟っていた。
だめだ、間に合わない。
それを認識した瞬間、いや、認識すらしていない無意識下での行動だったかもしれない。ノアさんに向けて伸ばそうとしたその手は、前方の、ザジの背中を押しやるために使われた。
ドン、と魔力で強化されたそれは、通常以上の速度でザジの身体を前に突き飛ばす。
こちらに駆け寄って来ていたノアさんにぶつかるのが見えて、オレは一言叫んだ。
「任せた!!」
「は!?」
ザジの驚愕の表情を最後に、二人が姿を消す。
シン
途端に静まり返った現場に、は、と詰めた息を吐いた。転移されずこの場に残ったのは、オレと、ヤヒロと、
「まんまと分断されちゃったね」
「どわっ!?」
「シエル!」
いつの間にかオレ達の近くに避難していたらしい、シエルだった。
「良かった。これなら皆安心だな」
「本気で言ってんのかお前」
シエルの登場に盛大に驚かされていたヤヒロが、呆れた顔をしてオレを見る。
そんなこと言われても…。
オレがヤヒロとシエルを守るのは絶対として。
エリーは常識人だからフィンクをどうにか連れ帰ってくれるだろうし、偽エリーと入れ替わったところでフィンクの戦闘力なら問題ないだろう。その場合エリーの身体がボロボロにされないか不安はあるが。
そしてノアさんにはザジがついている。
悔しいが、オレたちの中で一番強いのはザジだ。
ノアさんのことをよく思っていないとしても、ザジの事だ。「任せた」と言っておいたから、なんだかんだ守り抜いてくれるだろう。ノアさんの安全は絶対だ。
当初の予定とは異なるが、咄嗟にしては良い選択ができたんじゃなかろうか。
そんなことをヤヒロにも話すと、彼は「相性が最悪なんだよな……」と渋い顔でため息を吐いた。
しかし数秒後には気を取り直して、
「ま、俺が安全ならどうでもいいか。待とうぜ。転移先は巣の付近だろ?あとは飛ばされた奴らが何とかするだろ」
そう言って早々にくつろぎ体勢に入るヤヒロ。
効率的というか、怠惰というか……。
しかし彼の言うことも妥当だ。それに、はぐれた場所からオレたちが移動すれば、合流に手間取るかもしれない。
そう思ってオレもヤヒロの休憩におうとするが、ふと目の前で立ち尽くしている様子のシエルが気になり、そして、今更ながら自身の失態に気づく。
まずい、ヤヒロとだけで話を進めてしまった……!
長年の慣れとは恐ろしいもので、こういう緊急時の対応に関してはヤヒロの判断に頼る癖がついてしまっている。言い訳にもならないが。
オレは不安になってこっそりシエルの顔色を伺う。しかし、予想に反して彼の口角は上向きだった。
あ、嬉しそう。
必死にニヤつきを抑えようとしているような、少しだけ口が引き結ばれた珍しい表情。そこから負の感情は一切感じ取れず、オレも自然と頬が緩む。
そんなオレ達を見て、「サ〇リオピューロランドにでも迷い込んだか俺は?」などとヤヒロがよくわからないことを呟いた。
シエルはオレの服を引き、控えめな声で告げる。
「勇者様、……紹介して欲しい」
「えっ」
あ、そうか。シエルはヤヒロと仲良くなりたかったんだっけ。
以前の出来事を思い出しながら、そういえばお互い自己紹介の時間とか取ってなかったもんな、シエルも自分から話す方じゃないし、などと納得する。
いいよ、と簡単な了承の返事をして、早速オレはヤヒロにシエルを紹介しようと口を開いた。
が、その瞬間、
「ちょっと待って。場所を整えるから」
ズバン!と音がして、ヤヒロがもたれかかっていた木の幹が切断された。ヤヒロの頭頂部より少し上あたりで。綺麗な横真っ二つに。
シエルは傾く幹を魔法で容易く浮き上がらせると、バラッと瞬時に細かく切り分け、空中で組み立てる。
数秒もしない内に完成したのは、シンプルな丸い机と三つの椅子。
机はそのままトッ、と優しい音で地面に着地し、椅子はそれぞれの尻を掬い上げるように飛んでから、あっという間に三人を席へとつかせた。
突然の出来事にぽかんとしていると、シエルがもじもじ目線で訴えかけてくる。
あ、ああ…、そうだ、紹介するんだった……。
「え、えっと…、ヤヒロ、この子はオレのパーティーメンバーで、魔法使いのシエル。シエル、こっちはオレが元居たパーティーでヒーラーやってるヤヒロだよ」
「よろしくおねがいします」
ぺこり、と礼儀正しく頭を下げるシエルを、ヤヒロは声もなく呆然と見つめていた。
「……、……ご、ご趣味は」
「いや怖ぇよ!!何だこの状況っっ!?!?」
*
勇者さんと離れてしまった。
日光が遮られているように感じる深い森の中で、ノアは響かない程度に舌を打つ。
勿論この状況を予知できなかったわけではない。しかし直近で視た時点では、ユーリと転移出来る未来も半分の確立で存在していたのだ。そしてその正解の未来を掴み取れる自信もあった。だからこそ、少しばかり距離が離れても余裕で構えていられたのに。
……よりによってもう半分の方で確定するなんて。
ちらり、こちらに背を向ける赤髪の男を見て、ノアは深いため息が出そうになるのを必死に抑える。
ユーリの前パーティーメンバーの中で、ノアが最も気に食わないと思っている男こそ、何の間違いか一緒に転移させられてしまったこのザジであった。
ユーリを狙う害虫の中でもトップレベルに危険視しないければいけない相手。正直目撃者の居ないここで殺してしまえたら一番いいとすら思うが、彼が強いのは事実で、それはノアも認めるところ。そして、ユーリも。
そもそもこの男が今ノアと一緒に居ることこそ、ユーリからの信頼を示す確たる証拠である。
正直、羨ましい限りだ。勿論、誰よりもか弱く儚いノアさん、という自分の地位を捨ててまで欲しい称号ではないが。
まあ、勝手に魔物とか倒してくれそうだし、そしたら俺も疲れなくて済む。それに、この人と居た方が勇者さんと再会できるのも早そうだ。
軽く目を閉じて見えた未来に、ここは穏便に行こう、とノアは内心で決断を下した。
よく考えたら、昔勇者さんが俺を救けてくれた時にこの人も居たんだよな。だからまあこの人も、間接的に俺を救ってくれた恩人ではあるわけだ。
何とか脳内でザジに対する嫌悪感を薄めてから、一度深呼吸。
そして次の瞬間、にこっ、と誰もを虜にする美しい笑みをその顔に張り付けて、
「あの、ザジさん、ありがとうございます。僕に付いてきてく──」
「お前、まだ予知出来てないのか」
人間関係を円滑に導くための無難な挨拶は、振り返ったザジの一言によってバッサリ切り捨てられる。
歪み一つなかったノアの表情が、ひくり、と小さく綻んだ。
「元の場所まで案内しろって言ってんだよ。ぼーっとすんな。使えねえなノロマ。戦わないなら他で役に立てなくてどうする」
「……、……」
豪雨のように降り注ぐ、上から目線の暴言。
それを余すことなくぶつけられたノアは、その場でゆっくりと顔を俯けると、深く息を吐いた。
再度上げられたその表情は、太陽にも負けない満面の笑みだ。
「じゃあ、犬みたいに這いつくばりながら右に曲がれ」
「……あ゙?」
「あれ~?どうしたんですかぁ?欲しがってた未来予知ですよ?戦う事しか能がないんだから、しっかり命令通りに動けよ脳筋」
ピキ、と空間に亀裂が入るような音がした。
やっぱ無理だコイツ。一緒なら楽できるとか思ってたけど、代償に精神が病む。これならさっさと一人で勇者さんのとこに戻った方が断然良い。
早々に見切って目的の方向へ迷いなく歩き出したノア。それとほぼ同時に、横からヌッ、と自分のものではない足が伸びた。
予想していなかったそれを咄嗟に避けることが出来ずぶつかる。
体勢を崩した先は地面だった。転倒である。
ズシャッ!
「っ……!」
打ち付けた身体の痛みに耐える中、不意に視線を上向かせると、そこにはノアの足を引っ掻けた張本人であるザジが立っていた。
彼は倒れ伏すノアに手を貸すどころか、見下し、鼻で笑う。
「ご自慢のツラと服が台無しだなミコサマ。みっともない姿が恥ずかしいなら一生そこで泥啜ってろ。ユーリにお前は必要ない」
言いたいことを言って振り返り、じゃあな、と機嫌よく手を振るザジ。
彼が足を踏み出す寸前、ノアは手近な足首をガッ!と掴むと、全力でうしろに引いた。
ザジが勢いよく地面へダイブする。転倒である。顔面からの。
「……ッッ!!」
「…ああごめんなさい。何だかペラペラ喋ってましたけど全ッッ然聞こえなくて~~!多分泥に塗れるのが羨ましかったんですよね??自分もして欲しいってはしゃいじゃってみっともなーい!!お願い聞いてあげたんですからお礼言ってください。ほら早く」
シンッッ
森の中を痛い程の静寂が支配して、
──次の瞬間、素早く起き上がった両者が互いの胸ぐらを掴み合う。
「ガキか!!」
「どの口が!!」
身体を引き寄せ、しかし顔が近づくのは勘弁だという風にそれぞれが空いた方の手で頭を押しのけるせいで、どちらも首だけが曲がったおかしな姿で膠着していた。
ふぎぎぎ、と拮抗しながら、両者の言い合いは続く。
「一瞬でも協力しようとか思った僕が馬鹿でした!脳直で動く獣と高知能な人間様が協力できる筈がなかった!」
「こっちのセリフだ…!姑息な悪知恵ばっかに頭回らせるような詐欺野郎と同じ空気吸ってんのすら不快なんだよ!今すぐ首切って息の根止めてやってもいいんだぞ!」
「出た出たいつもの脅し!そんなに何か切りたいなら自分のくっさいち〇ぽみじん切りにしたらどうですか!?勇者さんに拒否られてもう使い道ないじゃないですかあ!」
「斬る!!」
「やってみろよ!!」
その時、人間同士の諍いなど考慮すらしない魔物達が二人へ飛びかかった。
仲間割れ真っ最中、むしろ佳境。だからこそ攻撃の準備は出来ている。その相手がちょっと変わった…、いや、順番が前後しただけだ。
互いに胸ぐらは掴んだまま、ザジは剣を一閃、ノアは拳を振り下ろし、ほぼ同時に魔物を討つ。
「俺は二匹だ」
「は?」
ザジが言ったそれはたった今屠った魔物の数だ。三匹飛びかかってきたため、ノアが倒したのは残りの一匹。
……別に勝負なんてしていないが、こんなしょうもないことで目の前の男に勝ち誇ったような顔されるのは酷く頭にきた。
ノアは瞬きのような速度で目を閉じ、数秒先の未来を視る。そして、次に魔物が出てくる場所を先回りし、隠れているそいつらを軒並み蹴り飛ばして一掃した。
その後、ノアは動かなくなった魔物をザジの足元に投げると、ここぞとばかり、挑発的に笑む。
「あなたは武器を使ってやっと二匹。僕は生身で三匹。圧勝ですね」
こいつには負けたくない。
両者とも、思考は一致していた。
*
はぁ、はぁ。
乱れた呼吸を落ち着けながら、エリアスは戦闘の終了を察して剣を仕舞う。
俺達が飛ばされたそこは、魔物の群集地だった。
視界が入れ替わったと同時、目の前には数えられない程多くの魔物の姿。一瞬にして包囲され、俺はうごうごと密集する奴らのおぞましさから思わず声が出た。勿論咄嗟に剣を抜き戦闘態勢をとったが、結果的にこれらの魔物の殆どを一掃したのは兄…フィンクの魔法の力によるものが大きい。
俺は振り返った先に立つ自身の兄を見やる。
パチ…、と彼が先程まで使用していた電撃の残滓が、その華奢な身体の周囲に散っていた。木の間を潜り抜ける湿った風で、長めの髪がふわりと靡く。隙間から、感情の揺らぎが少ない涼しい顔が微かに覗いた。
……すごい、息一つ乱していない。俺は入れ替わりを恐れるが故に無駄に神経を使い、兄より全然魔物を倒せていないくせに疲弊しているというのに。
無意識に人を和ませられるような、穏やかな性格をしている兄。強くて、でもその心は子供のように純粋で。
エリアスは実際にフィンクと対面しても尚、彼が王となるに相応しい人であると思っていた。
兄を良く知る、勇者をはじめとした幼馴染方からは全力で否定されたが、俺のその想いは変わらない。確かにちょっとぽやっとしていて行動が読めないところや、自由人過ぎて我儘とも取れる言動が多いことは気になりもするが、それもまた個性で、魅力だ。
うんうん、とその場で頷いた俺は、もう恒例となってしまった言葉を兄に投げかける。
「流石です兄さん!王になってください!」
「や」
一言で跳ね除けられてしまった。しかし初手で断られるのはいつもの事なので、諦めるという選択肢はない。出会いからまだ期間は浅いが、そのくらいの強引さは持てるようになっていた。
「王になれば皆に敬われて、欲しいものは何でも何個でも手に入れられますし、思ったことは何でも叶えてもらえます!部屋や食事も、いつも宿泊したり食べたりしているものより何倍も豪華ですよ!その分責任は伴いますが、兄さんならきっと大丈夫です!」
「いらない。みんなと居るほうがたのしい」
まっすぐなその言葉を聞いて、返答に詰まる。
一般に多くの人が魅力的に思うだろう事を並べ立てたつもりでいたが、その実、俺自身もどちらかというと兄の考えに同意だった。
生活に関しては何不自由ない王城で、罪の意識に苛まれながらただひたすら呼吸だけを続けていた時よりも、質素だが、仲間と一緒に喜びも辛さも分かち合えるその空間が何よりも尊いのだということを、身に染みて分かっていたからだ。
まるで自身の感情を見透かされたようで、少し緊張してしまう。勿論偶然だろうが…。
説得までの道のりはまだ長そうだ、なんて、会話は終わったものだと思って心中でそう締める俺だったが、
「そんなにいいなら、あなたがなれば?王サマ」
珍しく重ねられたその言葉に、どき、と心臓を揺らされる。
普段なら「話しかけてもらえた」と喜べるのに、内容が内容だ。無邪気にいられるものでもない。兄はきっと、特に深い意味もなくこの質問をしているのだろうが。
間を開けすぎるのも変かと思い、俺はじわ、と背中に汗が滲むのを感じながら、声が震えないよう注意して答えた。
「俺は、駄目です」
「なんで?」
「怖がられる」
「怖くないよ?」
「えっ」
自然と地面を眺めていた目線が、反射でパッと持ち上がる。
透き通る金色の瞳が、不思議そうに丸く見開かれていた。
「おれより全然弱いし」
「あ、はは……」
ふしゅ、と、身体から緊張で張り詰めていた空気が抜ける感覚がした。
もう俺には興味がなくなったのか、兄は「戦ったらおなかへったー」なんて気の抜けた声で言って背を向ける。
……酷く感覚的な話だが、勇者と、兄、そして他二人の幼馴染方は、なんだか少し、こういうところ(・)がある。
本当にふとした時に、人の欲しい言葉を当ててくれる、ような。
上がりそうになる自身の口角を、俺は咄嗟に手で覆って隠した。
これは、違う。恥ずかしいとかではなくて、ニヤついている理由を聞かれたら返答に困ってしまうというだけの事で。いやそもそも兄は俺に興味がないから、そんなことを聞いてきたりはしないんだろうが。
脳内で勝手に言い訳をしながら、緩んだ頬を引き締めるようにパンパンと両手で叩く。そうやって気合を入れなおしてから、再度兄が居る方へと向き直った。
兄は少し離れた場所でしゃがんでいる。何をしているんだろう、と思って興味本位で近づくと、
彼は、先程自身で倒した筈の魔物に口をつけて──、
認識した瞬間、俺は深く考える間もなく魔物を剣で弾き飛ばした。
はあっ、はあっ…。驚愕から自然と息が荒くなる。口元を血で染めた兄は、不満そうな表情で俺を睨んでいた。
ぞわっ、と背筋に悪寒が走る。
「だっ、駄目だそんなことしたら!そんな、魔族みたいなこと…っ!!」
俺の悲鳴じみた大声に、近くの木で休んでいたのだろう鳥がバサバサと一斉に飛び立つ音が聞こえた。しかしそのような些末なことは気にならない。
俺にとっては、ただ目の前のおぞましい行為を止める事の方が大事で、優先すべき事項だったからだ。
何を考えているのか分からない金眼が、青ざめる俺を映した。
「怖がられるから?」
問われて、呼吸が止まる。
ついさっきは純粋で美しく見えていたその瞳が、今はどうしても得体のしれない別の生き物みたく見えて仕方がなかった。
怖い。明確にそう思った。しかし、それを言葉にする覚悟も持ち合わせていない。
何も答えられないでいると、立ち上がった兄がどこかへと歩き出す。俺は数秒立ちすくんで、しかし我に返った後、その背中を慌てて追いかけた。
「かっ、帰り道が分かるんですか!?」
「ゔーー」
ついに言葉も通じなくなってしまった!
不思議な唸り声で威嚇され、焦りから冷や汗が吹き出る。
これはもしかしなくても、失敗した。元々好かれてはいなかったと思うが、さっきは露骨に嫌悪感を示し過ぎた。これでは気分を害させるに決まっている。
不意に兄と昔の自分の姿が重なった。
血は嫌いだ。嫌な思い出しかないから。
しかしこれで本当に会話が出来なくなって、王になってもらえるよう説得できないのも困る。ただでさえ一緒に旅をしている今も碌に話してもらえていないのに。逆に勇者や他のパーティーメンバーとは楽しそうにしているが…。
その様子を思い浮かべ、そして、良案を閃いた。
そうだ、勇者みたいになれば…!
兄が度々勇者の血を飲みたいなどと言っているのは知っていた。俺はまだその現場を見たことがなく、半分冗談だろうと聞き流している部分もあったのだが。
先程の出来事を見る限り、それは紛れもない事実なのだろう。
心開いてもらうためには、勇者みたいに、俺が兄に血を…?
想像して、しかし同時に魔物の血を啜る兄の姿も脳裏に過ってしまい、ゾワッと鳥肌が立つ。
怖い。
……だが俺は、今まで多くの人にその恐怖を植え付けてきた側の人間だ。だからもしも、同じような状況で誰かが被害に合うとするなら、傷つくのは俺が良い。
罪のない沢山の人を傷つけて来た俺が、罰を受けるべきだ。
覚悟を決めて、俺は思い切り地面を蹴った。
そして追い越した兄の前に立ち塞がり、おもむろに腕をまくって素肌を見せつける。
「お、俺の血を飲んでください!直接噛むのは遠慮して欲しいですが、垂れたものなら…、」
腕に添えた剣がスッ、と真横に引かれ、一瞬の熱い痛みと共に赤い線を作った。それはすぐさま盛り上がり、次々と肌を伝っていく。
思っていたより早い血の出方に、俺は急いで飲んでもらおうと腕を前に差し出して、
……しかし、目の前の兄の顔は、今まで見たことがないくらい盛大に歪められていた。
「くさい」
「……え?」
「くさーーい!」
鼻をつまみ、汚物でも見るかのような視線をこちらに投げた兄が走り去っていく。
……魔物の血は飲んでたのに。
それ以下だと判断された事実が何故か酷くショックで、俺は遠ざかっていく兄の背中を眺めたまま、呆然とその場を動けなかった。
*
暇なユーリ「まだかな…みんな」
おわり
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