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31 急転直下
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竹林を駆け抜けた雪玲は、小さな白狐のまま後宮の中を堂々と走っていた。
月は出ているが辺りは暗く、人気はほとんどない。小狐が走っていようが歩いていようが、誰かに見つかる心配はなさそうだ。
(地下通路は迷子になる可能性が高いけど、地上ならもうわかるもんね)
巫水にも早く会いたい。きっと待っているはずだから睡蓮宮に一刻も早く行きたいけど、その前に紫花宮で着替えを調達する必要がある。
(人間に戻ったら裸になっちゃうもの。あそこになら空き房に衣の予備があるはず)
こっちが近道かな、と呟きながら走っていると目の前に見慣れない宮が現れた。
(ここって……蝴蝶宮かぁ。確か雹華がいる宮だったかな。……あっ! そうだ、小狐のうちに天衣がどこにあるか見てから帰ろう)
すっかり暗くなった蝴蝶宮は灯りがぽつぽつと灯り、人気がほとんどない。侍女や下女たちの多くもすでに自分の部屋へ戻っているようだ。
宮の中に足を踏み入れると、至る所に書画や壺が飾られている。どれも逸品の品々で、崔家がいかに強大な力を有しているのかを感じさせた。
(こっちが衣装部屋かな? ……うわぁ、雹華って衣装持ちね。もしかして一回着たら捨ててるのかしら。一年間毎日違う衣を着ても大丈夫そう)
そんなことより天衣だ。
(ああいうものはきっと、こんな宝玉があしらわれた箱の中に大切に入っているんじゃないかしら)
小狐は力が弱くほんの少ししか蓋を持ち上げられなかったが、そこに天衣があることは確認できた。
(ふふふん、当たり! う~ん、ここで人の姿になって天衣を取り戻す? 衣を拝借して出て行く? ……いやいやいや、さすがに見つかるよな)
今日のところは諦めよう。
その時、奥の部屋から誰かを叱責する声が聞こえてきた。
(雹華の声だ。侍女を叱っているのかな)
見つかることがないように灯りが漏れる部屋の近くまで行き、息を潜める。
「明明、今度の奉花祭では舞を披露しなさいな」
「ひょ、雹華さま、私は舞はあまり得意では……」
「だからいいんじゃない。あなたの後に私が舞えばより引き立つでしょう? どうせ何もできないんだから少しは役に立ちなさいよ」
(……結局、仲良しにはなれなかったのね)
小狐にできることはない。それに、一生明明を庇ってあげるわけにもいかないのだ。
(九嬪に選ばれるくらいだし、本当は明明にも何か光るものがあるはずなのに)
いつか話せる時がきたら励ましてあげたいけど。
とりあえず、天衣は機を見て取り返そうと心に誓い、雪玲は紫花宮へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇
「……巫水、巫水」
「ムニャ……はい、潘充儀……お腹が空きましたか?」
「ふふっ! 巫水ったら寝言言ってる」
紫花宮で衣服を纏い、すぐさま向かった睡蓮宮。目に飛び込んできたのは机に突っ伏し、見るからに窶れている巫水だった。
きっといつ雪玲が帰ってくるか気が気でなく、思うように眠れない日々を過ごしていたのだろう。
(……心配かけてごめんね。起こして寝牀で寝かせよう)
「巫水、そんなところで寝ると身体が痛くなるよ?」
「ん……、あ、……は、潘充儀? ……うそ、これは夢? え?」
「巫水、心配かけてごめんね。戻ってきたよ」
椅子に座ったままの巫水を優しく抱き締める。
混乱していた巫水だったが、現実であることをようやく理解できたようだ。
「あ……、あぁ……、ご無事で……潘充儀、潘充儀!」
号泣する巫水を抱きながら、雪玲は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。どれだけ心配をかけてしまったのだろう。
「ひっく、お怪我は、ひっ、んぐっ、お怪我は、ございませんか」
「大丈夫、もう傷も治ったよ」
その後、しばらく泣いていた巫水だったが、ひとしきり泣くとこうしてはいられないと立ち上がり、自分の手で自らの両頬を叩いた。
パンッ!!!
「ふ、巫水、ちょっと強過ぎるんじゃないかな? ほっぺが真っ赤で痛そうだよ……」
「潘充儀、まずはお着替えをして寝牀へ。医官を呼びます」
テキパキと動く巫水は雪玲の知っている彼女そのものだ。何だか懐かしく思いながら眺めていると、伝書鳩でどこかと連絡を取る様子。
巫水は巫水で、キラキラとした目線が背中に向けられているのを感じていた。
「巫水……! その鳩、」
「はいはい。まずは元気になられてからお教えいたしますね」
そのうち、ぞろぞろとやってきた医官にあちこちを調べられている間に五虹や江宦官も到着。雪玲の帰還を手放しで喜んでくれた。
「潘充儀! 今まで一体どちらに……!?」
「心配かけてごめんね。実は……覚えていないの。気づいたら睡蓮宮の前に立っていて」
「えぇ……?」
記憶喪失か神隠しかと医官たちが真剣な顔で話し合っている。が、雪玲の顔をじっと見つめる江宦官と五虹の目線が心地悪い。
(嘘ついてごめんなさい。でも本当の事は言えないし、小狐になってたって言っても信じられないと思うから……)
確実に目が泳いでいる雪玲の様子を、江宦官と五虹は見逃さなかった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
※急転直下・・・物事が急に変化し、解決に向かうこと。
月は出ているが辺りは暗く、人気はほとんどない。小狐が走っていようが歩いていようが、誰かに見つかる心配はなさそうだ。
(地下通路は迷子になる可能性が高いけど、地上ならもうわかるもんね)
巫水にも早く会いたい。きっと待っているはずだから睡蓮宮に一刻も早く行きたいけど、その前に紫花宮で着替えを調達する必要がある。
(人間に戻ったら裸になっちゃうもの。あそこになら空き房に衣の予備があるはず)
こっちが近道かな、と呟きながら走っていると目の前に見慣れない宮が現れた。
(ここって……蝴蝶宮かぁ。確か雹華がいる宮だったかな。……あっ! そうだ、小狐のうちに天衣がどこにあるか見てから帰ろう)
すっかり暗くなった蝴蝶宮は灯りがぽつぽつと灯り、人気がほとんどない。侍女や下女たちの多くもすでに自分の部屋へ戻っているようだ。
宮の中に足を踏み入れると、至る所に書画や壺が飾られている。どれも逸品の品々で、崔家がいかに強大な力を有しているのかを感じさせた。
(こっちが衣装部屋かな? ……うわぁ、雹華って衣装持ちね。もしかして一回着たら捨ててるのかしら。一年間毎日違う衣を着ても大丈夫そう)
そんなことより天衣だ。
(ああいうものはきっと、こんな宝玉があしらわれた箱の中に大切に入っているんじゃないかしら)
小狐は力が弱くほんの少ししか蓋を持ち上げられなかったが、そこに天衣があることは確認できた。
(ふふふん、当たり! う~ん、ここで人の姿になって天衣を取り戻す? 衣を拝借して出て行く? ……いやいやいや、さすがに見つかるよな)
今日のところは諦めよう。
その時、奥の部屋から誰かを叱責する声が聞こえてきた。
(雹華の声だ。侍女を叱っているのかな)
見つかることがないように灯りが漏れる部屋の近くまで行き、息を潜める。
「明明、今度の奉花祭では舞を披露しなさいな」
「ひょ、雹華さま、私は舞はあまり得意では……」
「だからいいんじゃない。あなたの後に私が舞えばより引き立つでしょう? どうせ何もできないんだから少しは役に立ちなさいよ」
(……結局、仲良しにはなれなかったのね)
小狐にできることはない。それに、一生明明を庇ってあげるわけにもいかないのだ。
(九嬪に選ばれるくらいだし、本当は明明にも何か光るものがあるはずなのに)
いつか話せる時がきたら励ましてあげたいけど。
とりあえず、天衣は機を見て取り返そうと心に誓い、雪玲は紫花宮へと向かうことにした。
◇ ◇ ◇
「……巫水、巫水」
「ムニャ……はい、潘充儀……お腹が空きましたか?」
「ふふっ! 巫水ったら寝言言ってる」
紫花宮で衣服を纏い、すぐさま向かった睡蓮宮。目に飛び込んできたのは机に突っ伏し、見るからに窶れている巫水だった。
きっといつ雪玲が帰ってくるか気が気でなく、思うように眠れない日々を過ごしていたのだろう。
(……心配かけてごめんね。起こして寝牀で寝かせよう)
「巫水、そんなところで寝ると身体が痛くなるよ?」
「ん……、あ、……は、潘充儀? ……うそ、これは夢? え?」
「巫水、心配かけてごめんね。戻ってきたよ」
椅子に座ったままの巫水を優しく抱き締める。
混乱していた巫水だったが、現実であることをようやく理解できたようだ。
「あ……、あぁ……、ご無事で……潘充儀、潘充儀!」
号泣する巫水を抱きながら、雪玲は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。どれだけ心配をかけてしまったのだろう。
「ひっく、お怪我は、ひっ、んぐっ、お怪我は、ございませんか」
「大丈夫、もう傷も治ったよ」
その後、しばらく泣いていた巫水だったが、ひとしきり泣くとこうしてはいられないと立ち上がり、自分の手で自らの両頬を叩いた。
パンッ!!!
「ふ、巫水、ちょっと強過ぎるんじゃないかな? ほっぺが真っ赤で痛そうだよ……」
「潘充儀、まずはお着替えをして寝牀へ。医官を呼びます」
テキパキと動く巫水は雪玲の知っている彼女そのものだ。何だか懐かしく思いながら眺めていると、伝書鳩でどこかと連絡を取る様子。
巫水は巫水で、キラキラとした目線が背中に向けられているのを感じていた。
「巫水……! その鳩、」
「はいはい。まずは元気になられてからお教えいたしますね」
そのうち、ぞろぞろとやってきた医官にあちこちを調べられている間に五虹や江宦官も到着。雪玲の帰還を手放しで喜んでくれた。
「潘充儀! 今まで一体どちらに……!?」
「心配かけてごめんね。実は……覚えていないの。気づいたら睡蓮宮の前に立っていて」
「えぇ……?」
記憶喪失か神隠しかと医官たちが真剣な顔で話し合っている。が、雪玲の顔をじっと見つめる江宦官と五虹の目線が心地悪い。
(嘘ついてごめんなさい。でも本当の事は言えないし、小狐になってたって言っても信じられないと思うから……)
確実に目が泳いでいる雪玲の様子を、江宦官と五虹は見逃さなかった。
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※急転直下・・・物事が急に変化し、解決に向かうこと。
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