1 / 19
1.緑色と蜂蜜色
プロローグ
しおりを挟む
*
地下牢には光がなく、腐臭がしていた。
サンザシは小さな背を丸め、膝を抱えて息を殺した。このまま暗闇に溶けてしまえるのなら、どんなに幸福だろうと想った。
固い靴が石段を踏み鳴らす音と、ざわめく声が聞こえてくる。野太い男達の声の中に、高く軽やかな少女の声が混ざっていた。
声が近づいてくる。騒がしさにサンザシは面を上げた。
まばゆさに目がくらむ。
鉄格子の向こうに、少女が立っていた。ランプを掲げ、細い首を傾けてこちらを覗き込んでいる。大きな瞳がランプの炎を映して揺れていた。
彼女は空いている手の人差し指を立てると、周囲を取り囲む大勢の兵士達の顔を見回しながら唇に押し当てた。
静寂が戻ってくる。少女はサンザシに向き直り、可憐に微笑んだ。
「ねえ、死んじゃったの?」
サンザシは僅かに眉を寄せた。否定を口にする気力すら残っていなかった。
返事をしないサンザシに、少女は唇を尖らせる。
「じゃあ、死んだことにしようよ」
彼女の声は悪戯を計画する幼子のように無邪気だった。兵士達は顔を見合わせ口々に少女へ話しかけるが、彼女はまるで動じる様子もなく笑みを浮かべたまま。
再び静かになるのを待ってから、少女はゆったりと言葉を紡ぐ。
「あなた、名前はなんていうの?」
「サンザシ」
壊れてしまったのではないかと思っていた筈の喉から、乾いた声が滑るように出た。
「サンザシ。珍しい名前だね」
瞬きをして、それから彼女はまた笑った。長い髪が揺れる。次々に変わる表情から、サンザシは目を離せないでいた。
「サンザシ、その牢に捕らえられていた子どもは死にました。なので、生まれ変わったあなたはここから出ることを許します」
そうして彼女は、その薄桃色の唇で呪いを掛ける。
「今この瞬間から、あなたに役目を与えます。私の側にいて、私を命をかけて守ること」
よろしく、と語尾を弾ませる彼女の声が、唇の動きが、三日月の形に細められた目が、脳裏にへばり付く。呪いだ。サンザシは心臓が握りつぶされるような感覚に襲われた。これは、呪いだ。
*
地下牢には光がなく、腐臭がしていた。
サンザシは小さな背を丸め、膝を抱えて息を殺した。このまま暗闇に溶けてしまえるのなら、どんなに幸福だろうと想った。
固い靴が石段を踏み鳴らす音と、ざわめく声が聞こえてくる。野太い男達の声の中に、高く軽やかな少女の声が混ざっていた。
声が近づいてくる。騒がしさにサンザシは面を上げた。
まばゆさに目がくらむ。
鉄格子の向こうに、少女が立っていた。ランプを掲げ、細い首を傾けてこちらを覗き込んでいる。大きな瞳がランプの炎を映して揺れていた。
彼女は空いている手の人差し指を立てると、周囲を取り囲む大勢の兵士達の顔を見回しながら唇に押し当てた。
静寂が戻ってくる。少女はサンザシに向き直り、可憐に微笑んだ。
「ねえ、死んじゃったの?」
サンザシは僅かに眉を寄せた。否定を口にする気力すら残っていなかった。
返事をしないサンザシに、少女は唇を尖らせる。
「じゃあ、死んだことにしようよ」
彼女の声は悪戯を計画する幼子のように無邪気だった。兵士達は顔を見合わせ口々に少女へ話しかけるが、彼女はまるで動じる様子もなく笑みを浮かべたまま。
再び静かになるのを待ってから、少女はゆったりと言葉を紡ぐ。
「あなた、名前はなんていうの?」
「サンザシ」
壊れてしまったのではないかと思っていた筈の喉から、乾いた声が滑るように出た。
「サンザシ。珍しい名前だね」
瞬きをして、それから彼女はまた笑った。長い髪が揺れる。次々に変わる表情から、サンザシは目を離せないでいた。
「サンザシ、その牢に捕らえられていた子どもは死にました。なので、生まれ変わったあなたはここから出ることを許します」
そうして彼女は、その薄桃色の唇で呪いを掛ける。
「今この瞬間から、あなたに役目を与えます。私の側にいて、私を命をかけて守ること」
よろしく、と語尾を弾ませる彼女の声が、唇の動きが、三日月の形に細められた目が、脳裏にへばり付く。呪いだ。サンザシは心臓が握りつぶされるような感覚に襲われた。これは、呪いだ。
*
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
冷徹宰相様の嫁探し
菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。
その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。
マレーヌは思う。
いやいやいやっ。
私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!?
実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。
(「小説家になろう」でも公開しています)
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
捨てられた王妃は情熱王子に攫われて
きぬがやあきら
恋愛
厳しい外交、敵対勢力の鎮圧――あなたと共に歩む未来の為に手を取り頑張って来て、やっと王位継承をしたと思ったら、祝賀の夜に他の女の元へ通うフィリップを目撃するエミリア。
貴方と共に国の繁栄を願って来たのに。即位が叶ったらポイなのですか?
猛烈な抗議と共に実家へ帰ると啖呵を切った直後、エミリアは隣国ヴァルデリアの王子に攫われてしまう。ヴァルデリア王子の、エドワードは影のある容姿に似合わず、強い情熱を秘めていた。私を愛しているって、本当ですか? でも、もうわたくしは誰の愛も信じたくないのです。
疑心暗鬼のエミリアに、エドワードは誠心誠意向に向き合い、愛を得ようと少しずつ寄り添う。一方でエミリアの失踪により国政が立ち行かなくなるヴォルティア王国。フィリップは自分の功績がエミリアの内助であると思い知り――
ざまあ系の物語です。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
冷遇妃マリアベルの監視報告書
Mag_Mel
ファンタジー
シルフィード王国に敗戦国ソラリから献上されたのは、"太陽の姫"と讃えられた妹ではなく、悪女と噂される姉、マリアベル。
第一王子の四番目の妃として迎えられた彼女は、王宮の片隅に追いやられ、嘲笑と陰湿な仕打ちに晒され続けていた。
そんな折、「王家の影」は第三王子セドリックよりマリアベルの監視業務を命じられる。年若い影が記す報告書には、ただ静かに耐え続け、死を待つかのように振舞うひとりの女の姿があった。
王位継承争いと策謀が渦巻く王宮で、冷遇妃の運命は思わぬ方向へと狂い始める――。
(小説家になろう様にも投稿しています)
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる