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 悪辣な夢を繰り返す中で、一つの良質な夢を見ることができた。

 それは、一つの救いのようなもので、一つの許しを得ることのできるものだったのかもしれない。だから、尚更その夢を見ることは今の俺にとっては苦痛そのものだった。

 昔の記憶だった。昔の記憶には大概ろくな思い出がないけれど、それでもたしかに楽しかった思い出。

 俺と愛莉と皐。三人が仲良く一緒に遊んでいる様子。子供の頃の話。幼少期の話。皐月の物心がついた頃合いの話。

 愛莉が何か台詞を言った。荒唐無稽なおとぎ話のような台詞。何かしらのTVアニメやドラマなどに影響をされたらしく、それを語りあげている様を俺はぼうっと俯瞰で見つめている。それに付き合うようにして皐もテレビで見たような演技を繰り返して、それを二人で楽しみ合う様子。俺はこれを見るのが好きだった。

 愛莉と皐は仲良しだった。きっと、俺というものが存在しなければ、彼女らが姉妹だと言えるような関係性だと錯覚しそうなほどに、彼女らは仲が良かった。

 幼少期の頃から思春期に至るまで、彼女らは仲が良かった。

 別に、今も仲が悪い訳ではない。少しばかり距離があいているだけなんだろう。俺はそう思いたい。そう思いたいから、そう思い込むことにする。そう思いたいから、彼女らの行動の仕草や発言などに対して目をそらし続けた。

 俺は、彼女達との時間が好きだった。一緒にいると時間が早く過ぎていく感覚がする。例えそれが夢という幻であっても変わらない。それはどこまでも救いのような世界であり、俺にとっての罰のようなものだった。

 ──夢は、醒めた。





「本当に一人で大丈夫ですか?」と皐は言った。俺はそれに対して適当な返事をした。適当な返事とも言えないものだったかもしれない。ああ、とか、うん、とかそんなどうでもいい声音だけを返していた。悪寒がずっと体にまとわりついている。喉もがさがさで、奥にあるスポンジの繊維のようなものがカラカラだったから、声を出すのも億劫だった。だから、そんな対応をすることしかできなかった。

 彼女はその様子を見届けて、静かに部屋から去っていく。

 そんな彼女が部屋においていったのは、いつも冷蔵庫に入れているはずの麦茶のポットと、看病の象徴というべきなのかお粥のような存在。でも、食欲は湧かない。胃袋はからのままだったけれど、空腹感が存在しなかった。

 ──どこまでも、静かな空間だ。

 その中にたまに混じる喘鳴の音。俺の呼吸はどこまでも自分自身が体調悪であることを示すように、耳に障る音を出し続ける。そのせいで、眠るべき状況なのに眠ることができない。だから、適当に携帯を開くことにした。

 あらゆるすべての行動に対して億劫さがあるのに、携帯だけは触ることができる。それはひどく背徳的だった。

 体調不良を謳って学校を休むことになっているのに、それなのに適当なもので時間を潰そうとしている。本来であれば学習に使うべき時間なのに、それでもなお携帯を見つめることがやめられない。気持ちが悪い感覚がする。この期に及んでも正しさを求めている自分に笑いそうになった。何一つ笑えなかったけれど。

 誰かと話したい。誰かと言葉を紡ぎたい。誰かと会話をすることで、思考のうろにさまようことをやめてしまいたい。もしくは、適当に隣で会話を繰り返してくれるでもいい、それに委ねながら、俺は静かに眠ってしまいたい。

 でも、それを誰に委ねればいいのだろう。

 今のこの状況は自業自得でしかない。

 雨に降られるまでは別にいいとしよう。でも、そこから先にある行動については、自分自身の責任でしかない。体調も管理できない自分は正しくない。その結果を伴っているのに、誰かに身を委ねるのは正しさが存在しない。

 だから、俺は携帯を見つめることしかできないのだ。どこまでも、どこまでも。

 携帯を見て、適当に動画サイトを開く。

 いつの日かに作ったプレイリストをタップして、適当な音楽を流す。少しでも喘鳴の音が紛れれば眠れるような気がした。

 頭の中で歌詞の反復。たまにわからない部分があれば画面の隅にあるコメント欄から歌詞を思い出す。それをたどりながら有意義とは言えない時間を過ごしていく。

 ──どうして、俺はこうなったのだろう。

 原因についてはわかっている。思い出したくもない記憶が眠っていることもよくわかっている。でも、その疑問が毎日毎日反芻しては消えてくれない。

 ──そんなときに、ふと上部によぎった通知の項目。

 名前だけは見えた。歌詞をひたすらに視界に入れていたせいで、どのようなメッセージが飛んできたのかはよくわかっていない。

 音楽を止めることは億劫だ。そうじゃなきゃ思考がまた渦巻くから。虚のもとにどうしようもないことを繰り返すから。

 だから、まだ見ない。

 ──それでも、また通知が来る。

 今度ははっきりとメッセージを見ることができた。

 一瞬、背中がぞわりとする感覚がなぞる。それは風邪なんかの悪寒ではなく、精神的なもの。

『無視?』

 愛莉からの、そんなメッセージ。
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