健全なぼくらの不健康な日常

雨咲まどか

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ネコがふい、とそっぽを向いた

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 ネコがふい、とそっぽを向いた。伸びてくる手をしっぽで払って、台所の方へ歩いていった。
 手を払われたおじさんは力尽きたのかその場に倒れ込む。

「うわあああつーくんが冷たいいいい」

 断末魔みたいなものをあげながら、おじさんが畳の上をころころ転がった。後ろ髪を縛って前髪はピンで留めて、目の下にはクマまでこしらえている。いつにも増してボロボロだ。
 うーうー唸りながら、おじさんは畳に伏せったままこたつに入り込む。カタツムリみたいだ。流石、こたつと仲良しだと豪語していただけある。
 ぼくは足先だけこたつに入れて壁にもたれ、おじさんのことは取りあえず黙殺した。
 えーと、右手の中指で左の中指の糸をとって……、それからなんだっけ?

 そこに、お茶を淹れにいっていたつばさが帰ってきた。足下にぶち猫のつーくんがまとわりついている。
 急須を手にしたつばさは、居間の状況を見て目を瞬かせた。あやとりに奮闘し続けるぼくに向かって首を傾げる。

「叔父さんどうかしたん?」

「……猫に振られてた」

 ぶっきらぼうにぼくが答えると、おじさんはしくしく泣いた。嘘泣きだけど。

「つーくんコンビが冷たい……」

「いつコンビ組んだんだよ」

「え? コンビ組んでなかったん?」

 ぼくの向かい側にぺたりと腰を下ろし、湯のみに熱い緑茶を注ぎながらつばさが訊く。湯気がゆったり揺れていた。
 ぶち猫は小さく「にゃあ」と鳴いて、つばさの横で丸くなった。
 つばさの質問に、ぼくは顔をしかめておじさんを見る。のそのそ起きあがって、おじさんは照れたように笑った。

「ごめん。俺がつばさちゃんにつーくん達はコンビなんだって言っちゃった」

「――二人ならきっとなれんで、マルチなタレントコンビ」

 真面目な顔でつばさが言う。こういう人に、嘘を教えるのはよくないと思う。
 ああもう、あやとりが絡まってしまった。

「……おじさん」

 恨みを込めて軽く睨むと、おじさんは目を逸らしてから咳払いをひとつ。

「つーくん二号。人のことを無闇におじさんおじさん呼ぶのは良くないよ。お兄さんにしなさい」

「つばさもおじさんって呼んでるじゃん」

「つばさちゃんのはちょっと違うんだよ、ほら、漢字がね」

「ひらがなにしたら同じだよ」

「わかんないかなあ、この微妙なニュアンスが。――あ、つばさちゃんも別にいいんだよ。俺のことお兄ちゃんって呼んでも」

「……なんか一気に変態っぽい」

 ぼそりと言って、緑茶に口を付ける。肉球模様の湯のみは客用なのか、ぼくに出されるのはいつもこれだ。
 おじさんは口をあんぐり開けて固まってから、つばさにすり寄った。

「つーくんひどい! 一号も二号もちっとも懐かないよう」

「……そんなことないで」

 つばさは可笑しそうに笑った。声まであげて、珍しい。
 まだちょっと不服な表情のまま、おじさんは湯のみを両手で持って傾けた。目を閉じてお茶を啜っている。どうも、本当に疲れているみたいだった。
 不安気につばさが声を低くする。

「大丈夫なん?」

「だいじょーぶ」

「ほんまに?」

「ほんまに」

 おじさんは瞼を半分閉じたまま喉の奥で笑う。つばさはすぐにこうして確認する。心配性なのだろうか。
 二人のやりとりを尻目に、ぼくは黙々とあやとりの糸を解く。

 湯のみの中を三分の一くらい減らしてから、おじさんはまた畳に寝ころんだ。髪ゴムとピンを取って、座布団を引き寄せ枕代わりに。いつから髪を縛っていたのか、跡が付いていた。

「ちょっと寝るねー」

「布団入った方がええんちゃう?」

「仮眠だからいいや。しばらくしても起きなかったら起こしてー」

 言い終わるが速いか大きな欠伸をして、おじさんは目を伏せた。
 すぐに呼吸が規則正しいものに変わる。そうとう眠かったんだな。

 ふと、つばさの横で丸まっていた猫のつーくんが立ち上がった。寝ているおじさんに近づくと側でごろんと転がり、おじさんの背中にぴったりくっつく。
 あやとりを放りだし、ぼくはその様子を見つめていた。

「……おじさん、今大変なの? 大丈夫かなあ」

 ぼくが訊ねると、つばさは一瞬目を丸くしてからぷっと吹き出した。
 なんで笑うんだよ、とぼくが眉間に皺を寄せてもまだ笑い続けている。

「つーくんコンビは素直じゃないんやね」

 つばさの言葉に、もっと訳が分からなくなる。
 小首を傾げていると、つばさは猫の方のつーくんを指さした。おじさんの背中に張り付いて、目を閉じている。

「いっつも、叔父さんが寝るとああやってくっつくんやで」

 素直じゃないやんなあ。

 頬を緩めたままのつばさに、顔が熱くなるのを感じてふいとそっぽを向くと、ネコも同じようにそっぽを向いた。

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