拾った彼女が叫ぶから

彼方 紗夜

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3. 叫ぶ彼女

二人の夜

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 用意された白絹の夜着は薄すぎて心許ないと思っていたが、薄くてもないよりはましだった。前で留めた薄紅色のリボンはあっけなく解かれ、するりと肩紐を落とされた。
 肩紐が肘の辺りでわだかまる。合わせの部分もはだけられたお陰で、もはや夜着は用をなさなくなっている。白い肌が薄闇に浮かび上がる。
 とくとくと心臓の音だけがやけに大きく響き、ルーファスの顔をまともに見ることができない。
 
「ルーファス……」
「どうしました?」
「私だけ、はやだ……。ルーファスも、脱いで」
「マリアの願いなら喜んで」

 微かな衣擦れの音をさせてガウンを取り去ったルーファスもまた、一糸まとわぬ姿だった。
 心臓が肌を突き破らんばかりに跳ね上がる。
 ぼうっと橙の灯りに浮かび上がるそれは、しなやかな筋肉がついて美しい。二の腕や肘の先、腹の辺りなどに筋肉の筋の走る様は、逞しくて力強い。
 灯りを背にして、小麦のような色の髪が光を散らす。はらりと落ちた前髪の下で彼女を見据える目は、欲をまとって壮絶な色香を放っていた。
 ──初めてちゃんと見たかも。

 そう思ううちに、また唇が重ねられた。
 今度は口内を探り、奥深くまで舌が割って入ってくる。マリアもまたその動きに応えるように舌を彼のそれにすり合わせた。
 濡れた音が二人の口内から響いて、たまらなくなる。
 それでも、やめられない。キスをする唇から、口内から、ゆるく愉悦が全身に広がる。心が通じ合うと、キスだけで頭が蕩けてしまうのだとマリアは身を以て知った。蕩けるのは頭だけではなくて、身体の奥……秘めやかな場所もだ。意識した途端に、頬がこれ以上ないくらい紅潮した。

 キスを続ける一方で、マリアがさり気なく両胸を隠していた腕を、ルーファスがそっと外す。
 そのまま指を深く絡められる。長く長く感じたキスの後でようやく離れた唇から、二人の唾液が混じったものが細く糸を引いてぷつりと切れた。

「今日はナァーゴもいませんからね」
「……今頃何をしているかしら」
「きっと元気にやっていますよ。とにかく今日は邪魔される心配をせずに済んで良かったです」

 ルーファスがふにゃりと笑うと繋いだ片手を外し、マリアをそっとシーツに沈めた。見られていると思うだけで、全身がじんじんと疼く。
 その手で乳房を揉み始めるから、疼きが更に大きくなった。思わず漏れた吐息は自分でも驚くほど甘ったるくて、マリアは反射的にぎゅっと目を瞑った。
 
「マリアのここは、柔らかくて気持ちいいですね」
「や、小さい、から」
「そんなことないですよ。可愛いです。いつまでも触っていたくなる」

 ルーファスが頂きを口に含み、甘噛みした。ん、ん、と甘い吐息が間断なくこぼれ、マリアは背をしならせた。

「声、もっと聞かせてくださいね?」

 マリアが言い返す前に、ルーファスの親指が必死で引き結んだ彼女の唇をこじ開ける。そのくせ、もう一方の手は乳房をこねるように揉んでは頂きをひねる。もう片方の乳房は吸い付かれる。これでは声を我慢できない。

「あ、ルーファ、ス……ふ、ぁ……」

 中途半端に開かされた口の中で、彼の親指が口蓋を這う。彼の唇は今度は胸のすぐ上に移動して、ちうときつく肌を吸い上げた。ちりりとした痛みが走る。でもその痛みは、他からもたらされる緩やかで容赦のない快楽と交じって薄れていく。
 代わりにマリアの中に積もるのは、どうしようもなく彼を求める欲求と、多幸感だ。目尻に生理的な涙が盛り上がった。
 彼に翻弄される。口の中を蹂躙していた親指が引き抜かれ、濡れた指がなだらかな肌の上を下り、無防備な太腿の間へするりと伸びた。

「ぁっ……ん……」
「マリアのここはいつも素直なんですよね」
「んっ」
「もしかしてマリアに何かを言わせたいときは、こっちに訊いた方が早いかもしれませんね」
「やだっ」

 ルーファスが軽く笑って、秘めた場所を緩くなぞっていく。夜着の下には何も履いておらず、直に触れられるとびくびくと腰が跳ねた。

「あっ……!」
「ここも好きですよね」

 花芯をつつかれ、ふにふにと転がされる。そのたびにとろりと秘所からは蜜がこぼれた。くちゅ、くちゅ、という水音がマリアの吐息に混じる。
 その指が中に入って来たとき、マリアはそれだけであられもない悲鳴を上げそうになった。待ち望んでいたかのように、自分が彼の指をきゅうと締め付けたのがわかった。
 ルーファスの指がぐっと奥まで突き入れられると、中の良い所を引っ掻くように何度も何度も行き来する。

「はぁ……っ、ん……」
「マリアのここ、温かいです。それに僕の指が好きみたいです。ご褒美にもう一本差し上げますね」
「んっ、やぁ、好きとかじゃ、あっ、あ」
「あれ、指より違うものがいいですか?」
「……っ」

 否定も肯定もできない。恥ずかしくてマリアはかぶりを振った。涙が零れる。
 ルーファスが胸から唇を離す。その唇が、涙を拭うように目尻へ、それから唇へ、そしてお腹、へそ、その下へとキスを落としていく。マリアの膝が大きく開かされた。太ももの内側にも、ちりと痛みが走る。ぞわりと肌が粟立った。

「んんっ……!」

 舐められたと気付いたときにはすでにはしたない水音が何度もその場所から響いてきて、マリアは絶え間なく与えられる愉悦におののいた。

「これも好きですね。悦んでる」
「いいから、言わないで……っ」
「だってマリアが言わないから、こっちの意見を聞かないと」
「やあっ……」

 舌と指でそこをいじられて、マリアは自分でも気付かないうちに腰を揺らめかせた。

「ルーファス、もう……ぁぁっ……!」

 がくがくと奥が痙攣する。マリアは彼女の中心に顔を埋めるルーファスの髪をくしゃくしゃに掻き乱して達した。こぷりと蜜が溢れる。
 ルーファスが頭を起こしてキスをする。まだ息の荒いマリアの手を取り、自身の屹立に導いた。
 「マリア」と呼ぶ声が色めいて酩酊しそうだ。そのルーファスもどこか苦しげだった。

「あのっ……これ……っ」

 マリアはちらと自分が握ったものに目をやった。大きくて硬い。指より、舌よりも圧倒的な愉悦を植え付けてくれるもの。手の中でそれがどくんと脈打った。熱い。この熱が自分の中に入るのかと思うだけで、達したはずの自身の奥がまたうごめき始める。

「欲しいですか?」
「言わせる気なの?」
「聞きたいです」
「ルーファスのばかっ……」
「マリアに言われるなら本望かな。ほら、言って?」
「……欲しい」

 ルーファスがまなじりを下げた。

「聞こえませんでしたよ?」
「ルーファスが、欲しいっ」

 マリアがたまりかねて怒ると、また彼が軽く笑う。

「マリアは意外に待てができないんですね」
「だって、もう……繋がりたい……んんっ」

 羞恥をこらえて請うと、ルーファスがはっと目を見開いた。

「煽らないで……お言葉に甘えますよ……僕も今日はもう余裕がないから」

 そういうと、彼がマリアの膝をぐっとお腹まで曲げ、自身をそこにあてがった。ずん、とひと突きで最奥をうがたれる。

「あっ……あっ……」
「気持ちいい?」
「んっんんっ……」

 奥の奥まで。ルーファスがみっちりと入って来る感覚を身体が覚えている。悦んでいる。
 繋がっただけで、溢れる想いが胸を詰まらせる。

「あっ、ひぅ、んっ」

 激しく動いていないのに、とめどなく蜜が溢れ淫猥な匂いが満ちる。
 ずん、と奥を突いては際まで引き抜かれる。かと思えば奥をかき混ぜられる。マリアはきつくルーファスの背中にしがみついた。汗ばんだ肌がしっとりとマリアに密着する。
 打ち付けられるたびにマリアはあられもなくよがった。それでも、もっともっとと思わずにはいられない。
 寸分の隙もなく、溶け合うくらいに、二人の境界などなくなるくらいに繋がりたい。

 マリアの中がヒクヒクとうごめき、ルーファスを締め上げる。彼もまた切なそうに眉を寄せた。男と女の音はますます激しくなる。打ち付けられるたびにその強さのあまり腰が浮いた。

「はあっ……マリア……愛してる……」
「んん、ルーファス……私、も……ぁ、ぁっ」
「愛してます、マリア、愛してる……くっ……」

 ルーファスの律動が徐々に速くなっていく。身体が繋がることだけを求めている。あの出会いの日の記憶を頼りに、あの日よりももっと奥で繋がりたいと欲している。

「あっ、ああっ……!」
「マリア……!」

 あっという間だった。一番奥を寸分の隙もなく重ね合わせ、二人で共に高く高く駆け上がる。身体の奥に迸るルーファスの熱を全身で感じながら、マリアは胸の内を満たすこれ以上ない幸せに打ち震えた。

 ぐったりと力無くシーツに身を沈めたマリアを見下ろすルーファスが、会心の笑みを浮かべる。マリアはひくっと喉を鳴らした。不穏な予感に胸をざわつかせつつ弱々しく抗議するが、効果がない。

「も……、だめ、ルーファス」
「え? もう嫌ですか? そうですか……」
「うっ。嫌じゃ、ないけど……」
「じゃあもっとマリアを堪能させてください」
「え!? また? あっ、やだ、おっきく……っ、ん、あ、ルーファス……」

 二人の夜は、まだ始まったばかりだった。これから何度となく共に過ごす夜の、ほんの序章にすぎなかった。
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