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25.ソフィアの恋(ルートヴィヒSide)
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遠征という長い一週間がようやく終わり、ようやく王城に到着した。
野生魔獣の巡回と密猟者の捕縛はいくどとなく繰り返してきた仕事だが、密猟者とは許しがたい因縁があり、この業務だけはどうにも感情のコントロールができなくなる。長年追っている密猟組織を滅することこそが俺の悲願だ。
遠征に行く度、クラリスに早く会いたいという気持ちを原動力にしてきた。
今、目の前にある後処理を終えれば、ようやくクラリスに会える……。そう思いながら、逸る気持ちを押さえて団員たちに指示を出している時だった。
背後から聞こえる「ルートヴィヒ~」と呼ぶ甘えるような声。……来たか。ソフィアは上目遣いで顔色を窺うように尋ねてきた。
「ルートヴィヒ、お疲れっ! ねえねえ、今日の夜空いてる?」
大体の予想はつくが、一応なぜかと尋ねれば、やはりあそこへ一緒に行きたいのだと言う。……ここ最近、アロルドが通っていることを突き止めたバーだ。
問題はそのバーの上が連れ込み宿だということ。ソフィアが魔獣騎士団に所属するお転婆姫だとしても、王族のひとりであることは紛れもない事実。お忍びで行くにしては場所が悪すぎるし、そんな場所にいることが世間にバレたら体裁が悪いどころの騒ぎではない。付かず離れずソフィアを護衛する影がもしも国王夫妻に報告でもしたら、ソフィアがどんな叱責を受けるか――。
彼女が二十二歳という年齢にも関わらず、どうにかこうにか婚約を免れているのは、王家のイメージアップに一役買っているからに他ならない。
――国民の憧れである魔獣騎士団に所属する美しい姫君。
そんな彼女が実は第一魔獣騎士団の団長に恋焦がれ、隙あらばストーカー行為を繰り返しているなんて知られれば、あっという間に近隣国へ嫁がされてしまうだろう。
百歩譲ってもしもアロルドがソフィアを娶るというのなら、それはそれで国王夫妻のみならず全国民が歓喜する事案だ。そもそもアロルドは廃嫡されたとはいえ元は侯爵家の次男。婚姻となれば再び家門の一員に戻るだろうし、身分的な問題はない。
だが、それ以前の問題なのだ。
どんなに想ったところで、ソフィアが相手にされることはないだろう。
彼が妻子を一度に亡くしたあの凄惨な事件。当時、第二魔獣騎士団の団長だった父から成人になってやっと教えてもらえたが……、現場を見ていない俺でも、しばらくの間、人間不信になったほどの衝撃だった。
……あの事件が彼の私生活を百八十度変えてしまったことは魔獣騎士団なら誰もが知る事実であり、アロルドの派手な女性関係に誰も口を出せない所以だ。
彼の癒えることのない心の隙間が刹那でも埋まるのならと、多くの団員が思っていることだろう。
ソフィアもいい加減諦めた方がいいとは思うのだが、一途に慕う気持ちにどうにも共感して協力してしまう。なぜなら、俺たちはお互いひとりの相手を想い続けた同志であり、ソフィアに言わせれば『執着仲間』らしい。
しかも、俺は二年前にその想いを叶え、最愛の伴侶としてクラリスを手に入れてしまった。ソフィアに申し訳ない気持ちもあり、尾行に付き添うくらいならと時々頼みを聞いている。
アロルドを追いかけ回すためには、必然的にアリバイ工作をする必要に迫られる。
『第二魔獣騎士団の任務』『第二魔獣騎士団の打ち合わせ』を理由にすれば、王家の影もついてこない。そんな時、第二魔獣騎士団団長である俺、ルートヴィヒ・レーンクヴィストという駒は大変使い勝手がいい存在なのだ。
だから、突然その張本人であるアロルドが現れ、俺と王女の関係に苦言を呈したことに驚いた。
「おまえの危機管理能力のなさと情報収集能力の低さにはほとほと呆れた」とはなんのことだ?
「たとえお前がソフィアを女性だと思っていなくても周りはそうじゃない」と言った言葉の意味は?
何か誤解されているような気がするが、アロルドは俺は既婚者だと知っているはず。それなのに、一体何を言いたいのかよくわからない。
追いかけて反論したいところだが、とりあえず今はソフィアの精神状態が心配だ。
案の定、魔獣舎に駆け込んでみれば、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。……この顔は他の団員にも見せない方がいいだろう。ソフィアに憧れているやつも多いなか、気高い王女のこんなみっともない姿は見せられないし、周りだって見たくないはずだ。ソフィアは嗚咽を漏らしていた。
「亡くなった、奥様の代わりにはっ、なれないってわかってる……だけど、この気持ちはどうしようもないのっ!」
気持ちは痛いほどわかるさ。だけど、アロルドが振り向いてくれる望みは薄い。それでもソフィアが想い続けるというのなら、俺は見守ってやろうと決めているが……。
「ぐずっ……、自分ばっかりずるい……。私のこと、励ましてよ。ルートヴィヒは、最愛を手に、入れたんだから」
野生魔獣の巡回と密猟者の捕縛はいくどとなく繰り返してきた仕事だが、密猟者とは許しがたい因縁があり、この業務だけはどうにも感情のコントロールができなくなる。長年追っている密猟組織を滅することこそが俺の悲願だ。
遠征に行く度、クラリスに早く会いたいという気持ちを原動力にしてきた。
今、目の前にある後処理を終えれば、ようやくクラリスに会える……。そう思いながら、逸る気持ちを押さえて団員たちに指示を出している時だった。
背後から聞こえる「ルートヴィヒ~」と呼ぶ甘えるような声。……来たか。ソフィアは上目遣いで顔色を窺うように尋ねてきた。
「ルートヴィヒ、お疲れっ! ねえねえ、今日の夜空いてる?」
大体の予想はつくが、一応なぜかと尋ねれば、やはりあそこへ一緒に行きたいのだと言う。……ここ最近、アロルドが通っていることを突き止めたバーだ。
問題はそのバーの上が連れ込み宿だということ。ソフィアが魔獣騎士団に所属するお転婆姫だとしても、王族のひとりであることは紛れもない事実。お忍びで行くにしては場所が悪すぎるし、そんな場所にいることが世間にバレたら体裁が悪いどころの騒ぎではない。付かず離れずソフィアを護衛する影がもしも国王夫妻に報告でもしたら、ソフィアがどんな叱責を受けるか――。
彼女が二十二歳という年齢にも関わらず、どうにかこうにか婚約を免れているのは、王家のイメージアップに一役買っているからに他ならない。
――国民の憧れである魔獣騎士団に所属する美しい姫君。
そんな彼女が実は第一魔獣騎士団の団長に恋焦がれ、隙あらばストーカー行為を繰り返しているなんて知られれば、あっという間に近隣国へ嫁がされてしまうだろう。
百歩譲ってもしもアロルドがソフィアを娶るというのなら、それはそれで国王夫妻のみならず全国民が歓喜する事案だ。そもそもアロルドは廃嫡されたとはいえ元は侯爵家の次男。婚姻となれば再び家門の一員に戻るだろうし、身分的な問題はない。
だが、それ以前の問題なのだ。
どんなに想ったところで、ソフィアが相手にされることはないだろう。
彼が妻子を一度に亡くしたあの凄惨な事件。当時、第二魔獣騎士団の団長だった父から成人になってやっと教えてもらえたが……、現場を見ていない俺でも、しばらくの間、人間不信になったほどの衝撃だった。
……あの事件が彼の私生活を百八十度変えてしまったことは魔獣騎士団なら誰もが知る事実であり、アロルドの派手な女性関係に誰も口を出せない所以だ。
彼の癒えることのない心の隙間が刹那でも埋まるのならと、多くの団員が思っていることだろう。
ソフィアもいい加減諦めた方がいいとは思うのだが、一途に慕う気持ちにどうにも共感して協力してしまう。なぜなら、俺たちはお互いひとりの相手を想い続けた同志であり、ソフィアに言わせれば『執着仲間』らしい。
しかも、俺は二年前にその想いを叶え、最愛の伴侶としてクラリスを手に入れてしまった。ソフィアに申し訳ない気持ちもあり、尾行に付き添うくらいならと時々頼みを聞いている。
アロルドを追いかけ回すためには、必然的にアリバイ工作をする必要に迫られる。
『第二魔獣騎士団の任務』『第二魔獣騎士団の打ち合わせ』を理由にすれば、王家の影もついてこない。そんな時、第二魔獣騎士団団長である俺、ルートヴィヒ・レーンクヴィストという駒は大変使い勝手がいい存在なのだ。
だから、突然その張本人であるアロルドが現れ、俺と王女の関係に苦言を呈したことに驚いた。
「おまえの危機管理能力のなさと情報収集能力の低さにはほとほと呆れた」とはなんのことだ?
「たとえお前がソフィアを女性だと思っていなくても周りはそうじゃない」と言った言葉の意味は?
何か誤解されているような気がするが、アロルドは俺は既婚者だと知っているはず。それなのに、一体何を言いたいのかよくわからない。
追いかけて反論したいところだが、とりあえず今はソフィアの精神状態が心配だ。
案の定、魔獣舎に駆け込んでみれば、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。……この顔は他の団員にも見せない方がいいだろう。ソフィアに憧れているやつも多いなか、気高い王女のこんなみっともない姿は見せられないし、周りだって見たくないはずだ。ソフィアは嗚咽を漏らしていた。
「亡くなった、奥様の代わりにはっ、なれないってわかってる……だけど、この気持ちはどうしようもないのっ!」
気持ちは痛いほどわかるさ。だけど、アロルドが振り向いてくれる望みは薄い。それでもソフィアが想い続けるというのなら、俺は見守ってやろうと決めているが……。
「ぐずっ……、自分ばっかりずるい……。私のこと、励ましてよ。ルートヴィヒは、最愛を手に、入れたんだから」
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