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第四章 異質殺し

4-12 彼女との関わり

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 彼女を無理に連れ出して、商店街の方まで歩いてくる。

 道の途中、会話はなかった。

 以前の葵との距離感ならば、きっとその沈黙さえも愛おしかったかもしれない。だが、彼女はどこか不安そうな様子を見せるので、俺は会話を紡ぎだそうとした。でも、今の彼女に対して、どのような話をすればいいのかわからなくて、結局黙りこくってしまう。そんな空気感の中で、今の葵の存在はどういうものなのかを自問した。

 喫茶店は、朱音と生き慣れている場所を選んだ。あえてお洒落さを醸し出している店に行くことも迷ったけれど、そこに行って無理をしても意味はない。俺は葵と話をしたいだけなのだ。

 喫茶店の空調はぬるく感じた。外の空気とのギャップを覚えて、少し汗が滲む感覚がする。

 とりあえず、彼女の好みである甘めの飲み物と、自分が飲むための珈琲を注文して、奥の方にある窓際の席に座り込んだ。太陽の影が今にも隠れるのを俺は認識する。 

 「……それで、なんで私の名前を知っているんですか」

 彼女は座ると、早速本題に入ろうする。

 ……さて、思い切って彼女の名前を呼んでみたはいいけれども、それの理由については正直どう答えればいいだろうか自分でも理解していない。

 彼女に悪魔祓いのことを教えるのは流石に躊躇した。というか、そもそも悪魔祓いのことを教えてしまっては、彼女の記憶を消した意味がない。

 悪魔祓いは魔法使いと関わってはいけない。その理由の一つとして、悪魔祓いは魔法使いを殺さなければいけない、というのが挙げられる。

 彼女に悪魔祓いと言うことを教えてしまえば、自ずと対極の位置に立つことになる。それは駄目だ。そもそも、そうならないための記憶の封印だ。その記憶の封印を無駄にするわけにはいかない。

 だとすれば、どうすればいい。

 ここでの会話のデッキをどうすればいいのかよくわからない。自分が彼女の幼馴染だということを伝えても、葵にその言葉の意味を理解することはできないだろう。

 だとすれば、俺は彼女に対して、どういうように関わればいいのだろう。

 すべての真実をさらけ出したいような、そんな衝動に晒されて仕方がない。その衝動に逆らわなければいけないジレンマが鬱陶しい。自分自身が悪魔祓いでなければ、魔法使いであったのなら、こんなことにもなりはしなかったのに。

 いつか感じた劣等感がどうしようもなく心に反芻する。受け容れた対極とは別に感じる、確実に自分自身が生み出した劣等感が心を占有して仕方がない。

 ……でも、ここで止まっていては意味がない。

 何のために天音に告白したのだ。何のために啖呵を切って踏み出したのか。何のために俺は彼女をここまで連れてきたのだ。

 ──それは、俺が彼女の涙を許せなかったからだ。

 ……俺は、左手を彼女に見せた。

 『黒の宿り木』、悪魔祓いの紋章が露になる。

 「……えっ」

 彼女がそう言葉を出す。

 彼女や立花先生がこの紋章を見たとき、俺の素性を魔法使いと言って疑う様子などはなかった。だから、この紋章を見れば、彼女は俺を魔法使いだと誤認してくれるかもしれない。

 ……嘘をついているような気がしないでもないが、とりあえず黙っていれば、勝手に勘違いしてくれるかもしれない。





 彼の左手には紋章があった。魔法使いであるのならば、なんとなく事情を察することができる。

 彼は、水月先輩が言っていた転校生の一人だったのかもしれない。

 ……立花先生が、何かしらの方法で彼の存在を秘匿にしていた、と考えれば、ある程度察しはつくものがある。

 でも。

 「……それで、私に何の用があったんです?」

 結局のところ、本題についてはそれだ。

 彼は私の名前を知っている理由を語ったけれども、そもそも私に何の用があって声をかけたのかがわからない。

 脳裏にざわつく声がひどくなる。自分の考えている思考を上書きするように、どこか衝動で行動したくなる内側の自分がいる。でも、それに従ってしまえば、今の自分は帰ってこないかもしれない。

 「……それは、なんというか」

 彼は答えあぐねた。彼は困ったように、いろいろと考えている仕草をとる。

 懐かしさがどことなく反芻する。その懐かしさの正体を私は知らない。でも、彼に最初に会ったときにも同じような感情を反芻した。

 ……彼は、私について何かを知っているのだ。それならば、私も彼に対してきちんと向き合わなければいけない。

 「何か、隠してますよね。私の事。何か知っているなら、どうせなら全部吐き出してくださいよ」

 私は彼の目を見つめて、彼が誤魔化さないようにそう念押しする。

 ……すると、彼は諦めたように言葉を吐いた。
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