姫君は幾度も死ぬ

雨咲まどか

文字の大きさ
16 / 19
3.黒

一緒に

しおりを挟む
 サンザシは高い天井を見つめてため息を吐いた。
 アランの部屋でサンザシに与えられたのは長いソファだった。無論、同じベッドで眠るのなど勘弁して欲しいから文句はないが。
 ベッドからは寝息が聞こえてくる。アランはサンザシの隠し事に気が付いているようだった。明日になれば追求を受けるかもしれない。困ったことになってしまった。

 ソファへ寝転んでから、もうずいぶんと時が経っていた。身体は疲れているのに胸騒ぎがして眠れない。
 デイジーの従者になってからというもの、サンザシは熟睡するということが滅多になかった。危なっかしい彼女は、少し目を離すだけでも心配で仕方が無い。

「――サンザシ! アラン様!」

 不意に部屋の扉が開け放たれた。反射的に起き上がるとカトレアが息を切らせている。その頭上ではハリィがせわしなく飛び回っていた。
 アランも目を覚まし、勢いよく身体を起こす。

「カトレア、何かあったのか?」

「デイジーがいなくなったの! 白龍が行き先を知っているみたいだから、一緒に来て!」

 サンザシはすぐに駆けだした。先導するハリィを追いかけて廊下を走る。階段を駆け上がり突き当たりの部屋まで走り続けた。
 扉が開いている。サンザシは息を整えながら部屋へ入った。少し遅れてアランがカトレアの手を引いてやってくる。

「……魔術具の保管庫だ。本来王族以外入れないはずなんだが」

 ずらりと並ぶ棚の間に、デイジーが倒れていた。

「姫様!」

 サンザシはデイジーを抱き起こした。表情は険しいが息はある。デイジーの側には見覚えのあるネックレスが転がっていた。

「それ、私がアラン様に引き取って貰ったネックレスだわ」

 カトレアがネックレスを見やって口を開く。アランはそれに首肯した。

「ああ。強い魔力が込められていたから、保管庫にしまったんだ。どんな影響があるかわからなかったから」

 サンザシはネックレスを拾い上げて俯いた。デイジーに外傷は見当たらない。恐れていたことが、とうとう起きてしまった。

「呪いが内側からも浸食しはじめたんだ」

 これまで、デイジーの身に降りかかる「死の呪い」は外側からの危機だけだった。だからサンザシにも対処が出来ていたのだ。ずっと彼女が病などに襲われる事を恐れていた。

「……ここはいわくつきの物ばかりを保管している場所だ。その魔力に影響されて呪いが強まったのかもしれない」

 アランが言うと、サンザシはネックレスのルビーを握りしめた。
 目を閉じて意識を集中させる。すると腕の中のデイジーが僅かに身じろぎした。

「サンザシ……」

「姫様!」

 デイジーは薄らと目を開けていた。彼女の指先がサンザシの頬へ伸びる。

「サンザシ、もういいの。このままでいい。時間を戻したって、いつかこうなるって私にもわかるの。もういいんだよ」

 サンザシは彼女の言葉が飲み込めずに目を瞠る。力なく笑って、デイジーは続けた。

「ねえ、一緒に死のうか」






 デイジーの容態は回復の兆しを見せなかった。医者にはまるで病名がわからないと首を横に振られ、ハリィが繰り返し息を吹きかけたがほとんど変化が見られずに朝を迎えた。
 本人たっての希望とカトレアの意見によってクローチアへ帰ることとなり、アランが馬車で送ってくれることになった。空からなら、一日でクローチアへ着けるのだという。自分勝手に家出をしておいて、申し訳ないなあとデイジーは自嘲した。

 御者台へアランとサンザシが座り、荷台にデイジーを寝かせてその横にカトレアが腰を下ろす。するとデイジーは、姉のドレスの裾を引いた。

「カトレア姉様、ごめんなさい。サンザシと二人きりになりたいの」

「……わかったわ」

 長い沈黙の末にカトレアは頷いた。ハリィと共に荷台から下り、代わりにサンザシが入ってくる。カトレアを御者台に追いやるのは心苦しかったが、どうしてもサンザシと話したいことがあった。きっともう、デイジーにはほとんど時間が残されていなかった。
 馬車が動き出す。デイジーを思いやってか、静かに進んでいった。
 先に開口したのはサンザシだった。

「どうして気が付いたのですか。……時の魔術師は私だって」

 デイジーはサンザシの膝に頭を乗せて、瞼を下ろした。

「気を失っていたとき、長い夢を見たの。夢の中でサンザシは瞬間移動の魔術が使えた。そうしたらすぐに今までの不思議だったことが頭に浮かんで、閃いたの。――時間を止めて瞬間移動しているように見せていたいたんでしょう」

 一つ理解すると、次々と様々な事が腑に落ちていった。どうしてデイジーはこんなにも呪いを切り抜けて来られたのか。どうして時期を同じくして、世界中で異常な現象が起き始めたのか。
 口を閉ざしてしまったサンザシに、デイジーは微笑んだ。

「いつも助けてくれてありがとう。でも、もういいの。サンザシが時間を戻す度に、きっと世界のどこかがその歪みの影響を受けてる。私の呪いはサンザシのせいでも、お姉さんのせいでもないんだよ。クローチアが受けるべきだった罰が、たまたま私に降りかかっただけ。当然の報いだよ」

 むしろ他の誰かの方にいかなくて良かった。呟いたデイジーの頬に、暖かいものが降ってきた。
 目を開けて寝返りをうつと、サンザシの目から涙がこぼれていた。大好きな蜂蜜色が滲んでよく見えない。

「サンザシの話、聞かせて」

 デイジーは指で彼の頬を拭った。真実に辿り着いたとき、デイジーが何よりも感じたのはサンザシの想いの強さだった。サンザシだって、とっくに気が付いていた筈だ。デイジーを救おうとすればするほど、世界がおかしくなってゆく事に。それでも彼はデイジーを守り続けた。時間を止める魔術が使えるのなら、いつだって城から逃げ出せたのに。
 サンザシには、もう時間を戻したりして欲しくない。でもデイジーがいる限り彼はそれを止めようとしない。ならば一緒に、死んでしまうのも悪くない。

 泣き止んだサンザシは、ぽつぽつと語り始めた。長くて短い、一人の魔術師の話。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

はじめまして、私の知らない婚約者様

有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。 見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。 けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。 ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。 けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。 この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。 悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに? ※他サイトにも掲載しています。

大根令嬢の雑学無双、王弟殿下を添えて。~ 前世を思い出したので、許婚をほったらかして人助けしまくります!!

古森真朝
恋愛
気弱な伯爵令嬢のカレンは、自分勝手な婚約者レナートに振り回されていた。耐え続けていたある日、舞踏会で何者かに突き飛ばされ、階段から落ちてしまう。 その傷が元で儚く……なるかと思いきや。衝撃で前世を思い出したカレンは一転、かの『ド根性大根』みたいな超・ポジティブ人間になっていた。 『モラハラ婚約者の思惑なんぞ知るか!! 今度こそ好きなことやって、目いっぱい幸せに長生きするんだから!!!』 昔ひたすら読書に耽って身に着けた『雑学』を武器に、うっかり採れ過ぎた作物や、開墾しようとすると不幸に見舞われる土地、不治の病にかかった王族、等々の問題をどんどん解決。 領地の内外で心強い友人が出来たり、いつの間にかものすごく有名になっていたり、何かと協力してくれる王弟ヴィクトルから好意を寄せられたり(注:気付いてない)する中、温かい家族と共に仕事に励んでいく。 一方、前世から因縁のある人々もまた、こちらに転生していて――

父が再婚しました

Ruhuna
ファンタジー
母が亡くなって1ヶ月後に 父が再婚しました

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

愛していました。待っていました。でもさようなら。

彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。 やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうも、死んだはずの悪役令嬢です。

西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。 皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。 アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。 「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」 こっそり呟いた瞬間、 《願いを聞き届けてあげるよ!》 何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。 「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」 義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。 今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで… ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。 はたしてアシュレイは元に戻れるのか? 剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。 ざまあが書きたかった。それだけです。

処刑台の皇妃、回帰して復讐を誓う ~冷酷公爵と偽りの婚約者~ おまえたちは許さない!

秦江湖
ファンタジー
皇妃エリアーナは、夫である皇帝アランと、たった一人の親友イザベラの策略により、無実の罪で処刑される。 民衆に罵られ、アランの冷酷な目とイザベラの嘲笑を「始まりの景色」として目に焼き付けながら絶命した彼女は、しかし、処刑の記憶を持ったまま三年前の過去に回帰する。 「おまえたちは許さない」 二度目の人生。 エリアーナの目的はただ一つ、自分を陥れた二人への完璧な復讐。 彼女はまず、アラン(皇太子)からの婚約内示を拒絶。そして、アラン最大の政敵である「北の冷血公爵」ルシアン・ヴァレリウスに接触する。 1周目で得た「未来の知識」を対価に、エリアーナはルシアンに持ちかける。 「貴方様には帝国の覇権を。わたくしには復讐の舞台を。そのための『契約婚約』を――」 憎悪を糧に生きる皇妃と、氷の瞳を持つ公爵。 二人の偽りの婚約の行く末は……

処理中です...