【完結】旦那様、どうぞ王女様とお幸せに!~転生妻は離婚してもふもふライフをエンジョイしようと思います~

魯恒凛

文字の大きさ
38 / 71

38.私の初恋(ソフィアSide)

しおりを挟む
 魔獣祭りでばったり会ったルートヴィヒとその奥様。これを機に仲良くなれればと思ったのだけど、急いで買い物を終え戻ったそこにはアロルドがいた。
 
『ソフィアは話があるからついて来い』

 そう言った大好きなあの人の冷たい声色。口調からしていい話でないことはわかった。
 
 人ごみを縫うように進む逞しい背中。その足取りは早く、後ろを歩く私を気にするそぶりもない。見失わないよう必死でついていくなか、周囲がアロルドに向ける秋波をはっきりと感じ、心がざわついた。
 
 騎士団の制服を着たアロルドをうっとりと見つめる女性の多いこと。ワイルドな風貌ながらどこか上品さが残る端正な顔とウィットに富んだ口調に、多くのファンが黄色い歓声を上げる。
 毎夜枕を共にするのは違う女性だとまことしやかに噂されたとしても、その派手な女性関係すらも好意的に受け止められているのだから、稀有な人だ。
 
 だけど、声を大にして言いたい。
 みんなは知らないでしょう?

 彼が魔獣騎士という仕事に誇りを持ち、気難しいドラゴンを従えるまでにどれほど苦労したのか。
 重鎮たちが集まる前で臆することなく、貴族籍を捨てひとりの女性を守るのだと公言した惚れ惚れする男ぶりを。
 妊娠していた奥様が殺された後、やりきれない思いを抱えながら人知れず慟哭していた姿を。
 魔獣騎士としての誇りと大切なものを奪った民とのジレンマで苦悩し続けていることを。


 ……私がアロルドに出会ったのは、私が七歳、彼が二十二歳の時。
 末っ子で甘やかされた私は乳母や侍女の目を盗み、魔獣舎へ忍び込んだことがあった。
 蝶よ花よと育てられた私は、周囲がひれ伏すことを当然と思う典型的なお姫様だった。無敵だったのだ。

 だから、まさかドラゴンに敵意を向けられるなんて思ってもおらず。
 殺されかけた私を助けてくれたのが、頭角を現し始めていたアロルドだった。

『お姫様。急に自分の部屋に知らない人が入ってきて騒いだらどう思いますか?』
『……怖いと思う』
『ドラゴンも同じです。魔獣舎に入りたい時は魔獣騎士におっしゃってくださいね』

 見上げた彼は物語に出てくる王子様そのもの。綺麗に整えられた赤みがかった茶髪。優しく細められた柔らかな金色の瞳。顔が真っ赤になるのが自分でもわかった。

 それからだった。ひとめアロルドを見ようと王城を歩き回る日々が始まったのだ。

『アロルドー!』
『おや、かわいらしいレディ。ごきげんよう。今日はどんなお勉強をされたんですか?』

 幼い私を女性扱いしてくれるアロルドがうれしくて。嫌な顔一つせず迎え入れてくれる彼にどっぷりハマったのは当然の流れだった。気がついた時にはすでに初恋に落ちていたのだ。
 来る日も来る日もアロルドの姿を追い、私は陰ながらその苦悩と成長を見続けてきた自負がある。

 転機が訪れたのは十歳になった頃だった。

 周辺国で勃発した終わりが見えない戦争へ魔獣騎士団の介入が決まったその日。一目散でアロルドの元へ向かったことを今でも覚えている。

『アロルドっ! 行かないで!』

 王族の一員たる私が言うことではない。だけど、戦争は何が起こるかわからないもの。アロルドが怪我をするようなことがあったら……!

『お姫様……。私は魔獣騎士団の一員です。国王の命には従わなくてはなりません。それに、我が魔獣騎士団は誰ひとりとして怪我をしませんよ?』
『そうですよ、ソフィア殿下。魔獣騎士団の強さを信じてください。アロルドも無傷で帰ってきますから!』

 泣きべその私を代わる代わる慰める第一魔獣騎士団の面々。
 どこからどう見てもアロルド大好きな私と彼のやりとりを微笑ましく見守ってくれた彼らは、“アロルドはお姫様の今一番お気に入りの騎士”“お姫様は顔がいい騎士がお好み”くらいに思っていたように思う。

 泣く泣くアロルドを見送ってからは戦況についての報告に日々飛びついていた。
 
 戦争は数か月ほどで終息したが、二つの国は酷い惨状だったらしい。
 
 早々に帰ってくると思われた魔獣騎士団だったが、逃げた王族や高位貴族の処刑、武力解除とその後処理、市街戦により壊滅した街の復興の手伝いなど、残務は山積みでなかなか戻ってこなかった。
 休暇がとれる余裕ができると魔獣騎士団の派遣は交代制になり、数か月置きに帰国する団員が増えたのだけど、アロルドが帰国することはなく……。

 ようやく彼が帰国したのは、魔獣騎士団が完全撤退することになった二年後のことだった。

 十二歳になった私は急激に背が伸び、『青百合姫』『国民の妹』と呼ばれるようになっていた。自分で言うのもなんだけど、天使のような容姿だともてはやされていたのだ。

 ぐんと大人っぽくなった私を見て、アロルドはなんて言ってくれるだろう。
 
 ――お姫様、しばらくお会いしないうちに大人になられていて驚きました。

 きっとそう言ってくれるはず。……あと四年もすれば結婚だってできるわ。

 第一魔獣騎士団は飛行してグラウンドへ戻ってくると聞き、私は精一杯のおしゃれをしてグラウンドへ向かった。
 みんなが褒めてくれたリボンやレースがたっぷりの淡いピンク色のドレス。編み込んだ髪に生花をあしらい、大きなサファイヤの首飾りと揺れるイヤリングを身につけた。今にして思えばさぞかし滑稽だったことだろう。

 すでにグランドには彼らの家族たちがその到着を今か今かと待ち構え、ざわめき立つ。遠くの空からドラゴンの集団が見えると、どこからともなく拍手が巻き上がり、「おかえりー!」の声がこだました。
 
 家族との再会に歓声が上がるなか、グラウンドに降り立ったドラゴンから次々と団員が降りてくる。せわしなく視線を動かし、私は待ち焦がれた赤茶色の髪をとうとう見つけたのだ。

「アロル――」

 その名を大声で叫ぼうとした私の喉は言葉を失い、駆け出そうとした足は地面に縫い付けられたように動けなかった。

 金色の瞳が愛おしそうに見つめるその先。
 アロルドの腕には、淡紫色の髪をした美しい女性が抱かれていたのだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~

狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない! 隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。 わたし、もう王妃やめる! 政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。 離婚できないなら人間をやめるわ! 王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。 これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ! フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。 よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。 「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」 やめてえ!そんなところ撫でないで~! 夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――

私のことはお気になさらず

みおな
恋愛
 侯爵令嬢のティアは、婚約者である公爵家の嫡男ケレスが幼馴染である伯爵令嬢と今日も仲睦まじくしているのを見て決意した。  そんなに彼女が好きなのなら、お二人が婚約すればよろしいのよ。  私のことはお気になさらず。

はっきり言ってカケラも興味はございません

みおな
恋愛
 私の婚約者様は、王女殿下の騎士をしている。  病弱でお美しい王女殿下に常に付き従い、婚約者としての交流も、マトモにしたことがない。  まぁ、好きになさればよろしいわ。 私には関係ないことですから。

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】2番目の番とどうぞお幸せに〜聖女は竜人に溺愛される〜

雨香
恋愛
美しく優しい狼獣人の彼に自分とは違うもう一人の番が現れる。 彼と同じ獣人である彼女は、自ら身を引くと言う。 自ら身を引くと言ってくれた2番目の番に心を砕く狼の彼。 「辛い選択をさせてしまった彼女の最後の願いを叶えてやりたい。彼女は、私との思い出が欲しいそうだ」 異世界に召喚されて狼獣人の番になった主人公の溺愛逆ハーレム風話です。 異世界激甘溺愛ばなしをお楽しみいただければ。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。

ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。 ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。 対面した婚約者は、 「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」 ……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。 「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」 今の私はあなたを愛していません。 気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。 ☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。 ☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

処理中です...