【完結】【R18】幼妻は寡黙な最強軍人夫に初夜されたい

魯恒凛

文字の大きさ
16 / 26

16.アランの事情 ①

しおりを挟む
 東の辺境伯ハインリヒ・ラーゲルレーヴの三男として生まれたアランは妾の子だった。

 辺境伯には正妻との間にすでに2人の息子がいたが、溺愛する妾が男子を産んだことを喜んだ。だが、アランの実母は体が弱く早世。物心ついてからラーゲルレーヴ邸に引き取られたアランに待っていたのは地獄だった。
 自分に向けられることのない愛情を一身に受けたアランの母。激しく憎悪していた正妻にとって、生き写しのようにそっくりなその息子に憐れみが向けられるわけがなく。ましてや、辺境伯家の特徴ともいえるセルリアンブルーの美しい髪を引き継いだのが、よりにもよってアランだけだったのも状況を悪化させた。
 ハインリヒは妻によくよく言って聞かせた。もちろん、妻もバカではない。夫の前では貞淑な妻を装い、アランを我が子同然に育てるから心配はいらないとほほ笑み、夫に安心と信頼を植え付けたのだ。

 軍の統制や遠征などで家を空けることが多いハインリヒに代わり、家を取り仕切るのは正妻だった。
 父がいない間のラーゲルレーヴ邸では、正妻によって絶え間ない折檻が行われた。母親の背を見て育つ兄2人からも当然のごとく暴力を振るわれる。中でもアランの髪色は常に標的にされ、ハサミで切られる日々。短く切り揃えても気に入らないことがあるとハサミを持ち出し、アランを必要に追い回したのだ。

『おまえなんて生まれてこなければよかったのに! 死ね死ね死ね死ね!』
『なぜおまえがその髪色で生まれてきたんだ。許さない!』

 ──僕は生まれてきたことが罪なの? 何もしていないのに、存在することすら許されないの?

 見かねた乳母がアランの髪を黒く染めることでおさまったが、息をひそめてやり過ごしたところで、兄たちのいじめは年を重ねるごとにエスカレートしていく。
 幼いアランは悪意を浴びながらも耐え忍んだ。父が帰ってくるまでの辛抱だ。そう思って歯を食いしばる日々だったが、我慢強いアランに正妻がしびれを切らしてしまった。

『おまえ、私のことを睨んだわね? その反抗的な態度はしつけた乳母のせいだわ。罰として、おまえの乳母の目をくり抜いてやる。そこで見ていなさい』

 両腕を軍人たちに押さえつけられる乳母。正妻はペーパーナイフを手にすると乳母の瞼を押さえるように指示をした。口に詰め物をされ、呻く乳母の瞳からは止め止めなく涙があふれていた。

『やめてっ!! お願いだからやめて! ああ、奥様、お許しください、お許しくださいっ! 僕の目をくり抜いてください……! ああ、やめて、そんな……ああああああっ!!』

 ──僕のせいで、僕のせいでっ!

 恐怖と絶望とで気が高ぶりすぎた結果、幼いアランは意識を失ってしまう。正妻はそれを見て胸がすき、乳母を解放したのだった。自分のベッドで目を覚ましたアランの前に、号泣する乳母がいた。

『お坊ちゃま! ああ、目を覚まされてよかった。何も心配いりませんよ、お坊ちゃまは何も悪くありませんからね。私もどこも怪我をしていませんから、もう泣かないでください』

 憔悴した様子の乳母はアランの涙をぬぐい、優しくほほ笑んでいた。自分のせいでひどいめに合わせてしまったと謝ろうとしたアランだったが、心因的な負担がかかり過ぎた結果、声はすでに出なくなっていた。

 見かねた古参の家臣たちはアランをラーゲルレーヴ邸から出すことを決めた。留守にしているハインリヒの覚えをよくしたい思惑もあったかもしれないが、幼いアランに同情した家臣も少なからずいたのかもしれない。
 こうしていくつかの候補が上がった中、最終的に白羽の矢が立ったのがディーク・シュルテンの元だった。山奥にある彼のところなら辺境伯家の目に触れることもなくなる。 剣技を求めて人が集まる場所でもあり、軍人が多い場所だから正妻が何か仕掛けようとしてもあそこほど安心な場所はない。髪を染め偽名を使えば、力をつけるまで隠れられるだろう。

 古参の家臣は正妻にはアランをうまく厄介払いしましょう、と話をつけてくれた。息をひそめるに生きていたアランは14歳になり、ようやく辺境伯家から離れられたのだ。食事も満足に与えられなかったアランは、成長期前で線が細い少年だった。

『自分を守る力を得るのですよ』

 そう叱咤し送り出されたアランだったが、その目は濁り、少年らしさは影を潜めていた。深淵を覗くような欝々とした雰囲気は、すでにいくつかの戦場を渡り歩いてきた兵士のようだった。
 剣術稽古には真面目に取り組んでいたが、過剰防衛気味でディークや老軍人たちも心に負った傷を心配していた。もちろん、百戦錬磨の老軍人たちがちゃんと止めるから問題はなかったが、失声症のアランはコミュニケーションが圧倒的に不足していることも否めない。皆が心配しながら見守っていた。

 一方その頃、幼いシャルロッテは老軍人の“夜の森には金色の蛇がいる”という作り話を真に受け、ディークにせがんで夜の雑木林にしゃがんでいた。見つからない蛇をあきらめて帰ろうと思っていた時、ひとりの少年がふらふらと歩く姿が目に入った。泣きながら歩く少年の姿は異様だった。

「おじいちゃん、あの子どうしたのかな?」
「シャルや。話しかけてはならん。見守るんだ」

 シャルロッテは泣きながら歩くアランの後をついていった。ふらふらと森を徘徊すると、寮へと戻り、ベッドの中に潜り込む少年。
 布団をかぶってからもぐずぐずと泣く少年のベッドに入り込み、シャルロッテはずっと慰めた。小さな手で頭をなで、その手をぎゅっと握りしめた。

「あなたはいいこ、いいこ。何も心配しないで、ゆっくりねんねよ。大丈夫、大丈夫」

(誰……? あったかい……)

 アランが落ちつく様子を見て、ディークもシャルロッテに通っていいという許可を出す。シャルロッテは毎晩のようにアランの元へ通った。
 夢と現実の境界線があいまいになってきた頃、アランは自分が夢遊病であることを自覚した。夜になると自分の体を自分で見下ろしているかのような不思議な感覚があったのだ。

(あれは誰だ?)

 小さな幼女が自分の後を心配そうについてくる。ベッドに入って泣いている自分をずっと慰めてくれている幼女。そのうち寝息を立てて寝てしまった。すやすやと眠る彼女は天使なんだろうか。
 日中は厳しい鍛錬をこなす日々。悪夢を見ないように無我夢中で剣を振り、体術を学んだ。
 毎晩来る、あの幼女が誰なのかも判明した。
 シャルロッテ・シュルテン、4歳。ディーク元大佐のお孫さんでシャル、シャルと鬼軍人たちに可愛がられているマスコット的存在だ。午前中、あの子がいつも眠そうに舟をこいでいるのは俺のせいだろう。
 その日も、悪夢を見て汗びっしょりで目をあけると、目の前にシャルロッテがいた。

「あっ。おにいちゃん、起きちゃった?」
「……」

 言葉がのどに張り付いて出てこない。

「まだ夜だよ。いいこ、いいこ、あなたはいいこ」

 ああ、こんなもみじみたいな小さい手でもあったかいんだなと思うと、アランは泣きたくなったのだ。

(14歳にもなって泣くなんて……)

 情けなく思ったアランだったが、ぽろっとこぼれた涙を4歳のシャルロッテの小さな指がぬぐう。

「シャルもね、去年たくさん泣いたんだ。大丈夫、大丈夫。悲しいことはうすれていくからね」

 老軍人たちに言われた言葉なんだろうか。

(そうだ、この子は去年両親を亡くしたはず……。こんな小さな子も前向きに生きているんだ。俺だって、いつまでもうじうじしているわけにはいかない)

 半年が経った頃、アランはぐっすり眠れるようになっていた。幼いシャルロッテをそろそろ解放してやらないといけない。寝かしつけに来たシャルロッテに、アランは言った。

「ありがとう。明日から自分のベッドで寝てね」

 言葉を発したのは7年ぶりのことだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

【完結】嫌われ令嬢、部屋着姿を見せてから、王子に溺愛されてます。

airria
恋愛
グロース王国王太子妃、リリアナ。勝ち気そうなライラックの瞳、濡羽色の豪奢な巻き髪、スレンダーな姿形、知性溢れる社交術。見た目も中身も次期王妃として完璧な令嬢であるが、夫である王太子のセイラムからは忌み嫌われていた。 どうやら、セイラムの美しい乳兄妹、フリージアへのリリアナの態度が気に食わないらしい。 2ヶ月前に婚姻を結びはしたが、初夜もなく冷え切った夫婦関係。結婚も仕事の一環としか思えないリリアナは、セイラムと心が通じ合わなくても仕方ないし、必要ないと思い、王妃の仕事に邁進していた。 ある日、リリアナからのいじめを訴えるフリージアに泣きつかれたセイラムは、リリアナの自室を電撃訪問。 あまりの剣幕に仕方なく、部屋着のままで対応すると、なんだかセイラムの様子がおかしくて… あの、私、自分の時間は大好きな部屋着姿でだらけて過ごしたいのですが、なぜそんな時に限って頻繁に私の部屋にいらっしゃるの?

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜

紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。 連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。

【完結】目覚めたら男爵家令息の騎士に食べられていた件

三谷朱花
恋愛
レイーアが目覚めたら横にクーン男爵家の令息でもある騎士のマットが寝ていた。曰く、クーン男爵家では「初めて契った相手と結婚しなくてはいけない」らしい。 ※アルファポリスのみの公開です。

男として王宮に仕えていた私、正体がバレた瞬間、冷酷宰相が豹変して溺愛してきました

春夜夢
恋愛
貧乏伯爵家の令嬢である私は、家を救うために男装して王宮に潜り込んだ。 名を「レオン」と偽り、文官見習いとして働く毎日。 誰よりも厳しく私を鍛えたのは、氷の宰相と呼ばれる男――ジークフリード。 ある日、ひょんなことから女であることがバレてしまった瞬間、 あの冷酷な宰相が……私を押し倒して言った。 「ずっと我慢していた。君が女じゃないと、自分に言い聞かせてきた」 「……もう限界だ」 私は知らなかった。 宰相は、私の正体を“最初から”見抜いていて―― ずっと、ずっと、私を手に入れる機会を待っていたことを。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

英雄魔術師様とのシークレットベビーが天才で隠し通すのが大変です

氷雨そら
恋愛
――この魔石の意味がわからないほど子どもじゃない。 英雄魔術師カナンが遠征する直前、フィアーナと交わした一夜で授かった愛娘シェリア。フィアーナは、シェリアがカナンの娘であることを隠し、守るために王都を離れ遠い北の地で魔石を鑑定しながら暮らしていた。けれど、シェリアが三歳を迎えた日、彼女を取り囲む全ての属性の魔石が光る。彼女は父と同じ、全属性の魔力持ちだったのだ。これは、シークレットベビーを育てながら、健気に逞しく生きてきたヒロインが、天才魔術師様と天才愛娘に翻弄されながらも溺愛される幸せいっぱいハートフルストーリー。小説家になろうにも投稿しています。

処理中です...