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しおりを挟む全力で頭を下げると、ひとまず納得したのか、綾凪さんは笑顔で一息つき、虎徹さんの方へと視線を移す。
「封印は鳳条家の御当主様直々にやっていただけると大変助かります。当家の独断で動いたと思われては、やはり体裁が悪いですから。それでなくとも花ヶ崎家は常より三家の鼻つまみ者。無闇に不興を買う行動は避けたいと思っておりますので」
「どうせオレより先に瑠璃宮さんのとこにも行ってんだろ。あの人は何だって?」
「屋敷を穢すなと、敷地に足を踏み入れることすら一蹴されてしまいました。あの方の潔癖は変わらずですね」
「宗主様の許可は?」
「きっとお喜びになる筈です」
「……取ってねぇってことだな。悪いけど、それならオレも協力はできない」
整然と拒絶を返した虎徹さんに、綾凪さんは特に追いすがるでも悲しむでもなく「そうですか」とあっさり引き下がった。
「両家の後ろ盾が欲しかったところですが、仕方がありません。では、くれぐれも邪魔だけはなさらぬよう。当家が万事丸く収めますので、どうか温かく見守っていて下さい」
にこやかにそう告げると、彼は車椅子を伴って踵を返す。
やや棘のある言葉に、虎徹さんは「花ヶ崎以外の家のポンコツは黙って見てろってか……!」と静かに憤っていたが、俺には、この話が最初から一貫して大事なことを無視しているように思えてならなかった。
「あの…っ、み、御当主様の意思は!?」
花ヶ崎の敷地に向かおうとするその背中に、思わず叫ぶ。
綾凪さんは首だけでこちらを振り返った。
光を映さない暗い瞳が、異物でも見るかのように、俺の姿を捉える。
「コレに、どう御意思を伺えと?」
「──ッ!」
綾凪さんが指し示した先には、車椅子にくたりと凭れ、何の抵抗もできず、まるで人形のようにされるがままの御蔭さんの姿があった。
……なんだかそれが、たまらなく嫌だった。
俺の知っている御蔭さんは、尊大で、横暴で、自由で、どこか力に満ち溢れた眩しさのようなものがある人だ。
大部分は怖かったけど、それでも、よくわからないタイミングで優しくて、進む先を示してくれるのがありがたくて。……なんだかんだ、俺がこの場所で一番頼りにしているのは彼だった。
そんな風に、いつも俺の前に立っているような存在の御蔭さんが、誰かに軽んじられて、惨めな扱いをされている様が見るに耐えなかったのだ。
怒りや悲しみのような単純な感情じゃない。やるせなさや悔しさも混じった、胸がぎゅうっと握りつぶされるような感覚が苦しくて、俺は霊体のまま現状をただ静観している彼に、耐えきれず叫んでいた。
「いいんですか!?自分の身体、こんな好き勝手に扱われて!勝手に色々決められて!御蔭さんは嫌じゃないんですか!?」
綾凪さんが怪訝そうにこちらを見る。
また呼び方のことで注意されそうになるが、それに反応する余裕はなかった。
俺ははあっ、はあっ、と必死に呼吸を整えながら、自分にしか見えない御蔭さんの答えをただ一心に待つ。
「まあ、大体想像通りだし」
返ってきたのは、あまりにも淡泊な言葉だった。
まるで他人事のような、どうでもいいと思考自体を放棄しているようにも聞こえる返答に、唖然とする。
なんだよ、それ。
たった一度の重傷で意識を失ったら、人としての尊厳すら守ってもらえない人生が想像通りって、なんなんだよ。
胸の奥に重く溜まった鬱憤を吐き出そうと、俺が口を開きかけた、その瞬間だった。
ずん、と身体にのしかかるような重圧が一気に周囲の空気を塗り替える。
それは、この場にいる生き物全てを、いつでも容易くねじ伏せられると告げているような、圧倒的強者の存在感。
──燃え落ちた御神木へ降り立つように、その根源である狐神が姿を現していた。
しかしその様子は、以前見た穏やかなものとはまるで違う。
欲望をむき出しにした、どこか禍々しく、興奮に歪んだ凶悪な表情で唸り声を上げるその姿に、本能が身の危険を告げていた。
ざわりと全身の毛が逆立つ。
怖い。
そう感じた俺を押しのけるように、狐神の前へと一歩踏み出したのは綾凪さんだった。
彼はやや大仰な所作で、隠そうともしない歓喜を滲ませる。
「ようこそおいでくださいました大御狐神様!新しいお身体をご用意しております。ささ、どうぞこちらへ」
手で示した先には、意識のない無防備な御蔭さんの身体。
それを見て、より一層尾を激しく振った狐神が、勢いよく地面を蹴った。
その瞬間、俺の身体も動いていた。
咄嗟に虎徹さんと繋いでいた手を振りほどき、彼の悲鳴を背に浴びながら、俺は御蔭さんの前へと立ちふさがる。
「入っちゃ駄目だ!」
両手を広げ、懇願するように叫ぶが、無情にも狐神は容易く俺の身体をすり抜けた。
「……っ!」
咄嗟に振り返ったその先で、車椅子にもたれたままの御蔭さんがゆっくりと瞼を開く。
これが正常な状況であれば、喜ばしいことこの上ない光景。
だがしかし、俺の身体を駆け抜けたのは、明確な絶望と恐怖だった。
防げなかった……!御蔭さんの身体が、狐神に乗っ取られてしまった!
先ほどまで空間を支配していた重圧は、嘘のように消えていた。
しかし俺は、今目の前で起こった事実に、呆然と立ち尽くしたまま動けない。
そんな俺に、危なげなく車椅子から立ち上がった狐神が、勢いよく飛び掛かってきた。
立ち塞がったことへの報復か、それとも腹を空かせた獣の本能か、あるいは、ただの気まぐれか。
思考も整わないまま、ただ圧倒的な恐怖に、俺は「ひ…っ!」と目を瞑って全身を強張らせる。
しかし、いつまで経っても想像していた衝突は訪れなかった。
不思議に思い、恐る恐る目を開けると……、
「……御蔭さんっ!?」
俺を庇うように前に立ち、どこからか持ち出した竹箒で狐神に乗っ取られた身体を押し留めていたのは、霊体の御蔭さんだった。
しかし、自身の肉体に近づいたことが原因か、霊体の輪郭は徐々に揺らぎ、薄れ、まるで抗えない力に引き寄せられるように肉体と融合していく。
「あっ、……待って、駄目です!離れてください御蔭さん!」
咄嗟に引き離そうとするが、伸ばした俺の手は当たり前に空を切った。
遅れて箒を掴んだところで、もはや焼け石に水だ。さらに淡くなった御蔭さんが、こちらを振り向く。
顔が見えた、その直後。
彼の姿は、跡形もなく消え失せた。
まるで最初から、そこには何もなかったかのように思える、静かな空虚と、胸を抉るような喪失感。
手元に残ったのは、なんの変哲もない一本の竹箒、というどうしようもない事実が受け入れられず、か細い呼吸だけが俺の喉を行き来する。
御蔭さんの身体に入った狐神は、立ち尽くす俺へと再度距離を詰めてきた。
姿形は確かに御蔭さんなのに、そこにはまるで人間性が感じられない。
その異様な雰囲気は、もう御蔭さんが本当にどこにも存在しなくなってしまったという事実を突きつけてきているようで。
押し寄せる膨大な感情の処理が追いつかないまま、俺は呆然と竹箒を握り、迫る狐神をその目に映していた。
首元に顔を寄せられ、襲われる恐怖で身が竦む。
しかし、狐神は俺の喉元を嚙み千切ったりすることはなく、ただそこですんっ、と数回鼻を鳴らした。
……え?
おそらく、匂いを嗅がれていた。
それは首回りだけでなく、胸や腹など、別の場所でも数度続き、流石に戸惑っていると、狐神の口が小さく、しかし確かに動く。
『 もう持ってない 』
「──え」
それは、俺にしか聞こえないほど小さな声量だった。
感情の起伏を一切感じさせない声音で呟いた狐は、もう用はないとばかりに俺から離れると、そのまま走り去っていく。
綾凪さんも封印のためか、その後を追うように慌ただしく狐神を追いかけていった。
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