高辻家のΩ

椿

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高辻家のΩ 6

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 後ろに圭太を連れながら、放課後の人気のない廊下を歩く。鼓動につられて少しづつ早くなる俺の足音に、慌てた圭太のそれが重なってよくわからない音楽を奏でていた。

「…要?もしかして今日、具合悪いとか?」
「別に、そんなこと無いけど」

 少子化の影響で生徒数が減ったせいか、年々この学校には空き教室が増えている。隠し持っていた鍵でその中の一つを開け、不思議がる圭太を理由も言わず中に押し込んで、俺は後ろ手に再度内側から鍵をかけなおした。
 少しだけ異様な空気を感じたらしい。圭太の表情がわずかに緊張感で強張ったのか分かった。うわ、申し訳ない…、なんて多少の罪悪感が心臓をチクリと針で刺すが、勿論ここで止める気はない。もう散々この件については自分の中で議論しましたとも。ええ。

 多少熱っぽさが増してきている気がするが、抑制剤の効果が完全に切れているわけじゃない。ああもう早く。こんなに発情期が来て欲しいと望んだのは生まれて初めての事だから、初回サービスしてくれませんかね発情の神様。

 あとどのくらいかかる。分からない。
 でもそれまでに圭太に逃げられでもしたら一番困る。
 焦りと苛立ちを必死に落ち着かせて、俺は少しでも圭太の警戒心を解かせるべくニコリと笑みを貼り付けた。

「実はさ、圭太にだけ相談したいことがあって」
「俺に、だけ?」
「おお。俺の家の話だから、ちょっと人前では話し辛くてさ。ごめんな、説明も無しにこんなとこまで連れてきて」
「…、そっか!いや悪い、何かいつもと雰囲気違うような気がしてちょっとビビッちゃってたわ!」

 圭太に合わせてははっ、と笑う。
 うん、それは正しいよ圭太。でもまだ気付かないでくれ。

「相談って?」

 早くも肩の力を抜いたらしい圭太が言う。

 ドク、ドク、と心臓が重く跳ねだした。

「俺さ、もうすぐ誕生日なんだ。18歳になったら、家が勝手に決めた何処の誰か知らない奴の子供を産み続けなきゃならない」
「………えっ!!…なっ、…す、杉浦君が許嫁なんじゃ、」

 わざと同情を誘うような言い方をしたが、圭太の反応は俺が思っていたそれとは違っていた。
 あれ?てっきり知ってると思ってたけど、俺が将来やる事については聞いてなかったのか。…とすると、『高辻家のΩ』が確実に相手と同じ性別の子供を孕めるって事と、だから許嫁もちゃんといて無闇に近付いちゃ駄目ってくらいの知識なのか?もうすぐ卒業だしってことで、クラスの皆が圭太には教えないで居てくれたのかな。まあドン引き必至でヤバいもんな俺の将来。
 知らない内に善良なクラスメイトに恵まれていたらしい。それに気づくのが卒業間際ってのもどうかと思うけど。そんで誰も近寄ってこないから事務的な会話しかした覚え無いけど。
 自嘲と共に、ふっ、と少しだけ呼吸が不規則な熱い乱れを生む。

 俺はゆっくりと室内の奥側に居る圭太の方へ近づいた。

「岬が許嫁なのは合ってるよ。あいつとの子供も作らなきゃいけない。でもそれで終わりじゃない」

 歩く振動で、背筋から指先にまで微弱な痺れが伝わってフルリ、と寒さ以外の感覚で無意識に身体が震えた。寒さは苦手だが不思議と今は平気だ。寧ろ暑いくらい。

「…だからさ、自分で相手選べるのは、これが最後なわけ」
「っ、要?──ぅお!!」

 その瞳に警戒が乗る寸前、俺は碌に掃除もされていなさそうな埃っぽい床に圭太を押し倒した。胴に馬乗りになる俺に、圭太は動揺と不安が混じった表情で「要…?」と名前を呼ぶ。

 ジン、と下半身が重くなって、それと同時、何かがじわりと下着を濡らす感覚があった。
 漸く来たみたいだ。

 高揚感に口角を吊り上げて、俺は眼下の圭太へと告げる。

「──悪いんだけど、俺のこと抱いてくんない?」

 圭太は一瞬「…へ?」と呆気にとられた顔をして、しかしすぐさま何かに気付いたように手で鼻と口を覆った。

「なっ、…ヒ、ヒート!?」

 抑制剤の効果が完全に切れた俺はただの発情期のΩだ。驚愕に目を見開く圭太に、もうちょっと早く気づいとけば逃げられたかもな、と今更遅すぎるアドバイスを心中で送って笑った。
 テロだよな、ごめん。ホントごめん。でも、俺と江雪と岬三人の命運がお前のその一本のお楽しみスティックにかかっているわけなんだなこれが。

「いやホント入れて出してくれるだけでいいから俺そういう行為はまだ初めてだけど無駄に穴広げる経験だけはプロっていうかもう解してきてるからすぐ突っ込めるし日々の筋トレで培った上下運動は任せろって感じだから寝そべってくれてればいいし男が無理ってんならネクタイ目隠しオプション付き更に今なら俺も口を縛って一言も、」
「ま、待て待て待て!!」

 圭太のズボンのベルトを外しながら、恐怖心を和らげてやろうというどの面さげて案件の思いからノンブレスで話すが、それは途中で遮られた。ついでにズボンを脱がそうとする不埒な手も止められる。絶賛俺に組み敷かれ中の、真っ赤な顔をした圭太によって。

 待て、……だと??

 その言葉を聞いた次の瞬間、俺はスゥッと肺を膨らませて、

「これ以上待てるかあぁーッッ!!もう充分待ったわ!!出会ったその日からヤりたくてヤりたくて仕方なかったのを今まで我慢してたんだろうが!!感謝しろ!!逆にな!?!?」
「で、ででで出会ったその日からっっ!?」
「いいから抱け!!とりあえず生で!!」
「そんな居酒屋に入ってすぐの中年サラリーマンみたいに!!」

 何だコイツ。妙に反抗するな。Ωのフェロモンはαとβを一瞬でメロメロのクラクラにするヤバい麻薬みたいな代物じゃなかったのか??もしかして効いてない??
 何せ同じΩの岬の前以外で発情などしたことが無い。勝手が分からず少なからず動揺していると、ふと手に硬いものが当たる感触があった。圭太がビクリと息を呑んだその場所を視線で追うと、
 ……何だ。ちゃんと勃ってんじゃん。良かった。
 フェロモンは正常に作用しているらしい。圭太にとっては迷惑な話だろうが。

 顔を赤くして動揺する圭太に申し訳なく思いながら、しかし時間を追うにつれどんどん発情が深くなって頭に靄がかかるのが分かる。ゆっくりと、しかし確実に、複雑な思考が出来なくなっていく。目の前の男と触れ合う事しか考えられなくなる。

 俺は、硬く勃ち上がった圭太のそれを服の上から摩りながら、圭太に詰め寄った。

「ちょ、ちょっ!?」
「な、なあ、俺コレ欲しい…っ、きょう、寒いだろ、寒いよな、…お、俺のナカ温かいから、温めてやれるぞ、な。…っ抱けよ、なあ、頼むから、……けいたぁ」
「っは、ちょっと、…っ要、待、匂い…っ」
「俺のココ、すっげえ濡れてて、っ、トロトロで、はあっ、ぜ、絶対っ、気持ち良い筈だからっ…!一回だけ、一回だけでいい、試しで、な?…圭太のっ、挿れて欲しい、ナカで、出して欲しい…っ、圭太の精子欲しい!!!」

 おっと明け透けな欲望が。

 俺は自分のスラックスのベルトを取り払って、ズボンと下着を少しだけズラした。予想通り、パンツの中は溢れ出る愛液でドロドロ洪水状態である。その様子をいつの間にかジッと黙って凝視していた圭太に、俺はまだ頭にちょっとは残っていた羞恥心を無理矢理蹴散らしてから、わざと更に下着を下げ、肉と布の間で糸を引く様子を見せつけて笑った。ちゃんと、何というかこう、妖艶で挑発的な感じに笑えていただろうか。

 …その反省は多分しなくて良さそうだ。

 景色が反転して、背中に弱くない衝撃と硬質な板の感触。
 形成逆転。俺は先程までと反対に圭太によって押し倒されていた。
 びっくりしたけど好都合だ。流石発情期中のΩのフェロモン。上に覆いかぶさる圭太は、興奮にギラついた視線でふうふうと息を荒げている。
 よし、早く抱いてくれ!!来い!!さあ来い!!

 しかし俺のその意図とは反し、圭太はギリリと強く歯を食いしばってこの期に及んでもまだその性欲に耐えようとしていた。
 何で!?どした!?何がお前をそうさせる!?ヤっちゃえヤっちゃえ!!ほ~らセックスセックスよいよいよい!!
 俺もそろそろ本気で脳みそがモザイク一色になりそうである。助けて。

「か、要はっ、…要はっ!!俺の事が好きなのか!?!?」

 我慢して、我慢して、その果てに圭太が絞り出した言葉がこれだった。真っ赤に紅潮する頬は、決して性への興奮だけでそうなっているわけではなさそうである。

 はあ??

 …いや、それ聞くためにヤるの我慢してたんかい面倒臭ええぇー!!つべこべ言わずにその立派なブツを俺の準備万端ぐちょぐちょパーティー会場へブチ込め!!本能のまま獣のように抱け!!可及的速やかに!!ああもうらめえ!早く挿れてよおお!!今すぐにこの穴を埋めてよおお!!

 などとは勿論言えないので、俺は薬物乱用者もかくやといわんばかりにぐるぐる目を回しながらも精一杯可愛こぶって圭太の求めているであろう答えを告げた。
 それくらいの理性はまだ残っていた。良かった。

「う、うん。すきっ♡」

 よっしゃこれで高辻要の尻専用通行許可証発行できたか???

「……っっ、そ、そういう事する、前にっ、俺にもちゃんと言わせてほしい!!…っ、は、初めて話した時から要の事っ、」

 まだ続くんかいっっ!!いい加減にしろよ!!もう尻がじゅんじゅん疼いて仕方ねえんだわ!!早く突っ込めよおお!!

 何やら必死な顔をして喋る圭太の言葉も聞かないまま、俺はお菓子売り場で「お菓子買って買って~~!」と駄々をこねる幼児の如く、脳内で「抱け抱け抱け~~!」とジタバタ手足を暴れさせていた。

 そんな時、事は起こる。

 ガシャーーン!!と派手な音を立てて、急に俺達の居る教室の扉が吹き飛んだ。
 もう一度言おう。施錠していた扉が、吹き飛んだ。室内側に。勿論それは自然に吹き飛ぶような代物でも無くて、ということはつまりそれを吹き飛ばした誰かが外に存在するというわけで……。

 恐る恐る出入り口方面へと視線を向けると、


「駄目だって言ったよね。兄さん」


 扉を蹴り飛ばしたのであろう片足を上げたまま、身も心も凍りそうな絶対零度の視線でこちらを見下ろしていたのは弟の江雪でした。

 ……何でっっ!!!よりによって何でっっ!!!

 絶対に邪魔されるだろう人選に、発情期真っ只中だというのにサーーッと血の気を引かせて絶望していると、圭太が俺の身体を力強く抱きしめた。背中に回る腕の熱と胸板に押し付けられる圧迫感に、じゅん、とまた下半身が洪水を起こした気がした。

「悪いけどっ、席外してくれるか。…ちゃんと責任、取るから」
「け、圭太、はやく、はやくう…っ!!」
「ぐッ…!フェロモン、ヤバ…ッ、──ッ!!」

 やっとヤる気になったか!!とここぞとばかりに圭太に媚びていると、
 一瞬にしてその圭太が目の前から消えちゃいました。
 流れ星ぐらい消えるの早かったな??
 …とまあ現実逃避はここまでにして。

 圭太は、江雪によって教室の端へ飛ばされていた。あの、教室の扉を一発で破るような威力の蹴りで。
 呆然とする俺の横を、江雪は静かに通り過ぎる。

「……ううん…兄さんは悪くないよね。そうだよ。兄さんが、そんな事…、」

 何事かをボソボソと呟きながら江雪は自分が蹴り飛ばした圭太の元へと近付いて、目線を合わせるようにしゃがんだ。

「…責任って何?兄さんの純潔を奪って高辻の血筋を途絶えさせる気なら、無駄に多い雑魚の親戚隅から隅までぜーんぶ掻き集めてごめんなさいって首吊るくらいじゃ済まないんだよ。わかってる?そんな風に楽に死なせたりもしないけどね」
「……っ、ぐっ!」

 言い終わらない内に、江雪は圭太の胸倉を掴んでゴンッ!と後頭部を壁に押しやる。

「ねえ、アンタの母親って何日寝かさずにマワせば狂うの?父親はミンチ機使って身体削ったらどの部位が無くなった頃アンタの事を呪うかな?妹も居るんだってね。βの雌の需要がどんなものかは知らないけど、誰も相手をしたがらない人道に反する悪癖持ちへの性産業だったら端金程度は貢献してもらえるかも。勿論兄さんの崇高なお役目には及びも……いや、比べること自体が兄さんへの冒涜だった」

「今の記憶消して」と無茶な要求をして、予備動作も何も無く理不尽に圭太の顔を殴る江雪。
 はっきりと肉と骨がぶつかる鈍い音がした。人を殴ったことなんて無さそうな儚気な姿をしているのに、その打撲音だけで一切手加減など無かったことが窺える。
「ガッ!!」と苦し気な声を上げた圭太にもピクリとも眉を動かさないまま、江雪は自身の顔を圭太に近付けた。

「兄さんにほんのちょっと優しくされて舞い上がっちゃった?」

 にこっ、と何かの美術品のように美しいその笑みが見れたのは一瞬だ。


「気色悪ぃ夢見てんじゃねぇよ、異常者が。
 アンタが兄さんの特別になれるわけがないだろ」


 初めて、殺意というものが人に向けられているところを見た。
 それは日常生活において、混ざることは出来ても溶け込むことはできない、得も言われぬ異質さ。まるで晴天にたった一つだけ浮かぶ雲のように、ただその場にくっきりと存在が浮き出て見える。
 ゾワリ、と明確な恐怖が頭の先から一気に全身を襲った。

 …いや、怖がってる場合じゃないだろ!!

「こ、江雪!圭太を離せ!」
「うん、兄さん」

 先程の圭太に向けた表情は何だったのかと拍子抜けするほど、やけに素直に聞いてくれる。
 江雪が圭太の襟首をつかんでいた手を離すと同時、圭太はゲホゲホと激しくせき込みながらその場に倒れた。俺はすかさず駆け寄ろうとして、しかし江雪によって制止される。

「兄さん」
「頼む江雪、今だけでいいから見逃してくれっ!…俺は、圭太に抱かれたいんだ!!」

 弟の前でド真剣に何を言っているんだという感じだが、俺は最初からずっと切羽詰まっているのだ。
 さっきの恐怖で一瞬戻ってきたように見えていた正気は錯覚だったらしい。まだ少し不機嫌そうではあるが、大体普段通りに戻った江雪を見て気が緩んだ。尻も緩んだ。

 今しかないんだ。これが最大かつ最後のチャンスなんだ。見栄とか何とかで一生後悔するような決定をしたらそれこそ目も当てられない。

 江雪は必死に懇願する俺をやけに静かな瞳でジッと見てから、

「そんなに抱かれたいんなら僕が相手になるよ」
「っ!?」

 瞬間、物凄い力で腕を引かれる。…いや引かれるというか引きずられる。俺は体育大会の綱引きの容量で体重を後ろにかけて抵抗しようとするが、弟にはまるで効果を発揮してくれない。これがαの優れた身体能力センス!?

「まっ、違っ!!俺は圭太と…っ!」
「雑魚は駄目。掟だから」


 蹲る圭太を、蹴り破られた扉が残る教室に置き去りにしたまま、弟によって冷凍マグロのように引き回された俺は何個か隣の空き教室に放り込まれる。鍵は最初から開いていたんだろうか、それとも開けたんだろうか。よくわからなかったが、内側からの控えめな施錠の音だけは何故かはっきりと聞こえた。

 ──振り返った弟の顔は、αの雄のそれだ。

「…αなら大丈夫。僕が、兄さんの発情期抑えてあげる」

 先程まで我慢していたのだろうか。涼し気だった表情が一転、今はフーッ、フーッ、と興奮に歪んでいる。

 これはまずい。
 直感的に「逃げよう」と後退って、しかしずんずんと勢いよく距離を詰めて来た弟によって、俺はいとも簡単に組み伏されてしまった。

 ……いや、待て。待て待て待て待て。予想外っ!!!

「っちょ、江雪!!α抑制剤フェロモンブロッカーは!?」
「飲んでるよ、だからこうやってまだ意識を保ててる。…えへへ、偉い?褒めて、兄さん」

 え、可愛い…。近距離の笑顔に一瞬脳がバグったが、腰あたりに押し付けられた硬いブツで我に返った。全然可愛くない。そっちの弟をよしよしして下さいってか!!下ネタか馬鹿!!っていうかうちの弟は天使だから勃起とかしないしーーー!!(過激派)

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