3 / 71
3.おひとり様に向けて
しおりを挟む
……とは思ったものの、そういえば、おひとり様にはどうしたらなれるのかがわからない。
前世と同じように財産分与やら離縁届やらなんやらあるのかな? それ以前に、そもそも離縁がこの国で許されているのかも知らない。
実のところ友達がいない弊害で、私の耳にはスキャンダルやゴシップの類は入ってこないのだ。
使用人に聞いたら諸手を挙げて教えてくれそうだけど、あまり関わりたくないし。
実家に手紙を書いて聞いてみようかしら。
――お父様、お母様。離縁ってどうしたらできますか?
頭に血が上り真っ赤になる父親と、目を瞬かせ気絶する母親の姿が目に浮かび、青ざめた。嫁ぎ先で冷遇されているなんて知ったら……!
うん。両親に尋ねるのは最終手段にしようとひとり頷く。ただでさえ騒がしい人たちなのに、大騒ぎになってしまうことは間違いない。
それなら、久しぶりに王城図書館に行って調べてみよう。世の中のほとんどのことは先達が残した知識が解決してくれる。
だから読書はやめられないのよ、と独り言ちながら、部屋を出て執事を探す。
エントランスで何やら指示をしていた執事を呼び止めた。
「あの。王城に行くので魔獣車の手配をお願いします」
気弱な奥様に呼び止められるとは思わなかったのだろう。執事の肩が揺れる。
「恐れながら奥様。王城にはどのような……」
「図書館へ行くの。何か問題でも?」
「とんでもございません。それでは、正面玄関前に魔獣車をご用意してお待ちしております」
私は頷くと支度のために自室へ向かった。
あの執事、明らかに動揺していたけど、当然よね。今日の朝まで、根暗で口ごもっていたクラリスが、突然別人のようにハキハキ話したら誰だって驚く。
そういえば、執事は仕事ができそうだけど、私がメイド長を筆頭に女性使用人たちから冷たく扱われていることは知らないのだろうか、とふと思う。
知らないのか、それとも知っているうえで止めないのか……。
ううん、どちらにしても、この家の使用人はみんな同じ。気づけない無能か傍観者だもの。
クラリス、誰も信用しちゃだめよ、と自分に言い聞かせた。
これからもできるだけ自分のことは自分でしなくちゃ。離縁の準備をしているだなんて、使用人に知られるわけにはいかない。私に不都合な証拠や証言をでっちあげられ、実家に迷惑を掛けてしまう可能性だってあるもの。
まあ、どっちみち身の回りの世話をしてくれる侍女もいないし、日替わりでやってくるメイドも私をそんざいに扱うから、自分でせざるを得ないのだけど。そもそも、夜会や茶会に行くこともないから着飾る機会もないし、特に問題はない。
私は肩をすくめると、普段着用のクローゼットから着慣れたワンピースを手に取った。
選んだのは白襟に紺色の落ち着いたワンピース。地味。これなら目立たないだろう。
手早く身に付け、髪をアップにする。くすんでいるとは言え、グレーシルバーの髪は暗髪に混ざると目立ちやすいからコンパクトにまとめておこう。
「これでよし」
鏡の前で全身をチェックし、足早にエントランスを通って魔獣車に乗り込んだ。
ガタゴトと動き出し、レーンクヴィスト伯爵家が充分遠ざかった頃を見計らい、カバンから取り出した眼鏡をかける。小物があるだけで人はだいぶ印象が変わるからね。とにかく、不自然ではない程度に目立たないようにしておこう。
王城は魔獣騎士団が常駐していて、ルートヴィヒ様もソフィア王女もいる。私は国民的カップルを邪魔する悪女ですもの。下手に目立って、身に覚えのないことで陰口を叩かれるのはごめんだわ。
――ルートヴィヒを追いかけまわす悪妻
――王女とルートヴィヒの仲を邪魔しに悪妻がわざわざ王城に来た
言われかねない言葉を想像するだけでぞっとする。
鉢合わせをすることは……ないわよね?
大丈夫。魔獣騎士団の常駐場所はちゃんと頭に入っているし、会うことはない。
私はきしむ胸を抑えながら深く息を吸いこみ、姿勢を正した。
魔獣車の外に見えるのはセーデルホルム王国の首都。ここは壮大な城と魔獣の神殿が立ち並ぶ美しい都市だ。遠くに見える広大な森林や山岳地帯は魔獣たちが自由に飛び回り、これらの地域は魔獣たちの聖域とされるとともに、自然の要塞として我が国を守護している。
古代の英雄セーデルホルム王はドラゴン、グリフォン、ヒッポグリフの三種の魔獣を従え、周囲の部族を統一。この国を建国したと伝えられている。
そして、王は彼らと特別な契約を結び、魔獣の力を借りて王国を守ることを誓ったのだとか。この契約は今も王家に代々受け継がれているといわれ、三種の魔獣が率いる魔獣騎士団の活躍により王国は繁栄。周囲の国々からも一目置かれる存在となっているのだ。
そう。魔獣が崇拝されるこの国では、ドラゴン、グリフォン、ヒッポグリフが神聖視され、彼らを象った神殿や祭りも多い。そして、夫であるルートヴィヒ様は第二魔獣騎士団――通称グリフォン騎士団の団長である。
レーンクヴィスト伯爵家は代々第二魔獣騎士団の団長を務めてきた家門で、ルートヴィヒ様はいわゆるサラブレッドなのだ。
騎士団に入るためには厳しい訓練が行われ、魔獣との絆を深めるための特別な教育が提供されると聞いている。そもそも魔獣と心を通わせることができる者だけが魔獣騎士団に入ることが許されるらしい。
レーンクヴィスト伯爵家は地方にある領地で幼い頃からグリフォンと絆を深めるということは一応教わったのだけど……私の夫はあんなに無表情で無口なのに、どうやってグリフォンと心を通わせたのか不思議で仕方がない。もしかして、グリフォンには意外とおしゃべりだったりするんだろうか。
私はその姿を想像して、小さく頭を振った。
そうこうしているうちに魔獣車が王城の門へとたどり着いた。衛兵らしき人物が入城者を厳しくチェックしている。十数分ほどで、私の順番が回ってきた。
「はい次の方~。はいはい、身分証の提示を……っ! ごほん。レディ。身分証はお持ちですか?」
「こちらを」
急にキリっとした衛兵は身分証の表裏を穴があきそうなほど確認し、「ちょっと失礼」と私の顔を何度も確認する。
詰所にいる他の衛兵も野次馬とばかりに出てきてなんだか嫌な感じだ。
前世と同じように財産分与やら離縁届やらなんやらあるのかな? それ以前に、そもそも離縁がこの国で許されているのかも知らない。
実のところ友達がいない弊害で、私の耳にはスキャンダルやゴシップの類は入ってこないのだ。
使用人に聞いたら諸手を挙げて教えてくれそうだけど、あまり関わりたくないし。
実家に手紙を書いて聞いてみようかしら。
――お父様、お母様。離縁ってどうしたらできますか?
頭に血が上り真っ赤になる父親と、目を瞬かせ気絶する母親の姿が目に浮かび、青ざめた。嫁ぎ先で冷遇されているなんて知ったら……!
うん。両親に尋ねるのは最終手段にしようとひとり頷く。ただでさえ騒がしい人たちなのに、大騒ぎになってしまうことは間違いない。
それなら、久しぶりに王城図書館に行って調べてみよう。世の中のほとんどのことは先達が残した知識が解決してくれる。
だから読書はやめられないのよ、と独り言ちながら、部屋を出て執事を探す。
エントランスで何やら指示をしていた執事を呼び止めた。
「あの。王城に行くので魔獣車の手配をお願いします」
気弱な奥様に呼び止められるとは思わなかったのだろう。執事の肩が揺れる。
「恐れながら奥様。王城にはどのような……」
「図書館へ行くの。何か問題でも?」
「とんでもございません。それでは、正面玄関前に魔獣車をご用意してお待ちしております」
私は頷くと支度のために自室へ向かった。
あの執事、明らかに動揺していたけど、当然よね。今日の朝まで、根暗で口ごもっていたクラリスが、突然別人のようにハキハキ話したら誰だって驚く。
そういえば、執事は仕事ができそうだけど、私がメイド長を筆頭に女性使用人たちから冷たく扱われていることは知らないのだろうか、とふと思う。
知らないのか、それとも知っているうえで止めないのか……。
ううん、どちらにしても、この家の使用人はみんな同じ。気づけない無能か傍観者だもの。
クラリス、誰も信用しちゃだめよ、と自分に言い聞かせた。
これからもできるだけ自分のことは自分でしなくちゃ。離縁の準備をしているだなんて、使用人に知られるわけにはいかない。私に不都合な証拠や証言をでっちあげられ、実家に迷惑を掛けてしまう可能性だってあるもの。
まあ、どっちみち身の回りの世話をしてくれる侍女もいないし、日替わりでやってくるメイドも私をそんざいに扱うから、自分でせざるを得ないのだけど。そもそも、夜会や茶会に行くこともないから着飾る機会もないし、特に問題はない。
私は肩をすくめると、普段着用のクローゼットから着慣れたワンピースを手に取った。
選んだのは白襟に紺色の落ち着いたワンピース。地味。これなら目立たないだろう。
手早く身に付け、髪をアップにする。くすんでいるとは言え、グレーシルバーの髪は暗髪に混ざると目立ちやすいからコンパクトにまとめておこう。
「これでよし」
鏡の前で全身をチェックし、足早にエントランスを通って魔獣車に乗り込んだ。
ガタゴトと動き出し、レーンクヴィスト伯爵家が充分遠ざかった頃を見計らい、カバンから取り出した眼鏡をかける。小物があるだけで人はだいぶ印象が変わるからね。とにかく、不自然ではない程度に目立たないようにしておこう。
王城は魔獣騎士団が常駐していて、ルートヴィヒ様もソフィア王女もいる。私は国民的カップルを邪魔する悪女ですもの。下手に目立って、身に覚えのないことで陰口を叩かれるのはごめんだわ。
――ルートヴィヒを追いかけまわす悪妻
――王女とルートヴィヒの仲を邪魔しに悪妻がわざわざ王城に来た
言われかねない言葉を想像するだけでぞっとする。
鉢合わせをすることは……ないわよね?
大丈夫。魔獣騎士団の常駐場所はちゃんと頭に入っているし、会うことはない。
私はきしむ胸を抑えながら深く息を吸いこみ、姿勢を正した。
魔獣車の外に見えるのはセーデルホルム王国の首都。ここは壮大な城と魔獣の神殿が立ち並ぶ美しい都市だ。遠くに見える広大な森林や山岳地帯は魔獣たちが自由に飛び回り、これらの地域は魔獣たちの聖域とされるとともに、自然の要塞として我が国を守護している。
古代の英雄セーデルホルム王はドラゴン、グリフォン、ヒッポグリフの三種の魔獣を従え、周囲の部族を統一。この国を建国したと伝えられている。
そして、王は彼らと特別な契約を結び、魔獣の力を借りて王国を守ることを誓ったのだとか。この契約は今も王家に代々受け継がれているといわれ、三種の魔獣が率いる魔獣騎士団の活躍により王国は繁栄。周囲の国々からも一目置かれる存在となっているのだ。
そう。魔獣が崇拝されるこの国では、ドラゴン、グリフォン、ヒッポグリフが神聖視され、彼らを象った神殿や祭りも多い。そして、夫であるルートヴィヒ様は第二魔獣騎士団――通称グリフォン騎士団の団長である。
レーンクヴィスト伯爵家は代々第二魔獣騎士団の団長を務めてきた家門で、ルートヴィヒ様はいわゆるサラブレッドなのだ。
騎士団に入るためには厳しい訓練が行われ、魔獣との絆を深めるための特別な教育が提供されると聞いている。そもそも魔獣と心を通わせることができる者だけが魔獣騎士団に入ることが許されるらしい。
レーンクヴィスト伯爵家は地方にある領地で幼い頃からグリフォンと絆を深めるということは一応教わったのだけど……私の夫はあんなに無表情で無口なのに、どうやってグリフォンと心を通わせたのか不思議で仕方がない。もしかして、グリフォンには意外とおしゃべりだったりするんだろうか。
私はその姿を想像して、小さく頭を振った。
そうこうしているうちに魔獣車が王城の門へとたどり着いた。衛兵らしき人物が入城者を厳しくチェックしている。十数分ほどで、私の順番が回ってきた。
「はい次の方~。はいはい、身分証の提示を……っ! ごほん。レディ。身分証はお持ちですか?」
「こちらを」
急にキリっとした衛兵は身分証の表裏を穴があきそうなほど確認し、「ちょっと失礼」と私の顔を何度も確認する。
詰所にいる他の衛兵も野次馬とばかりに出てきてなんだか嫌な感じだ。
1,815
あなたにおすすめの小説
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi(がっち)
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
婚約者から婚約破棄されたら、王弟殿下に捕まった件
みおな
恋愛
「ルチル、君との婚約を破棄させてもらう」
五年間、婚約者として交流して来た王太子であるランスロットから婚約破棄を告げられたクォーツ公爵家の令嬢であるルチル。
「ランスロットと婚約破棄したって?なら、俺と婚約しよう」
婚約破棄をきっかけに、領地に引きこもる予定だったルチルに、思いがけない婚約の打診が。
のんびり田舎生活をしたいルチルだが・・・
枯れ専令嬢、喜び勇んで老紳士に後妻として嫁いだら、待っていたのは二十歳の青年でした。なんでだ~⁉
狭山ひびき
恋愛
ある日、イアナ・アントネッラは父親に言われた。
「来月、フェルナンド・ステファーニ公爵に嫁いでもらう」と。
フェルナンド・ステファーニ公爵は御年六十二歳。息子が一人いるが三十年ほど前に妻を亡くしてからは独り身だ。
対してイアナは二十歳。さすがに年齢が離れすぎているが、父はもっともらしい顔で続けた。
「ジョルジアナが慰謝料を請求された。ステファーニ公爵に嫁げば支度金としてまとまった金が入る。これは当主である私の決定だ」
聞けば、妹のジョルジアナは既婚者と不倫して相手の妻から巨額の慰謝料を請求されたらしい。
「お前のような年頃の娘らしくない人間にはちょうどいい縁談だろう。向こうはどうやらステファーニ公爵の介護要員が欲しいようだからな。お前にはぴったりだ」
そう言って父はステファーニ公爵の肖像画を差し出した。この縁談は公爵自身ではなく息子が持ちかけてきたものらしい。
イオナはその肖像画を見た瞬間、ぴしゃーんと雷に打たれたような衝撃を受けた。
ロマンスグレーの老紳士。なんて素敵なのかしら‼
そう、前世で六十歳まで生きたイオナにとって、若い男は眼中にない。イオナは枯れ専なのだ!
イオナは傷つくと思っていた両親たちの思惑とは裏腹に、喜び勇んでステファーニ公爵家に向かった。
しかし……。
「え? ロマンスグレーの紳士はどこ⁉」
そこでイオナを待ち受けていたのは、どこからどう見ても二十歳くらいにしか見えない年若い紳士だったのだ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる