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第四章 異質殺し

4-20 ……マジでイギリスじゃん

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 「……大丈夫か?」

 そう、声をかけられたことに気づいたのは、しばらく思考を泳がせた後だった。

 視界は、どこまでも暗かった。でも、その暗さはもう目の前にはなかった。

 目を開ければ、暗いなりにも物が置いてあることを理解することができる。

 「……眠ってた?」

 どこか夢のような浮遊感が感覚に渦巻いて仕方がない。俺はそのまま疑問を口に出すと、天音が、うん、と肯定していた。

 「たまきは初めてだもんね。魔法酔いしたんじゃない?」

 「……魔法酔い」

 俺は魔法酔いというものを知らないけれど、きっとそれに侵されたのだろうか。それなら、この浮遊感や、どこかぐるぐるとする胃の気持ち悪さについても納得することができる。

 俺は、横たわっていた体勢から立ち上がった。

 どこか暗がりの世界であることは変わりない。だが、先ほど夢のような空間で体験していた暗さは、暗黒はそこにはなかった。

 「……どこ?」

 状況がつかめないまま、俺がそう言葉を吐くと、朱音が「教会だよ、教会」と返す。

 その言葉を咀嚼して、周囲を見渡してみるけれど、教会のような要素は感じない。どこか物置小屋のような、そんな雰囲気のあるくぐもった空気が漂っている。

 「まあ、流石に人前で転送しているところを見せるわけにもいかないし、ましてや悪魔祓いが魔法を使っているところなんて見られたら、即処刑だからな。私だってきちんと考えてるんだよ」

 そう言って、朱音はそのくぐもった部屋の明かりをつけた。

 ベッドがある。どこか使用感のある空気。人の部屋、という感じの匂い。

 すべてが木造りになっていて、窓はついてはいるものの、そのすべては暗さを孕んでいる。夜なのか、とそういう疑問を抱いたものの、単純に外の光を遮断するように、外に何かを置いているらしかった。雨戸ではない何か。

 「ここ、私の部屋」

 朱音はそう言った。

 ……なるほど。確かに、そう言われれば納得することができる。

 部屋の中は少しばかりごちゃついている。服などが畳まれてベッド上に置かれてはいるものの、丁寧な畳み方とは言えない。この畳み方は、朱音のガサツさが出ている。

 よくよく見渡してみれば、ごちゃついている景色。これが朱音の部屋だと言われれば納得できる要素が多い。

 「……何か失礼なことを考えてないか?」

 「……いや?」

 とりあえず、彼女にそう返すと、朱音は溜息を吐いた。

 天音はどうなのか、と視界に入れれば、彼女はベッドの上に置いてあった、汚くたたまれている衣服を、一度広げてから畳みなおしている。きっと、いつもこんな感じなんだろうな、というのが見て伝わる。

 ……なんとなく、それを見ていると、俺も朱音の部屋を掃除しなければいけないような気がしてくる。

 俺は、とりあえず窓を開けるところから始めた。

 少し歩いて、窓の方まで。窓にかかっている埃を認識する。指を滑らせただけで、ある程度の埃が指に引っ付いた。

 それを無視して、窓を開ける──。

 「──うおっ」

 ──声が出た。感嘆を表現するような、驚きの声が。

 外の景色は──英国色。日本ではありえないような石畳の世界。どこかファンタジーの世界に飛ばされた様な、そんな雰囲気を感じずにはいられない。

 時間帯は夜になったばかりの雰囲気がある。まだどこか空が明るいが、それを見ていると、月が顔をのぞかせそうな雰囲気がそこにはあった。

 「……マジでイギリスじゃん」

 「まあ、そりゃな」

 朱音は至極当然のように言葉を吐いた。俺はそれを聞いて、初めて非現実という概念に触れることができたような気がする。

 「……まあ、今までは反発しかしてなかったもんな」

 俺が今でも戸惑いの表情を隠せないでいると、朱音はそう苦笑した。

 ……先ほどの聖水があれば、俺も魔法を使うことができそうなもんだけれども……。

 「いや、それはできねえよ」

 朱音が俺の気持ちを読み取ったように言葉を挟む。

 「今のお前の身体は、単純な一般人の身体と変わらない。一般人には魔法は使えないだろう?」

 ……まあ、それもそうか。

 いつか葵に見せてもらった炎の魔法を思い出す。

 少しでも、彼女が使ったように魔法を使うことができたのならば、俺も──。

 「それは、諦めな」

 朱音は、言葉を吐く。

 「悪魔祓いは魔法を使ってはいけない。

 これは、絶対なんだから」

 ──劣等感を思い出す言葉を、彼女は吐くのだ。

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