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26.君がまた笑ってくれるなら(ルートヴィヒSide)
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最愛、か……。たしかにクラリスと結婚したが、実のところなかなか面と向かって話せていない。
縁談が調った時の歓喜。心変わりをさせないため、最短で進めた結婚――。
心の準備をさせてあげられなかったけど、時間の長さじゃないと思ったんだ。
大切に大切にして慈しんでいけば、短期間でもきっとあの頃のように話せて、結婚するまでには仲良くなれていると思っていたのに……。
そんな妄想は俺のおごりだった。彼女は完全に心を閉ざしていたのだ。
目を合わせることもかなわず、話しかけても短い返事があるのみ。だけど、俺はそれでも構わなかった。根気よく彼女の心を開いていけばいいだけの話だ。
あの明るく誰にでも社交的だったクラリスを内向的で引っ込み思案な性格にしてしまったのは、他でもない俺なのだから。
婚約が決まった後、最初に顔を合わせた時からクラリスが全く乗り気でなかったことを知っている。会えない間、俺が募りに募らせた重たい愛情と反比例するかのように、彼女は困惑の表情を隠しきれず、目を彷徨わせていた。
緊張する俺の挨拶に、クラリスは明らかに困っていたことを鮮明に覚えている。
『クラリス嬢、このたびは婚約をお受けいただき、ありがとうございます』
『………………はい』
……どうしたら彼女にもっと近づける?
デートに誘ってみようか。
――いや、彼女は本を読むことが好きだ。出掛けるくらいなら家で本を読んでいたいかもしれない。
彼女の身に着けるものすべてを贈りたい。
――そんなことしたら、俺と出掛けなければならないと思って負担になるかもしれない。
クラリスのことを考えすぎて八方塞がりな俺に、両親やマルセロは呆れていた。
「息子よ。そんなに優柔不断でどうする? ……おまえに魔獣騎士団の団長の座を譲ったことを後悔させないでくれ」
「わが息子ながらどうしてこんなに拗らせちゃったのかしら。してあげたいことをすればいいだけなのに」
いやいやいや、口で言うのは簡単だ。社交界の荒波を嬉々として楽しんでいる母上とは違い、クラリスは繊細なんだぞ。装飾品の贈り物に責任を感じて、外に出なくてはと追い詰めてしまったらかわいそうすぎる。仕方なくお茶会や夜会に参加して、心を病んでしまったらどうする?
家政? メイド長が回せばいい。疲れて寝込んでしまうかもしれないじゃないか。クラリスは大好きな本を日がな一日読み、心穏やかに暮らしてくれれば十分なんだ。
両親は俺の考えに賛同はしていなかったが、好きにすればいいと最後は諦めムードだった。なんだかんだ言ってクラリスのことは両親もお気に入りで、母上に至っては娘のような溺愛ぶりだった。さすが俺の母親。血は争えない。
婚約期間から彼女を住まわせ可愛がってくれた両親も、結婚後は新婚を水入らずで、と領地へ行ってしまった。父は魔獣騎士団の団長の座を俺に明け渡し、「さぼっていた領地運営を頑張る」と宣ったが、おおかた母といちゃつきたいだけだろう。彼らが政略結婚だったなんて未だに信じていない。
そんな両親のおかげもあり、徐々に明るさを取り戻しつつあったクラリスだったが……。
彼女を貪る自信しかなく、我慢に我慢を重ね初夜から逃げ出したことは今でも後悔している。すぐに機会があるだろうと思っていた見通しの甘さ。
結婚して二年経った今、クラリスは再び心を閉ざしてしまったように思う。
だから。
あんなにも楽しそうに子ドラゴンと手をつなぐ君の姿が眩しくて。
快活にハキハキと俺と話してくれる君のその声に涙が出そうで。
例えそれがクララというかりそめの姿だったとしても、クラリスの明るい姿をこの目で見られることが本当に嬉しいんだ。
「クララ、か……。ウィッグを被って眼鏡をかけたところで、クラリスのかわいさは隠せないのに」
……クララなら普通に話せると言うのなら、俺は知らないふりをしようと思う。
泣き止んだソフィアには心身を休めるよう勧めて王宮へ帰し、俺は書類仕事を片付けることにした。
午後二つの鐘を楽しみに騎士塔の執務室で書類仕事をしていると、いつしか空は暗くなり、窓を大粒の雨がばらばらと打つように。……これじゃあ子ドラゴンの散歩はしないだろうな。
だけど……万が一のことを考えて、あの場所で待つことにした。うっかりクラリスが来てしまったら大変どころの騒ぎじゃない。
鐘が二つ鳴っても彼女の姿はなく、三つの鐘が鳴っても人影はなかった。ほっとしたが、念のため、もう少し待ってみよう。
身体が冷えてきたが、ちょうどいい。冷静になって考えるいい機会だ。
一体どうやったらクラリスと距離を縮められるのか――いや、クララと近づいているんだから、それでもいいのか? いや、そうだけどそうじゃない。
木の根元に座り、ぼうっとクラリスのことを考えていると、なんと本人がやってきた。五つの鐘も鳴ったし、もう来るはずはないと思っていたのに、念のためとタオルまで持参してくれて……。クラリスは俺を悶え死にさせたいんだろうか?
クラリスの優しさがしみ込んだタオルに顔を埋め、幸せを吸い込んだ。
だから完全に油断していて、まさか彼女の温かく柔らかな手が、俺の手に触れてくれるだなんて思わず、……叫んでしまったのは仕方がない。
その後は少し言い合いになってしまい焦ったが、こんなに会話ができたことが尊い。尊いが過ぎる。ようやくこれからも会ってもらえることで話がまとまった時、雨がすっかり止んでいることに気づいた。
ああ、まるで俺たちの幸先を指し示しているようじゃないか。
帰りの魔獣車の中ではマルセロに「にやけすぎ」なんて窘められたくらいには浮かれていたのに。
……まさか屋敷に戻ったら、クラリスが別邸に移っていただなんて。
縁談が調った時の歓喜。心変わりをさせないため、最短で進めた結婚――。
心の準備をさせてあげられなかったけど、時間の長さじゃないと思ったんだ。
大切に大切にして慈しんでいけば、短期間でもきっとあの頃のように話せて、結婚するまでには仲良くなれていると思っていたのに……。
そんな妄想は俺のおごりだった。彼女は完全に心を閉ざしていたのだ。
目を合わせることもかなわず、話しかけても短い返事があるのみ。だけど、俺はそれでも構わなかった。根気よく彼女の心を開いていけばいいだけの話だ。
あの明るく誰にでも社交的だったクラリスを内向的で引っ込み思案な性格にしてしまったのは、他でもない俺なのだから。
婚約が決まった後、最初に顔を合わせた時からクラリスが全く乗り気でなかったことを知っている。会えない間、俺が募りに募らせた重たい愛情と反比例するかのように、彼女は困惑の表情を隠しきれず、目を彷徨わせていた。
緊張する俺の挨拶に、クラリスは明らかに困っていたことを鮮明に覚えている。
『クラリス嬢、このたびは婚約をお受けいただき、ありがとうございます』
『………………はい』
……どうしたら彼女にもっと近づける?
デートに誘ってみようか。
――いや、彼女は本を読むことが好きだ。出掛けるくらいなら家で本を読んでいたいかもしれない。
彼女の身に着けるものすべてを贈りたい。
――そんなことしたら、俺と出掛けなければならないと思って負担になるかもしれない。
クラリスのことを考えすぎて八方塞がりな俺に、両親やマルセロは呆れていた。
「息子よ。そんなに優柔不断でどうする? ……おまえに魔獣騎士団の団長の座を譲ったことを後悔させないでくれ」
「わが息子ながらどうしてこんなに拗らせちゃったのかしら。してあげたいことをすればいいだけなのに」
いやいやいや、口で言うのは簡単だ。社交界の荒波を嬉々として楽しんでいる母上とは違い、クラリスは繊細なんだぞ。装飾品の贈り物に責任を感じて、外に出なくてはと追い詰めてしまったらかわいそうすぎる。仕方なくお茶会や夜会に参加して、心を病んでしまったらどうする?
家政? メイド長が回せばいい。疲れて寝込んでしまうかもしれないじゃないか。クラリスは大好きな本を日がな一日読み、心穏やかに暮らしてくれれば十分なんだ。
両親は俺の考えに賛同はしていなかったが、好きにすればいいと最後は諦めムードだった。なんだかんだ言ってクラリスのことは両親もお気に入りで、母上に至っては娘のような溺愛ぶりだった。さすが俺の母親。血は争えない。
婚約期間から彼女を住まわせ可愛がってくれた両親も、結婚後は新婚を水入らずで、と領地へ行ってしまった。父は魔獣騎士団の団長の座を俺に明け渡し、「さぼっていた領地運営を頑張る」と宣ったが、おおかた母といちゃつきたいだけだろう。彼らが政略結婚だったなんて未だに信じていない。
そんな両親のおかげもあり、徐々に明るさを取り戻しつつあったクラリスだったが……。
彼女を貪る自信しかなく、我慢に我慢を重ね初夜から逃げ出したことは今でも後悔している。すぐに機会があるだろうと思っていた見通しの甘さ。
結婚して二年経った今、クラリスは再び心を閉ざしてしまったように思う。
だから。
あんなにも楽しそうに子ドラゴンと手をつなぐ君の姿が眩しくて。
快活にハキハキと俺と話してくれる君のその声に涙が出そうで。
例えそれがクララというかりそめの姿だったとしても、クラリスの明るい姿をこの目で見られることが本当に嬉しいんだ。
「クララ、か……。ウィッグを被って眼鏡をかけたところで、クラリスのかわいさは隠せないのに」
……クララなら普通に話せると言うのなら、俺は知らないふりをしようと思う。
泣き止んだソフィアには心身を休めるよう勧めて王宮へ帰し、俺は書類仕事を片付けることにした。
午後二つの鐘を楽しみに騎士塔の執務室で書類仕事をしていると、いつしか空は暗くなり、窓を大粒の雨がばらばらと打つように。……これじゃあ子ドラゴンの散歩はしないだろうな。
だけど……万が一のことを考えて、あの場所で待つことにした。うっかりクラリスが来てしまったら大変どころの騒ぎじゃない。
鐘が二つ鳴っても彼女の姿はなく、三つの鐘が鳴っても人影はなかった。ほっとしたが、念のため、もう少し待ってみよう。
身体が冷えてきたが、ちょうどいい。冷静になって考えるいい機会だ。
一体どうやったらクラリスと距離を縮められるのか――いや、クララと近づいているんだから、それでもいいのか? いや、そうだけどそうじゃない。
木の根元に座り、ぼうっとクラリスのことを考えていると、なんと本人がやってきた。五つの鐘も鳴ったし、もう来るはずはないと思っていたのに、念のためとタオルまで持参してくれて……。クラリスは俺を悶え死にさせたいんだろうか?
クラリスの優しさがしみ込んだタオルに顔を埋め、幸せを吸い込んだ。
だから完全に油断していて、まさか彼女の温かく柔らかな手が、俺の手に触れてくれるだなんて思わず、……叫んでしまったのは仕方がない。
その後は少し言い合いになってしまい焦ったが、こんなに会話ができたことが尊い。尊いが過ぎる。ようやくこれからも会ってもらえることで話がまとまった時、雨がすっかり止んでいることに気づいた。
ああ、まるで俺たちの幸先を指し示しているようじゃないか。
帰りの魔獣車の中ではマルセロに「にやけすぎ」なんて窘められたくらいには浮かれていたのに。
……まさか屋敷に戻ったら、クラリスが別邸に移っていただなんて。
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