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一章 「普通じゃない」ストーカー事件
相良
しおりを挟む「申し遅れました。僕は化野さんの弟子をしている相良、と申します。どうぞよろしくお願い致します」
相良と名乗った少年は丁寧に手を付いてお辞儀をした。
絵里もつられて姿勢を正す。
「あ、えと、湊絵里です。……弟子、ですか」
「はい! 師匠のようなカッコいい男になれるよう日々努力しています!」
きらきらとした相良の眼差しに、絵里は思わす化野を一瞥した。キュウリの一本漬けを囓る姿は、カッコいいとは到底思えない。
しかし、こうして改めて見てみると、絵里の持っていた河童のイメージとは少し違っている。絵里よりも小柄で、おそらく身長は百四、五十センチ程度だろうし、全体的にプニプニしているようにも見える。若い河童なのだろうか。河童に年齢という概念は存在するのか。
相良はもう一度礼をすると化野の一歩斜め後ろに座った。
絵里は出されたお茶とお茶請けを眺めた。相良の用意してくれたお茶請けは味噌を添えたキュウリスティックとキュウリの漬け物だった。
「それで?」
キュウリを嚥下し、化野は絵里に向かって顎をしゃくった。
「そ、それで……?」
「相談はしないのか」
言われて、絵里はここに来た目的をようやく思い出した。本音を言うと、もう相談どころではないのだが。
「あの。その前に、もう少し説明が欲しいかな、なんて」
絵里が頭を掻くと、化野と相良は顔を見合わせた。
「何についてだ」
こいつ、本気で言ってるのか。絵里は生まれて初めて妖怪に苛立ちを覚えた。
「えっと、その、化野さんは河童なんですよね?」
「ああ」
「つまり妖怪でいらっしゃると」
「ああ」
「私、妖怪っていうものを見るのが初めてなもので……」
「私は毎日人間も妖怪も見てるがな」
「そういう問題じゃないって言いますか……」
らちのあかない問答に絵里は額を押さえた。
化野がキュウリを囓る音だけが響く。
二人の様子を見ていた相良が、こほんと咳払いを一つした。
「湊さんが師匠を見ることが出来ているのは、ずばりそのお札を付けているからです!」
絵里は未だワンピースに張り付いたままの紙を見下ろした。ただの落書きのように見えるが、こんなものにそのような力があるというのか。
「この相談所は師匠が妖怪と人間の友好という素晴らしい目的のために始められたのですが、開業してすぐ問題が起こりまして。――なんと、せっかく相談者が来られても皆さん師匠が見えないために、相談のしようがなかったのです! 師匠が妖力を使い、人前に姿を現すことも出来ますが、毎回のことですから、その度に師匠の手を煩わせることは出来ません」
どこから突っ込むべきか分からず、絵里は頭を抱えた。
「そこで、僕がその『妖怪見える札』を作り、相談者の方に身につけて頂くことで円滑なコミュニケーションを実現した、と言う訳です」
相良は誇らしげに胸を張った。大発明みたいに言われたが、絵里にはさっぱりその凄さが理解できなかった。
「とりあえず、これを付けている間は妖怪が見える、っていうこと?」
「そうですね。――あ、大丈夫ですよ、お帰りの際にはお取りしますし、万一そのままお帰りになってしまったとしても、大体数時間で効力が消えるようになっております」
「へえ」
セールスマンのような口ぶりの相良に絵里は感心しかけ、すぐに正気に戻った。そもそもまだ化野が本物の河童であると信じているわけでは無い。
「それでその、どうして河童が――」
「河童さん、です」
絵里が言い終わる前に、相良が間髪入れず口を挟んだ。ニコニコしてはいるが、圧力を感じる。
「か、河童さん、がどうして相談所を? 妖怪と人間の友好っていうのはどういう……?」
「それも僕からお話致します!」
相良は元気よく手を上げた。化野のこととなると生き生きしている。
当の化野といえば、二本目のキュウリに手を伸ばしていた。
「近年、妖怪は急激に数を減らしています。これを環境の変化へ対応出来なかった事が原因であると師匠は考えました。環境の変化といえば、人間の進化が要因にあげられます。ここまでいいですか?」
絵里はひとまず首を縦に振った。わからないとでも言えば、長くなりそうだ。
「人間によって減ってしまったのならば、人間と仲良くなることで新たな繁栄を、というのが師匠のお考えです。そのためには、人間に妖怪の良さを知って貰わなければなりません。妖怪の起こした事件や問題を解決し、関係を円満にしていく事こそが! この化野霊能相談所の理念なのです!」
相良の熱弁に圧倒され、絵里はしきりに頷いた。よくわからないが、一つだけよくわかる。この人は危ない人だ。きっと。
さあ、ご相談を! と相良が声を弾ませる。久々の仕事だと息巻いていただけに、どうにも相談しない限り帰らせて貰えそうに無い。
「私も、まだ確信が持ててないんですけど……」
そう前置きをして、絵里はここ一月ほどの出来事を語り始めた。
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