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ただひたすら剣を振る、父さんと手合わせする。

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 季節は巡り、一か月間の夏休みに突入した。
 学校から出された課題はケイに手伝ってもらい早々に片付け、俺は修行の日々を送っている。
 来年からは騎士養成学院に通うんだ。それまでに少しでも腕を磨いておかなければならない。


「さて、息子よ。そろそろ始めるか」
「ああ、よろしく父さん」


 俺たちは朝早くから道場にいた。まだ外は薄暗い時間帯だ。
 日中は暑さが厳しいが、夏の朝は涼しくて気持ちいい。


「そうだ。久しぶりに魔力付与エンチャントありでやるか。木刀を使えば怪我もしないだろう」


 何故か上半身裸の父さんが、木刀を肩にトントンしながら不敵に笑う。


「魔力付与。それは本気を出していいってこと――」
「ああいや加減はしろ! 道場は魔法で補強してもらってあるが、お前が本気を出したらひとたまりもない。秒で吹き飛ぶ」


 父さんは俺の言葉におっ被せて言う。


「フッ。父さんは本当に俺を持ち上げるのが上手いな」
「いやいや、別に持ち上げているわけではないぞ」
「わかってるよ父さん。俺は褒められて伸びるタイプだからな」
「……お前はほんと鈍いというかなんというか」


 父さんがボソッと何か言ったが聞こえなかった。声の大きさ的に独り言だろう。


「まあいい。気を取り直してやるぞ」


 道場内の空気が一変した。
 膨れ上がった父さんの闘気が、俺を圧し潰さんとのしかかる。
 気をしっかり持たなければ意識を刈り取られそうだった。


「準備しろ、ギルバート」


 正眼に構えた父さんの木刀に魔力が迸る。
 俺は頷きを返し、眼前に木刀を構えた。


「ふぅ……」


 息を吐き切ると同時に瞑目めいもくし、


「はッ!」


 裂帛の気合と共にカッと目を見開く。
 たちまち俺の総身から魔力が昇り立ち、やがて木刀に集束してゆく。準備は整った。
 距離にして三メートル弱。互いに見合った俺たちは呼吸を合わせる。


「「ッ――!」」


 示し合わせたかのように俺たちは動き出す。
 床を蹴り飛ばし、互いに剣を振り上げる。

 ガギィイインッ!

 木刀同士の打ち合いとは思えない衝突音が木霊する。
 最初の一撃は剣速、威力、共に互角だった。


「さすがに手加減しすぎじゃないか? 父はまだまだ余裕だぞ」


 押し合う木刀越しに父さんがニヤリと笑う。


「何を言っているんだ父さん。まだまだこれからだ」


 木刀に込めていた力をフッと抜き、父さんの体勢をわずかに崩す。
 すぐさま円を描くように足を捌き、地を這うように木刀を走らせ、斬り上げる。
 だが、


「どこを狙っている息子よ」


 俺の木刀が父さんに届こうかという刹那、筋肉質の巨体が霞むように消える。
 気づけば背後を取られていた。無防備な背中に研ぎ澄まされた一撃が振り下ろされる。


「甘いな、父さん」


 しかし俺は頭で考えるよりも早く振り返り、その一撃を受け止める。
 そこからは目まぐるしい剣技の応酬が始まった。
 俺たちは縦横無尽に道場内を駆け、幾多の剣閃を刻んでゆく。


「ふんッッ!」


 俺が全力で剣を打ち込めば、


「セイッ!」


 父さんも全力でそれに応えてくれる。
 加速する剣戟はとどまることを知らない。
 幸せな時間だった。こうして父さんと剣を交えている時、俺は生きてるんだって強く実感する。


「……本当に強くなったな」
「まだまだだよ、父さん」
「よし、帰って飯にしよう」


 俺たちは木刀を腰に収め、深く一礼する。
 いつの間にか道場内には陽が差し込んできていた。


「時に息子よ。最近ケイちゃんが遊びに来ていないようだが……喧嘩でもしたか?」
「え?」


 朝稽古終わりの雑巾がけを済ませて道場を出ると、父さんがそんな問いを投げかけてくる。


「いや、違う違う。ケイは受験勉強で忙しいんだよ」
「受験勉強?」
「あいつアルカナ市国にある魔法学校に通いたいらしくてさ。頑張ってるんだ」


 言いながら俺は、最近めちゃくちゃ頑張ってる幼馴染の顔を思い浮かべる。

 アルカナ市国――別名『魔法都市アルカナ』は、コールブランド王国内に存在する世界最小の独立国家だ。
 大魔法士マーリン様が頂点に君臨する【魔法士の、魔法士による、魔法士のための】国である。


「それは凄いな。もし実現したらリィード村始まって以来の快挙になるぞ」


 父さんが興奮気味に語る。
 そもそも俺たちが住むリィード村って、いつから存在してるんだ? だいぶ人里離れた山奥にあるけど。


「……ところで、俺はルヴリーゼ騎士学院に入学するわけだけど、それは快挙にはならないんだろうか」
「はっはっは。残念だったな息子よ。それはすでに父が通った道だ」
「えっ。父さんて学院に通ってたのか?」
「うむ。そして卒業後数年間は騎士団にいた。ちなみに母さんとは騎士学院時代に出会ったんだぞ」


 父さんは自慢げに胸を張る。
 知らなかった。思えば父さんも母さんも、あまり昔の話をしてくれない。何か理由があるんだろうか。
 俺はそのことについて尋ねようと口を開きかけたが――


「た、大変じゃ、エドガー! お主の力を貸してくれいッ!」


 聞こえてきた切羽詰まった声に、玄関ドアの前にいた俺たちは後ろを振り向く。
 道場のさらに奥、二十メートルほど離れたところに老爺が見えた。村長のアランさんだ。
 これは只事ではない。俺と父さんは顔を見合わせ、アランさんのもとへ走る。


「はぁ、はぁ、わしも歳じゃな……」


 うちの生け垣の横で、息も絶え絶えのアランさんがへたり込んだ。


「こんな朝早くにどうしたんだ。膝が悪いのに無理をするもんじゃない」


 父さんはアランさんに駆け寄り、背中を優しく擦っている。


「それで、一体何があったっていうんだ」


 アランさんは持っていた杖を投げ捨てると。
 両手で父さんの肩を掴み、声を震わせてこう叫んだ。


「ま、魔物がッ、魔物が村に襲ってきたんじゃ……!」
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