姫君は幾度も死ぬ

雨咲まどか

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1.緑色と蜂蜜色

姫君は呪われている

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 柔らかな日差しがステンドグラスから入り込んでいる。

 こんな温かな日和には庭に出て草花の世話がしたい、とデイジーは小さく嘆息した。ようやく赤く色付きだしたジューンベリーや、花を開き始めたガザニアが待っているのに。
 そうだ、ジューンベリーの実はミーナに頼んでパイにして貰おう。たくさん実ったラズベリーはジャムにして、バタークッキーと一緒に。せっかくだから侍女や兵士達も大勢呼んでお茶会をしよう。ハーブを摘んで、美味しくお茶を入れる方法をばあやに教えて貰って。その頃には気温も上がっているだろうから、冷たく冷やすのもいいかもしれない。ああ早く収穫できるようにならないだろうか。

「デイジー」

 ぼんやりと物思いに耽るデイジーに、隣に座っている王妃が咳払いをする。デイジーは慌てて姿勢を正した。

 丸いテーブルを挟んだ向こう側で、大仰な衣装を着た老人が難しい顔をしている。凄腕の占い師だというその老人は、遠く離れた都市国家からここクローチア城まで連れてこられたのだという。王妃の隣で息を飲みながら占いの様子を見つめている、クローチア国王によって。

 クローチアは豊かな国土を所有する大国である。現国王、アドニス・ウェルド・クローチアが統治するようになってからは軍事力が強化され、周囲の国々から恐れられる程の強国となった。

 デイジーはそんなクローチアの第二王女だった。聡明で淑やかだと囁かれる第一王女と、待望の世継ぎとして大切に育てられている第一王子の間でのびのびと成長し、その伸びやかな成長ぶりはあまりにも自由奔放過ぎると使用人達がしばしば頭を抱える程である。

 占い師は唸り声を上げ、蓄えた顎髭を撫でた。彼の前に置かれた水鏡がゆらゆらと波紋を作っている。
 首を捻るばかりで一向に結果を伝えようとしない占い師に、国王は落ち着かない様子で何度も腕を組み替えた。デイジーも、早く終わらないだろうかとやきもきして靴を鳴らす。

 やがて、占い師は意を決したようにはっきりとした口調でこう言った。

「何も、見えません」

 一呼吸程の沈黙。まあ、と溢したのは王妃で、国王は目眩を起こしたらしくその肩に寄りかかる。

「だ、ダムバリー一の占い師だと聞いてわざわざお主を呼び付けたのだぞ」

 どうにか体勢を整えながら、国王が口を開く。強国の王に責められ、占い師はたじろいだ。
 デイジーは父の威厳の無い姿を横目で見ながら、占い師に同情した。

 国王が占い師を城へ呼んだのはこれでもう四人目だ。「何も見えない」という占い結果も、これで四度目。彼らが国王に頼まれて占っているのは、デイジーの未来だった。

「ね、お父様。仕方のない事なのだから占い師様を責めないで」

 上目遣いに国王の顔を覗き込み、デイジーは長い栗色の髪を揺らした。国王が口を噤むのを見てから、立ち上がって占い師の方へ歩み寄る。

「あなたの腕のせいではないのです。どうか気を落とさないで下さいね」

 占い師に笑いかけ、そのまま扉へ向かう。すると、扉の近くで控えていた侍女のミーナが慌ててデイジーに駆け寄ってきた。

「姫様、どこへ行かれるのです」

 デイジーはきょとんとして、小首を傾げた。

「どこって、良いお天気だから庭にでも」

 だってもう占いはお終いでしょう。不思議そうに言ってのけるデイジーに、ミーナは眉尻を下げた。

「でしたら、私も」

「……一人で大丈夫。サンザシと約束しているから。ミーナはこの場の片付けを言いつけられているでしょう」

 約束などなかったが、言外に一人にしてほしいのだと語調を強めるとミーナは引き下がってくれた。デイジーは彼女の手を取り、にっこりと微笑む。

「戻ったら、お茶に付き合ってね。ばあやに入れ方を教わろうと思っているから、味見して欲しいの」

「――はい!」

 王女からの誘いに、ミーナは目を輝かせて頷いた。

 扉に手を掛け出て行く寸前でデイジーはくるりと振り返った。

「占い師様、はるばるクローチアまで来て下さって、ありがとうございます。どうか帰路もお気を付けて。――お父様とお母様も、気に掛けて下さってありがとう。では」

 ひらひらと手を振って部屋を後にする。
 扉の前で立っていた衛兵に、ご苦労様と声をかけてから廊下を歩く。足取りは少しずつ重たくなっていった。

 何も見えない、か。

 聞くまでもなくわかっていた結果とはいえ、やはり実際に言われると気落ちしてしまう。今こうして生きているだけで奇跡だというのに。

 第二王女、デイジー・シャーロット・クローチアは呪われていた。

 二年前の、年の頃十四の時だった。城内に忍び込んだ魔女によって、デイジーは死の呪いを掛けられた。呪いをはなった魔女は目の前でそのまま息絶え、国王が呼びつけたどんなに高名な魔術師でも呪いを解くことは叶わなかった。

 死の運命を引き寄せるのだというこの呪いを受けてから、デイジーにとって死は日に日に身近なものへ変わっていった。ありとあらゆる事故や不運が襲いかかるようになったのだ。自身に危険が迫り、怪我を負う事はもちろんのこと、従者や侍女、仲のよい執事や女中までもがデイジーの側にいると危険に晒される事があった。

 呪いは日々強くなっている。初めのうちこそバルコニーから落下したり、倒れた石像の下敷きになりかけたりといった程度だったが、近頃は調理場の火事や大砲の暴発など被害の大きいものが増えていた。デイジーこそ無事であるが、酷い火傷を負った者や大きな傷を抱えてしまった者も出てきてしまった。そろそろ潮時なのかもしれない。デイジーは足を止め、裾の広がったドレスを見下ろした。

 デイジーが今後どうなってしまうのか。それは父でもある国王の大きな悩みの種だった。国王はデイジーを溺愛していて、呪いを解く方法を探して奔走してくれていた。デイジーはそれが、嬉しくもあり申し訳なくもあった。
 使用人達もそうだ。デイジーの近くにいると危険な目に遭うというのに、皆口を揃えて「姫様のせいではないですよ」と言う。

 胸中にどろどろとしたものが渦巻いて、デイジーは頭を振った。

「お一人で何をされているんです」

 耳馴染みのある低い声がして、デイジーは顔を上げた。声の主は蜂蜜と同じ色の双眸をデイジーに向けて、ほんの僅かに眉根を寄せている。

「サンザシ!」

「一人で歩き回らないで下さいといつも言っているでしょう」

「サンザシの目ってやっぱり美味しそうな色だね」

 じっと目を見て口元に笑みを浮かべるデイジーに、サンザシは呆れたように息を吐いた。逸らされてしまった視線を追いかけて彼の前に回り込む。目を大きく開いて、顔を近づけた。

「私の目は? 美味しそう?」

「……話をそらさないで下さい」

「ばれたか」

 悪びれずに笑い声を上げて、デイジーはまた歩き出した。サンザシが一歩後ろを付いてくる。

 サンザシは一つ年下で、デイジーの従者だった。しかし、簡単な魔術が使えるために下男のように城内の様々な雑用を手伝う事がある。彼が他の仕事のためにどこかへ行ってしまうと、なんだか自分の一部を貸し出しているような感覚がする。他の使用人達とも少しは仲良くなってくれているのならいいのだけど。

 デイジーは歩きながら、サンザシを顧みる。骨張った、男性にしては小柄で細い体躯。くすんだ金髪は最低限しか整えられておらず、乾いた唇や薄く隈のある目元と相まって不健康そうな印象を受ける。よく見ると顔の作りは悪くないのだが、彼はあまり容姿に関心がないようだ。デイジーはもったいないと思いながらも、彼が実は綺麗な相貌をしているのだと自分だけが知っているのも、悪くないと感じていた。

「前を向いて歩かないと転びますよ?」

 じろじろと顔を見られて、サンザシが怪訝そうに言う。

「はーい」

 デイジーは素直に前を向いて、角を曲がった。長い階段を降りる。すると、ずっと後ろにいたサンザシがふいに足を速めてデイジーを追い抜かした。

 どうしたのだろうかと疑問が頭をよぎった瞬間だった。

 急な目眩に脳が揺れる。片足が滑り、バランスを失う。立て直そうとするとドレスの裾を踏んでしまい、身体が前に倒れ込む。世界がぐらりと傾いて、恐怖に思わず目を閉じた。

 落ちてしまうと思われた身体が何かにぶつかる。ゆっくり瞼を持ち上げると、すぐそこにサンザシの横顔があった。背中に手が回されて、抱きしめられる。

「あれ?」

 瞬きをするデイジーをサンザシは軽く持ち上げて立たせた。すぐに手を離し、未だに呆然とする姫君の、長いドレスの裾を払う。

「滑り落ちて、石像に頭をぶつけて死んでしまう所でしたよ」

 サンザシは階段の下に置かれている石像を見やった。ようやく状況が飲み込めたデイジーは、サンザシの言葉を想像して両手で頭を押さえる。

「なに、それ」

 サンザシは何も答えなかった。彼が一段下に立っているために普段ある身長差が無くなって、目線が同じ高さにある。
 目なんて自分からならいくらでも合わせられるのに、サンザシの方から見つめられると頬が熱くなる。デイジーは俯いて目を逸らした。

「ありがとう」

「いえ」

「私、死ななかったね」

「死なせませんよ」

「そうだった」

 急になんだか可笑しくなって、デイジーは目を細めた。

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