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23 危急存亡
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「にじゅうは~ち……、にじゅうきゅう~……、はい、さんじゅうっ! 潘充儀~、今から行きますよ~」
暗殺者の男は一つ一つの部屋を開けながら雪玲を探す。
「潘充儀~、……あーあ、こんなに痕跡を残していたらどこを歩いたか丸わかりだよ」
廊下の血の跡を辿り、男がにこにこしながら進む。そのうち、にわかに外が騒がしくなった。
「……宮女の集まりは偽情報でした。何かがおかしい気がします」
「ええ、些細な事だとしてもご連絡いただけてありがたいです。念のため、太監にも連絡を入れてあります」
男は耳を澄まして会話を聞くと、残念そうに刀を鞘に納めた。
「……睡蓮宮を担当する五虹と江とかいう宦官か。う~ん、あのふたり、隠しているけどだいぶ腕が立ちそうなんだよなあ……よし、撤退しよう」
男は最後に懐から瓶を取り出すと、部屋中に血をばらまいた。
「ヒヒッ、潘充儀、殺せなくて残念だよ。生きているならまた会おう。じゃあね~」
黒づくめの男が闇に紛れた刹那、睡蓮宮へ足を踏み入れた五虹と江宦官は青ざめた。
「なっ……潘充儀、潘充儀!! どこです? どこにいらっしゃいますか!?」
「潘充儀! 巫水! いたら返事を! 潘充儀!!」
「どうかされたのですか?」
入口には巫水が首を傾げて立っていた。
「まったく。誰のいたずらなのか、菓子は作ってないし、取りに来いなんて言わないわよなんて石婕妤はおっしゃって。とんだ無駄足でした」
「巫水! 潘充儀は? どこ、どこにいるの!?」
「え? 大人しく書を読んで留守番すると言ってましたけど。まさか、抜け出したんですか?」
巫水がふと室内へ目を向けると見慣れた景色は一変し、血で赤く染まっていた。
「きゃあああああああ!!!!」
「巫水! 落ち着いて! まずは潘充儀を探さなくては!!」
睡蓮宮の中を必死で探す三人。窓の外には脱ぎ捨てられた血に染まる上衣が破けた状態で見つかり、廊下には手をついた時の痕跡が赤い流線となって残されていた。
どこにも、いない。
「……可能性として残されているのは、連れ去りか地下通路へ逃げたか。いずれにせよ、一旦、上に報告をしましょう。すでに私たちの手には負えません」
「ああ……潘充儀、潘充儀……」
泣き崩れる巫水を慰めながら、五虹と江宦官も唇が切れるほど歯を噛み締めていた。
◇ ◇ ◇
その頃、北極殿では天佑がようやく政務に一区切りをつけたところだった。影狼が尋ねる。
「天佑さま、天誠さまの元へ行かれますか?」
「ああ。一日一回は顔を見ないと落ち着かん。今日は遅くなったが、これから少し寄って行こう」
天誠は北極殿の中でも最深部である龍安堂で眠っている。
御書房から小さな池がある庭園を通り抜け、竹林の先にある龍安堂。淀んだ宮廷の中でここだけは清涼な空気が流れている。
「天佑さま」
「変わりないか?」
看病をする侍医や医官たちに、容態の変化がなかったかを聞くのもお馴染みの光景だ。返ってくるのは「お変わりございません」の決まり文句。
(慣れというのは怖いものだな……期待感が奪われてしまう。天誠は必ず意識を取り戻すと強い意思を持たなくてはいけないのに)
横たわる天誠は全く変わらない状態でそこにいる。自分とよく似た顔をした五つ年上の兄は、母親似の自分と比べると亡き父王に似ている部分もある。鼻と口の形は父王にそっくりだ。
ピクリとも動かない天誠。だが、心の蔵も動いているし脈も強いと言う。それなのに、目覚めない。
「天誠、いい加減に起きてもらわないと困るんだが。お前の妃たちの扱いづらいこと……。なあ、徳妃は冷宮に送ったらダメか? あと、母上がまた後宮に妃嬪を増やすと言うから止めておいたぞ。だが、持ってあと少しだ。早く起きてこないとどんどん増えるだろうから覚悟しろよ?」
四半刻ほど天誠に語り掛け、天佑は龍安堂を後にした。
竹林の中を影狼と進む。柔らかい風が頬を撫でサワサワと葉が揺れる中、前方に白い塊が転がっているのが目に入る。
「先ほど通った時はなかったと思うのだが……」
側まで近寄り、影狼が白い塊を掴み上げた。
「小猫……? いや、小狐か? うわっ、ひどい怪我だ」
「どれ、見せてみろ……獣にやられたのか? 随分小さいな。体力もないだろうし、このままでは死んでしまうだろう……影狼、こちらに寄こせ」
天佑の両の手のひらにすっぽり収まる小さな白狐。ぜえぜえと荒い息をし、腹の辺りが赤く染まっている。
「どうされるおつもりで?」
「……願掛けだ。こいつは俺が看病する。治ったら天誠を助けてくれるやもしれんからな」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※危急存亡・・・危機が迫っていて生きるか死ぬかの瀬戸際の意味。
暗殺者の男は一つ一つの部屋を開けながら雪玲を探す。
「潘充儀~、……あーあ、こんなに痕跡を残していたらどこを歩いたか丸わかりだよ」
廊下の血の跡を辿り、男がにこにこしながら進む。そのうち、にわかに外が騒がしくなった。
「……宮女の集まりは偽情報でした。何かがおかしい気がします」
「ええ、些細な事だとしてもご連絡いただけてありがたいです。念のため、太監にも連絡を入れてあります」
男は耳を澄まして会話を聞くと、残念そうに刀を鞘に納めた。
「……睡蓮宮を担当する五虹と江とかいう宦官か。う~ん、あのふたり、隠しているけどだいぶ腕が立ちそうなんだよなあ……よし、撤退しよう」
男は最後に懐から瓶を取り出すと、部屋中に血をばらまいた。
「ヒヒッ、潘充儀、殺せなくて残念だよ。生きているならまた会おう。じゃあね~」
黒づくめの男が闇に紛れた刹那、睡蓮宮へ足を踏み入れた五虹と江宦官は青ざめた。
「なっ……潘充儀、潘充儀!! どこです? どこにいらっしゃいますか!?」
「潘充儀! 巫水! いたら返事を! 潘充儀!!」
「どうかされたのですか?」
入口には巫水が首を傾げて立っていた。
「まったく。誰のいたずらなのか、菓子は作ってないし、取りに来いなんて言わないわよなんて石婕妤はおっしゃって。とんだ無駄足でした」
「巫水! 潘充儀は? どこ、どこにいるの!?」
「え? 大人しく書を読んで留守番すると言ってましたけど。まさか、抜け出したんですか?」
巫水がふと室内へ目を向けると見慣れた景色は一変し、血で赤く染まっていた。
「きゃあああああああ!!!!」
「巫水! 落ち着いて! まずは潘充儀を探さなくては!!」
睡蓮宮の中を必死で探す三人。窓の外には脱ぎ捨てられた血に染まる上衣が破けた状態で見つかり、廊下には手をついた時の痕跡が赤い流線となって残されていた。
どこにも、いない。
「……可能性として残されているのは、連れ去りか地下通路へ逃げたか。いずれにせよ、一旦、上に報告をしましょう。すでに私たちの手には負えません」
「ああ……潘充儀、潘充儀……」
泣き崩れる巫水を慰めながら、五虹と江宦官も唇が切れるほど歯を噛み締めていた。
◇ ◇ ◇
その頃、北極殿では天佑がようやく政務に一区切りをつけたところだった。影狼が尋ねる。
「天佑さま、天誠さまの元へ行かれますか?」
「ああ。一日一回は顔を見ないと落ち着かん。今日は遅くなったが、これから少し寄って行こう」
天誠は北極殿の中でも最深部である龍安堂で眠っている。
御書房から小さな池がある庭園を通り抜け、竹林の先にある龍安堂。淀んだ宮廷の中でここだけは清涼な空気が流れている。
「天佑さま」
「変わりないか?」
看病をする侍医や医官たちに、容態の変化がなかったかを聞くのもお馴染みの光景だ。返ってくるのは「お変わりございません」の決まり文句。
(慣れというのは怖いものだな……期待感が奪われてしまう。天誠は必ず意識を取り戻すと強い意思を持たなくてはいけないのに)
横たわる天誠は全く変わらない状態でそこにいる。自分とよく似た顔をした五つ年上の兄は、母親似の自分と比べると亡き父王に似ている部分もある。鼻と口の形は父王にそっくりだ。
ピクリとも動かない天誠。だが、心の蔵も動いているし脈も強いと言う。それなのに、目覚めない。
「天誠、いい加減に起きてもらわないと困るんだが。お前の妃たちの扱いづらいこと……。なあ、徳妃は冷宮に送ったらダメか? あと、母上がまた後宮に妃嬪を増やすと言うから止めておいたぞ。だが、持ってあと少しだ。早く起きてこないとどんどん増えるだろうから覚悟しろよ?」
四半刻ほど天誠に語り掛け、天佑は龍安堂を後にした。
竹林の中を影狼と進む。柔らかい風が頬を撫でサワサワと葉が揺れる中、前方に白い塊が転がっているのが目に入る。
「先ほど通った時はなかったと思うのだが……」
側まで近寄り、影狼が白い塊を掴み上げた。
「小猫……? いや、小狐か? うわっ、ひどい怪我だ」
「どれ、見せてみろ……獣にやられたのか? 随分小さいな。体力もないだろうし、このままでは死んでしまうだろう……影狼、こちらに寄こせ」
天佑の両の手のひらにすっぽり収まる小さな白狐。ぜえぜえと荒い息をし、腹の辺りが赤く染まっている。
「どうされるおつもりで?」
「……願掛けだ。こいつは俺が看病する。治ったら天誠を助けてくれるやもしれんからな」
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※危急存亡・・・危機が迫っていて生きるか死ぬかの瀬戸際の意味。
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