【完結】えんはいなものあじなもの~後宮天衣恋奇譚~

魯恒凛

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8 信賞必罰

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 紫花宮は二十七世婦の居住区で、下級妃が住む屋敷である。『裳州からの美姫』には才人の位が与えられたため、雪玲しゅうりんはこれから「潘才人」と呼ばれることになる。

 正一品から正五品までいる中の最下位である正五品。それが才人だ。

 雪玲は入宮した日から出入りできる場所全てに足を運んでみたのだが、雹華ひょうかと明明は見つからなかった。紫花宮にいないということは、彼女たちは上級妃か中級妃なのだろう。中級妃以上の妃嬪には宮や屋敷が与えられている。

(どこに住んでいるのかさえわかれば忍び込めるのに。それとも彼女たちはまだ後宮に来ていないのかしら。とりあえず、情報収集をした方がいいわね)

 雪玲が一人で力強く頷く様子を見て、巫水ふすいは嫌な予感がする。

「藩才人? 何か計画を立てたり事を起こそうとしたりする際は、ひと言教えてくださいね。私が動いた方が良いこともございます。私は藩才人の味方ですから、くれぐれもおひとりで行動して問題を起こしたり、巻き込まれないようにお願いしますね」

 まだ数日間共にいるだけだが、巫水は雪玲の性格や習性を早くも理解していた。

「巫水……! ありがとう。じゃあ、雹華と明明って女人の情報が入ってきたら教えてほしいの。彼女たちが私の大切な物を盗ったから取り返さないと」

 キッと目を吊り上げる雪玲を見て、巫水は少し驚いた様子で問いかけた。

「いつも穏やかな潘才人が珍しいですね。人のことを悪くおっしゃることがなかったので少し意外です」
「え? 私はちっとも穏やかじゃないわ。信賞必罰ははっきりしているから、悪人にはそれなりの態度をとるわよ? あの子たちは私に対してたくさん罪を犯したの。だからしっかり罰を与えるわ」

 巫水はその話を聞き、雪玲が流されるだけの人ではないのだと感心した。

(……潘才人は思いのほか人の上に立つ方なのかもしれないわ)

 そんなことを考えていたところ、誰かの侍女が使いとしてやってきた。

「潘才人、紫花宮で花見のお誘いです。どうやら現在入宮している二十七世婦が全員揃うようですね」


 ◇ ◇ ◇


 二十七世婦はその名の通り二十七人の下級妃を指すのだが、現在の紫花宮には婕妤、美人、才人を合わせてもまだ九人しかいない、というのは巫水調べだ。

 今日の花見には紫花宮の全員が出席するようだし、雪玲との顔合わせということだろう。

 紫花宮の庭園には大きな蓮池があり、周囲には梅の木が植えられている。下級妃の宮殿といえど、皇帝のお渡りがあるかもしれないのだ。隅々まで整備されている庭園は、大小様々な庭木が目を楽しませてくれる。

 蓮池を覗き込むように佇む大きな東屋は、華やかな女人たちが日がな一日ここで噂話に興じる様子が目に浮かぶ。

 巫水を連れて東屋に向かうと、そこには既に石婕妤たちが待ち構えていた。

(ん? みんな桃色の衣を着ているわね。あの色が流行っているのかしら?)

 挨拶をしようと近づくと、香美人が声を荒げた。

「まあ! 潘才人ったら随分目立ちたがり屋のようね。今日の花見は蓮の花に合わせて桃色でとご連絡差し上げたはず。浅緑色の衣で来るなんて田舎育ちには麗容の言葉が通じなかったのかしら」

 クスクスと皆おかしそうに笑う。

(これが後宮かぁ……女の闘いって感じ! でも見るのはいいけどいちいち巻き込まれるのは面倒くさいな。うん、最初にきっちりしておいた方が煩わしいことが減りそうね)

 力強く頷く雪玲。その様子を少し離れた所から見守っていた巫水は、またもや嫌な予感がした。

 雪玲は彼女たちの衣装を一人ずつじっと見ると、自分の衣に目線を落とした。

「あら。桃色の蓮がお姉さま方だとしたら、私は引き立て役の葉の色の衣ですね」
「まあ。可愛らしいことをおっしゃるのね」

 まんざらでもない顔で石婕妤が目を細める。その後ろで香美人や取り巻きたちが眉根を寄せているのが見えた。


「うふふ。ですが、……蓮の花に合わせて桃色でということでしたら、私は間違えてしまったのですね」

 しょんぼりした顔で雪玲が巫水へ指示を出す。

「巫水、ここへ竹箆しっぺいを持って来なさい」

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 ※信賞必罰・・・功績のある者には必ず賞を与え、罪を犯した者は必ず罰する意味。

 ※竹箆・・・罰に用いられる竹製の道具。
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