姫君は幾度も死ぬ

雨咲まどか

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3.黒

商人の町マーカス

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 太陽が真上で輝いている。デイジーは日差しの強さに手を翳した。暑いのか、鞄の中のハリィが暴れるのを宥める。

 マーカスは小さいながらに栄えた町だった。人通りが多くあちこちの店から客寄せの声が聞こえてくる。
 うずうずしながら町の入り口で待っていると、馬の番をデイジーたちに任せて町の奥へ行っていたクリフがようやっと戻ってきた。

「ここを真っ直ぐ行った左側の宿だよ。一室お願いしてきたから主人に僕の名前を出してくれたらいい」

 宿。なんて素晴らしい響きだろう。柔らかいベッドを思い浮かべて、デイジーは胸の前で両手を組んだ。信じられないほど、体中が痛みに悲鳴を上げていた。特に腰と尻が。

「なにからなにまでありがとう。クリフのお陰でここまで辿り着けたよ」

「礼なんていいんだ。ダムバリーまでは、ここから歩いてでも半日かからないくらいだと思うよ。僕は行ったことが無くて詳しくないけど、道も険しくないはずだ。――じゃあ、僕はこれで。また会える日を楽しみにしているよ」

「帰り道も気をつけて。貴方の幸運をいつも祈っているね」

 デイジーはクリフに抱きついた。離れると握手を交わし、スカートの裾を摘まんで会釈する。サンザシはそれを横目で見てから並んで頭を下げた。
 クリフの姿が見えなくなるまで手を振り続けて、デイジーはその手でサンザシの手首を掴んだ。上目遣いになって見上げると、蜂蜜色の瞳にデイジーの顔がうつる。

「よし、じゃあ私たちも行こっか」

「はい」

 サンザシの手を引いて歩き出す。すぐに町の喧噪が耳に届いて、デイジーは期待に胸が踊った。お忍びで行った城下町のようだ。

「やっとベッドで眠れるのが嬉しすぎて涙がでそう。もう少しでお尻がどうにかなってしまうかと思ったもの」

「……王女がお尻なんて口にしないで下さい」

 呆れた様子でサンザシが声を潜めた。王女だろうが二日も馬に乗れば尻くらい痛くなって当然だと思うのだけど。反論しようかとも思ったが、喧嘩にしたくなかったので黙っておく。

「良い匂いがする。お腹空いたね」

 口内に唾液がたまってくる。あちこちに首を回して通りにある店を見ながら、デイジーは匂いの先に思いを馳せた。バターの香りやスパイスの香り、それから肉の焼ける匂い。思えばこの二日間、きちんとした食事を取れていないのだ。お城に居た時では考えられないような状況だった。

「一休みしたら何か食べに行きましょうか」

「大賛成!」

 デイジーはサンザシの腕をぶんぶん振った。まるで噂に聞いたデートのようだ。王女であるデイジーは城外に出る機会すらほとんど無かった。そろそろ婚約の話が出てもいい年齢ではあったが呪いのためにすべて保留になり、接する異性といえば使用人くらいだ。思えば姉であるカトレアは度々王女として貴族のパーティや他国との交流に顔を出していたのにデイジーはあまり参加したことがない。
 確かに姫っぽくなかったなあ。デイジーは納得して、一人頷いた。

 少し歩くとクリフが言っていた宿に着いた。若い女性に迎えられる。どうやら彼女がこの宿の主人のようだった。
 クリフからの紹介だと告げると、女主人は二階にある部屋に案内してくれた。一泊分の宿泊費はすでにクリフによって支払いが済んでいるのだという。

「どうぞゆっくりしていって下さいね。マーカスは楽しい町ですよ。時間が許すのでしたらぜひ一泊と言わず何泊でも」

「はーい!」

 デイジーは元気よく返事をして、そのままベッドへ飛び込んだ。女主人はクスクス笑って部屋を後にする。
 寝転がったまま鞄を開けてハリィを外にだしてやる。小さな白龍は身を震わせて、デイジーの背の上に乗った。
 ベッドがこんなにも心地よいものだったとは。瞼を下ろしてデイジーはシーツに頬ずりをした。お城のベッドよりかなり堅いが、それでも疲労した身体を受け止めてくれる柔らかさに愛おしさすら感じる。

「寝るなら靴くらい脱いで下さいね」

「脱がせて」

 うとうとしながらデイジーは足をばたつかせた。盛大なため息が降ってくるがそれすら眠気を誘う要素にしかならない。
 サンザシに靴を脱がせて貰って、ベッドの上をずりずりと這い上がる。枕を引き寄せると背中からハリィが飛び立ったので寝返りを打って仰向けになった。

「お尻、ハリィに治して貰ったらどうですか」

「……流石に白龍にそんなことさせられない……」

 鞄の中に入れるだけでも罰当たりなように感じてならないのに、お尻が痛いから治せなどと言える訳がない。
 微睡みの中で、サンザシが僅かに笑う気配がした。






 日差しが差し込んできて、眩しさに目が覚める。ふわふわとした脳が徐々に覚醒してゆき、薄らと開いた瞼の隙間から橙色が入り込んできた。
 眠り込む前とは比べものにならないほど身体が軽く、尻の痛みも引いている。おそらく意識の無いうちに、ハリィが息を吹きかけてくれたのだ。まだ生まれたばかりなのに気が利く龍だと感心してしまう。

 デイジーは目を擦り、上体を起こして大きく伸びをした。窓の向こうでは夕暮れが町を染めている。ずいぶんと長い間寝てしまっていたようだ。ずっと何も入れていないお腹が唸りだす。慌てて両手でみぞおちを押さえて、デイジーは周囲を見回した。笑われると思ったが、サンザシの姿がない。その時ようやく、デイジーは自分がしっかりと毛布を被っていることに気が付いた。倒れ込んだ後でサンザシがベッドを整えてくれたのだろう。

 綺麗に広げられた毛布を眺めていると、視界の端にくすんだ金色が見えた。毛布から出て金色に近付く。そこにあった光景にデイジーは口元が緩んだ。
 ベッドに寄りかかってサンザシが眠っている。その膝にはハリィが丸くなっていた。ベッドはもう一台あるのだからそっちを使えばいいのに。デイジーはサンザシの細い髪をそっと撫でた。蜂蜜色が隠されてしまっている顔をベッドの上から覗き込む。するとすぐに瞼が持ち上がり、次の瞬間には瞠られた。のけぞろうとしたらしいサンザシはベッドに頭をぶつける。
 デイジーはケラケラ笑って、ベッドを下りるともう一度身体を伸ばした。

「さあ、ご飯食べに行こう」

「……心臓に悪いので止めてくれますか」

 頭を押さえながらサンザシも立ち上がる。

「ハリィはお留守番しててくれる? 何か買って帰るから待っててね」

 ついていこうとデイジーの周りを飛ぶハリィに、ごめんねと謝ってから部屋を出た。ティリトルフから持ってきた干しぶどうは底をついてしまっている。どこかで果物を手に入れられればいいのだが。
 夕食時になり、町は一層賑やかになっていた。髪や瞳、肌の色などの異なる様々な人が行き交っている。

「マーカスは色んな人がいるんだねえ」

「クローチアの国土ではありますが、三つの国の国境にほど近い町ですからね。商人の町とも呼ばれていて、ここに来ればなんでも手に入るとすら言われているみたいですよ」

「へえ。面白そう。本当に何泊かしちゃおうか」

「駄目ですよ」

「冗談だよー。あ、あそこにしようよ。お客さんいっぱいいて楽しそう」

 即座に却下されたことに笑って、デイジーはサンザシの手を引いた。ずらりと並ぶ中で一番賑わいで見える店に入る。
 店内は熱気に包まれていて、食欲をそそる香りが充満していた。周りを見るとどのテーブルにある料理も美味しそうで空腹が刺激される。

「どうしよう、どれも食べたいなあ」

 デイジーが悩み込んでいると、注文を取りに来たウエイトレスはにっこりと微笑んだ。お城では見たことのない、真っ黒な髪と真っ黒な瞳をしている。

「煮込み料理がおすすめですよ。赤ワインでじっくり煮込んでいるのでお肉が柔らかくて絶品です。それから、今日は珍しく美味しいお魚があるのでムニエルもおすすめですね」

「どうしようサンザシ、どっちも美味しそう」

 デイジーは至極真剣な眼差しをサンザシに向けた。

「僕の分も選んでいいですよ」

「――じゃあそれ両方!」

 サンザシが言い終わるよりも早くウエイトレスに注文する。
 店内の喧騒が大きくなって、デイジーはサンザシに顔を寄せた。

「そういえば、サンザシって結構色んな場所に詳しいよね」

「父の仕事が行商だったので付いて回ったことがあるのですよ。そうは言ってもマーカスは以前に一度来ただけですが」

 デイジーはサンザシが過去の話をした事に驚いた。家族の事を聞くのは初めてのことだった。

「私なんか初めて行くところばっかりだよ。マーカスもダムバリーも初めて」

「――え?」

 サンザシはデイジーの言葉に眉と眉を寄せた。何か変なことを言っただろうか。予期せぬ反応にデイジーは瞬きをした。

「どうしたの?」

「……本当に一度も行ったことがないんですか?」

「うん」

「ダムバリーはクローチアと交流があったかと思いますが」

「それは最近だもん。ダムバリーの方からクローチアを訪問する感じだったし。お客様のお相手も私はしないから。ほら私、病弱だって設定だったでしょう?」

「ご自身で設定などと言わないで下さい。……僕はてっきり、行ったことがあるとばかり思っていましたよ。どうするんですか」

「どうするって?」

「もしかして、ご存じないとか」

「え? うん!」

 元気よくデイジーが答えると、サンザシの眉間の皺が深くなってゆく。やけにもったいぶるなあ。

 サンザシが言い淀んでいる間に料理が運ばれてきた。のぼる湯気が鼻腔に香りを運ぶ。ごくりと喉が鳴った。ナイフとフォークを手に、どちらから食べようか悩んでいるとやっとサンザシは話し始めた。

「僕が最後に入ったのはもう二年以上前になるので今は分かりませんが、ダムバリーは魔術が使えるものしか入ることが出来ないのですよ。周囲は壁に囲まれて、四カ所ある門の全てに結界が張られています」

「どうして?」

 我慢できずにデイジーは肉を切り分けると口に運んだ。舌の上でほろりと解けて、肉の旨味が口いっぱいに広がる。なるほど絶品だ。

「ダムバリーは差別を受けた魔術師たちが集まって作った国なんです。国民のほとんどが魔術師なのはそのためです。入国するには多少でも魔力を持っている必要があり、住むには王族による審査を受けなくてはなりません。魔力のない者が入るにも、入国審査を受けて通行許可の魔術を門番に掛けて貰う必要があります。一度通行を許可されれば数年は再審査を受けずに入れるらしいので、てっきりデイズは過去に入った事があったのかと」

「……ない」

「みたいですね。かといって、審査なんて受ける訳にはいかないでしょう」

「いかない」

 デイジーはハーブとバターが香るムニエルにもナイフを伸ばした。一口食べると、さっぱりとした白身の魚に香辛料がよく利いていてこれまた美味だ。……あれ?

 はた、とデイジーは動きを止めた。追い打ちを掛けるように、サンザシが口を開く。

「ちなみにデイズって、魔術使えましたっけ」

「使えない。……ってことは、私ダムバリーに入れないの?」

 衝撃の事実に声が大きくなってしまった。
  信じられない、という面持ちでサンザシがこちらを見ている。信じられないのはこっちの方だ。

「君、どうしちゃったんだ、それ」

 不意にデイジーの背後から顔が伸びてきて、至近距離で見詰められる。横を向くと目と鼻の先に青年の顔があった。
 気がつくと、周囲の客の注目がデイジーに集まっている。

「また王子の予言軟派が始まったぞ」

 どこかで客の一人が呟くと、店内で笑い声が巻き起こった。王子、と呼ばれた青年は慌てたようにデイジーからぱっと離れる。

「予言軟派?」

 デイジーは首を傾げて青年の姿を観察した。
 褐色の肌に目尻の垂れた優しい印象の碧眼をしていて、腰に届きそうなほど長い銀色の髪は緩く結ってある。だぼついた服に長いローブという変わった出で立ちだが、美しい青年だった。

「違う違う、今回は軟派じゃないよ。あ、いや、君のことを軟派したくないって訳じゃないんだけど」

 肩に手が置かれ、自然な動作で彼はデイジーの横に腰を下ろした。サンザシがむっとするのが気配でわかった。

「君、どこでそんな呪いを貰ってきたんだい」

 青年の言葉にデイジーは目を丸くした。誰かに呪のことを指摘されるのは初めてのことだ。これにはサンザシも驚いたようだった。

「貴方、何者ですか」

 サンザシが訊ねると、青年はデイジーの手を取った。

「よくぞ聞いてくれたね」

「……聞いたのは僕ですけど」

 声を低くするサンザシを無視して青年は続ける。

「ダムバリーの第一王子、アランと申します。よろしく姫君」

 片目を瞑って、彼はデイジーの指先に口付けた。何を言っているのだろうこの人は。訳のわからなさに、デイジーは困惑してしまう。
 ちらりと横目で見ると、サンザシの視線が異様に冷たい。デイジーは苦笑いを浮かべるほかなにも出来ないでいた。ああどうしよう。とりあえず、料理が冷めてしまうから食べてしまいたい。

「ダムバリーの王子様がなぜこのようなところに?」

「マーカスは楽しい町だからよく来るんだ」

 確かに、周りの反応を見るにアランは馴染み客のようだった。かといって王子が一人で町にいる理由にはなっていないが。
 アランの前に料理が運ばれてくる。どうやら食事はまだだったようだ。当然のように食べ始め、デイジーもつられて食事を再開する。

「アラン王子は、どうして私が呪われてるってわかったの?」

「……デイズ、信じているんですかこの人が王子だって」

「え、だって王子なんでしょう?」

「そうだよー」

 飄々としているアランとは対照的に、サンザシはこの状況が不服なようだった。デイジーが勧めると、ようやく料理を食べ始める。

「ダムバリーの王族は予言者と呼ばれているんだ。その名の通り、人の未来を予言するんだけど、本質は未来を見ることじゃない。持っている能力や気質から、その人の今を見るんだ。そこから未来を予言する。だからダムバリーの国民はみんな王族が決めているんだ。君からは魔術の才は感じないけど、その呪いは強力でやっかいだね。それも、かなり進行している。……そっちの彼は凄腕の魔術師みたいだけど」

 デイジーは黙々とムニエルを食べ進めるサンザシを見やった。あまり魔術は得意ではないと言っていたが、謙遜だったのだろうか。そういえば、簡単なことしか出来ないとはいえ三大魔術全てを扱えるのだった。普通は使えて一種類だと小耳に挟んだことがある。自分の事のようにデイジーは鼻高々になった。

「あ、そうだ。王子様なら知ってるかなあ。私、時の魔術師を探してるの。ダムバリーにいないかな?」

「もしかして、それは呪いを解くために?」

「すごい! 本当になんでも分かるんだね」

 デイジーが褒めるとアランは照れくさそうに笑った。意外と素直な賛辞に弱いようだ。

「世界一の魔術師だからね、僕は。――結論から言うと、僕の知る限りダムバリーには時間を操れるような魔術師はいない。でも、色んな魔術師がいるから呪いを解く手がかりはどこかで見つけられるかもしれないね」

「本当に!」

 デイジーは歓喜の声をあげたが、すぐについさっきの会話に思い至ってうなだれた。どちらにせよ、自分はダムバリーに入れないのだった。
 あっという間に料理を平らげたアランは頬杖をついてにこにこと微笑んだ。耳たぶから垂れ下がった宝飾が揺れて光を反射する。

「僕が入れてあげようか」

「そんなこと出来るの?」

「だって王子様だからね。愛しい我が婚約者の、可愛い妹君なら大歓迎」

 思わぬ発言に、スープが上手く飲み込めずデイジーは咳き込んだ。サンザシが慌てて立ち上がり背中をさすってくれる。
 いつからアランはデイジーがクローチアの姫だと気付いていたのだろう。デイジーの顔はあまり知られていないはずだ。
 笑顔を崩さないアランをデイジーは赤い顔で睨んだ。

「貴方がカトレア姉様の婚約者なの?」

 城を抜け出す時に立ち聞きした兵士達の話が思い出される。カトレアとダムバリーの王子が婚約する。あれは本当の話だったのだ。

「ちょっと気が早いけどお兄様って呼んでくれて構わないよ、よろしくねデイジーちゃん」

「よろしくはいいけど、こんなところでそんな話……」

 デイジーは辺りを見回した。こちらを見ている客があちこちにいて血の気が引く。

「大丈夫ですよ姫様。この人、少し前から私たちの周りに結界を張ってます。おそらく他の客には私たちの声は聞こえていないかと」

 サンザシが口を開くと、アランはパチパチと手を叩いた。

「よくわかったねえ、流石!」

「お褒めに預かり光栄です。――先ほどは失礼致しましたアラン王子。私はデイジー様の従者をしております、サンザシと申します」

 アランが王子であると認めたらしいサンザシは頭を垂れた。しかしその顔は不本意そうにしか見えず、デイジーは笑ってしまいそうになる。

「まあまあ固くならないで」

 あくまでへらへらした表情のまま、アランはサンザシに頷いた。どうやら、デイジーとサンザシの取った不躾な態度にはなんのおとがめもないようだ。

「ところでデイジーちゃん、カトレアが酷く心配していたよ。人探しもいいけどよかったらダムバリーの城へ来てみない? カトレアも喜ぶよ」

「カトレア姉様、ダムバリーにいるの?」

「一昨日からね。もうすぐ正式な婚約式をダムバリーで執り行う予定なんだ」

 心配性だったカトレアを脳裏に浮かべて、デイジーは胸の奥が痛むのを感じた。クローチアのためにダムバリーへ嫁にいくであろう彼女の悩みの種を増やしてしまっている。きっと本当は、デイジーがいくべきだったのに。
 そこまで考えて、デイジーはアランの顔を見つめた。見目はいいが、風変わりだしどこか掴めない。この人の嫁にはいきたくないな。自分ならもっと……もっと?

 デイジーの中で、急に婚約という事柄が現実味を帯び始めた。デイジーだってもう十六だ。呪われていなければ婚約者の一人や二人いたってなんら不思議ではない。婚約するということは、将来的に結婚するということだ。諦めて考えないようにしていた未来が、今更になってデイジーに襲いかかってきていた。どうしたかったんだろう。自分は、自分の未来を一体どうするつもりだったんだろう。もしも呪いが解けたとして、一体。

「慎んで招待をお受けします。お兄様」

 デイジーがいたずらっぽく微笑すると、アランは空のような青い目を細めた。

「思いきりの良い子は好きだよ。そうと決まれば善は急げだ。今すぐダムバリーに向かおう」

「今すぐ? もう夜だよ」

「空を飛んでゆけばあっという間さ。世界一の魔術師に任せなさい」

 アランは席を立ち、胸を張ってみせた。デイジーは口をぽかんと開けて、それから目を輝かせる。

「空を飛べるの?」

「もちろん。空に門番も結界もないから、上空から入れば不法入国し放題だよ」

「すごい!」

 喜ぶデイジーにサンザシは小さくため息を吐いた。
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