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12 春宵一刻
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「やったあ! 少年! 岫玉の君! 私、当たったよ!」
「うん、ズルだけどな! でもお姉さん、いい客引きになってくれたから景品をやるよ」
辺りを見渡すと、店の周りには背後にいる美丈夫のおかげで見物人が集まっていた。男たちはどこからどう見ても欠点が見当たらない精悍な彼をほめちぎり、女たちは彼の美貌に骨抜きにされている。
「これが凍米糖……! ありがとう!」
雪玲は少年から受け取った紙包みを広げると凍米糖をいくつか取り出した。残りを適当に包み直して岫玉の君に差し出す。
「あなたのおかげでもらえたから、半分こね」
「いや、俺はいい。せっかくだから君が全部食べるといい」
「やったあ! ありがとう!」
凍米糖は点心にしよう、とまた包み直して懐に入れる。
「岫玉の君と影狼も遊びに来たの?」
「……客桟で知人と会って帰るところだ。君はこんな時間に一人でうろついているのか?」
えへ、と笑うと雪玲は小声で伝えた。
「実は、こっそり抜け出してきたの。だから麺を食べたら帰るわ」
「ふっ。何かと君とは縁があるようだな。俺たちも麺を食べて帰ろうと話してたら、矢をぽとぽと落としている君を見かけたんだ」
「あら、そうだったの? それじゃあ、短弓のお礼に私が奢るから一緒に行きましょう」
◇ ◇ ◇
「ここここ! 気になってたからここで食べましょう!」
屋台の前には二十人ほどが座れる桌子や椅子が無造作に置かれている。
ひとつの桌子を三人で囲んで座ると、雪玲は元気よく店主に話しかけ、菜単を聞き始めた。天佑と影狼は、良家のお嬢さんと思ったのは恐らく間違いだったと内心で思う。
「ふむふむ。ちゃんと聞いてた? どの麺にする?」
雪玲の砕けた物言いに影狼は失礼だと青筋を立てるが、身分を明かしていないのだからと天佑は腹心を諌める。それに、不思議と嫌な気がしない。
「じゃあ、鶏絲麺を」
「俺は熱湯麺にします」
「あー! 影狼と被った。私も熱湯麺! えへ」
「なっ! お、お前とお揃いなんて、俺は全然嬉しくないからな!」
天佑は強面を歪めながら威嚇する影狼が、満更ではないことを長年の付き合いで感じる。なぜか面白くないと感じたのだが、なぜなのかはわからない。
ドンッ!
「はいよっ! お待ちっ!」
汁が飛び散るほど勢いよく、三つの椀が桌子に置かれる。
「わぁ! おいしそう!」
麺と汁だけの素朴な熱湯麺を前に雪玲が目を輝かせる。鶏絲麺もおいしそうだね!とうれしそうだ。
「熱々のうちに食べましょう」
おもむろに面紗を外した雪玲を見て二人は驚いた。影狼が目を見開き、雪玲を窘める。
「……び、びっくりした。お前、外出する時は面紗をつけるように言われて、一応守っているんだろうな……なんか、親の気持ちがわかるぞ。それなのにお前ときたら一人で家を抜け出すなんて。親の心子知らずとは正にこのことだな。いいか。その顔を晒すんじゃないぞ? 攫われるからな?」
麺をごくんと飲み込み、雪玲が眉間にしわを寄せて影狼に尋ねる。
「麗容には人攫いがいるの? 私を攫ってどうするの?」
何をやらせたいのかな、料理も掃除も得意じゃないんだけど、と眉間にしわを寄せたまま、また麺を食べ進める。
その姿を見て、天佑は苦虫を噛み潰したような気持ちがした。
「攫われた女がどうなるか知らぬとは……だが、何となく教えたくない気がするのは俺だけだろうか」
「あら。岫玉の君は巫水と気が合いそうだわ。彼女も教えなくてはならないのですがどうにも先延ばしにしたく、っていつも言うのよ」
「……」
一足先に食べ終わると、天佑は肘をついて顎に手を当てながら、雪玲がうれしそうに麺を食べる様子を眺めた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※春宵一刻・・・美しい春の夜は心地よく、その素晴らしさは千金にも値するという意味。蘇軾「春夜」の一節。
「うん、ズルだけどな! でもお姉さん、いい客引きになってくれたから景品をやるよ」
辺りを見渡すと、店の周りには背後にいる美丈夫のおかげで見物人が集まっていた。男たちはどこからどう見ても欠点が見当たらない精悍な彼をほめちぎり、女たちは彼の美貌に骨抜きにされている。
「これが凍米糖……! ありがとう!」
雪玲は少年から受け取った紙包みを広げると凍米糖をいくつか取り出した。残りを適当に包み直して岫玉の君に差し出す。
「あなたのおかげでもらえたから、半分こね」
「いや、俺はいい。せっかくだから君が全部食べるといい」
「やったあ! ありがとう!」
凍米糖は点心にしよう、とまた包み直して懐に入れる。
「岫玉の君と影狼も遊びに来たの?」
「……客桟で知人と会って帰るところだ。君はこんな時間に一人でうろついているのか?」
えへ、と笑うと雪玲は小声で伝えた。
「実は、こっそり抜け出してきたの。だから麺を食べたら帰るわ」
「ふっ。何かと君とは縁があるようだな。俺たちも麺を食べて帰ろうと話してたら、矢をぽとぽと落としている君を見かけたんだ」
「あら、そうだったの? それじゃあ、短弓のお礼に私が奢るから一緒に行きましょう」
◇ ◇ ◇
「ここここ! 気になってたからここで食べましょう!」
屋台の前には二十人ほどが座れる桌子や椅子が無造作に置かれている。
ひとつの桌子を三人で囲んで座ると、雪玲は元気よく店主に話しかけ、菜単を聞き始めた。天佑と影狼は、良家のお嬢さんと思ったのは恐らく間違いだったと内心で思う。
「ふむふむ。ちゃんと聞いてた? どの麺にする?」
雪玲の砕けた物言いに影狼は失礼だと青筋を立てるが、身分を明かしていないのだからと天佑は腹心を諌める。それに、不思議と嫌な気がしない。
「じゃあ、鶏絲麺を」
「俺は熱湯麺にします」
「あー! 影狼と被った。私も熱湯麺! えへ」
「なっ! お、お前とお揃いなんて、俺は全然嬉しくないからな!」
天佑は強面を歪めながら威嚇する影狼が、満更ではないことを長年の付き合いで感じる。なぜか面白くないと感じたのだが、なぜなのかはわからない。
ドンッ!
「はいよっ! お待ちっ!」
汁が飛び散るほど勢いよく、三つの椀が桌子に置かれる。
「わぁ! おいしそう!」
麺と汁だけの素朴な熱湯麺を前に雪玲が目を輝かせる。鶏絲麺もおいしそうだね!とうれしそうだ。
「熱々のうちに食べましょう」
おもむろに面紗を外した雪玲を見て二人は驚いた。影狼が目を見開き、雪玲を窘める。
「……び、びっくりした。お前、外出する時は面紗をつけるように言われて、一応守っているんだろうな……なんか、親の気持ちがわかるぞ。それなのにお前ときたら一人で家を抜け出すなんて。親の心子知らずとは正にこのことだな。いいか。その顔を晒すんじゃないぞ? 攫われるからな?」
麺をごくんと飲み込み、雪玲が眉間にしわを寄せて影狼に尋ねる。
「麗容には人攫いがいるの? 私を攫ってどうするの?」
何をやらせたいのかな、料理も掃除も得意じゃないんだけど、と眉間にしわを寄せたまま、また麺を食べ進める。
その姿を見て、天佑は苦虫を噛み潰したような気持ちがした。
「攫われた女がどうなるか知らぬとは……だが、何となく教えたくない気がするのは俺だけだろうか」
「あら。岫玉の君は巫水と気が合いそうだわ。彼女も教えなくてはならないのですがどうにも先延ばしにしたく、っていつも言うのよ」
「……」
一足先に食べ終わると、天佑は肘をついて顎に手を当てながら、雪玲がうれしそうに麺を食べる様子を眺めた。
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※春宵一刻・・・美しい春の夜は心地よく、その素晴らしさは千金にも値するという意味。蘇軾「春夜」の一節。
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