上 下
104 / 109
第四章 異質殺し

4‐19 存在不定義

しおりを挟む


 朱音の言っていた四時間という距離は、実際に歩いてみると途方もなかった。今までの経験でそこまで歩いた経験は思い出せない。サイクリングの時でさえも二時間ほどで帰宅しているわけだから、そんなに時間を費やした経験は存在しない。

 幸いにも、この空間であっても電波を通じているので、適当な時間を費やしながら歩いていく。なぜ電波がつながるのかを朱音に聞いたら、それも無限の一部だから、という回答が返ってきた。よくわからないけれど、まあ、そういうことなんだろう。

 葵に適当に『空間なう』という文言を送ってみる。この時間なら葵も起きているだろう、そんなことを思って。

 『ひまなんですか』

 返信が来る。俺はそれに対して、うん、とだけ返した。

 それから連絡は来ることはない。来ても、それ以上に会話を紡ぐことは自分自身できそうになかったから、とりあえずこれでいいと思う。

 それからは、朱音に携帯の操作方法を聞いたりしながら、時間をつぶして歩行をするのみ。今の携帯はテレビも見ることができるのか、と新鮮な感心を抱く。

 電池の持ちはいいようで、特に四時間の中で充電が切れることはなく、安定して目的地まで足を運ぶ。

 「見えてきたな」

 そうしてたどり着いたのは、突き立てられた十字架の槍。見覚えがあるのは、朱音が天音を保護していた時や、天使時間の時に使っていた槍だからだろう。

 「……ここなの?」

 「ああ。目印を用意しておかないと迷うからな」

 そうして彼女は槍に手を触れた。槍に手を触れた、というよりかは十字架の鞘にかけてあった、鞄のようなものから何かを取り出す。

 小瓶が入っていた。小瓶の中身は何か液体が入っているようだった。

 「なにそれ」

 「聖水。特製の」

 朱音はそういって、小瓶の蓋を開ける。それを朱音自身と俺にかけてくる。少し生臭い匂いがした。

 「……これで、魔法反発しなくなるん?」

 「おう。原理についてを説明すると長くなるから省くけど、これで大丈夫だ」

 天音はそれに耳を傾けると、いつの間にか取り出したナイフで、腕に赤い線を描く。

 「Enos Dies, Farfarta Sainas Thers Examedia」

 聞き慣れた言葉、もう俺が使うことはない、言い忘れてしまった言葉。

 そうして、世界は青い光に包まれる。

 葵と一緒に見た最初の転送魔法、そのときのデジャヴが頭の中に想起する。

 あの時はできなかった、反発してしまった魔法。でも、俺でもそれを受け容れることができる。今の俺は、反発せずに転送できる。

 こんなことで魔法を受け容れることができる、その悲しさがどうしようもない。劣等感が一瞬過るけれども、俺はそうして青い光に身を受け容れる。

 ──そうして、世界は暗転した。

 



 世界は暗闇のままだった。どこまでも暗闇だった。視界に入る情報は何一つもない。それはきっと、何もない無だった。

 無がそこにある。底にある。空にある。無いが在る。それを俺は理解することができるような気がした。

 存在の不変性について、普遍性について、不偏性についてを考える。自由度がある。

 目の前に無はあった。存在しないが存在している矛盾の塊。それを存在として定義していいのかはわからない。きっと、それは存在の不定義の塊だった。

 俺は、きっとこれになれる。 

 俺はきっと、これになれる。

 俺は、誰よりも灰色だから。

 白も黒もつかない、灰色だから。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

人気アイドルグループのリーダーは、気苦労が絶えない

BL / 連載中 24h.ポイント:489pt お気に入り:40

主人公の幼馴染みの俺だが、俺自身は振られまくる

ライト文芸 / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:6

独り占めしたい

BL / 完結 24h.ポイント:298pt お気に入り:11

どうしようもない幼馴染が可愛いお話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:433pt お気に入り:66

処理中です...