拾った彼女が叫ぶから

彼方 紗夜

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番外編

啖呵を切る彼女5

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 半ば条件反射で、マリアは「いやよ」と拒否を示してルーファスの膝上で身をよじる。今日の夜着は、袖は手元に近付くにつれて広がるワンピースタイプで、繊細なレースの縁取りがなされている。白地の身頃にはごく薄い水色と深い緑の糸で流水とそこに浮かぶ蔓が刺繍されている。小ぶりの柄ゆえか色の組み合わせによるのか品の良い仕立てだが、大きく開いた胸元から裾までびっしりとくるみボタンが並んだものなのだ。
 ここまできて脱がないという選択肢がないのはわかっているが、だからといって「じゃあ失礼します」とボタンを外すこともできない。
 頬が紅潮してくる。
 
「これだって、ほとんど着てないようなものなのよ!?」
「全然違います。この姿も可愛いですが、それを脱ぐところを見たいんです」
「ルーファスの前で?」
「それ以外にどこで脱ぐ気なんですか? これ以上、僕に恐ろしい想像をさせないでください」
「うっ……、じゃあせめて目を」
「却下です」

 閉じて、と言おうとしたのに遮られた。目が合って、ルーファスの熱を感じるとじわりと目の縁が潤んでくる。何とか回避できないだろうかとみだりがましく言い訳を考えたけど思いつかない。マリアは一つ息を吐くと唇を引き結んだ。
 ぷつ、と一番上のボタンを外す。
 鼓動が早鐘を打つ。手が震えて上手く外せない。もう一つ。
 無意識に詰めていた息をはく。もうひとつ、外す。まだいくつもあるそれをこうして外さなければならないかと思うと眩暈がする。
 尖りきった先が空気にさらされる。不意にルーファスがその先端を吸い上げた。

「んぁっ」
「まだ全部外せていませんよ。手を止めないで」

 ルーファスがそこを軽く口に含んだままたしなめる。甘やかな痺れが走る。背がしなると、ルーファスの両手が彼女の腰を支えた。
 詰めていた息を吐きながら、次のボタンに手を伸ばす。ルーファスの柔らかな髪が鎖骨の辺りにさらりとかかる。そこをかり、と甘噛みされた。甘い息が零れてしまう。

 ぷつ、ぷつ、と麻痺してきた頭で一つ一つ外していく。その音に合わせるように、肌に彼の唇が這わされ、噛み痕と鬱血痕が広がった。
 もどかしい刺激に涙が盛り上がってしまう。
 視線と、やわやわと触れる唇だけ。その大きな手は腰から動かず、ぐっとマリアを押さえるだけだ。こんな緩慢な責め苦を味わうくらいなら。
 ──早く、もっと強くいじって。

 臍の下までボタンを外す。

「ルーファス……こ、ここまでにして」
「まだ終わっていませんよ」

 ちうと頂きに吸い付かれる。また身体の奥が潤んでくる。きっと彼の太ももまで湿っているに違いない。
 首筋にも吸い付かれて思わず仰け反る。ボタンが見えなくて手探りで外すも、震える指先ではなかなか終わらない。ルーファスがマリアの腰を抱えたまま、耳朶をちろりと舐った。

「ひゃぁっ」

 首を縮めても、耳朶に這う舌は執拗だ。耳元で響くぴちゃぴちゃという音がやけに淫らで、背筋が震える。

「続けて?」

 耳元で囁かれると、腰が砕けそうになる。
 ようやく全てのボタンを外し、袖を抜く。ルーファスが、するりとマリアの太股に手を這わせる。

「では、次はこれですね」
「やあ……っ」

 指先が内ももに潜り込み、際どいところに引っ掛けられる。わずかに空気にさらされたその場所がひんやりと濡れた感触を伝えた。

「もう、……お願い……」
「マリアが僕にお願いしてくださるなんて、嬉しいですね。くせになりそうです。でもまだ脱いでませんよ。僕を安心させて?」
「こ、んなんで安心するの? 変態……」

 憎まれ口も弱々しくなる。涙目で睨むも、ルーファスは愉しそうに笑うだけだ。

 ──ルーファスなんて、ろくでなしだわ!
 そう思うのに、ぞくりと駆け下りる何ともいえない恐怖に、ひと雫だけ期待が交じる。そのことに気付いてしまうと羞恥が膨らんだ。
 マリアは意を決してその場で膝立ちになった。片手をルーファスの肩につき、もう片方を下着にかけてするりと下ろす。蜜が糸を引く様子が視覚を犯して、思わず顔を背けた。ルーファスの視線に脳が灼き切れそうだ。

「まだ触っていませんよ? マリアのここは素直ですが、はしたないですね」
「だからやだって言ったじゃない」
「はしたないマリアをもっと見ていたいです」
「も、ほんとやめて」

 訴えても彼の笑みは崩れない。どうあっても、マリアが全てを脱ぐまでは手を出さないみたいだ。仕方なしに足を浮かせて下着を取り去る。湿ったそれが、ばさりと重みの増した音を立てた。
 どうすることもできずにそのままルーファスの前で膝立ちになる。堰を失ったからか、誘うように伝う蜜が、ルーファスのガウンに染みを作る。

「良くできました。僕が触らなくても、もう充分ではないですか?」
「っ! ルーファスのばか!」

 ──もしかして、ここで放置する気!?
 見上げたルーファスがからかいを乗せて口元を緩める。
 そんなの困る。身の内でくすぶる熱はもう制御できないくらいに膨れあがっているのだ。マリアはキッと涙目でルーファスを見下ろすと、不意打ちでその唇を奪った。
 くちゅくちゅと舌を絡めながら、しゅるりと彼のガウンの紐を解き、肩から落とす。ルーファスの熱がそそり立つのが見えた。
こんなに張りつめているくせに、キスにふるいついてくるくせに。飢えた獣の目をしているくせに。

 マリアはその場に伏せて、ルーファスの屹立を口の中に導き入れた。

「マリア!?」

 ルーファスが初めて焦り声を上げる。彼女はしてやったとほくそ笑んで、更に奥までくわえ込んだ。目いっぱい口を開けても、圧倒的な質量をすべて頬張ることなどできなくて一瞬嘔吐きそうになる。それをどうにかこらえて舌を這わせる。つるりとした先端も、くびれた場所も、筋の走るところも。彼が何度も小さく呻きながら、マリアの髪を掻き乱す。
 止めてなんかやらない。
 マリアは自身の唾液をたっぷり絡ませながらその場所を手と舌で愛撫する。びくびくと脈打つそれがぬらぬらと光る。荒い息が頭上で繰り返されるのを聞きながら、マリア自身も熱に浮かされたように、少し苦味を感じさせ始めたそれを一心に舐めしゃぶった。

 突然ぐっと肩を掴まれ、強制的に上を向かされた。目の前には怒ったような、苦しそうな、だけど格段に色っぽい表情がある。でもいつもの笑顔が抜け落ちていて、マリアは急に不安になった。

「ルーファス? ごめんなさい、嫌だった?」
「違います……!」

 ルーファスがぐっとマリアの腰を掴むや否や、つい今し方まで触れていた熱に一息に中を突き上げられた。

「ああっ……!」
 
 充分に潤んでいたとはいえ、まだほぐれていない隘路に割り入ってくるそれは凶暴だ。待ち望んだ愉悦に、マリアの中が彼の物を飲み込みきつく締め上げた。さんざん焦らされたせいで、そのひと突きだけで強烈な快感が押し寄せる。マリアは甘い悲鳴をこらえることもできずに達した。きつくルーファスに抱きつく。彼が「くっ……」と呻き、眉を寄せた。

「マリア、早すぎます」
「は、ぁ、だって……ルーファスのせい」
「光栄ですね。僕もマリアの中で果てたい」
「んっ、ぁ」

 円を描くように胸を揉まれながら、舌先で先端を転がされる。それと同時に、腰を揺らしてマリアの中を掻き回す。淫らな音が響く。
 何より、その言葉に胸が詰まった。
 ──中にと望んでくれる。

 思い返せばルーファスは最初からそうだった。出会いのその日から、中に出さないという選択肢がなかった。そのことを一度意識すると、また彼を締め付けてしまう。離れがたさを示すように。
 ルーファスがゆるゆると抜き差ししながら、二人の繋がった場所にまとわりつく蜜をとろりと掬う。すぐ上の突起に塗りつけてやんわりとこね始めた。

「あっ、やっ、それっ、やぁっ」
「中は喜んでいるみたいですよ?」

 ぐちゃぐちゃと濡れた音は激しくなり、マリアは自分でも気付かないうちに腰を揺らめかせた。乳房の先に吸い付かれ、また大きく背がしなる。その度にベッドが軋み、振り乱した髪が背中を打った。

「マリア……僕からは逃げられないと覚えておいてくださいね」
「だから、そんな、かんがえてな…っ」
「僕のことだけでいっぱいにして」
「なってる、なってるからぁ……っ」

 全身がルーファスがもたらす愉悦にむせび泣いて、声が濡れる。ルーファスが満足そうに笑う。
 何度も揺さぶられ、奥を突き上げられる。二人の唾液も、汗の匂いも、吐息も、重ねた肌のあわいで何もかもが混じり合った。

「ぁっ、ああっ、っ……!」

 意識の全部が、ルーファスによってさらわれ、弾けた。
 



 思い出すと、羞恥で死ねる。毎回しつこくそう思う。特にこうして二人でくっついて眠った朝に、間近で髪を梳かれたりなんかしたときには。
 ルーファスがさらりと髪を掬っては、ぱらぱらと落とす。どんな顔をしていいのかわからなくて、目を開けるタイミングが見つからない。とっくに目覚めてはいるのに、顔を上げられない。
 こちらに来て侍女が付いてから、髪にも以前より艶が出たように思う。香油を丁寧に擦り込まれるのと、何度もくしけずられるからだろう。元々の髪質もあってか指先からするすると零れていくそれを、飽きずに彼がいじる。
 ──寝ているのよ。そう、私はまだ寝ているんだから……!

 ルーファスの指が彼女の耳に触れる。指先で耳朶を軽くつまみ、ふにふにと揉む。くるりとなぞられる。
 その度に心臓が跳ね上がる。ルーファスとほとんどくっつくようにして寝ているので、乱れてしまった鼓動が彼にも伝わったのではないかと気が気ではない。
 ぎゅっと、雑念を追い払うように目を閉じた。
 ルーファスが髪を、耳を、いじる。もうそろそろ限界だ。変な吐息が漏れてしまいそう。

「マリア、耳が赤いですよ?」

 ふっと笑う気配に、マリアははっとして目を開けた。

「気付いてたのね!それならそう言ってよ!」
「いま言いましたよ」
「ルーファスは意地が悪いと思うわよ。昨日は可愛いと思ったのに、一瞬だけじゃないの」
「僕の息子はそんなに可愛かったですか?」
「そっちのわけないでしょう! もうやだ、ルーファスを困らせてやりたい」

 くくっと笑うルーファスに、拗ねていた昨日の面影はない。マリアは悔しくてルーファスの鼻をつまんだ。
 彼が「マリア」と鼻声で呼び、そっと手首を握った。笑顔が怖いので、即座に指を離すことにする。代わりに手首を取られたまま、人差し指でとんと鼻の頭を突いた。
 ここはあのとっておきの場所みたい……いや、あの場所よりも、もっと。

「ねぇ、ルーファス。色々、落ち着いたら……」
「何ですか?」
「猫、飼いたい」

 ルーファスの顔が緩む。今度は素直な笑みだ。心がふわりと浮いて、マリアも笑う。

「いい考えですね。またライバルができるのは少し複雑ですけど」

 ルーファスがまだ緩く握ったままのマリアの手を引き寄せ、指先をちろりと舐めた。ちょうど、猫がするみたいに。
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