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第四章 異質殺し
4‐19 存在不定義
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◇
朱音の言っていた四時間という距離は、実際に歩いてみると途方もなかった。今までの経験でそこまで歩いた経験は思い出せない。サイクリングの時でさえも二時間ほどで帰宅しているわけだから、そんなに時間を費やした経験は存在しない。
幸いにも、この空間であっても電波を通じているので、適当な時間を費やしながら歩いていく。なぜ電波がつながるのかを朱音に聞いたら、それも無限の一部だから、という回答が返ってきた。よくわからないけれど、まあ、そういうことなんだろう。
葵に適当に『空間なう』という文言を送ってみる。この時間なら葵も起きているだろう、そんなことを思って。
『ひまなんですか』
返信が来る。俺はそれに対して、うん、とだけ返した。
それから連絡は来ることはない。来ても、それ以上に会話を紡ぐことは自分自身できそうになかったから、とりあえずこれでいいと思う。
それからは、朱音に携帯の操作方法を聞いたりしながら、時間をつぶして歩行をするのみ。今の携帯はテレビも見ることができるのか、と新鮮な感心を抱く。
電池の持ちはいいようで、特に四時間の中で充電が切れることはなく、安定して目的地まで足を運ぶ。
「見えてきたな」
そうしてたどり着いたのは、突き立てられた十字架の槍。見覚えがあるのは、朱音が天音を保護していた時や、天使時間の時に使っていた槍だからだろう。
「……ここなの?」
「ああ。目印を用意しておかないと迷うからな」
そうして彼女は槍に手を触れた。槍に手を触れた、というよりかは十字架の鞘にかけてあった、鞄のようなものから何かを取り出す。
小瓶が入っていた。小瓶の中身は何か液体が入っているようだった。
「なにそれ」
「聖水。特製の」
朱音はそういって、小瓶の蓋を開ける。それを朱音自身と俺にかけてくる。少し生臭い匂いがした。
「……これで、魔法反発しなくなるん?」
「おう。原理についてを説明すると長くなるから省くけど、これで大丈夫だ」
天音はそれに耳を傾けると、いつの間にか取り出したナイフで、腕に赤い線を描く。
「Enos Dies, Farfarta Sainas Thers Examedia」
聞き慣れた言葉、もう俺が使うことはない、言い忘れてしまった言葉。
そうして、世界は青い光に包まれる。
葵と一緒に見た最初の転送魔法、そのときのデジャヴが頭の中に想起する。
あの時はできなかった、反発してしまった魔法。でも、俺でもそれを受け容れることができる。今の俺は、反発せずに転送できる。
こんなことで魔法を受け容れることができる、その悲しさがどうしようもない。劣等感が一瞬過るけれども、俺はそうして青い光に身を受け容れる。
──そうして、世界は暗転した。
◇
世界は暗闇のままだった。どこまでも暗闇だった。視界に入る情報は何一つもない。それはきっと、何もない無だった。
無がそこにある。底にある。空にある。無いが在る。それを俺は理解することができるような気がした。
存在の不変性について、普遍性について、不偏性についてを考える。自由度がある。
目の前に無はあった。存在しないが存在している矛盾の塊。それを存在として定義していいのかはわからない。きっと、それは存在の不定義の塊だった。
俺は、きっとこれになれる。
俺はきっと、これになれる。
俺は、誰よりも灰色だから。
白も黒もつかない、灰色だから。
朱音の言っていた四時間という距離は、実際に歩いてみると途方もなかった。今までの経験でそこまで歩いた経験は思い出せない。サイクリングの時でさえも二時間ほどで帰宅しているわけだから、そんなに時間を費やした経験は存在しない。
幸いにも、この空間であっても電波を通じているので、適当な時間を費やしながら歩いていく。なぜ電波がつながるのかを朱音に聞いたら、それも無限の一部だから、という回答が返ってきた。よくわからないけれど、まあ、そういうことなんだろう。
葵に適当に『空間なう』という文言を送ってみる。この時間なら葵も起きているだろう、そんなことを思って。
『ひまなんですか』
返信が来る。俺はそれに対して、うん、とだけ返した。
それから連絡は来ることはない。来ても、それ以上に会話を紡ぐことは自分自身できそうになかったから、とりあえずこれでいいと思う。
それからは、朱音に携帯の操作方法を聞いたりしながら、時間をつぶして歩行をするのみ。今の携帯はテレビも見ることができるのか、と新鮮な感心を抱く。
電池の持ちはいいようで、特に四時間の中で充電が切れることはなく、安定して目的地まで足を運ぶ。
「見えてきたな」
そうしてたどり着いたのは、突き立てられた十字架の槍。見覚えがあるのは、朱音が天音を保護していた時や、天使時間の時に使っていた槍だからだろう。
「……ここなの?」
「ああ。目印を用意しておかないと迷うからな」
そうして彼女は槍に手を触れた。槍に手を触れた、というよりかは十字架の鞘にかけてあった、鞄のようなものから何かを取り出す。
小瓶が入っていた。小瓶の中身は何か液体が入っているようだった。
「なにそれ」
「聖水。特製の」
朱音はそういって、小瓶の蓋を開ける。それを朱音自身と俺にかけてくる。少し生臭い匂いがした。
「……これで、魔法反発しなくなるん?」
「おう。原理についてを説明すると長くなるから省くけど、これで大丈夫だ」
天音はそれに耳を傾けると、いつの間にか取り出したナイフで、腕に赤い線を描く。
「Enos Dies, Farfarta Sainas Thers Examedia」
聞き慣れた言葉、もう俺が使うことはない、言い忘れてしまった言葉。
そうして、世界は青い光に包まれる。
葵と一緒に見た最初の転送魔法、そのときのデジャヴが頭の中に想起する。
あの時はできなかった、反発してしまった魔法。でも、俺でもそれを受け容れることができる。今の俺は、反発せずに転送できる。
こんなことで魔法を受け容れることができる、その悲しさがどうしようもない。劣等感が一瞬過るけれども、俺はそうして青い光に身を受け容れる。
──そうして、世界は暗転した。
◇
世界は暗闇のままだった。どこまでも暗闇だった。視界に入る情報は何一つもない。それはきっと、何もない無だった。
無がそこにある。底にある。空にある。無いが在る。それを俺は理解することができるような気がした。
存在の不変性について、普遍性について、不偏性についてを考える。自由度がある。
目の前に無はあった。存在しないが存在している矛盾の塊。それを存在として定義していいのかはわからない。きっと、それは存在の不定義の塊だった。
俺は、きっとこれになれる。
俺はきっと、これになれる。
俺は、誰よりも灰色だから。
白も黒もつかない、灰色だから。
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