幽霊当主にご用心!

椿

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 御三家の屋敷を内包するこの敷地には、台所と配膳室のみで構成された『食屋敷』という建物がある。御当主様方と、そこで働く者の食事を一手に担ってくれている大変ありがたい場所だ。

 今朝そこに自分の分の朝食を貰いに行くと、偶然居合わせた他家の使用人達から信じ難いものを見る目をされた。
 昨夜あれだけやらかしておいて、よくも図々しく飯など食っていられるな……とでも言いたそうな目だった。
 刺さった。それはもうざくざくざくと。剣山スタンプの勢いで。

 俺も流石に、昨日の今日でそこを突っ切って行く勇気はなく、花ヶ崎の屋敷に出戻って来たところだった。
 …まあ、そこまでお腹減ってなかったからよかったんだけど…。っていうか胃が痛い。それに胸が詰まって食欲がない。

 本当は食屋敷に行く理由もなかったのだが、いつも通りの活動をしていないと一生布団の中から出られなくなりそうで。今朝はそれを危惧し、無理矢理足を動かしたのだった。
 結果は眼圧に負けて逃げ帰っただけだが。心に余計な傷を負った気がする…。

 昨夜までの俺の主人は、倒れたきりどこかに運ばれ、この屋敷には戻ってきていない。またいつもみたいに後で別の主人が来るのだろう。その時までに自分が生きているのかも分からないけど……。
 ううう、また胃がキリキリしてきた。

「はあ…。……ん?」

 溜息をつきながら玄関扉を開けると、見覚えのない荷物が置かれてあった。
 あれ、さっき俺が出た時にはなかったよな…?
 そこそこずっしりとした風呂敷包みで、上には白い封筒が乗っている。手紙かな?そう思い差出人を確認すると、

「えっ!?お母さん…!?」

 てっきり主人宛かと思いきや、差出人には自身の母の名前。さ、流石に俺宛だよな…!?
 慌てて外に飛び出し周りを見渡す。しかしそこはつい先程俺が通って来た道だ、当然誰かが居る筈もない。
 俺の母が自力でここに持ってこれるわけがないし、…いったい誰が荷物を届けてくれたんだろう。

 俺はもう一度手元の封筒に視線を戻す。字は母に教わっていたので、問題なく読めるのだ。
 馴染みのある細く美しい線で書かれた母の名前。それを見て、胸の奥がジンと熱く痛んだ。

 *

 使用人用の自室へと戻り、早速包みを開けてみる。すると、

「…何だこれ。白い狐のぬいぐるみと、調味料…??」

 摩訶不思議な布陣である。
 俺は首を捻りつつ、手元の便箋に綴られた美しい字の羅列を追った。

『優吾へ
 家を出てから三ヶ月が経ちましたが、そちらの様子はどうですか?新しいお仕事には慣れましたか?頑張っていますか?辛くはありませんか?
 母はいつも貴方の事を考えています。』

 こちらを案じる母の文字が、じわりと滲みだす。
 ちょっとまって早いって俺。まだ早いって俺。
 最近厳しい言葉をかけられてばかりだったので、手紙との温度差に早速涙腺がやられてしまった。
 ぐしぐしと顔を擦ってから、気を取り直して続きを読む。

『しっかりご飯を食べてしっかり寝ていれば、大抵の事は何とかなります。決して疎かにしないように。
 貴方が大好きだった稲荷寿司の材料と、母の秘伝レシピを同梱しておきました。作って食べること。これは門外不出のレシピなので、他の人(気が早いけれど、例えばお嫁さん)に頼んで作ってもらうのはいけません。寧ろ胃袋を掴むために使ってください。男も女も、臓器は大体同じです。お父さんもそれで捕えたと言っても過言ではありません。お父さんと言えば、あれは木漏れ日が眩しい初夏の──、』

 ここからは長い惚気になっているようだ。
 このタイミングで、一旦荷物の方を見た。この調味料は稲荷を作るためのセットだったのか。確かに、米やお揚げも入っている。
 そっか…、もう半年は食べてないな。お母さんの稲荷。

 母は世間知らずで料理全般苦手なようだったけど、稲荷だけは大得意だった。母の母、つまり俺の祖母から教わった味なのだと、いつか話してくれたことがある。
 門外不出のレシピって……、何か大層な言い方してるけど、唯一美味しく作れて家族に喜んでもらえるこの稲荷は、母にとって特別なものなんだろう。
 ……何かちょっとだけ、お腹がすいてきた気がする。
 確かこの屋敷の中にも台所はあったよな?食屋敷があるから全然使ってなかったけど、軽く掃除して作らせてもらおうかな…。
 強張っていた自分の頬が、緩やかに解けていくのが分かる。上向く口角と共に、俺は再び意識を手紙へと戻した。
 ……それにしても惚気が長いな。二枚分はそれで埋め尽くされている。

『話が逸れてしまいました。いつもの事なので許してくださいね。
 稲荷寿司(原料)の他に、貴方が寂しいかと思い、狐のぬいぐるみを入れています。覚えていますか?貴方が子供の頃気に入っていた『いなすけ』です。母は綿の塊にはとんと興味がなかったので、『さすけ』とか『ごろう』とか適当な名前で呼んでいたら、毎回貴方から訂正され怒られていました。だから今も名前を覚えていますよ。また大事にしてあげてください。
 お金の事はあまり気に病まないように。いざとなれば、母が何とかします。
 だから、無理をしないで。辛い時はいつでも帰ってきてください。辛くなくても、母に会いに帰ってきてくださいね。
 貴方はお父さんに似て筆不精なところがあるので、返事は期待せずにおきますが、一筆でも返してくれると母は喜びます。
 それではまた。』

 温かな感情を噛み締めるように、ふー…とゆっくり息を吸って、吐いた。
 便箋を封筒に丁寧に仕舞い込み、文にもあった白狐を手に取る。
 読みながら思い出した。これは幼い頃、父に強請って買ってもらった人形だ。汚して洗ってを繰り返して、もう当時の柔らかい毛並みはなくなってしまっているけど、…懐かしい。

 でも狐って、今の状況考えたらあんまりありがたくないんだよな……。


 ──期限は3日。死にたくなければ、死ぬ気で狐神を捕獲しろ

「ゔぅーー…」

 昨夜の恫喝を思い出して、また胃がキリキリと音を立てる。
 そんなの…俺に出来るわけないのに……。
 渦巻く不安をぶつけるように、俺は白狐の『いなすけ』にばふっ!と自身の顔を押し付けた。

 そこからは、実家の匂いがした。

 今まで俺が存在を忘れていたくらいだ。きっと長い間物置に仕舞われていた筈だが、全く埃臭さを感じない。…母が送る前に洗ったのかもしれない。
 顔から離し、改めてその人形を見てみると、手足の一部に少し歪な縫い目があった。
 母は裁縫も得意ではない。
 一生懸命、繕ってくれたのかな。

 俺のことを、想って、くれたのかな。

 母の姿を想像して、じん、とまたも目頭が熱くなった。

 寂しいだろうからって、あと少しで20になる息子に人形を寄越すのはどうなの…?とか思わなくもなかったが、
 なかなかどうして…、
 最大限元気づけられている自分が居る。

 …そうだ。
 俺がこのまま死んでしまったら、お母さんが悲しむ。借金も1人で背負わせてしまうことになる。
 やるんだ…。狐神を捕まえて、瑠璃宮様に許してもらって、…いっぱい働いて、早く借金返して、お母さんと、また平穏な暮らしをするために…!

 手紙の返事は、今はちょっと心配させちゃうような事しか書けない気がするから、事が収まったら改めて書こう。
 ちゃんと、ありがとうの言葉も添えて。

 大丈夫。狐なんてしょせん獣!簡単簡単すぐ見つかる!

 床の間に移動させたいなすけの顔つきも、こころなしか俺を応援してくれているように見えた。
 そのまま速足で玄関へと向かう。折角鼓舞されたやる気が消えない内に、とにかく行動したかった。

 そうして俺は、狐神探しのため外に繰り出し──


「おはよっ♡」


 玄関には幽霊当主。

 早々に心が折れた。

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