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4章 王都

残念な子を見るように

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 実技試験が無事?に終わり「私の先生は凄いんですよ」オーラ全開のコリンナ様に送り出された。
 護衛の仕事を疎かにするわけにはいかないと、ささやかな抵抗を試みたが……。

「学園の教師でもイオリ先生のお話を聞きたいんですね! すごいです!」

 などと言われとキラキラした目で見られてしまって、断れる奴が居るだろうか?
 おじいちゃんに案内されるがままに学園内の応接室のような所に通されて、ひとまずお茶を頂いている。

「それで、どうして私もココに居るんですの?」

「そりゃあ、コリンナ様の先生だからだろう」

 他の皆に事情を説明した時、エーリカが自分は関係ないといった様子だったので、誘われているのはコリンナ様の先生だからと巻き込んだのである。

「やれやれ、こんな物しか無かったわい。 研究ばっかりしとるもんで、この歳にもなって客のもてなしも禄にできなくて申し訳ないの」

 おじーちゃんが、薄焼き煎餅を荒く砕いたようなお茶菓子を出してくれた。
 なんだろう、雑穀を潰して焼いただけというような素朴な味だ。
 甘くもしょっぱくもなく、決して旨いとは言えないが、不味いわけでもない。
 後でエーリカに聞いたところによると、旅をする際に持っていく保存食だそうだ。
 味も素っ気も無いが、日持ちする上価格も高くないので、研究に籠もったりするときの食事にする時に良く使われるものらしい。

「ご紹介が遅れましたわ、コリンナ様の家庭教師をしております、Bランク冒険者、マジックユーザーのエーリカ・ファイヤージンガーですわ、どうぞエーリカとお呼びください。護衛として学園に来ておりますわ」

 おじーちゃんが座ったタイミングで、エーリカが自己紹介をした。

「あ、同じくコリンナ様の家庭教師をしているCランク冒険者、ノービスのイオリ・コスイです。 イオリで構いません」

 エーリカに倣って自己紹介をする。

「ノービス? ああいや失礼したの、少し驚いただけじゃ。 儂も名乗ってすらおりませなんだな。 この学園の学園長のヴォルフガング・ホルトハウスじゃ。 儂もヴォルフで構わんよ」

 学園長だったんかい!

「お会いするのは初めてですが、お名前は存じておりますわ。 元筆頭宮廷魔術師、地脈流開祖のアークウィザード、ヴォルフといえば魔法に関わる者ならば知らぬ者は居ないと思いますわ」

 スミマセンまったく知りませんでした。
 目なのかシワなのかわからないくらいしわくちゃなおじいちゃんだなーって思ってたくらいだ。
 エーリカ先生によれは、地脈流というのはその場その場で地脈という力を持った流れがあり、魔法の種類によって使いやすさや効果が変わってくる。 
 例えば自然に霧が発生しやすい地域では霧を発生させる魔法が使いやすく、火山地帯等では火の魔法が使いやすい、その場にあった魔法を使うと効率が良い、という物らしい。

「ほっほっほ、昔の話じゃよ、今はこの通りただの老いぼれじゃ」

「とんでもありませんわ、全く考え方の異なるこの世の理の解釈を聞いて、その場ですぐに取り入れるなど、そうそう出来ることではありませんわ」

「いやはや、年甲斐も無く内心はしゃいでしまっておったのじゃ、世界中を旅したが、この歳になって全く新しい流派を聞くことになるとは思わんかったのでな」

 カラカラと笑うおじいちゃん、もといヴォルフ学園長。
 この国と近隣各国で周知されている魔法の流派は数あれど、どれも言葉こそ違うが似たりよったりな部分が多いらしく、根本的に解釈が違う流派というのは非常に珍しいのだそうだ。

「して、論理実証流とはどうのようなモノなのかの?」

「大雑把に言いますと、この世の魔法に依らない現象を解明しようとする学問からの派生ですね。 同じ条件と手順であれば、誰がやってもほぼ同じ結果になる事象の寄せ集めです。 理論を立てて、実験や観察等で確定していくと言えば良いでしょうか? その結果がどんなに奇妙であっても、実験結果が出るならばそれは真実として認め、ではどのようにしてその事象起こっているのか? と更に掘り下げていく事もします」

 魔法が存在する世界で科学の説明をするのもなかなか難しいし、俺自身が科学とは?と言われてもそこまで詳しく説明出来ないので、俺なりの大雑把解釈だが、こんな説明をしておいた。
 実験をすると言っても、小学生の理科の実験レベルだしな……。

「錬金術から魔法的な要素を抜いた学問だと思って頂ければわかりやすいかと思いますわ」

 エーリカが補足説明というか、物凄くこの世界の人達がわかりやすい説明にまとめてくれた。
 なんだろう、一言まとめられた事に微妙に悔しさを感じる。

「なんと、魔法を使用するのに魔法的な要素の無い学問を基本とするとは!!」

「私自身は4大精霊流なのですが、彼の話を聞いて自分の魔法に当てはめたところ、魔力効率と威力が目に見えて上がりましたわ」

 え? そんな事してたのか。 どの魔法だろう?

「儂自身もやったことだが、既存の流派でも取り入れる事が出来ると言うのが非常に素晴らしいのう!」

 ヴォルフ学園長が興奮気味だ。
 偶然の産物なのだが、この世界の魔法は発動までのプロセスはいい加減なのに、発動後は物理法則に従う性質がある。
 そして、科学的に正しいプロセスを踏むと効率や消費が激的に良くなっていくので、少し取り入れるだけでも効果が見込めるという事のようだ。
 多分だが、物理法則に反した部分や科学的におかしな部分は魔力という不思議パワーでゴリ押しをして居るのだろう。
 魔力でゴリ押し出来るなら、時間制御とか死者蘇生とか不可能そうな魔法とかも新規作成出来そうだが、どういう結果になるのか使ってみるまでわからないのでリスクが大きすぎる。
 この辺は魔道具にも当てはまるようだし当たり障りのないあたりなら自爆の恐れがないかぎり何処かで実験してみたいとは思う。

「その辺りは、推測でしかありませんが魔力に依らない現象を突き詰めて、それの組み合わせというものも多いので、どの流派にでも取り込めるのでは無いでしょうか?」

「魔法の流派は知っている限りじゃが、元を追求すれば魔力を起点としておるからのう、取り入れ易いというのも道理じゃな」

「焚き火に息を吹きかけると火が強くなるという現象について、息に含まれる魔力によって引き起こされている現象と思っていたのですが、空気中酸素なるものを供給しているだけという話を聞いて、単純に火に風を送ってみたところ、たったそれだけでほとんどすべての火の勢いが増しましたわ。 効率が良いので、以降ずっとそのように魔法を行使していますわ」

 ほとんどの火魔法が強化されてたんかい。 この分だと他の魔法も強化されていそうだな……。

「もちろん欠点が無いわけではありません。 魔力が主体の事象についてはお手上げです」

「魔力が主体というと、この世のほとんどの事象には魔力が絡んでいるのではないかね?」

「この世のすべての現象を知っているわけではありませんので、絶対だとは言えないのですが、魔力が全く無くても起こる事象の方が圧倒的に多いのです」

 この世界の事を詳しく知っているわけではないので多分とつくが。

「俄には信じがたいが、コリンナ君の魔法を見る限り真理に近いのかもしれんな。 いや、彼女が才能溢れる天才児であるという見方も出来てしまうがの……」

「ヴォルフ学園長、お言葉なのですがコリンナ様は魔法の才能こそありましたが、こちらへ入学が決まる少し前まで魔法の行使をすることが全く出来なかったのですわ」

「ふむ、しかしそれは師の居なかった子供には良くあることではないかね?」

 やり方をしらないんだから出来なくて当たり前じゃないか? と言いたいのだろうがコリンナ様の場合は当てはまらない。

「コリンナ様には、もっと早いうちから様々な流派の師がついていたと聞いておりますし、実際私が教えていた際も魔力を体内で操作することは出来ても、発火の魔法すら発動させることが出来ませんでしたわ。 この件は領主のご息女ということもあり領内ではわりと有名な話ですので、調べてもらっても構いませんわ。 4大精霊流以外の流派では魔力の操作すらままならなかったのですが、そこへこの彼がたった一回簡単な実験と講義を行っただけで魔法が使えるようになったのですわ」

 エーリカが逐一説明をしてくれるので、俺は非常に楽である。 連れてきて良かった。
 魔力操作は出来たというのは、流派というよりエーリカ自身の人柄によるところが大きいと思う。

「流派によって相性に良し悪しはあれど、才能があって全く魔法が使えなかったというのも珍しいのう。 その実験というもの気になるが、たった一回で魔法が使えるようになったというのもこれまた珍しい事例じゃな。 イオリ君自身も相当な使い手なのでは無いのかな?」

 ヴォルフ学園長のしわ、じゃなった目がうっすらと開かれ、俺のことを見据えてきた。

「私もそう思いますけど、腕前を見せて貰うのはお薦めしませんわ」

「ほう、何か制約でもあるのかね?」

「いえ、転移事故でこの国にやってきたらしいのですが、出た先が悪かったらしく頭をぶつけて記憶に障害があるのですわ、そのせいで知識部分はしっかり憶えているようなのですが、肝心の魔力操作の仕方はきれいさっぱり忘れてしまったようなのですわ。 おかげで加減が出来なく、ただの明かりの魔法で目が潰れるんじゃないかという程光らせてましたわ。 はっきり言って危なくてとても他の魔法を使わせられたものでは……」

「……それは、なんとも不幸なことじゃのう……」

 ヴォルフ学園長はしばしエーリカを見ていたが、嘘を言っているようには思えなかったようで、ものすごく残念な子を見る目で俺のことを見ていたが、すぐにシワか目か分からなくなった。
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