3 / 24
3
しおりを挟む幽霊当主こと花ヶ崎御蔭は、どこか底の見えない笑みを浮かべ、その身体で玄関扉を塞いでいた。
見えないふりは……今更無理。もうバッチリ目合っちゃったし。
俺は腰を低くしつつ、おずおずと問いかける。
「な、何の御用でしょうかぁ…」
「狐、探すんでしょ?」
「えっ」
も、もしかして手伝ってくれるつもりで!?
期待にバッ!と姿勢を正すと、彼は一層笑みを深くして、
「君の徒労、見てようかなって」
「……」
ですよね。
*
玄関を出た俺の後ろを、花ヶ崎御蔭が続く。
気分は憂鬱。足取りは最初より随分重くなってしまっていた。
絶対に邪魔される。狐神を発見できても大声出して追い払うとか、狐神を捕まえることが出来てもわざと逃がすとか…この人なら確実にやる…!!
早めに撒かないと。一緒に行動していたら、いつまでたっても狐神を捕らえられずに……、
──期限は3日。死にたくなければ、死ぬ気で狐神を捕獲しろ
あばばばばば。
思い出し恐怖が不整脈を誘発させる。
な、なんとかして離れないと…!俺の未来には、輝かしき平穏な暮らしが待っているんだ…!
チラ…と目線だけで振り返ると、彼はそこらに落ちている手ごろな木の枝を拾い、手持ち無沙汰に振っている。
何か退屈そうだし、今走ればもしかして…?でも幽霊だしな。壁などをすり抜けられてしまったらあっという間に追い付かれる。そして彼の前から逃げ出した事がバレれば、俺は明らかに不敬で処刑で血まみれだ。
うん、やめよう。いのちだいじに。
というか、この人、いつ成仏するんだろう。
あ、いや、そもそもまだ死んでなかったんだっけ。『まだ』っていうのも何だか不謹慎な気がするけど…。
成仏の可能性がないのなら、彼が屋敷から去るのはいつだろうか。
──どうして自分の身体がある場所ではなく、この屋敷に居続けるんだろう。
「ねえ、散歩中?」
「へっ!?」
唐突に話しかけられて、ビクッ!と大袈裟に肩が揺れた。
ま、まずい、油断してた…!
「ちっ、違います、狐を探して、て…」
身を竦めながら当たり前のことを答えると、彼はどこか珍しいものでも見るようにパチパチと数度瞬きをした。
「あーそっか…。君一般人だった。……ついていき甲斐がないから、ちょっとそこの池に10分顔浸けてきてよ」
「それ死ぬやつ!!」
「──どうして一人で喋っているの?気でも狂ったの?」
凛とした声に視線を向けると、そこには昨夜見た瑠璃宮様付きの使用人が一人。木桶を片手に立っていた。
確か、俺の前で瑠璃宮様の体調を真っ先に案じていた美女だ。歳は同じくらいだろうか。…だが、しっかりしていて、頭も良さそうな顔つきの彼女は、俺よりも断然大人びた風に見える。
そんな人からの怪訝な目に、うぐっ、と息が詰まった。
…当たり前だが、俺を慰めるために話しかけたわけでは決してないだろう。ここは早く立ち去るに限る。
俺は彼女に向って素早く頭を下げると、そのまま流れるように背を向け──、
「ぐえっ!?」
「なぁんで逃げんの?面白いじゃん」
後ろから思いきり襟首を引かれた。インスタントに喉を負傷。
だめだ。俺には今この幽霊当主が憑いている。彼が側にいるだけで、俺の気力の低下、運気の低下、思考力の低下、恐怖による動きの鈍化、無駄な精神力の消耗、などなど…、負の効果が目白押しなのである。
それでもまだ逃亡を諦めまいとするが、死にかけの幽霊のくせに力が強い御当主様により、バタバタ暴れる俺の足はその場で砂埃を上げるだけの存在となった。無力…!!
幽霊に翻弄される俺の動きは、客観的に見たら物凄く気味が悪いものだったのだろう。
声をかけてきた彼女は、まるで自身のその行動を後悔するかのような引いた顔で俺を見ていた。
お願いだから、そのまま帰ってくれませんか?
しかし願いは届かず、逃亡を諦めてハァハァ息を乱す俺にも、彼女は果敢に告げる。
「旦那様に大御狐神様を探すよう言われていたみたいだけど、あなたみたいな無能に動かれると私達もいい迷惑なの。大御狐神様のことはこちらに任せて、屋敷で大人しくしていなさい」
「えっ、……ぁ、えっと、で、でも、俺が捕まえないと、瑠璃宮様に──」
バシャッ
突然、顔に水をかけられた。
うわ、と咄嗟に手を前にやり庇ったものの、全てを防ぐことは出来ず濡れてしまう。
それは、彼女が持っていた木桶…の中の水と、柄杓によって浴びせられたものだった。
何故そんなことをされたのか、咄嗟に理解が及ばず混乱する俺へ、彼女の鋭い眼光が刺さる。
怒りの感情を帯びたそれに、びくりと反射で肩が揺れた。
「気安く旦那様の御名を口にしないで。あなたが呼んでいいものじゃない。立場をわきまえなさい」
「……す、すみません」
瑠璃宮様のお名前って呼んじゃ駄目だったんだ!は、初めて知った…!
そんな感想を口に出せるわけもなく。怒っている彼女をこれ以上刺激しないよう、俺はとにかく謝罪だけを口にして黙り込む。
…しかし、そんな俺の猪口才な逃げすらも許してはくれないらしい。
「この水、何に使うものか分かる?」
何でもない質問にすら、緊張感が動悸を速めさせる。
ど、どういう意図の質問…?もしかして、何か試されてる?間違えたら池に突き落とされでもするのか??
彼女の表情変化は乏しく、感情は読み取りづらい。しかし質問されて無視するわけにもいかず、俺は必死に頭を捻った。
水の使い道…、俺にかけてくる以外の…。
「……花に水やり、とかですか…?」
バシャッ
本日二回目。不正解ですね。わかります。
「御神木のお清めに使うの。あなたの尻拭いよ」
「……すみません…」
俺が火をつけたことで、彼女の仕事を増やしてしまっていたようだ。これは嫌われて怒られるのも仕方がない…。
髪から滴り、地面に落ちる雫の痕を見つめながら、俺は彼女の怒りが収まるのを待った。
「何も言い返さないんだ?」
「…!」
俯く俺の顔を横から覗き込み、そう声をかけてきたのは御当主様だ。
いつも通りの、何を考えているか分からない笑みで彼は続ける。
「昨夜俺に声を張った時みたいに、この女にも言ってやればいいのに」
げ…。俺のちょっとした反抗をしっかりばっちり覚えられている……。
──何でこんなことするんですか!!おっ、俺に何か恨みでもあるんですか!?
あの時気にしてない風だったけど、案外根に持たれてるのか?分からない…。恐ろしい。
でも、この人と彼女じゃ、そもそもの前提条件が異なる。
だって御当主様は諸悪の根源っていうか…それなりに責める理由があったっていうか…。
一方目の前の彼女は、放火犯(俺)の後始末で仕事を増やされてしまっているだけの、完全なる被害者だ。
「…あ、あれは、貴方だから…言えて、…」
ボソボソと答えた後に、あっ、これ失言では??と慌てて自身の口を塞ぐ。しかし言葉はほぼ出切った後だ。一度音となったそれはもう戻ってこない。
ザアッと血の気を引かせつつ、隣の顔色を伺うが…、
あ、れ…?
「ふーん」と首を傾げた彼は、……俺の勘違いでなければ、何故か少し上機嫌に見えた。
「……何のこと?」
「あっ!!ひ、独り言です!!すみませんッ!!」
幽霊当主に向けた言葉が、彼女にも聞こえてしまったようだ。
すぐに誤魔化しはしたが、今日の出会いといい今といい、瑠璃宮様…じゃなかった、名前を言ってはいけないあの方の使用人に、独り言ヤバ男の称号を与えられたのは確実である。
乏しい表情の中、確かに彼女からは、薄気味悪いものを前にした時の動揺が感じられた。悲しい…。
「…とにかく、呪術の素養もないあなたがウロチョロしても邪魔なだけ。分かったら口答えしないで私に従っ──きゃ…!?」
彼女は再び気丈に説教を始めたが、その途中で、──衣服が急にはだけた。
勝手にそうなったのではない。背後から彼女の着物の合わせを無理矢理割り開いたのは、姿の見えない幽霊当主、花ヶ崎御蔭である。
一息に肩まで露わになったその白い肌に、彼女と、そして俺もギョッと硬直する。
いち早く我に帰ったのは、当事者の彼女。慌てて胸元の布をたぐると、少し紅潮した顔でこちらを睨みつけてきた。
「…ッ、あなたの術なの!?一般人のふりをして油断させて、…こんな下劣な…!今すぐやめなさい!」
「えっ!?俺!?ちちちち違います俺じゃないです!!」
「こっちを見るな変態ッ!!」
「うわあごめんなさい!?」
慌てて彼女から目を逸らすが、御当主様は何が目的なのか、着物を引っ張るのをやめていないらしい。彼女の攻防の声とこちらを責める罵声が、その状況を現在進行形で伝えてきていた。
御当主様の姿は彼女に見えていないため、俺が疑われるのは必然。悲しいかな。これがいつもの流れである。
それから数秒して、「あっ」と、何かを見つけたような明るい声が耳に届いた。
「右胸に黒子、位置覚えといて」
「ほ、ほくろぉ…?」
「!!」
御当主様の言葉を復唱した瞬間、バッ!と布が空気を斬る大きな音がした。それを最後に、先程までの身じろぎの音が消えたので、俺はゆっくりと視線を前に戻す。
そこには、乱れた服を胸前に手繰り寄せ、青ざめた顔を俯かせる女使用人の姿。
御当主様はもう女性の胸を見て満足したのか、既に着物からは手を離しているようだった。…だから彼女もすぐに肌を隠せたみたいだ。それにしても…。
小刻みに震える小さなその姿は可哀想で。今まで詰られていた相手だとしても、流石に同情心が湧く。
「あの、…だ、大丈、」
「……ろす」
「え?」
「──テメェを殺す」
青筋の浮いた顔、憎悪を煮詰めたドス黒い瞳、大地を揺るがすおどろおどろしい声で告げられた殺意。
あまりに真っ直ぐで端的なそれに、俺は衝撃で言葉もなかった。
走り去る彼女の背中をぼぇーーっと呆けた目で見ていると、いつの間にか隣へ戻って来た幽霊当主が言う。
「桜介のとこの女は、他の男との不貞疑われたら人生終了だから。ちょっとひん剥いて身体の特徴とか覚えとけば簡単に脅せるよ」
「……へ」
「脅迫材料は探すものじゃなくて作るもの。分かった?」
何も、わからない。
何なんだよ。何処で使えるんだよその技。
……でも、待てよ。
今の彼の言い方的に、…もしかして、助けてくれた…のか?
「結構濡れたねー」と手でパタパタ風を送ってくる幽霊を、ぼんやりと見つめる。
何故か連日殺人予告をされる事態になったこの状況は決して歓迎されるものでは無いが、……でも、もしもそれが、彼女に責められている俺を助けるためにやってくれたことなら。
この人はもしかして、そこまで性格が最悪な人じゃ──
「あ、狐!」
「!? どこに…っ、」
ドン
背中に強い衝撃と、同時に襲い来る浮遊感。視線の先には庭園を彩る立派な池と、水面に移る自分の顔。直後上がる水柱。
前言撤回。
やっぱりこの幽霊当主、最悪だ。
ゴポゴポと水底に沈みながら、俺はその場で悔し涙を溶かした。
84
あなたにおすすめの小説
どうせ全部、知ってるくせに。
楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】
親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。
飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。
※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。
ヤリチン伯爵令息は年下わんこに囚われ首輪をつけられる
桃瀬さら
BL
「僕のモノになってください」
首輪を持った少年はレオンに首輪をつけた。
レオンは人に誇れるような人生を送ってはこなかった。だからといって、誰かに狙われるようないわれもない。
ストーカーに悩まされていたレある日、ローブを着た不審な人物に出会う。
逃げるローブの人物を追いかけていると、レオンは気絶させられ誘拐されてしまう。
マルセルと名乗った少年はレオンを閉じ込め、痛めつけるでもなくただ日々を過ごすだけ。
そんな毎日にいつしかレオンは安らぎを覚え、純粋なマルセルに毒されていく。
近づいては離れる猫のようなマルセル×囚われるレオン
怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人
こじらせた処女
BL
幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。
しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。
「風邪をひくことは悪いこと」
社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。
とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。
それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
幼馴染みが屈折している
サトー
BL
「どの女もみんな最低だったよ。俺がちょっと優しくしただけで、全員簡単に俺なんかと寝てさ」
大学生の早川 ルイは、幼馴染みのヒカルに何をやっても勝てないといつも劣等感を感じていた。
勉強やスポーツはもちろんヒカルの方ができる、合コンはヒカルのオマケで呼ばれるし、好みの女子がいても皆ヒカルの方にとられてしまう。
コンプレックスを拗らせる日々だったが、ある日ヒカルの恋愛事情に口を挟んだことから急速に二人の関係は変化していく。
※レオとルイが結ばれるIFエピソードについては「IF ROOT」という作品で独立させました。今後レオとのエピソードはそちらに投稿します。
※この作品はムーンライトノベルズにも投稿しています。
お兄ちゃんができた!!
くものらくえん
BL
ある日お兄ちゃんができた悠は、そのかっこよさに胸を撃ち抜かれた。
お兄ちゃんは律といい、悠を過剰にかわいがる。
「悠くんはえらい子だね。」
「よしよ〜し。悠くん、いい子いい子♡」
「ふふ、かわいいね。」
律のお兄ちゃんな甘さに逃げたり、逃げられなかったりするあまあま義兄弟ラブコメ♡
「お兄ちゃん以外、見ないでね…♡」
ヤンデレ一途兄 律×人見知り純粋弟 悠の純愛ヤンデレラブ。
平凡な僕が優しい彼氏と別れる方法
あと
BL
「よし!別れよう!」
元遊び人の現爽やか風受けには激重執着男×ちょっとネガティブな鈍感天然アホの子
昔チャラかった癖に手を出してくれない攻めに憤った受けが、もしかしたら他に好きな人がいる!?と思い込み、別れようとする……?みたいな話です。
攻めの女性関係匂わせや攻めフェラがあり、苦手な人はブラウザバックで。
……これはメンヘラなのではないか?という説もあります。
pixivでも投稿しています。
攻め:九條隼人
受け:田辺光希
友人:石川優希
ひよったら消します。
誤字脱字はサイレント修正します。
また、内容もサイレント修正する時もあります。
定期的にタグ整理します。ご了承ください。
批判・中傷コメントはお控えください。
見つけ次第削除いたします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる