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55.平和に暮らせればそれでいい
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「女神か……? 女神が降臨したんだな……? あいたたたっ」
ぶつぶつ呟くルートヴィヒ様の耳をカサンドラがぎゅうっとつねった。
「あなたがそうやってぼそぼそ言うせいで、何一つクラリスに伝わっていないのよ。誰が聞いてもわかりやすく、クラリスに届くようにきちんと褒めなさいよ……!?」
「うっ……た、確かに……。ごほん、クラリス」
隅で揉めている二人をぽかんと見ていたら、ルートヴィヒ様が近づいてきた。
「クラリス……。その、本当に美しいよ。君の綺麗なシルバーの髪が夜空のような濃紺のドレスによく映えている。……まるで月の女神のようだ」
……頭でも打ったのかしら。
急に歯の浮くようなセリフを言われてどうしたらいいのかわからないけど、とりあえず「はぁ、ありがとうございます?」とお礼を言っておく。お金を出すのはルートヴィヒ様だし?
その様子を見ていたカサンドラは「自業自得ね……」と呟き、カヤが笑いをこらえるのに必死だ。
「うぅっ、クラリスが綺麗すぎてパーティーに行きたくない……」
「……」
本当に、一体どうしちゃったのかしら。褒められ慣れていないから素直に受け取れないし、どう返すのが正しいのかわからなくてそわそわしてしまう。
野郎どもが……、目潰しを……、とぼそぼそ呟くルートヴィヒ様に、カサンドラも呆れ顔だ。
「ルートヴィヒ。あなたは団長なんだから欠席不可よ。それに、いい機会だからクラリスも社交界に顔を出して悪評を払拭していくべきだと思うわ」
確かに。実のところ、もふもふカフェのオープンのためにも細々と人脈を築いていきたいのよね。パーティーへ出て、ひとりでも多くのもふもふファンがゲットできれば、それは未来の顧客候補になるわけで。ヒッポグリフの赤ちゃんに喜んでいるようなら、もふもふ好きの可能性は高いじゃない? ヴェルナール領まで旅行がてら遊びに来てくれたら、領地だって潤うし一石二鳥だわ……!
悪女クラリスに関しては、あまりにも茶会や夜会に顔を出さなかったから一方的に言われ放題だったけど、もはや「身を引くことにしたんで」って正直に言えば仲良くなれるかもしれない。どうせマイナス印象からのスタートなんだもの。これ以上地に落ちることはないんだから、とりあえず「クラリス・レーンクヴィストは無害」って思ってもらえたらいいな。
そんなことを考えていたのだけど、ルートヴィヒ様とカサンドラは何やら当日の騎士団の話をしている様子。「警備が……」という単語を耳が拾った。
「……カサンドラ。クラリスが美しすぎて、当日の警備が心配過ぎる」
「魔獣騎士団員だらけの会場なんだし、家で留守番してもらうよりよっぽど安全じゃない」
「そう言われてみればそうなんだが……」
「事情はアロルド団長から聞いたわ。大丈夫。二度とクラリスを誘拐なんてさせないわ」
「いや、そっちじゃなくて……男たちがクラリスに惚れてしまわないか心配なんだ。……他の男に見られたくない」
「……ルートヴィヒってそんなんだった?」
仕事の話でもしているのかしら。このドレスで決まりみたいだし、そろそろドレスを脱いでいいかなあ。
手持無沙汰にしている私に気づくと、ルートヴィヒ様が慌てて声を掛けてきた。
「クラリス。疲れただろう? 着替えが終わるのをここで待っているよ」
「ええ。それじゃあ着替えてきます」
試着でもうくたくた。私はカヤからの褒め殺しに遭いながら、衝立の奥でドレスを脱ぐことにした。
*
レーンクヴィスト伯爵家での生活は少しずつ変化した。
オパールがいなくなり、新しくメイド長になったのは顔の広いアロルド団長の紹介のエリー。三十代前半の彼女はひとり息子と住み込みで働くことになったシングルマザーだ。 数々の屋敷を渡り歩いた伝説のスーパーメイド・エリーはしばらく仕事を休んでいたそうだけど、的確な指示を出す彼女のおかげで屋敷の中の雰囲気はとてもよくなっている。
見直された使用人たちの礼儀作法、細部まで行き届いた屋敷、アレルギーはもちろん、量や温度まで私の体調を気遣いながら出される食事。
期間限定だけど女主人の権限をもらったということで、エリーは私に負担がかからないよう最終確認だけをお伺いしてくれる。一応顔も立てつつ仕事はやってくれるんだから、私はもはやハンコを押すだけのダメ奥様の仲間入りだ。
だけど、エリーは「優しい奥様の元で働けてとても嬉しいです!」となんとも健気で。
真に受けちゃダメだと思うのだけど、エリーが伸び伸びと働けるなら何よりということで。うん。
そんなこんなで小伯爵夫人らしい暮らしがようやくできるようになった私の生活。
相変わらず遠征で家を空けることも多いルートヴィヒ様も、家にいるときは一緒に食事をしたり、お茶に誘ってきたり。
「今日何の日だっけ?」と私を悩ませる突然のプレゼントに困ったりしているものの、ぎくしゃくしながらも以前よりはまあ、……会話も増え。
ルートヴィヒ様の口から王女様の話は一切聞かないけど、カヤがあちこちで仕入れてくる話によると、どうやら最近魔獣騎士団には出勤していないんだとか。
「花嫁修業でもしているんじゃない?」という私の言葉にカヤは唸っていたけど、とりあえず残り九か月平和に暮らせればそれでいいな、と思う。
そして、いよいよ魔獣騎士団創立三百周年パーティーの当日がやってきた。
ぶつぶつ呟くルートヴィヒ様の耳をカサンドラがぎゅうっとつねった。
「あなたがそうやってぼそぼそ言うせいで、何一つクラリスに伝わっていないのよ。誰が聞いてもわかりやすく、クラリスに届くようにきちんと褒めなさいよ……!?」
「うっ……た、確かに……。ごほん、クラリス」
隅で揉めている二人をぽかんと見ていたら、ルートヴィヒ様が近づいてきた。
「クラリス……。その、本当に美しいよ。君の綺麗なシルバーの髪が夜空のような濃紺のドレスによく映えている。……まるで月の女神のようだ」
……頭でも打ったのかしら。
急に歯の浮くようなセリフを言われてどうしたらいいのかわからないけど、とりあえず「はぁ、ありがとうございます?」とお礼を言っておく。お金を出すのはルートヴィヒ様だし?
その様子を見ていたカサンドラは「自業自得ね……」と呟き、カヤが笑いをこらえるのに必死だ。
「うぅっ、クラリスが綺麗すぎてパーティーに行きたくない……」
「……」
本当に、一体どうしちゃったのかしら。褒められ慣れていないから素直に受け取れないし、どう返すのが正しいのかわからなくてそわそわしてしまう。
野郎どもが……、目潰しを……、とぼそぼそ呟くルートヴィヒ様に、カサンドラも呆れ顔だ。
「ルートヴィヒ。あなたは団長なんだから欠席不可よ。それに、いい機会だからクラリスも社交界に顔を出して悪評を払拭していくべきだと思うわ」
確かに。実のところ、もふもふカフェのオープンのためにも細々と人脈を築いていきたいのよね。パーティーへ出て、ひとりでも多くのもふもふファンがゲットできれば、それは未来の顧客候補になるわけで。ヒッポグリフの赤ちゃんに喜んでいるようなら、もふもふ好きの可能性は高いじゃない? ヴェルナール領まで旅行がてら遊びに来てくれたら、領地だって潤うし一石二鳥だわ……!
悪女クラリスに関しては、あまりにも茶会や夜会に顔を出さなかったから一方的に言われ放題だったけど、もはや「身を引くことにしたんで」って正直に言えば仲良くなれるかもしれない。どうせマイナス印象からのスタートなんだもの。これ以上地に落ちることはないんだから、とりあえず「クラリス・レーンクヴィストは無害」って思ってもらえたらいいな。
そんなことを考えていたのだけど、ルートヴィヒ様とカサンドラは何やら当日の騎士団の話をしている様子。「警備が……」という単語を耳が拾った。
「……カサンドラ。クラリスが美しすぎて、当日の警備が心配過ぎる」
「魔獣騎士団員だらけの会場なんだし、家で留守番してもらうよりよっぽど安全じゃない」
「そう言われてみればそうなんだが……」
「事情はアロルド団長から聞いたわ。大丈夫。二度とクラリスを誘拐なんてさせないわ」
「いや、そっちじゃなくて……男たちがクラリスに惚れてしまわないか心配なんだ。……他の男に見られたくない」
「……ルートヴィヒってそんなんだった?」
仕事の話でもしているのかしら。このドレスで決まりみたいだし、そろそろドレスを脱いでいいかなあ。
手持無沙汰にしている私に気づくと、ルートヴィヒ様が慌てて声を掛けてきた。
「クラリス。疲れただろう? 着替えが終わるのをここで待っているよ」
「ええ。それじゃあ着替えてきます」
試着でもうくたくた。私はカヤからの褒め殺しに遭いながら、衝立の奥でドレスを脱ぐことにした。
*
レーンクヴィスト伯爵家での生活は少しずつ変化した。
オパールがいなくなり、新しくメイド長になったのは顔の広いアロルド団長の紹介のエリー。三十代前半の彼女はひとり息子と住み込みで働くことになったシングルマザーだ。 数々の屋敷を渡り歩いた伝説のスーパーメイド・エリーはしばらく仕事を休んでいたそうだけど、的確な指示を出す彼女のおかげで屋敷の中の雰囲気はとてもよくなっている。
見直された使用人たちの礼儀作法、細部まで行き届いた屋敷、アレルギーはもちろん、量や温度まで私の体調を気遣いながら出される食事。
期間限定だけど女主人の権限をもらったということで、エリーは私に負担がかからないよう最終確認だけをお伺いしてくれる。一応顔も立てつつ仕事はやってくれるんだから、私はもはやハンコを押すだけのダメ奥様の仲間入りだ。
だけど、エリーは「優しい奥様の元で働けてとても嬉しいです!」となんとも健気で。
真に受けちゃダメだと思うのだけど、エリーが伸び伸びと働けるなら何よりということで。うん。
そんなこんなで小伯爵夫人らしい暮らしがようやくできるようになった私の生活。
相変わらず遠征で家を空けることも多いルートヴィヒ様も、家にいるときは一緒に食事をしたり、お茶に誘ってきたり。
「今日何の日だっけ?」と私を悩ませる突然のプレゼントに困ったりしているものの、ぎくしゃくしながらも以前よりはまあ、……会話も増え。
ルートヴィヒ様の口から王女様の話は一切聞かないけど、カヤがあちこちで仕入れてくる話によると、どうやら最近魔獣騎士団には出勤していないんだとか。
「花嫁修業でもしているんじゃない?」という私の言葉にカヤは唸っていたけど、とりあえず残り九か月平和に暮らせればそれでいいな、と思う。
そして、いよいよ魔獣騎士団創立三百周年パーティーの当日がやってきた。
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