27 / 71
27.妻に恋愛相談?
しおりを挟む
ルートヴィヒ様が遠征に行っている間、ここぞとばかりに別邸に移って一週間。帰宅した彼とはクララとして会ったものの、クラリスとしては会っていない。
「妻が別邸で暮らし始めたと知ったらどう思うのかな……」
ふと独り言ちてみるも、すぐに答えは出た。うん、気にするはずないわね。っていうか、気づかないかも?
「そろそろ本邸に到着したかな。ルートヴィヒ様、今日はずぶ濡れになっていたから熱いお湯に浸かってゆっくり休んで……って、私ったら何を」
あんな冷たい夫、気にしてどうするのよ。挨拶すら返してくれない夫のことをいくら心配しようとも思いは届かないんだし、来年には離縁するんだから気にしたって無駄なのに。
そんな私の気持ちをあざ笑うかのように、ルートヴィヒ様からは何の連絡もなく。傍から見ればレーンクヴィスト家は普段と変わらない様子で日々が過ぎていた。
──そして、あの雨の日から数日が経った。
相変わらず空気扱いされるクラリスとは対照的に、クララはルートヴィヒ様と距離を詰めている。午後二つの鐘から三つの鐘の間は、なぜかルートヴィヒ様とルクラと過ごすことが日課に。
う~ん。ドラちゃんのための交流だと思って一緒に過ごしているけれど……家では全く接点がないのに、なんだかおかしなことになってしまった。
今日は木陰のある芝生の上でルクラがドラちゃんと戯れているのを眺めているところだ。
「ギャ、ギャ!」
「グルル」
顔は鷲、体はライオンのグリフォンは大柄な人間を載せてもびくともしないほど大きいのに対し、ドラちゃんはまだ私の膝ほど。
好奇心旺盛なドラちゃんはルクラのしっぽを握ったり脚に絡みついたりしているけど、ルクラは決して怒ったりせず、ドラちゃんを前足でごろごろ転がして遊んでくれている。
……うん。ちょっと豪快な気がするけど、ルクラは穏やかな性格なのね。
その姿を微笑ましく思いながら見つめていると、隣に座っているルートヴィヒ様から話しかけられた。
「クララは魔獣が怖くないのか? 馴染みがないと怖がる人が多いんだけど」
「怖くないですよ。元々動物が好きなんです。特にもふもふしている動物が」
「毛並みが気持ちいい動物のこと? へぇ、……だけど、なかなか王都にはいないかもしれないな。そうなると、もふもふはグリフォンやヒッポグリフくらいだろうか」
「そうみたいですね。もふもふ動物たちは魔獣を怖がって王都から離れたところにいるって聞きました」
そんなたわいもない話をしていたら、ルートヴィヒ様が急にもじもじしだした。……トイレでも我慢しているのかしら。
「その……、ちょっと相談してもいいだろうか。女性に関してなんだが」
え? 妻に恋愛相談? ……カオスなんだけど。
聞きたくないけど、嫌ですとも言えないし……。
ぎゅっと唇を噛み締める。王女様との閨の悩みなんて聞かされたらどうしよう。
「えっと……お答えできることなら」
「その、好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしいんだ」
「………………はい?」
「実は、好きな人の機嫌を損ねてしまったようで……謝るにはどうしたらいいだろうか」
「ごめんなさいって言えばいいのでは?」
「顔を合わせてもらえるかどうか……」
そんなに怒らせるなんて、一体何をしてしまったのかしら。口数が少ないくせに、ようやく開いたその口が失言したのなら、金輪際黙っていた方がいいわね。
「う~ん……それじゃあ、プレゼントで心を開かせるとか?」
「……贈り物で心を開けるものなのか?」
「誰でも自分のために一生懸命選んでくれたものは嬉しいものですよ」
「……なんでも好きな物を買っていいって言っても買わない人なんだが」
ああ。王女様はお金には不自由していないだろうし、それじゃあ心に響かないわよ。心を込めたものがいいんじゃないかしら。
「金額じゃないですよ。お相手の好きなスイーツなんかでも嬉しいと思いますよ。ああ、この人は私のことをちゃんとわかってくれているんだなって」
「相手の好きな物……幼い頃に好きだった物でもいいだろうか」
は? さすがに子供の頃と今では欲しい物も違うわよ。
あれだけ毎日一緒に過ごしていて何も知らないの? ルートヴィヒ様って意外とポンコツなのね。……なんだか気の毒になってきた。来年、私と離縁した後、この人はちゃんと王女様の気持ちを繋ぎとめられるのかしら。まあ、私が心配することじゃないけど。
「それじゃあリサーチからですね。お相手の周りの人に協力してもらったらどうです?」
「ちなみに君の好きな――」
「あ、そろそろ帰らなくちゃ。ドラちゃーん!」
私の呼ぶ声に、ドラちゃんとルクラが寄ってきた。
「ルクラ、ドラちゃんと遊んでくれてありがとう。ルー、うまくいくといいわね。じゃあ、またね」
ルクラの首を撫でるとうれしそうに目を細めてくれた。本当に、ありがとうね。
ドラちゃんと手を繋いで第一魔獣騎士団の騎士塔エリアへ向かう。ちらっと振り返ると、ルートヴィヒ様とルクラがその場に立ったまま、私たちを見送ってくれていた。……なんか恥ずかしいな。
――姿が見えなくなるまで見送ってくれた彼が、その後まさかあんなことを言っていただなんて知る由もなく。
「……聞いたか? ルクラ。彼女が気に入る贈り物をしたら、本邸に帰ってきてくれるかな……」
「グルルルル……」
「そうなんだよ。クラリスが子供の頃好きだった物は知っている。だけど大人になってからは本ともふもふ以外、何が好きなのかわからないんだ……困ったな」
「妻が別邸で暮らし始めたと知ったらどう思うのかな……」
ふと独り言ちてみるも、すぐに答えは出た。うん、気にするはずないわね。っていうか、気づかないかも?
「そろそろ本邸に到着したかな。ルートヴィヒ様、今日はずぶ濡れになっていたから熱いお湯に浸かってゆっくり休んで……って、私ったら何を」
あんな冷たい夫、気にしてどうするのよ。挨拶すら返してくれない夫のことをいくら心配しようとも思いは届かないんだし、来年には離縁するんだから気にしたって無駄なのに。
そんな私の気持ちをあざ笑うかのように、ルートヴィヒ様からは何の連絡もなく。傍から見ればレーンクヴィスト家は普段と変わらない様子で日々が過ぎていた。
──そして、あの雨の日から数日が経った。
相変わらず空気扱いされるクラリスとは対照的に、クララはルートヴィヒ様と距離を詰めている。午後二つの鐘から三つの鐘の間は、なぜかルートヴィヒ様とルクラと過ごすことが日課に。
う~ん。ドラちゃんのための交流だと思って一緒に過ごしているけれど……家では全く接点がないのに、なんだかおかしなことになってしまった。
今日は木陰のある芝生の上でルクラがドラちゃんと戯れているのを眺めているところだ。
「ギャ、ギャ!」
「グルル」
顔は鷲、体はライオンのグリフォンは大柄な人間を載せてもびくともしないほど大きいのに対し、ドラちゃんはまだ私の膝ほど。
好奇心旺盛なドラちゃんはルクラのしっぽを握ったり脚に絡みついたりしているけど、ルクラは決して怒ったりせず、ドラちゃんを前足でごろごろ転がして遊んでくれている。
……うん。ちょっと豪快な気がするけど、ルクラは穏やかな性格なのね。
その姿を微笑ましく思いながら見つめていると、隣に座っているルートヴィヒ様から話しかけられた。
「クララは魔獣が怖くないのか? 馴染みがないと怖がる人が多いんだけど」
「怖くないですよ。元々動物が好きなんです。特にもふもふしている動物が」
「毛並みが気持ちいい動物のこと? へぇ、……だけど、なかなか王都にはいないかもしれないな。そうなると、もふもふはグリフォンやヒッポグリフくらいだろうか」
「そうみたいですね。もふもふ動物たちは魔獣を怖がって王都から離れたところにいるって聞きました」
そんなたわいもない話をしていたら、ルートヴィヒ様が急にもじもじしだした。……トイレでも我慢しているのかしら。
「その……、ちょっと相談してもいいだろうか。女性に関してなんだが」
え? 妻に恋愛相談? ……カオスなんだけど。
聞きたくないけど、嫌ですとも言えないし……。
ぎゅっと唇を噛み締める。王女様との閨の悩みなんて聞かされたらどうしよう。
「えっと……お答えできることなら」
「その、好きな相手とどうやったらうまくいくか教えてほしいんだ」
「………………はい?」
「実は、好きな人の機嫌を損ねてしまったようで……謝るにはどうしたらいいだろうか」
「ごめんなさいって言えばいいのでは?」
「顔を合わせてもらえるかどうか……」
そんなに怒らせるなんて、一体何をしてしまったのかしら。口数が少ないくせに、ようやく開いたその口が失言したのなら、金輪際黙っていた方がいいわね。
「う~ん……それじゃあ、プレゼントで心を開かせるとか?」
「……贈り物で心を開けるものなのか?」
「誰でも自分のために一生懸命選んでくれたものは嬉しいものですよ」
「……なんでも好きな物を買っていいって言っても買わない人なんだが」
ああ。王女様はお金には不自由していないだろうし、それじゃあ心に響かないわよ。心を込めたものがいいんじゃないかしら。
「金額じゃないですよ。お相手の好きなスイーツなんかでも嬉しいと思いますよ。ああ、この人は私のことをちゃんとわかってくれているんだなって」
「相手の好きな物……幼い頃に好きだった物でもいいだろうか」
は? さすがに子供の頃と今では欲しい物も違うわよ。
あれだけ毎日一緒に過ごしていて何も知らないの? ルートヴィヒ様って意外とポンコツなのね。……なんだか気の毒になってきた。来年、私と離縁した後、この人はちゃんと王女様の気持ちを繋ぎとめられるのかしら。まあ、私が心配することじゃないけど。
「それじゃあリサーチからですね。お相手の周りの人に協力してもらったらどうです?」
「ちなみに君の好きな――」
「あ、そろそろ帰らなくちゃ。ドラちゃーん!」
私の呼ぶ声に、ドラちゃんとルクラが寄ってきた。
「ルクラ、ドラちゃんと遊んでくれてありがとう。ルー、うまくいくといいわね。じゃあ、またね」
ルクラの首を撫でるとうれしそうに目を細めてくれた。本当に、ありがとうね。
ドラちゃんと手を繋いで第一魔獣騎士団の騎士塔エリアへ向かう。ちらっと振り返ると、ルートヴィヒ様とルクラがその場に立ったまま、私たちを見送ってくれていた。……なんか恥ずかしいな。
――姿が見えなくなるまで見送ってくれた彼が、その後まさかあんなことを言っていただなんて知る由もなく。
「……聞いたか? ルクラ。彼女が気に入る贈り物をしたら、本邸に帰ってきてくれるかな……」
「グルルルル……」
「そうなんだよ。クラリスが子供の頃好きだった物は知っている。だけど大人になってからは本ともふもふ以外、何が好きなのかわからないんだ……困ったな」
2,815
あなたにおすすめの小説
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
私のことはお気になさらず
みおな
恋愛
侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。
そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。
私のことはお気になさらず。
はっきり言ってカケラも興味はございません
みおな
恋愛
私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。
病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。
まぁ、好きになさればよろしいわ。
私には関係ないことですから。
王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました
さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。
王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ
頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。
ゆるい設定です
【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜
雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。
彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。
自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。
「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」
異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。
異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜
高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。
婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。
それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。
何故、そんな事に。
優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。
婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。
リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。
悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる