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2/Hypocrite
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◇
家からコンビニの距離は短いので、数分もすれば帰宅することができる。
愛莉は俺が買い上げたコンビニの様々を含めた袋を両の手で持って、それをぶら下げるように中心にふらつかせながら歩いている。大して重いものでもないのに、彼女は働いている、ということをちらつかせている。それに大してツッコむことは面倒だからしない。
「誕生日会、楽しみだね」
「……そうだな」
俺は頷いてそれを返す。正直、楽しさがあるかどうかはわからない。皐が誕生日を迎えるからそういった行動をとるだけだ。楽しさを介在させることができたのならば、俺には純粋さの素養があるかもしれない。そこに素直さも含むことができたのかもしれない。
でも、俺の手元には何も存在しない。ここから先にある彼女らが演出する景色に対して憂いを抱くような、そんな雰囲気が存在しているような気がした。
◇
「ただいま」
俺は返ってきたことを示すように、結構大きめだと思う声を出しながら、玄関をくぐる。後ろにいる愛莉はそれに合わせるように、おじゃましまーす、と間延びした声を上げた。
玄関の靴先は、俺と愛莉と、皐のみ。そこには俺たち以外の靴はない。家族の気配を感じることはない。
昼間に家族からの連絡はなかった。両親はこんな日でも仕事に明け暮れるのか、とそう考えると、どうしようもない蟠りが心にできるような気がする。仕方ないのかもしれないけれど。
トタトタと素足で早く歩く音が居間の方から近づいてくる。どこか浮足立っているような雰囲気を感じるような、俺がそう演出したいだけのような……、よくわからない。彼女に子どもっぽさがあれば、きっと俺は心の棘が和らぐ気がする。
「お帰りなさい、そして愛ちゃんもいらっしゃいです」
皐は居間から顔を見せると、愛莉に対して会釈をした。どこか他人行儀という感じだが、実際他人でしかない。
幼い頃であれば、きっともう少し楽しそうな雰囲気を醸し出していたのだろうが、目の前にいる彼女らは、どこか大人だ。俺はそれを噛みしめることしかできなかった。
◇
「覚えていたんですね」
居間に入ると、少しばかり大きいと感じる箱があった。箱の横に、どこかで聞いたケーキ屋の銘柄が描かれている。
「いや、正直昼間くらいまで忘れてた」
「ならよかったです。ナチュラルに嘘をついていたら怒ってました」
皐の性格を察して正直に答えた。それは彼女にとっては安心感につながったらしい。毒づきながらも、彼女の顔には微笑みがある。ここで俺は選択を間違えていないようだった。
「そのケーキは?」
「お父さんが置いていったみたいです。家に帰ったら、おめでとう、というメッセージと一緒にありました」
「母さんからは何かあった?」
「朝に置手紙がありましたよ」
「それならよかった」
別に彼らを不安に思っていたわけではないけれど、もし彼らが皐に対して何もしていない、ということがあったのなら、相応の嫌悪感を示すことになっていたかもしれない。
「さっちゃん誕生日おめでとー!」
彼女は手に持っていたビニール袋からケーキを取り出すと、当たり前のようにそれを渡した。俺が買い上げた物のはずなのに、さも愛莉が買ってきたと示すように。
「あ、ありがとうございます」
皐はそれを受け取る。玄関での他人行儀が嘘のように、どこかるんるんとした顔をしているのが新鮮だ。
彼女のこんな子どもっぽい様子は久しく見ていない。中学三年生、大人びたように振舞う彼女しかここ最近は見ていないからこそ、今の楽しそうな彼女を見ていると安心感が生まれてくるような気がする。
「とりあえず、夕食準備しようぜ。腹が減ったわ」
「そうですね、そうしましょうか」
彼女はもらったケーキを食卓に置くと、いそいそと台所に行く。そんな彼女の後姿を見届けながら、愛莉はこそっと耳打ちをしてきた。
「──なんで、敬語なの」
……愛莉はそんなことを聞いてくる。
「……さあ、な」
俺にはそれを理解できない。いつの間に、彼女がそんなことを始めたのか、どうして俺に対して敬語なのか。愛莉だけじゃなく、俺に対しても同等の距離を作るように敬語を使うのか。
その答えから、俺は目を逸らした。
家からコンビニの距離は短いので、数分もすれば帰宅することができる。
愛莉は俺が買い上げたコンビニの様々を含めた袋を両の手で持って、それをぶら下げるように中心にふらつかせながら歩いている。大して重いものでもないのに、彼女は働いている、ということをちらつかせている。それに大してツッコむことは面倒だからしない。
「誕生日会、楽しみだね」
「……そうだな」
俺は頷いてそれを返す。正直、楽しさがあるかどうかはわからない。皐が誕生日を迎えるからそういった行動をとるだけだ。楽しさを介在させることができたのならば、俺には純粋さの素養があるかもしれない。そこに素直さも含むことができたのかもしれない。
でも、俺の手元には何も存在しない。ここから先にある彼女らが演出する景色に対して憂いを抱くような、そんな雰囲気が存在しているような気がした。
◇
「ただいま」
俺は返ってきたことを示すように、結構大きめだと思う声を出しながら、玄関をくぐる。後ろにいる愛莉はそれに合わせるように、おじゃましまーす、と間延びした声を上げた。
玄関の靴先は、俺と愛莉と、皐のみ。そこには俺たち以外の靴はない。家族の気配を感じることはない。
昼間に家族からの連絡はなかった。両親はこんな日でも仕事に明け暮れるのか、とそう考えると、どうしようもない蟠りが心にできるような気がする。仕方ないのかもしれないけれど。
トタトタと素足で早く歩く音が居間の方から近づいてくる。どこか浮足立っているような雰囲気を感じるような、俺がそう演出したいだけのような……、よくわからない。彼女に子どもっぽさがあれば、きっと俺は心の棘が和らぐ気がする。
「お帰りなさい、そして愛ちゃんもいらっしゃいです」
皐は居間から顔を見せると、愛莉に対して会釈をした。どこか他人行儀という感じだが、実際他人でしかない。
幼い頃であれば、きっともう少し楽しそうな雰囲気を醸し出していたのだろうが、目の前にいる彼女らは、どこか大人だ。俺はそれを噛みしめることしかできなかった。
◇
「覚えていたんですね」
居間に入ると、少しばかり大きいと感じる箱があった。箱の横に、どこかで聞いたケーキ屋の銘柄が描かれている。
「いや、正直昼間くらいまで忘れてた」
「ならよかったです。ナチュラルに嘘をついていたら怒ってました」
皐の性格を察して正直に答えた。それは彼女にとっては安心感につながったらしい。毒づきながらも、彼女の顔には微笑みがある。ここで俺は選択を間違えていないようだった。
「そのケーキは?」
「お父さんが置いていったみたいです。家に帰ったら、おめでとう、というメッセージと一緒にありました」
「母さんからは何かあった?」
「朝に置手紙がありましたよ」
「それならよかった」
別に彼らを不安に思っていたわけではないけれど、もし彼らが皐に対して何もしていない、ということがあったのなら、相応の嫌悪感を示すことになっていたかもしれない。
「さっちゃん誕生日おめでとー!」
彼女は手に持っていたビニール袋からケーキを取り出すと、当たり前のようにそれを渡した。俺が買い上げた物のはずなのに、さも愛莉が買ってきたと示すように。
「あ、ありがとうございます」
皐はそれを受け取る。玄関での他人行儀が嘘のように、どこかるんるんとした顔をしているのが新鮮だ。
彼女のこんな子どもっぽい様子は久しく見ていない。中学三年生、大人びたように振舞う彼女しかここ最近は見ていないからこそ、今の楽しそうな彼女を見ていると安心感が生まれてくるような気がする。
「とりあえず、夕食準備しようぜ。腹が減ったわ」
「そうですね、そうしましょうか」
彼女はもらったケーキを食卓に置くと、いそいそと台所に行く。そんな彼女の後姿を見届けながら、愛莉はこそっと耳打ちをしてきた。
「──なんで、敬語なの」
……愛莉はそんなことを聞いてくる。
「……さあ、な」
俺にはそれを理解できない。いつの間に、彼女がそんなことを始めたのか、どうして俺に対して敬語なのか。愛莉だけじゃなく、俺に対しても同等の距離を作るように敬語を使うのか。
その答えから、俺は目を逸らした。
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