幽霊当主にご用心!

椿

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「悪かったな、廊下に追いやって……」
「いえ、それよりわざわざ俺の分までお食事を用意してくださってありがとうございました。お気を遣わせてしまってすみません。むしろ俺の方が虎徹さんの食事の介助をすべきでしたよね……」
「は、はあ!?んなの望んでねぇよ!ガキ扱いすんな!」

 あの後、虎徹さんの嘔吐物を片付け、使用人ともども廊下に出させられた俺だが、準備してもらえた食事で腹は満たされていた。
 換気のために扉が開け放たれた部屋で、その礼と共に至らない点を謝罪すると、顔を赤くした彼はどこか照れたように吠える。
 そして、軽く咳払いをした後、「……で、本題だけど」と仕切り直すように切り出した。

「花ヶ崎さんの身体から狐神を追い出すのは、正直俺らだけじゃ無理だ」
「はい」
「こういうのは瑠璃宮さんの専門なんだよ。……でもあの人花ヶ崎さんと仲悪いし、浅葱のこともよく思ってねぇだろうから、今回のことで協力してくれるとは思えない」

 う、うそぉ!まさか瑠璃宮様の力が必要になる時が来るなんて……!
 こんなことならもっと瑠璃宮様に媚びを売っておくべきだった。……いや、もう御神木焼いてる時点でダメか。
 改善の余地もない現状に絶望しかけていると、当然それを織り込んでいたらしい虎徹さんが続ける。

「だからせめて、刀を借りたい」
「刀?」
「瑠璃宮さんが妖を斬るのに使う退魔の刀だ。勿論、当主のあの人が使うことで最大限力が発揮されるものだけど、物自体にも相当な呪力が込められてる」

 なるほど、それを使えば!
 ぱあっと期待に顔を明るくした俺に、虎徹さんは深く頷いて、

「それを、こう、サッと借りて、パッと使って、気付かれない内にスッと元の場所に戻してだな……」
「え。盗んで勝手に使うってことですか?」
「いや、瑠璃宮さんが使われたことに気付かれなければそれは実質使ってないのと一緒だ」
「??」

 虎徹さんがあまりに真剣な顔で言うものだから、俺がおかしいのか?と困惑していると、一拍の後、彼は急に声を荒げた。

「バッキャローーー!真正面から『刀貸してくーださい』っつってすんなり渡してくれるような人ならオレと胃薬氏の関係はとっくに冷め切ってんだよ!残念まだアッツアツだわ!盗んで勝手に使うかって!?はいそうですけど何かァ!?お前が教えてくれっつったから最適な方法教えてやってんだろがこっちは!他にどんな方法があるんじゃコラ!ア゙ン!?言ってみろや!」
「な、ないですすみません!」

 そ、そうだ、せっかく考えてくれたのに、俺はいちゃもんをつけられる立場じゃない!
 虎徹さんの勢いに押されてブンブン首を縦に振ると、興奮に息を乱していた彼は前のめりに浮いていた身体を畳へと落ち着かせる。

「最悪鞘があればそれでもいい。花ヶ崎さんの身体にどうにか押し当てて、オレが呪を唱える。……嫌だけど……すごくやりたくないけど……何とか、やる……」
「あ、ありがとうございます…!」
「だが、狐神を追い出したその後も問題だ。すぐ捕まえて拘束しねぇと、また花ヶ崎さんの身体に戻るぞ」
「その、後……」

 それはどうすっかなー、と頭を捻る虎徹さんを前にして、俺は一つの解決案を思い浮かべていた。

「あの、多分そこは大丈夫です。俺に任せてくれませんか」

 一般人の提言なんて、取り合ってもらえないだろうか。そんな不安にドキドキしながらも、俺は虎徹さんを見つめる。
 彼は最初こそ怪訝な顔をしていたが、俺の真剣な表情を見て何かを感じ取ったのか、短い思案の後に「分かった。任せる」と言ってくれた。
 それはまるで、虎徹さんから俺への信頼の証のようで。胸が熱を帯びると同時、やるぞ!と気持ちが鼓舞される。
 無謀だと言われたことではあったが、正直虎徹さんと一緒なら、俺はこのまま御蔭さんを助けられる明るい未来しか想像できなかった。
 そんな風に、やれること全部やって頑張るぞ!と鼻息を荒くして勢いづいていたところで、

「瑠璃宮さんのとこに行くならお前ひとりで行けよ」

 急に突き放される。
 え……、と一瞬何を言われたか咀嚼する時間があって、完全に理解した瞬間、俺は思わず身を乗り出していた。

「えーーっ!?さっきまで『一人にしないで』ってしおらしかったのに!あの時の虎徹坊ちゃんどこ行ったんですか!?」
「坊ちゃん呼びやめろ!不敬だぞテメェ!」

 そんなっ!勝手に一緒に行くものと思ってたのに!驚愕と焦りで一気に慌てふためきだした俺に、虎徹さんは当然だろうとでも言うように胸を張る。

「俺は鳳条家の当主だからな!三家の不可侵を侵したことで瑠璃宮さんの反感買って家の立場危うくするのもまずいし!?べっ、別に瑠璃宮さんが怖いとかじゃないんだからな!というわけでオレは行けない!ま、まあお前も無理することないっつーか、諦めたところで、誰も責めねぇし、」
「……いえ、やります。俺、やり遂げます!」
「えっ」

 そうだ。虎徹さんは俺に進む道を示し、既にここまでお膳立てしてくれている。
 彼に縋って甘えるばかりじゃ駄目なのは当たり前だ。俺も、俺に出来ることを全力でやらないと。
 瑠璃宮様の屋敷侵入任務、絶対に成功させて見せる……!
 目の前で『予想外です』とでもいうようにポカンと口を開ける虎徹さんを他所に、改めて決意を固めた俺は、逆境に反するが如くメラメラと気持ちを燃え上がらせていた。

 *

 人ひとりが四つん這いになって、ようやく通れる程の狭い土の洞窟。その中を、装備した手燭にほんのり照らされながらじれったく進む影が一つ。
 そう、俺は今、またしても例の隠し通路を使っていた。
 今度の目的地は瑠璃宮様のお屋敷である。
 虎徹さんのところに潜り込む際、御蔭さんからサラッとではあったが進む方向を教えてもらえていてよかった。流石に正面からあのお屋敷には入れてもらえないだろうからな。
 一応身を守るために、と持ってきた鉄製の鍋を頭に被って前進を続けていると、虎徹さんの時と同じく、出口が近づくにつれ通路は徐々に整えられ、土壁は木枠に囲まれたしっかりした造りのものへと変化していく。
 そしてその最後に、ひっそり置かれた梯子と、天井に扉のような四角い木の切れ目を発見した。
 瑠璃宮様の屋敷内部へと繋がる出口だ。

 ……これ、また当主の自室に直結してたりしないだろうな。
 刀が置かれているであろう最終目的地の有力候補は確かに瑠璃宮様の自室だが、そこでご本人様にも会ってしまえば、俺は即切られて人生終了だ。
 都合よくお風呂に入ってたりしてくれてないかな……。
 一応様子を窺うため、俺は木の切れ目に恐る恐る耳を寄せたが、向こうから伝わってくるのはしんと静まり返った空気だけ。人の動く気配も、床の軋む振動もない。
 これなら大丈夫か……?
 俺は心臓を少しだけ速めながら、その天井を押し上げた。
 ばこんっ!と長く固まっていた仕切りが外れる音がして一気に手が軽くなる。
 思いのほか勢いのいい音が鳴って慌てたが、そろりと顔を出したそこに人影は見当たらなかった。
 視界に広がっていたのは、壁沿いに棚が据え付けられただけの簡素な木造の一室。
 灯りは落とされ、とてもここで誰かが生活しているような感じはしない。
 少なくとも瑠璃宮様の自室ではなさそうだ。
 ほっと安堵に胸を撫でおろした俺は、もう一度慎重に周囲を確認してから部屋へと上がる。
 俺が足を乗せたのは板張りの床だったが、外した蓋を元に戻すとその切れ目はぴたりと合わさり、そこに入口があったことすら分からなくなった。技術がすごい……。
 その時、ふと近くで、水が流れるような音がすることに気づく。
 それは、部屋の一角に設けられた仕切りの向こうから聞こえてくるものだった。
 いったいこの部屋はなんだ?
 緊張と好奇心を入り混らせながら、俺は仕切りに手をかけ、ひどくゆっくりとそれを開く。
 瞬間、その微かな隙間からなだれ込むように押し寄せてきたのは、大量の白い湯気だった。

「うわ…っ」

 湿り気を帯びた熱が、一瞬でむわりと全身を覆う。
 視界は一面の白で何も見えなかった。しかし、湯気がゆっくりと晴れていくにつれ、その部屋の全貌が明らかになる。
 俺の目の前には、大きな浴場が広がっていた。
 風呂……いや、温泉!?
 俺はその時、自分が出てきた場所が、この大浴場に備え付けられた脱衣所であるということにやっと気づけていた。
 す、すげー……。もしかして瑠璃宮様が使うものだろうか?
 規模といい造りといい、どことなくこだわりが感じられるそれに、俺が一瞬目的も忘れて感心していると、──突如、脱衣所の扉が開かれる。

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