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しおりを挟む「だ、大丈夫か浅葱…!?い、居るよな?何がどうなったんだ?」
怒涛の展開に呆然としてしまっていた俺だったが、急に静かになったことで事態の収まりを感じたのか、目を瞑ったまま様子を窺う虎徹さんの声で、ようやく我を取り戻す。
「俺も追いかけないと……!」
「待て待て待て!ま、まずオレと手を繋げ!まずな!何よりも先に!そして絶対に離すな!」
へっぴり腰で伸ばされていた虎徹さんの手を取って、俺は簡単に今起こったことを説明する。
そして、このままでは御蔭さんの身体に狐神が封印されてしまうこと、それを防ぐために一緒に追いかけて欲しいことを伝えたのだが……。
話を聞き終えた虎徹さんの表情は、見るからに渋いものだった。
「もう諦めた方がいい。封印するのを止めたところで、花ヶ崎さんの身体から狐神を追い出すのは容易じゃない。場合によってはオレ達の命も危ねぇ。はっきり言って無謀だ」
「え……」
呆然とする俺から、虎徹さんは少し気まずそうに視線を逸らして続ける。
「花ヶ崎さんとの付き合いもそこまで長くねぇんだろ?すぐに忘れられるって。……さ、再封印出来たら、瑠璃宮さんも多少は怒りが落ち着くだろうし、宗主様も咎めないって言ってくれてたんならこれ以上お前が頑張る必要ねぇよ」
「……」
「それに、本人の意思も聞いてただろ?オレには聞こえなかったけど、……多分前向きなことは言われてねぇよな。じゃあそれが答えだろ」
虎徹さんの言い分は、全て正論だった。
御蔭さんは現状をどうにかしたいなんて望んでおらず、命を懸けるほど頑張って彼を取り戻したところで、それに見合う何かがあるわけでもない。
それどころか、このままいくと御蔭さんからの揶揄いという名の使用人いじめはなくなるし、瑠璃宮様から殺される心配もしなくていい。
俺は引き続き借金を返して、それが終わったら、また実家でお母さんと穏やかに暮らせばいいだけだ。
こちらを引き留めるように繋がった虎徹さんの手を見ながら、そこまで考えて……しかしその最後、消える間際にこちらを振り返っていた御蔭さんの顔が思い出された。
「笑ってなかったです」
「は?」
「最後、消える間際の御蔭さん、自分が依代になることを望んでるって感じじゃなかったです。っていうか御蔭さんは狐神のこと狐鍋にしようとしてたくらい嫌いなはずだし!狐鍋の具材が胃以外に入るのは遠慮したいだろうし!……そうでなくても突然だったから、なんか、心の準備、とか……」
自分でも何を言っているのか分からない。何かの言い訳をするみたくごちゃごちゃ並べ立てて。
でも、結局のところ、御蔭さんを追いかけたい理由なんて一つだ。
「──俺が、嫌なんです」
御蔭さんは、ちょっと怖いところもあるけど、自分がこんな大変な状況なのに、それでも俺に力を貸してくれていた。
それはただの偶然だったり、気まぐれだったのかもしれない。でも、俺にとってはそれが偽りようのない事実で、ものすごくありがたいことだった。
さっき狐神から庇ってくれたのだってそうだ。御蔭さんはそういうことができる人なんだ。
だから、誰かの悪意で、こんなふうに理不尽に終わっていいわけがない。
俺は改めて決意を固めると、虎徹さんに勢いよく詰め寄った。
「身体から狐神を追い出すのは容易じゃないって言ってましたよね!ってことは、不可能じゃないんですよね!?」
「は!?ちょっ、」
「お願いします虎徹さん!どうにかする方法、教えてください!」
勢いに押され、明らかに狼狽していた様子の虎徹さんだったが、俺が引く気を全く見せないことを悟ったのか、少しの葛藤の間の後、ッッはーーー!と盛大なため息を吐く。
「わかったよ……!」
「虎徹さん!」
「──坊ちゃん!」
鋭い呼び声とともに、必死な形相でこちらへ駆け寄ってきたのは、先程も虎徹さんとやり取りをしていた、大柄な青年の使用人だった。
どうやら虎徹さんを探していたらしい。近くまで来るなり、彼は余裕のないまま声を荒げる。
「部屋におられないと思ったら、こんなところで何を……、っ!アンタ、花ヶ崎の……。気安く坊ちゃんの御手に触れんな」
「お、落ち着けって!あっ、飯だろ!?食べる!食べるから!……の前にちょっと頼まれてくれ。今うちの屋敷内に花ヶ崎さんとその使用人が入っていった。花ヶ崎さんの方はひとまず放置でいいから、使用人の方を捕まえてくれ。急ぎで頼む」
「…………承知いたしました。ですがしっかりお食事も召し上がってください。さあお戻りになって。今すぐに。さあ」
「分かったよ……。浅葱、今後については部屋で話すぞ」
「あ、はい!」
「この者を自室に入れるんですか!?」
まるで不審者に向けられるかのような、警戒心と敵意が交じり合った遠慮のない視線が痛かった。
*
虎徹さんが用意された食事を摂っていた時、障子のわずかな隙間を縫うようにして、一枚の薄い紙が音もなく滑り込んできた。
それは床を這い、意思を持つかのように虎徹さんの手元へ辿り着くと、箸先で軽く押さえられ、じわりと文字を浮かび上がらせる。
式神というやつらしい。
「『侵入者拘束。花ヶ崎様は依然逃走中』……だってよ。これでひとまず、花ヶ崎さんごと封印される心配はないな」
「!」
良かった。
こうしている間にも御蔭さんの身体に狐神が封印されてしまっているかもしれない、と不安でざわついていた心が、ようやく少し落ち着いた。
近々の危機が去り、ほっと胸をなでおろす俺を、虎徹さんは手を繋いだまま横目で見る。
「……まあ、狐神を早く出すに越したことはねぇけど、花ヶ崎さんの身体は常人よりも妖への耐性が高い。一日ぐらいは全然余裕だと思う」
「はい、…んぐっ!?」
会話の途中、いきなり箸で口の中に突っ込まれたのは、虎徹さんの食事にあった煮物だった。
あ、うまい……。
突然のことに戸惑いながらも、美味しいので咀嚼していると、それをした張本人である虎徹さんが言う。
「まず食べろ。オレ達が出来るのは、万全の状態で狐神と戦えるよう、今ちゃんと飯を食う事だ」
ほらあれも、これも、と次々におかずと米を口に突っ込まれ、礼を言う間もなく噛んでは飲み込む羽目になる。
じわ、と頬の奥にしみこむような優しい味と、いつの間にか空っぽだった腹が満たされていく感覚に、張り詰めていた心までがほどけていく気分だった。
そうだ、お母さんも食事は大事だって言ってた。
虎徹さんは多分、俺を気遣ってくれている。
無茶な頼みを聞いてくれているだけでも、もう一生分ぐらいの恩があるのに。……優しい人だ。
虎徹さんとはまだ短い時間しか接していなかったが、それだけでも、彼が使用人たちに慕われている理由が分かった気がしていた。
「はは、小動物みてぇ。美味いか?」
「ふぁひ」
「お行儀が悪いですよ」
「どわーーーッッ!」
突如差し込まれた第三者の声に、虎徹さんは驚いて箸を投げる。
声の主は、障子の隙間からじとーーっと俺を睨む件の使用人だった。
「ばっ、おまっ、か、勝手に開けっ、~~ち、違うからな!今のは違うからな!」
「何も違いません坊ちゃん。おい、花ヶ崎の。御当主様のための食事を奪うようなら即刻部屋を出ろ。あといい加減その卑しい手を離せ。アンタが触れていいような人じゃねーの」
「あっ」
繋がっていた手が払いのけられて、それと同時、大きく目を見開いた虎徹さんがその場で盛大に嘔吐した。
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