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4 三人成虎
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「ふん、私たちはこの娘に世の中のことを教えて差し上げているのよ。あなたには関係ないわ」
取り巻きと雪玲が言い争っている間、雹華は紗の団扇で口元を隠しながら、雪玲の頭から爪先までをじっくり見回していた。
ふと雪玲の薄絹の衣に目をとめると数度瞬きをし、お付きの汀若へ何やら耳打ちをする。
頷いた汀若は雪玲にこう言った。
「お嬢様がお茶でもどうかとのことです。この先にある茶楼で特別な甘味をごちそうしたいと」
「あら。それじゃあこの娘とも仲直りするってこと?」
雹華がゆっくりと頷く。
「それは良かった! あなたってば話がわかるじゃない! それじゃあ……せっかくだから、ご相伴に預からせていただきます! えへ」
甘いものに目がない雪玲はひょいひょい付いていくことにした。
◇ ◇ ◇
案内された茶楼は吹き抜けのある三階建ての建物で、中央では演劇を催すこともあるようだ。雪玲たちは貴賓が利用する最上階の中でも最もよい席に座った。どうやら離れたところに護衛もいたようで、房の外には屈強な男も二人いる。
大きな円桌を挟み、雪玲の正面には雹華が、隣には若緑の衣を着た娘――明明が座ったのだが、小柄な明明は蛇に睨まれた蛙のように小刻みに震えたままで、雪玲は子兎を思い浮かべた。
(あらら。これじゃあ本当に仲直りしたとは言えないわねぇ)
雪玲の前には紅棗核桃糕や冰糖雪梨などが所狭しと並んだが、娘たちはなかなか手をつけない。
「どうぞ、召し上がれ」
鈴が転がるような声で雹華が雪玲へ菓子を勧める。
花を模った糕点を気に入った雪玲は面紗をつけたまま次々と菓子へ手を伸ばす。
目を見開きながら美味しそうに口へ運ぶ雪玲。その様子を見ながら雹華は微笑んだ。細目の女に目配せすると、小さく頷く。
「雪玲さん、こちらの菓子もどうぞ」
立ち上がった細目の女の腕に茶杯が触れ、雪玲の衣に茶がかかった。
「あっ!」
「まあ、なんてこと! 雪玲さん、ごめんなさい。急いで脱いで? 染み抜きをしてくるわ」
あれよあれよと薄絹の衣を脱がされ、かいがいしく世話を焼く細目の女に雪玲は眦を下げる。
(改心したのね。心の中で細目の女なんて呼んでごめん。戻ってきたらちゃんと名前を聞いて覚えるわ。しみにはならない衣なのだけど、細目の子の気が済むだろうし好きにやらせてあげましょう)
その間、雹華と明明を仲良くさせようと雪玲は張り切る。
「雹華さんと明明さんは後宮に入るのね。おふたりとも可愛らしいからきっと人気者になるわね!」
「……」
「……」
あれこれと話題を振ってみるものの、雹華は微笑むばかりで明明は俯くばかり。一向に盛り上がらない席に、雪玲はひとり楽しそうに茶菓子を味わっては話しかけていた。
そうこうしているうちに時間が経ち……
ふたりが後宮で仲良くなる姿を想像し、しみじみしながら茶菓子を頬張る雪玲だったが、細目の女は一向に戻ってこなかった。菓子で腹も満たされ、茶もこれ以上飲めそうもない。
隣にいる明明はひと口齧っただけで俯いたままだったが、先ほどのように虐められる姿はもうない。何となく雹華とも仲直りできたようだし、めでたしめでたし。
「あのう、私そろそろ帰らないと。薄絹の染み抜きはもういいんで、返してもらいたいのだけど。あの人はどこに行ったのかしら」
紗の団扇でその顔を覆い、雹華が言った。
「何のことかしら。私は今日、陽紗さんと侍女の汀若と三人で街に来たのだけど。あの人って誰のこと?」
「へ? あなたと一緒にいた背の高い細目の女のことよ。私に茶をかけて衣を持っていったじゃない」
首を傾げた雹華が付き人たちに尋ねる。
「汀若、そんな女いたかしら」
「いいえ。雹華さまは今日、私と伍家の陽紗さまと三人で参りました」
「ええ、その通りです。そんな女いませんわ」
三人のやり取りを聞きながら、雪玲は目を細める。
「……なるほど、三人成虎ってわけね。……でも残念でした! ここには明明もいまーす」
雪玲はにっこり笑って明明に向き直る。
「明明、私の衣を持っていった女を見たでしょ?」
丸い瞳に涙を溜め、顔を上げた明明は言った。
「……そんな女、見てないわ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※三人成虎・・・三人虎を成す。事実でなくても多くの人が信じれば、それが事実のようになってしまう意味。
取り巻きと雪玲が言い争っている間、雹華は紗の団扇で口元を隠しながら、雪玲の頭から爪先までをじっくり見回していた。
ふと雪玲の薄絹の衣に目をとめると数度瞬きをし、お付きの汀若へ何やら耳打ちをする。
頷いた汀若は雪玲にこう言った。
「お嬢様がお茶でもどうかとのことです。この先にある茶楼で特別な甘味をごちそうしたいと」
「あら。それじゃあこの娘とも仲直りするってこと?」
雹華がゆっくりと頷く。
「それは良かった! あなたってば話がわかるじゃない! それじゃあ……せっかくだから、ご相伴に預からせていただきます! えへ」
甘いものに目がない雪玲はひょいひょい付いていくことにした。
◇ ◇ ◇
案内された茶楼は吹き抜けのある三階建ての建物で、中央では演劇を催すこともあるようだ。雪玲たちは貴賓が利用する最上階の中でも最もよい席に座った。どうやら離れたところに護衛もいたようで、房の外には屈強な男も二人いる。
大きな円桌を挟み、雪玲の正面には雹華が、隣には若緑の衣を着た娘――明明が座ったのだが、小柄な明明は蛇に睨まれた蛙のように小刻みに震えたままで、雪玲は子兎を思い浮かべた。
(あらら。これじゃあ本当に仲直りしたとは言えないわねぇ)
雪玲の前には紅棗核桃糕や冰糖雪梨などが所狭しと並んだが、娘たちはなかなか手をつけない。
「どうぞ、召し上がれ」
鈴が転がるような声で雹華が雪玲へ菓子を勧める。
花を模った糕点を気に入った雪玲は面紗をつけたまま次々と菓子へ手を伸ばす。
目を見開きながら美味しそうに口へ運ぶ雪玲。その様子を見ながら雹華は微笑んだ。細目の女に目配せすると、小さく頷く。
「雪玲さん、こちらの菓子もどうぞ」
立ち上がった細目の女の腕に茶杯が触れ、雪玲の衣に茶がかかった。
「あっ!」
「まあ、なんてこと! 雪玲さん、ごめんなさい。急いで脱いで? 染み抜きをしてくるわ」
あれよあれよと薄絹の衣を脱がされ、かいがいしく世話を焼く細目の女に雪玲は眦を下げる。
(改心したのね。心の中で細目の女なんて呼んでごめん。戻ってきたらちゃんと名前を聞いて覚えるわ。しみにはならない衣なのだけど、細目の子の気が済むだろうし好きにやらせてあげましょう)
その間、雹華と明明を仲良くさせようと雪玲は張り切る。
「雹華さんと明明さんは後宮に入るのね。おふたりとも可愛らしいからきっと人気者になるわね!」
「……」
「……」
あれこれと話題を振ってみるものの、雹華は微笑むばかりで明明は俯くばかり。一向に盛り上がらない席に、雪玲はひとり楽しそうに茶菓子を味わっては話しかけていた。
そうこうしているうちに時間が経ち……
ふたりが後宮で仲良くなる姿を想像し、しみじみしながら茶菓子を頬張る雪玲だったが、細目の女は一向に戻ってこなかった。菓子で腹も満たされ、茶もこれ以上飲めそうもない。
隣にいる明明はひと口齧っただけで俯いたままだったが、先ほどのように虐められる姿はもうない。何となく雹華とも仲直りできたようだし、めでたしめでたし。
「あのう、私そろそろ帰らないと。薄絹の染み抜きはもういいんで、返してもらいたいのだけど。あの人はどこに行ったのかしら」
紗の団扇でその顔を覆い、雹華が言った。
「何のことかしら。私は今日、陽紗さんと侍女の汀若と三人で街に来たのだけど。あの人って誰のこと?」
「へ? あなたと一緒にいた背の高い細目の女のことよ。私に茶をかけて衣を持っていったじゃない」
首を傾げた雹華が付き人たちに尋ねる。
「汀若、そんな女いたかしら」
「いいえ。雹華さまは今日、私と伍家の陽紗さまと三人で参りました」
「ええ、その通りです。そんな女いませんわ」
三人のやり取りを聞きながら、雪玲は目を細める。
「……なるほど、三人成虎ってわけね。……でも残念でした! ここには明明もいまーす」
雪玲はにっこり笑って明明に向き直る。
「明明、私の衣を持っていった女を見たでしょ?」
丸い瞳に涙を溜め、顔を上げた明明は言った。
「……そんな女、見てないわ」
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