39 / 71
39.落ち度のない彼女(ソフィアSide)
しおりを挟む
「ソフィア」
名前を呼ばれ、過去から意識が浮上する。アロルドの背中を追い、いつのまにか人けのない場所まで来ていた。大通りから逸れた住宅地は入り組んでいる。人がすれ違うのもやっとの建物と建物の間で、アロルドは私に向き直った。
「おまえに一つ、聞きたいことがある」
「はい、なんでしょう」
尾行のことだろうか。それとも、アロルドに婚約を打診してほしいと再三父にわがままを言っている件? 魔獣騎士団間の共同演習を増やしてほしいと草案を投げている件かも。……心当たりが多すぎてわからない。
……どれもこれもアロルド絡みだけど、迷惑だと言われるんだろうか。
顔を見れず足元ばかり見ていたら、アロルドは思いもよらない質問を口にした。
「ルートヴィヒとおまえが恋仲だという噂があることは知っているか?」
「え……? 私たちは恋人ではありません」
「知っている」
「えっと、……それなら、アロルド団長とどんな関係が……?」
「質問の答えは?」
「……」
知っているか知らないかで言えば、答えは「知っている」だ。
誰が流したのか、ルートヴィヒと私が理想のカップルという噂があると王家の影からも聞いていたが、勘違いも甚だしい。私はアロルドを、ルートヴィヒは奥様を長年一途に想い続けている。
だけど、その噂を都合よく利用した部分も確かにある。公に否定しなかったことで婚約の打診が避けられているのだから、助かっていると言うのが正直な気持ちだ。だって、ルートヴィヒの家柄、容姿、経歴に勝てる令息などめったにいないもの。
……アロルドはもしかして、その噂に怒ってくれているの? それって、やきもち……とか?
まさか、と思いながら口元が綻ぶのを止められない。にやけそうになる口元をぎゅっと引き結んだ。
だけど、そんな私に向けられたのは、甘い言葉ではなく厳しい叱責だった。
「……その顔は知ってたんだな?」
「耳にはしましたが、事実無根です」
「ほう……。浅ましいことよ。おまえがその噂を利用したことを知らないとでも?」
「……え?」
「おまえの礼儀作法を担当した講師に確認した。マナー、礼儀作法に関してはずいぶんと優秀なお姫様だったらしいな? ルートヴィヒに対するあの距離感は誤解を与えて当然だ……噂を知った上で敢えて助長したな?」
違うの! 団員たちとフランクに接していれば、あなたにも気軽に触れられると思ったから! ルートヴィヒになんて、一ミリも心を動かされたことはないわ!
「っ、誤解です! ルートヴィヒは弟のような存在で、ただの仲が良い――」
「ああ、いい、いい、言い訳はいらない。おまえの事情はどうでもいい。だけどな、ソフィア」
アロルドは金属のように冷たい黄金の瞳で私を見下ろした。
「ルートヴィヒの妻がどんな扱いを受けたか、考えたことはなかったのか? 理想のカップルを邪魔する悪妻だと言われていることを知ってたんだよな? 『国民の妹』を無条件に応援する市民のせいで、落ち度のない彼女が世間から責められていると考えたことは一ミリもなかったのかと聞いてるんだっ!」
語気の強まったアロルドに、喉がひゅっと鳴った。
あ……、アロルドは亡くなった奥様とルートヴィヒの妻の姿をどこか重ねて……。
大失態をしたことに気がついた。ルートヴィヒの妻? 社交が苦手で引きこもっていると聞いていたし、公の場に出てこないのだから構わないとどこかで思っていた。……噂の真相がどうであれ、もしも耳にしたとしたら彼女が傷つかないわけなかったのに。
「おまえの自分勝手な行動のせいであいつらは別れるかもな。……殿下。下々の貴族社会のルールやマナーに配慮できないのなら、王族としてドレスを着て外交をなさっていてください。王女の立場なら多くの部下があなたの尻拭いをするはずです」
「アロル――」
「このまま魔獣騎士団の団員として過ごすのなら過度な接触はおやめください。多くの騎士に妻もしくは婚約者がおります」
「アロルドっ!」
「……なんだ」
軽蔑するような視線に耐え切れず、涙が溢れた。
「ごめんなさい……私が、私が悪かっ――」
「いえ、魔獣騎士団長として風紀の乱れが気になっただけなので。それではこれで失礼します」
「待って!」
翻そうとしたその体を引き留めようと、思わずぎゅっと掴んでしまった腕。気安く触るなとまた怒鳴られると思ったけど、アロルドは背を向けたままながらも立ち止まってくれた。
「……アロルド、私じゃだめなの? アロルドこそ、私の気持ちを知っているでしょう?」
人の機微に敏感なアロルドが気づいていないわけがない。
アロルドはゆっくり振り向くとふっと目元を緩め、吐息がかかるほど顔を寄せてきた。
「はっ……俺に抱いて欲しいのか? いくらでも抱いてやるよ、あばずれ王女様」
名前を呼ばれ、過去から意識が浮上する。アロルドの背中を追い、いつのまにか人けのない場所まで来ていた。大通りから逸れた住宅地は入り組んでいる。人がすれ違うのもやっとの建物と建物の間で、アロルドは私に向き直った。
「おまえに一つ、聞きたいことがある」
「はい、なんでしょう」
尾行のことだろうか。それとも、アロルドに婚約を打診してほしいと再三父にわがままを言っている件? 魔獣騎士団間の共同演習を増やしてほしいと草案を投げている件かも。……心当たりが多すぎてわからない。
……どれもこれもアロルド絡みだけど、迷惑だと言われるんだろうか。
顔を見れず足元ばかり見ていたら、アロルドは思いもよらない質問を口にした。
「ルートヴィヒとおまえが恋仲だという噂があることは知っているか?」
「え……? 私たちは恋人ではありません」
「知っている」
「えっと、……それなら、アロルド団長とどんな関係が……?」
「質問の答えは?」
「……」
知っているか知らないかで言えば、答えは「知っている」だ。
誰が流したのか、ルートヴィヒと私が理想のカップルという噂があると王家の影からも聞いていたが、勘違いも甚だしい。私はアロルドを、ルートヴィヒは奥様を長年一途に想い続けている。
だけど、その噂を都合よく利用した部分も確かにある。公に否定しなかったことで婚約の打診が避けられているのだから、助かっていると言うのが正直な気持ちだ。だって、ルートヴィヒの家柄、容姿、経歴に勝てる令息などめったにいないもの。
……アロルドはもしかして、その噂に怒ってくれているの? それって、やきもち……とか?
まさか、と思いながら口元が綻ぶのを止められない。にやけそうになる口元をぎゅっと引き結んだ。
だけど、そんな私に向けられたのは、甘い言葉ではなく厳しい叱責だった。
「……その顔は知ってたんだな?」
「耳にはしましたが、事実無根です」
「ほう……。浅ましいことよ。おまえがその噂を利用したことを知らないとでも?」
「……え?」
「おまえの礼儀作法を担当した講師に確認した。マナー、礼儀作法に関してはずいぶんと優秀なお姫様だったらしいな? ルートヴィヒに対するあの距離感は誤解を与えて当然だ……噂を知った上で敢えて助長したな?」
違うの! 団員たちとフランクに接していれば、あなたにも気軽に触れられると思ったから! ルートヴィヒになんて、一ミリも心を動かされたことはないわ!
「っ、誤解です! ルートヴィヒは弟のような存在で、ただの仲が良い――」
「ああ、いい、いい、言い訳はいらない。おまえの事情はどうでもいい。だけどな、ソフィア」
アロルドは金属のように冷たい黄金の瞳で私を見下ろした。
「ルートヴィヒの妻がどんな扱いを受けたか、考えたことはなかったのか? 理想のカップルを邪魔する悪妻だと言われていることを知ってたんだよな? 『国民の妹』を無条件に応援する市民のせいで、落ち度のない彼女が世間から責められていると考えたことは一ミリもなかったのかと聞いてるんだっ!」
語気の強まったアロルドに、喉がひゅっと鳴った。
あ……、アロルドは亡くなった奥様とルートヴィヒの妻の姿をどこか重ねて……。
大失態をしたことに気がついた。ルートヴィヒの妻? 社交が苦手で引きこもっていると聞いていたし、公の場に出てこないのだから構わないとどこかで思っていた。……噂の真相がどうであれ、もしも耳にしたとしたら彼女が傷つかないわけなかったのに。
「おまえの自分勝手な行動のせいであいつらは別れるかもな。……殿下。下々の貴族社会のルールやマナーに配慮できないのなら、王族としてドレスを着て外交をなさっていてください。王女の立場なら多くの部下があなたの尻拭いをするはずです」
「アロル――」
「このまま魔獣騎士団の団員として過ごすのなら過度な接触はおやめください。多くの騎士に妻もしくは婚約者がおります」
「アロルドっ!」
「……なんだ」
軽蔑するような視線に耐え切れず、涙が溢れた。
「ごめんなさい……私が、私が悪かっ――」
「いえ、魔獣騎士団長として風紀の乱れが気になっただけなので。それではこれで失礼します」
「待って!」
翻そうとしたその体を引き留めようと、思わずぎゅっと掴んでしまった腕。気安く触るなとまた怒鳴られると思ったけど、アロルドは背を向けたままながらも立ち止まってくれた。
「……アロルド、私じゃだめなの? アロルドこそ、私の気持ちを知っているでしょう?」
人の機微に敏感なアロルドが気づいていないわけがない。
アロルドはゆっくり振り向くとふっと目元を緩め、吐息がかかるほど顔を寄せてきた。
「はっ……俺に抱いて欲しいのか? いくらでも抱いてやるよ、あばずれ王女様」
3,750
あなたにおすすめの小説
夫に顧みられない王妃は、人間をやめることにしました~もふもふ自由なセカンドライフを謳歌するつもりだったのに、何故かペットにされています!~
狭山ひびき
恋愛
もう耐えられない!
隣国から嫁いで五年。一度も国王である夫から関心を示されず白い結婚を続けていた王妃フィリエルはついに決断した。
わたし、もう王妃やめる!
政略結婚だから、ある程度の覚悟はしていた。けれども幼い日に淡い恋心を抱いて以来、ずっと片思いをしていた相手から冷たくされる日々に、フィリエルの心はもう限界に達していた。政略結婚である以上、王妃の意思で離婚はできない。しかしもうこれ以上、好きな人に無視される日々は送りたくないのだ。
離婚できないなら人間をやめるわ!
王妃で、そして隣国の王女であるフィリエルは、この先生きていてもきっと幸せにはなれないだろう。生まれた時から政治の駒。それがフィリエルの人生だ。ならばそんな「人生」を捨てて、人間以外として生きたほうがましだと、フィリエルは思った。
これからは自由気ままな「猫生」を送るのよ!
フィリエルは少し前に知り合いになった、「廃墟の塔の魔女」に頼み込み、猫の姿に変えてもらう。
よし!楽しいセカンドラウフのはじまりよ!――のはずが、何故か夫(国王)に拾われ、ペットにされてしまって……。
「ふふ、君はふわふわで可愛いなぁ」
やめてえ!そんなところ撫でないで~!
夫(人間)妻(猫)の奇妙な共同生活がはじまる――
《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。
ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」
その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。
【完結】記憶喪失の令嬢は無自覚のうちに周囲をタラシ込む。
ゆらゆらぎ
恋愛
王国の筆頭公爵家であるヴェルガム家の長女であるティアルーナは食事に混ぜられていた遅延性の毒に苦しめられ、生死を彷徨い…そして目覚めた時には何もかもをキレイさっぱり忘れていた。
毒によって記憶を失った令嬢が使用人や両親、婚約者や兄を無自覚のうちにタラシ込むお話です。
私を追い出した結果、飼っていた聖獣は誰にも懐かないようです
天宮有
恋愛
子供の頃、男爵令嬢の私アミリア・ファグトは助けた小犬が聖獣と判明して、飼うことが決まる。
数年後――成長した聖獣は家を守ってくれて、私に一番懐いていた。
そんな私を妬んだ姉ラミダは「聖獣は私が拾って一番懐いている」と吹聴していたようで、姉は侯爵令息ケドスの婚約者になる。
どうやらラミダは聖獣が一番懐いていた私が邪魔なようで、追い出そうと目論んでいたようだ。
家族とゲドスはラミダの嘘を信じて、私を蔑み追い出そうとしていた。
私は幼い頃に死んだと思われていた侯爵令嬢でした
さこの
恋愛
幼い頃に誘拐されたマリアベル。保護してくれた男の人をお母さんと呼び、父でもあり兄でもあり家族として暮らしていた。
誘拐される以前の記憶は全くないが、ネックレスにマリアベルと名前が記されていた。
数年後にマリアベルの元に侯爵家の遣いがやってきて、自分は貴族の娘だと知る事になる。
お母さんと呼ぶ男の人と離れるのは嫌だが家に戻り家族と会う事になった。
片田舎で暮らしていたマリアベルは貴族の子女として学ぶ事になるが、不思議と読み書きは出来るし食事のマナーも悪くない。
お母さんと呼ばれていた男は何者だったのだろうか……? マリアベルは貴族社会に馴染めるのか……
っと言った感じのストーリーです。
婚約者から婚約破棄されたら、王弟殿下に捕まった件
みおな
恋愛
「ルチル、君との婚約を破棄させてもらう」
五年間、婚約者として交流して来た王太子であるランスロットから婚約破棄を告げられたクォーツ公爵家の令嬢であるルチル。
「ランスロットと婚約破棄したって?なら、俺と婚約しよう」
婚約破棄をきっかけに、領地に引きこもる予定だったルチルに、思いがけない婚約の打診が。
のんびり田舎生活をしたいルチルだが・・・
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる