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テオンとの初めてのお家デートで翻弄されっぱなしだったクロエ。でも、恋人らしい時間を過ごせた気もするし、初めての“彼氏”という存在に浮かれていた。
意識したことがなかった異性=男という存在、しかもこの国で最も美しい男、テオン。現実離れした美貌とのひとときは、やっぱり夢だったんじゃないかとクロエは何度も思ったが、体に残った感触が現実であることを物語る。
ヌルっとした熱い舌の感触やテオンの吐息。意外と男らしい細く長い指が体に触れる感覚を体がはっきり覚えている、というか、忘れられるはずがない。
仕事中もあの日のことを思い出しては顔を赤らめる始末。
(あの圧倒的美貌を携えたテオン様に色気が加わるだなんて……もはや凶器だわ)
処女で恋愛初心者、男性との免疫といえばここ最近はくたびれた中年上司くらい。テオンの存在自体が刺激的だというのに、会う度に積み重なる初体験。クロエにとって、テオンは今まで知らなかった世界を見せてくれる、特別な存在になりつつある。
(次に会える日まであと十日もある……。テオン様のために私も何かできないかな? でもできることと言ったら……あ、サンドイッチの差し入れはどうだろう? でも職場に行くのはご迷惑かな……)
管理棟で在庫のチェックをしながら、クロエはうんうんと悩む。
(よし。……とりあえず、一回差し入れを持って行ってみよう。様子を見て渡せそうもない雰囲気だったら通りかかっただけって言えばいいよね。……それと、もしもテオン様が嫌そうなご様子だったら、今後は職場に近づかないようにしよう)
翌日。
そんな覚悟を決めてやってきた中央エリア。きっとテオンはランチを売店で買っているから、昼前に渡せば食べてもらえるはず。
(……いや、食べてもらえる可能性もある、くらいに思っておこう)
ランチバッグを持ちながら、文官の出入りが多い建物の入り口に立つ。案内図を見てテオンの部署がある位置を確認したが、建物の中に足を踏み入れる勇気がなかなか出ない。
(や、やっぱり、同僚の方達に見られるのはよくないかも……。あんなブスと付き合っているのかって、噂が立っちゃうかもしれないし……)
踵を返して急いで戻ろうとした時、テオンの声がした。
「……クロエ?」
バッと振り返ると、そこにはテオンと赤い髪の男性がいる。
「テ、テオン様、こんにちは……」
「どうした? 今日は売店?」
「いえ、あの……、えっと、……そちらの方は?」
赤い髪の男が待ちわびていたかのようにクロエの前へずいっと進み出る。
「初めまして、クロエ・ガルシアさんですよね? へえ、雰囲気が思ってた感じと違う! へえ~!」
翡翠のようなジェードグリーンの瞳をキラキラさせて、その男はクロエの顔を覗き込む。鮮やかな火のようなファイヤーレッドの髪は無造作にあちこち跳ねているのに、かっこよく見えるのは顔立ちのせいだろうか。少し垂れ目がちの瞳にすっと通った鼻梁、薄めの唇が緩やかに弧を描く。
(テオン様のご友人かしら。人懐っこい大型犬みたい……)
垂れ耳やしっぽが見えそうな気がしてくる。絶対、嬉しさを隠せずにぶんぶん振っている子だ。
それにしても、赤髪の男はクロエの名前を知っているようなのだけど。
「甘いミルクチョコレートのような髪にはちみつのようなアンバー色の瞳……、ん? この黒ぶち眼鏡、伊達じゃないの? へえ、近くで見ると君、肌すごく綺麗だね」
「あ、ありがとうございます」
褒められ慣れていないクロエは真っ赤になってしまう。テオンは不機嫌さを隠さず、ルカスに注意した。
「ルカス、近い。離れろ」
「へえ~! ……おっと、はいはい、怖い顔すんなって。え~と、クロエちゃん。俺、ルカス・ヴァンダーブルック。テオンの幼馴染みだよ、よろしくね」
「は、はい、よろしくお願いします」
「じゃあ、クロエちゃんはテオンに会いに来たんだろうから、俺は行くよ。じゃあな、テオン」
ルカスはニコニコしながら去って行った。
その背中を見送ると、テオンはクロエを見下ろし、首を傾げる。
「で? 売店に来たの?」
「あ……あの、」
『テオン様に食べていただこうと思ってサンドイッチを作ってきたので良かったら食べてください』
そう言おうと思ったクロエの声を遮り、女性の声が耳に届く。
「テオンっ! 元気にしてた~?」
声がする方を二人同時に振り向くと、クロエと同年代の女性がやってくる。ブルネットに意志の強そうなエメラルドの瞳。深緑をベースにオフホワイトのフリルを重ねたドレスにはリボンがふんだんに使われ、黒い文官服や女官服が多いこの辺りではひときわ目立っている。
(誰かのご家族というより……どなたか女性王族の侍女とかかしら)
「テオン~、この間伝言を送ったんだけど届いてなかった? 私、ずっと待ってたのに」
ちらっとクロエを見たブルネットの女性だったが、すぐにテオンへ視線を戻すと媚びるように責め、その耳元に顔を近づけた。
「前回のアレ、すごく良かったわ……。思い出すだけで未だに濡れちゃうの。ねえ、今度いつ会える? あの夜のような熱いひと時を……ちょっと、そこの女官。先に戻ってていいわよ。私、あなたの上司ともう少し話があるの」
「え……? あ……」
(私のこと、テオン様の部下だと思ってるんだ。彼女でもなく友人でもなく、部下か……。確かに、一番しっくりくるよね)
目の前にはコルセットで締められた両手で掴めそうな細い腰に、大きく盛り上がった豊満な胸。何よりこの女性の雰囲気がとにかく色っぽい。テオンに向ける熱のこもった視線と発言を察するに、愛人の一人であることは疑いようがない。
ボンキュッボンのメリハリ体型は、クロエとは真逆。クロエといえば太くも細くもない標準体型、だけど筋肉がないから全身どこを触ってもやわらかでふにふに。「スタイルがいい」なんて言われることはないわけで、彼女と比べるまでもない。男性ならきっと、こんなメリハリボディとの熱い夜がお好みのはずだ。
女性がテオンの顔に手を伸ばす姿を見て、胸がずきっと痛む。
(や、やっぱり、ああいう人がテオン様には合う。私なんかじゃテオン様につりあわない……)
「あ、あのっ、私……! お先に失礼します!」
これ以上直視できず、クロエは踵を返すと走り出した。
(ああ、慣れないことをしようとするから……、馬鹿なクロエ、大人しく約束の日まで待っていればよかったのよ……)
意識したことがなかった異性=男という存在、しかもこの国で最も美しい男、テオン。現実離れした美貌とのひとときは、やっぱり夢だったんじゃないかとクロエは何度も思ったが、体に残った感触が現実であることを物語る。
ヌルっとした熱い舌の感触やテオンの吐息。意外と男らしい細く長い指が体に触れる感覚を体がはっきり覚えている、というか、忘れられるはずがない。
仕事中もあの日のことを思い出しては顔を赤らめる始末。
(あの圧倒的美貌を携えたテオン様に色気が加わるだなんて……もはや凶器だわ)
処女で恋愛初心者、男性との免疫といえばここ最近はくたびれた中年上司くらい。テオンの存在自体が刺激的だというのに、会う度に積み重なる初体験。クロエにとって、テオンは今まで知らなかった世界を見せてくれる、特別な存在になりつつある。
(次に会える日まであと十日もある……。テオン様のために私も何かできないかな? でもできることと言ったら……あ、サンドイッチの差し入れはどうだろう? でも職場に行くのはご迷惑かな……)
管理棟で在庫のチェックをしながら、クロエはうんうんと悩む。
(よし。……とりあえず、一回差し入れを持って行ってみよう。様子を見て渡せそうもない雰囲気だったら通りかかっただけって言えばいいよね。……それと、もしもテオン様が嫌そうなご様子だったら、今後は職場に近づかないようにしよう)
翌日。
そんな覚悟を決めてやってきた中央エリア。きっとテオンはランチを売店で買っているから、昼前に渡せば食べてもらえるはず。
(……いや、食べてもらえる可能性もある、くらいに思っておこう)
ランチバッグを持ちながら、文官の出入りが多い建物の入り口に立つ。案内図を見てテオンの部署がある位置を確認したが、建物の中に足を踏み入れる勇気がなかなか出ない。
(や、やっぱり、同僚の方達に見られるのはよくないかも……。あんなブスと付き合っているのかって、噂が立っちゃうかもしれないし……)
踵を返して急いで戻ろうとした時、テオンの声がした。
「……クロエ?」
バッと振り返ると、そこにはテオンと赤い髪の男性がいる。
「テ、テオン様、こんにちは……」
「どうした? 今日は売店?」
「いえ、あの……、えっと、……そちらの方は?」
赤い髪の男が待ちわびていたかのようにクロエの前へずいっと進み出る。
「初めまして、クロエ・ガルシアさんですよね? へえ、雰囲気が思ってた感じと違う! へえ~!」
翡翠のようなジェードグリーンの瞳をキラキラさせて、その男はクロエの顔を覗き込む。鮮やかな火のようなファイヤーレッドの髪は無造作にあちこち跳ねているのに、かっこよく見えるのは顔立ちのせいだろうか。少し垂れ目がちの瞳にすっと通った鼻梁、薄めの唇が緩やかに弧を描く。
(テオン様のご友人かしら。人懐っこい大型犬みたい……)
垂れ耳やしっぽが見えそうな気がしてくる。絶対、嬉しさを隠せずにぶんぶん振っている子だ。
それにしても、赤髪の男はクロエの名前を知っているようなのだけど。
「甘いミルクチョコレートのような髪にはちみつのようなアンバー色の瞳……、ん? この黒ぶち眼鏡、伊達じゃないの? へえ、近くで見ると君、肌すごく綺麗だね」
「あ、ありがとうございます」
褒められ慣れていないクロエは真っ赤になってしまう。テオンは不機嫌さを隠さず、ルカスに注意した。
「ルカス、近い。離れろ」
「へえ~! ……おっと、はいはい、怖い顔すんなって。え~と、クロエちゃん。俺、ルカス・ヴァンダーブルック。テオンの幼馴染みだよ、よろしくね」
「は、はい、よろしくお願いします」
「じゃあ、クロエちゃんはテオンに会いに来たんだろうから、俺は行くよ。じゃあな、テオン」
ルカスはニコニコしながら去って行った。
その背中を見送ると、テオンはクロエを見下ろし、首を傾げる。
「で? 売店に来たの?」
「あ……あの、」
『テオン様に食べていただこうと思ってサンドイッチを作ってきたので良かったら食べてください』
そう言おうと思ったクロエの声を遮り、女性の声が耳に届く。
「テオンっ! 元気にしてた~?」
声がする方を二人同時に振り向くと、クロエと同年代の女性がやってくる。ブルネットに意志の強そうなエメラルドの瞳。深緑をベースにオフホワイトのフリルを重ねたドレスにはリボンがふんだんに使われ、黒い文官服や女官服が多いこの辺りではひときわ目立っている。
(誰かのご家族というより……どなたか女性王族の侍女とかかしら)
「テオン~、この間伝言を送ったんだけど届いてなかった? 私、ずっと待ってたのに」
ちらっとクロエを見たブルネットの女性だったが、すぐにテオンへ視線を戻すと媚びるように責め、その耳元に顔を近づけた。
「前回のアレ、すごく良かったわ……。思い出すだけで未だに濡れちゃうの。ねえ、今度いつ会える? あの夜のような熱いひと時を……ちょっと、そこの女官。先に戻ってていいわよ。私、あなたの上司ともう少し話があるの」
「え……? あ……」
(私のこと、テオン様の部下だと思ってるんだ。彼女でもなく友人でもなく、部下か……。確かに、一番しっくりくるよね)
目の前にはコルセットで締められた両手で掴めそうな細い腰に、大きく盛り上がった豊満な胸。何よりこの女性の雰囲気がとにかく色っぽい。テオンに向ける熱のこもった視線と発言を察するに、愛人の一人であることは疑いようがない。
ボンキュッボンのメリハリ体型は、クロエとは真逆。クロエといえば太くも細くもない標準体型、だけど筋肉がないから全身どこを触ってもやわらかでふにふに。「スタイルがいい」なんて言われることはないわけで、彼女と比べるまでもない。男性ならきっと、こんなメリハリボディとの熱い夜がお好みのはずだ。
女性がテオンの顔に手を伸ばす姿を見て、胸がずきっと痛む。
(や、やっぱり、ああいう人がテオン様には合う。私なんかじゃテオン様につりあわない……)
「あ、あのっ、私……! お先に失礼します!」
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