姫君は幾度も死ぬ

雨咲まどか

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1.緑色と蜂蜜色

プロローグ

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*

 地下牢には光がなく、腐臭がしていた。

 サンザシは小さな背を丸め、膝を抱えて息を殺した。このまま暗闇に溶けてしまえるのなら、どんなに幸福だろうと想った。
 固い靴が石段を踏み鳴らす音と、ざわめく声が聞こえてくる。野太い男達の声の中に、高く軽やかな少女の声が混ざっていた。
 声が近づいてくる。騒がしさにサンザシは面を上げた。
 まばゆさに目がくらむ。

 鉄格子の向こうに、少女が立っていた。ランプを掲げ、細い首を傾けてこちらを覗き込んでいる。大きな瞳がランプの炎を映して揺れていた。
 彼女は空いている手の人差し指を立てると、周囲を取り囲む大勢の兵士達の顔を見回しながら唇に押し当てた。
 静寂が戻ってくる。少女はサンザシに向き直り、可憐に微笑んだ。

「ねえ、死んじゃったの?」

 サンザシは僅かに眉を寄せた。否定を口にする気力すら残っていなかった。
 返事をしないサンザシに、少女は唇を尖らせる。

「じゃあ、死んだことにしようよ」

 彼女の声は悪戯を計画する幼子のように無邪気だった。兵士達は顔を見合わせ口々に少女へ話しかけるが、彼女はまるで動じる様子もなく笑みを浮かべたまま。
 再び静かになるのを待ってから、少女はゆったりと言葉を紡ぐ。

「あなた、名前はなんていうの?」

「サンザシ」

 壊れてしまったのではないかと思っていた筈の喉から、乾いた声が滑るように出た。

「サンザシ。珍しい名前だね」

 瞬きをして、それから彼女はまた笑った。長い髪が揺れる。次々に変わる表情から、サンザシは目を離せないでいた。

「サンザシ、その牢に捕らえられていた子どもは死にました。なので、生まれ変わったあなたはここから出ることを許します」

 そうして彼女は、その薄桃色の唇で呪いを掛ける。

「今この瞬間から、あなたに役目を与えます。私の側にいて、私を命をかけて守ること」

 よろしく、と語尾を弾ませる彼女の声が、唇の動きが、三日月の形に細められた目が、脳裏にへばり付く。呪いだ。サンザシは心臓が握りつぶされるような感覚に襲われた。これは、呪いだ。


*
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